第二章 第一話 少女とアイテムボックスのぶらり旅
『ちょっと待つっす』
愛梨はため息をついた。
「またなのアボス」
『この道をそれた所に回復ポーションの材料になる薬草が生えてるっす。収納するっす』
さっきからずっとこの調子である。
黒ぶどうの実が生っている。薬に使う毒キノコが生っている。倒木がある、薪にするから収納しろ。
その度にわき道にそれ何やかんやと収納する。
「いつになったら村に着くのかしら? それに魔物もいるんでしょう」
魔物に遭遇するかもしれないから余り道から逸れたくない。
『大丈夫っす。魔物が出てきたら俺が退治するっす』
確かに岩ゴーレムの体を手に入れて多分強いのだろう。
だが……愛梨は余りアボスに戦って欲しくなかった。
愛梨は争いごとを好まない性格だ。
魔物と言えど血を見るのが嫌いなのだ。
この世界に飛ばされてまだ一週間も経っていない。
しかも3日間は眠っていた。
まだまだ日本の常識を引きずっている。
『それに日が暮れたらアイテムボックスの中に入って民家で休むっす』
まあ確かに野宿の心配は無い。
アボスはアイテムボックスの中の民家を改造してお風呂を作ってくれたりしている。
他の民家を潰して増築して二階にしたりしているようだ。
まだ中の様子を見ていないが、今夜のお楽しみだとアボスは笑う。
「あら? どうしたのかしら?」
『あ~~崖崩れみたいっすね』
二・三台の馬車と護衛の冒険者だろうか?
崩れた道から引き返している。
「お嬢ちゃん。引き返した方がいいぜ。がけ崩れで通れない」
五人ほどのパーティーのリーダーぽい中年のおっさんが愛梨に声を掛けてきた。
黒い馬に乗っている。他のメンバーは茶色い馬に乗っている。
愛梨はフードを引っ張り俯く。顔を晒したくない。
男はじろじろと不躾な視線を送ってくる。
他のメンバーも嫌な感じだ。
「遠回りになるが二時ばかり引き返して別の道を進むしかない」
一時は日本でいう二時間だ。二時間は四時間になる。
他の旅人や商人も五・六人ほどいてゾロゾロと引き返している。
皆ブツブツと文句を言う。
「全くついていない。納品間に合うかな?」
「引き返して村に泊まるか?」
「あの村にはぼったくる割にはいい宿屋がない」
「野宿するか? 幸い洞窟があったろう。あそこなら雨露しのげる」
「そうだな。それがいい」
男達は洞窟に泊まるようだ。
愛梨は崖崩れを見る。
片方は断崖絶壁の崖になっていて崖下は川が流れている。
鉄砲水のせいだろうか。山が崩れ道を塞いでいる。
見ているうちにまた山が崩れる。徒歩で山から行くのも危ない。
皆の姿が見えなくなると愛梨はぼそりと呟いた。
「収納」
道を塞いでいた土砂や倒木がアイテムボックスの中に収納された。
愛梨はすたすたと歩いて行く。
愛梨は皆に声を掛けはしない。
何故ならさっき声を掛けてきた男の馬車の帆が風に吹かれて中がちらりと見えたからだ。
奴隷が中にいた。首輪を付けられ鎖に繋がれて蹲っていた。まだ子供だ。何人もいた。
「アボス……この国は奴隷が承認されているの?」
『そうっす。この国は奴隷がいるっす。最も奴隷にされるのは獣人だけなんっす』
「えっ? 獣人?」
『気が付かなかったっすか?』
「わからなかった。本当に獣人もいるのね。じゃエルフやドワーフもいるの?」
『ここら辺にはあまりいないっす。隣の国や。北の大陸に大勢居るっす』
「そうなんだ。取り敢えず、日も暮れてきたからここらで野宿するわ」
愛梨は道からそれると大木の陰に杖を立てそこにアボス人形を括りつけた。
紐はそこらに生えている蔓を使う。
人形はそこら辺の索敵をしてくれて、魔物がいたらアボスに知らせてくれるのだ。
アイテムボックスの中から外の様子を伺える。
アイテムボックスの中から外に出た時、その姿を見られるのはまずい。
人の関心を引きたくない。死んだと思われているがなんかの拍子でばれるのは、愉快な事にはならないだろう。愛梨はアイテムボックスの中に入った。
暫くして馬のかける音がした。
さっきの冒険者が帰って来たのだ。
「リーダー!! 見てください!! 土砂がありませんぜ!!」
「さっきの小娘もいない!! あの小娘の仕業か!!」
「何者なんですかね~。かなりの術者ですぜ。手を出さなくて良かったですね。下手に手出ししていたら返り討ちに合っていたかも知れませんぜ」
「ちっ。かなりな上玉だと思ったが魔法使いか。一人で旅をしているだけあるな。とにかく馬車を引き戻せ。次の村の取引場所まで急ぐぞ。取引相手は気が短い。遅刻なんかしたらわしらの首が飛ぶ」
この冒険者パーティーはあまりいい噂を聞かない。
【炎の盾】と言う。仲間に引き入れた女冒険者をレイプして殺したり奴隷として闇商人に売り飛ばしたり。ギルドでもなかなか尻尾を掴めないでいる。リーダーは勘が良く。
やばくなったらするりと逃げるのだ。
アボス人形はアボスにその会話を伝えた。
「どうしたのアボス?」
『何でもないっす。角うさぎが居たっす』
「角うさぎ? 魔物よね」
『心配ないっす。小物っす。それより黒ぶどうは美味しいっすか?』
寄り道させて愛梨に収納させた黒ブドウだ。
王都では高級食材だ。
テーブルの上にババナの葉っぱの上に置かれている。
ババナの葉っぱは抗菌作用もあり。どこのでも生えているのでさっきアボスに木ごと5本ほど収納させられた。
「リリンゴも黒ぶどうも美味しいけれどもっとちゃんとしたご飯が食べたいわ。村に着いたら塩が手に入るといいんだけれど」
味噌は手に入らないだろうが塩が手に入ったらスープが作れる。
野菜ともしかしたらベーコンやウインナーがあるかもしれない。
そうしたら野菜スープが出来る。ミルクや小麦粉も手に入ったらシチューが出来るわね。
パンも手に入るといいな。出来立てのパンなら収納したらいつまでも温かいままで食べられる。
愛梨はごちそうさまと手を合わせるとアボスを見た。
「それにしても凄いわね~。あの民家が見違えったわ」
愛梨は家の中を見渡した。
アボスは民家を改築して5LDKの家を作っていた。
アイテムボックスの中は比較的改築しやすいらしく。
2・3時間で改築は済んだそうだ。
一階は台所と居間と風呂とトイレがあり。
暖炉まである。今は火が入ってないが、倒木を切って薪にできるだろう。
アボスの話だと数か月で冬になるらしい。
この国の冬は寒いが、隣の国はダンジョンのせいなのか。温泉のせいなのか。
余り寒くないらしい。温泉か~~♥
温泉饅頭はないだろうな。
『お風呂も沸いているっす。入って寝るっす』
「わあ~~~♥ お風呂まであるんだ」
『民家の中にお風呂と魔石があったっす』
そう。民家の中にお風呂と魔石があり。誰かが生活していた痕跡があった。
多分城の庭師かメイドの逢引きにでも使われていたのだろう。
愛梨には大きいが男物の服やブーツもあり。売ればいくらかの旅費の足しになるだろう。
愛梨はアボスにお風呂に案内されて寝間着を持って上機嫌で風呂に入る。
風呂の湯はまろやかで旅の疲れを癒してくれる。
「はあぁぁぁぁぁぁ~~~幸せ~~~」
愛梨は風呂好きの日本人の遺伝子を継いでいる。
愛梨はお風呂を堪能した。お風呂のお湯はまるで温泉のようだ。
肌や髪がツヤツヤする。アイテムボックスの魔力が関係しているのだろうか?
後でアボスに聞いてみょう。
お風呂から上がると愛梨は台所に置いてある水差しからコップに水を注ぎ飲んだ。
水差しもコップも民家の中にあった。
「アボスお願いがあるの」
『何すっか?』
「私にこの世界の事を教えて欲しいの。それと文字も教えて」
城で使われている文字は読めなかった。愛梨は余りにも自分が無知だと思い知る。
おかしな連中にいいように利用されたくないし。
異世界人とばれて危険視され命を狙われるのも嫌だ。
じっとアボスを見る。
『良いっすよ』
「ありがとう」
愛梨はアボスに笑顔を向けた。
「フフフ」
『何が可笑しいっすか?』
「だって私アイテムボックスとおしゃべりしているんだもの。あ……そう言えばアボス最初はおしゃべりしていなかったわね。何故なの?」
『愛梨の世界の言葉で言うところのインストール中だったからっす』
「い……インストール?」
『そうっす。この世界の情報と愛梨の世界の情報をインストールしていたっす』
「えっ!! 凄い!! 二つの世界の事を知っているのね……」
『褒めてくれても良いっすよ』
「では物知りのアボスに尋ねます。王様の言っていたことは本当なの?」
『元の世界に帰れるってことっすか?』
「うん。私本当の事が知りたいの」
『王の言ったことは本当のことであり、嘘でもあるっす』
「?」
『歴代の勇者は元の世界に誰も帰ってないっす』
「帰らなかったの? 帰れなかっの?」
『ハニトラっす』
「ハニトラ……」
『ハーレムを餌にだいたいの勇者は帰らなかったっす』
「あ~~聞くんじゃなかった」
『ハーレムは男のロマンっす』
愛梨は脱力して椅子に座り込む。
『帰りたがった勇者は殺されたっす』
ばっと愛梨はアボスを見た。表情のないアボスの顔が愛梨を見詰める。
「何故……?」
『愛梨の世界では人が月に行けるっすよね』
「う……うん。アメリカって言う大きな国がロケットを開発して月に行ったよ」
『莫大な費用がかかったっすよね』
「う……うん。いっぱいお金がかかったよ」
『そんな事にお金をかけるより貧しい人々に使った方が有意義だと言う意見があったっすよね』
「う……うん。そんな意見もあったみたいだね」
『それはこの世界でもそう思う人々は居るっす。勇者が魔石を使って帰るより。その魔石を使ってこの世界の復興に使った方が有意義だと思う人がいて実行したっす。勇者を殺し魔石で荒れた山々や海や畑を豊かにしたっす』
「誘拐されて兵器としていいように利用されて魔王を殺して最後に殺されて……彼は浮かばれないわね」
『彼じゃないっす。彼女っす』
「えっ? 女の子なの?」
『この世界は逆ハーは認められていないっす。女は嫁に行くのが幸せって考えっす。女の浮気は認められないっす。火炙りっす』
「この国から、いえこの世界からサッサと逃げ出したくなったわ」
『まあ。ハニトラに引っかかった勇者もあんまり幸せとはいかなかったみたいっす』
「うんそうだろうね。爵位をもらっても小説のように成り上がれるとは思えない」
『違うっす。ハーレムの女達を上手くコントロール出来なくて刺されたっす』
ずるずると愛梨は椅子からずり落ちた。
「漫画や小説のように上手くいかないものね」
まあそうだろうね。気位の高いお姫様や貴族令嬢が大人しく言いなりになる訳ないよね~~。
『愛梨の世界の王様も言っていたっす。二人の女を仲良くできるものはこの世を支配で来るであろう。それぐらいリアルだと難しいっす』
「その王様どんだけ王妃と側室に手を焼いていたの!!」
その王様は刺されなかったんだろうか?
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218/9/10 『小説家になろう』 どんC
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最後までお読みいただきありがとうございます。