彼と彼女の殺し愛
これは何十年、何百年に一度のころしあい。
忘却の夜と諦念の朝を連れて、女は男と対峙した。
互いに微笑を浮かべる。男は熾烈に、女は玲瓏に。
――ふと、空の太陽が欠け始めた。
女がひとつ瞬きをする。途端、触れたもの全てを毒液へと変える朝の霧が立ち込めた。
石畳も木も人も。朝霧は撫ぜた物という物をどろりと毒にし、男を襲う。
男はさも嬉しそうに朝霧を抱きしめ、何事も無かった様に女の元へ歩を進めた。
女がまたひとつ瞬く。今度は毒液さえも白砂に変える夜の風が吹いた。
毒液の世界を塗り替える様に、砂塵が舞い、男へ迫る。
男はひょいと夜風を捕まえ流麗にいなし、また女の元へ歩を進めた。
不意に、男の目前を極彩色の波紋が覆う。
男がつい、と目を細めると、波紋は高い音をたてて割れた。波紋の向こうに女は居なかった。
剣を創る。光の奔流と氷の礫でできた、息を呑むほど美しい剣を。
男の背後に現れた極彩色から女が飛び込んで来る。
男はそれを気配だけで察して剣を振るった。
一撃。
それだけで七色の波紋を壊し、女の左腕を斬り飛ばす。斬撃はそのまま、落ちる綺羅星の如く儚い光の尾を残す。
女は腕が無くなったのにも構わず、うっとりと笑んで男の首に手を伸ばした。
しかし、男のぬばたまの髪に届く前に、右腕は絶たれる。流れ出る血は瞬時に凍り、砂の上で赤い花を咲かせた。
男も、剣をしならせ女の首を狙う。
白銀の髪を靡かせ、女が肉薄した。
無くした腕の代わりに朝霧と夜風を纏い、毒液から白砂に、白砂から毒液にと変化する盾として、身体を捻った。
女の艷めく白い足が、風を伴って男の顔を蹴るかに見えた。
男が首を傾ける。
振るわずとも剣の光は女の足を切り刻み、氷は女の肢体をなまめかしく縛り上げると、残る足も凍らせて砕いて、足元の霜とする。
地面に立つこともままならない白銀の女の腰に手をまわし、頭を支え、男は女にくちづけた。
――いつの間にか、太陽と月が完全に重なっていた。
赤と青の瞳が互いを捉え、濃密な紫を生む。
「嗚呼」
声に出したのはどちらだったか。
ごとりと音をたてて女の身体が地に落ちる。
割れた身体が、金銀、瑠璃玻璃に煌めく。
清涼な青が光を無くすのを観てとり、男はいっそう笑みを深め、首だけの女にくちづけた。より、深く。
――やがて、太陽と月は分かたれる。
男の手にはもう、女の名残さえなかった。
これは、太陽と月の殺し愛