状況整理
雪が降り積もる中、強引に除雪を終えた滑走路から共和国空軍の偵察機が離陸しようとしていた。
任務は「南」に対する強行偵察であり、元旦から続いている異常事態に対する備えからか、飛び立つ機体は共和国空軍の保有する主力偵察機であるSu24ではない、それまでの共和国空軍機と異なった電波透過性の高い最新鋭機が用いられている。
その機体の共和国空軍における正式名称は14式戦術戦闘攻撃機、西側通称Su57Jである。
1980年代から共和国とソ連が共同開発を行っていたこの機体は、量産開始間際にソ連が崩壊してしまい正式配備が大幅に遅れていた。それでも2014年になってから量産が始まった文字通りの最新鋭機であり、状況次第では米国のF22や南日本のF7※1にも対抗可能な性能を有している高性能機である。
1月3日 早朝 旭川空軍基地
共和国空軍の保有する基地の中でも最大規模を誇るこの基地には、平時ならば大量の軍用機が配備されている。
しかし、現在は異常事態かつ戦時下ということで、敵の奇襲を避けるべく各地の空軍基地や駐屯地へと分散配備され、残っているのはこの基地でなければ整備出来ないような大型機や、自身の愛機の様な最新鋭機が殆どだった。
そして、今回言い渡された「南」への偵察という任務もこの機体に相応しい任務だろう。
そう、パイロットである彼は考えた後にブリーフィングの内容を思い返す。
自分の他にも10名ほどが集められており、軍中央の参謀が政治将校を連れて説明したところによれば偵察衛星を含む全衛星との連絡が途絶したこと、元旦の武装勢力は南日本と関係の無い第三国の可能性が「極めて」高いこと。
そして、接している土地は調査の結果、南日本の土地ではない可能性が高いということを知らされたのだ。
無論、他言無用との念を押されて。
あわせて、その場で「南」に対する強行偵察が命じられた。
程よい緊張感と困惑を胸にし、点検を終えた自身の愛機に乗り込むと、機体をチェックする。
AESAレーダー、エンジン、酸素供給装置、操作制御システム、12式戦術統合支援システム※2……異常なし。
唯一、ロシアと共同で運用していたリアーナ戦術データリンクシステムのみが通信不能のランプを点滅させていたが、それは無視をする。
なにせ、衛星がないのだ。
通信不能のランプを点滅させるということは逆に正常ということを表しているとも言える。
発進準備が整ったことを管制官と整備員に伝え、滑走路へ移動した後、管制塔の許可を得て空へ飛び立つ。
次々と飛び立ってくる味方機と基地上空で編隊を組んだ後、南へと向かう。
以前まで乗っていたMig35と違い、この機体は敷香発動機がライセンス生産したイズジェリェ30エンジンを搭載し、アフターバーナー無しでの超音速巡航を可能にしていた。
――この機体についていくことが出来るのは、南の最新鋭機ぐらいな物だろう――
「こちら第三航空軍所属航空管制機、コールラインスカイライン。現在、所属不明機はレーダー上に存在せず。あと5分で作戦空域に突入する、全機、警戒せよ。」
無線では、航空管制機が状況を伝えてくる。
今回の作戦には、空軍の中でも最精鋭の部隊が投入されている。
偵察用の改修を受けた自機は勿論、護衛機にはSu37やMig35、管制機にはA100といった未だ配備途中の最新鋭機だ。
護衛機のパイロットは「義勇兵」としてイラク戦争にリビアにシリアと実戦を経験しており、練度の面でも優れている。
――冷静に、いつも通りやれば問題ないはずだ――その思いを抱えつつ南日本領空へと侵入する。
南日本領内に侵入して札幌付近まで南下しても、いつもなら領海や国境付近でスズメバチのような警戒行動を行ってくる南日本空軍のF15や、F6といった要撃機は姿を現さず、眼下に見えるのは森か時代遅れの農村ばかりで、近代的な建物はおろか、大きな町すら発見できていなかった。
「警告、警告。所属不明機が南東から接近。数は大型8、小型24、超大型1、撃墜を許可する。」
管制機からの命令と同時に、データリンクに情報が更新される。
それを元に、護衛機が長距離誘導弾を発射し、データリンク上からブリップが1/3へと減る。
小型機は全機撃墜。大型と超大型は未だ「浮いている」事に驚愕する。
なにせ、自機を含めて全機が装備するR77は全弾命中した筈なのだ。
確かに、運良くエンジン部以外に命中して生き残れたとしても、それがブリップ上に存在する大型と超大型だけとなると話は別だった。
……頭を切り替えて目の前の事に集中する。
搭載している12式戦術統合システムが最適な撃墜方法を提示すると、それに従って敵に接近する。
……レーダ警告、敵からレーダー波を検知。
構わずに、R73短距離誘導弾を発射する。
……全弾命中。ブリップが消える。
敵に接近し、敵と交差する時に見えたのは燃えながら落下する敵の巨大な木造船と、小型の木造船だった。そして、その下には、中世さながらのお城と城下町があるのが見えた。
それを見て、彼は無意識に呟いた「本当に異世界に来てしまったか」と。
ボヘミア王国 王都ベーメン
城内は混乱の最中にあった。
新領土を平定すべく動いていた連合軍部隊の壊滅、付近の都市を占領する召喚地から出てきた軍勢による王国領土の制圧、そして、巨大な爆発と、その後の謎の疫病の発生。
混乱する配下を見つつ王は内心で毒ずく。
――そもそも、召喚自体無謀だったのだ!――
幾ら費用と人員は全額ロマリア連合王国持ちだと言っても、駐留軍の受け入れと魔術師に対する土地の提供は、連合王国の属国の中で唯一の島国であり、また人口50万人の小国、貧乏国であるわが国には過ぎた負担だった。
そして、肝心の召喚の結果もこれである。
新しい土地と奴隷を手に入れるどころか、洗脳魔法も効かない高度な技術を持つ異世界の軍事大国を召喚してしまったらしい。
発言している外務大臣によると、今も連合王国では「和平」に向けた話し合いの途中らしかった。
仮に私がその国の王なら、少なくとも今の時点で和平などしないだろう。
それに、と外務大臣は続ける。
ロマリア王国の属領や王国領土内の幾つかの大都市や森林が消滅するという事態が起こったらしく、連合王国では魔王を召喚してしまったのかと大混乱に陥っており、貴国は自力で防衛して欲しいと言われたと。
――防衛は可能か――
と王国大将軍に聞こうとした時、王国軍の将校が入ってきて告げる。
「陛下!敵襲です。地下室へお逃げください!」
その時、王城上空で爆発音が連続して聞こえたのを、国王は聞き逃さなかった。
「近衛騎士団が防衛戦を展開しています。お早くお逃げください!」
そう続ける将校に従い、城の地下にある結界防護室へと避難を始めた。
※1南日本が開発したステルス戦闘機。
ソ連と北日本が進めていた新型戦闘機の開発と軍拡の脅威に対抗するべく開発された機体。
F22と互角に近い性能を有する機体で、伝統的に格闘戦を重視する日本機の特質からか、格闘戦ではF22に勝るとされている。
当初はアメリカ製のF15以前の戦闘機を更新する予定であったが、冷戦終結を受けて当初の配備計画から4割程削減された約100機が配備されるに留まった。
F22の共同開発ではなく独自開発を選んだのは日米貿易摩擦の激化が主な原因と言われるが、実際のところは米国が日本に輸出を許さなかった事が独自開発を選んだ理由である。
又、日本海軍は2000年代に入ってからF8艦上戦闘攻撃機というステルス機を導入している。
※2 北日本が主導で開発した戦闘支援装置のこと。
北日本製の優れた電子機器とロシアと共同開発した軍用人工知能を主軸として構成されるSu57の最重要装置の一つ。
欧州製の同種機器ともほぼ互角な性能を保有している。