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ある共産主義国家の記録  作者: HTTK
ワーストコンタクト
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反撃と混乱

 2015年1月1日 03:30 戦闘区域


 自身が車長兼中隊長を務める戦車中隊が、一気呵成に南日本領内を押し進む。

彼の中隊だけではない、師団に所属する動けるだけの部隊が南に向けての無停止進撃を行っているのだ。

現在部隊は数時間前に行われた戦術核ミサイルを含む核攻撃により、進撃路に放射能汚染が広がっている事が考えられたことから事前の規定に従っての迂回移動を行っていた。


ほんの数時間前、自身が属する連隊は軍事境界線後方で通常の警戒態勢にあった。

しかし、年明けと同時に非常招集がかかり、全部隊に即座の南進が命令されたのだ。

 自身とその部下は準備を整え、即座にーー連隊司令部の指示に従ってーー軍事境界線を突破し、南進を開始した。


 しかし、地図との地形が違い過ぎる、具体的には道路や町の筈が木々が生い茂っている、強力な「野生」動物に出会う等々の「齟齬」が連続して起こった結果、部隊の進撃は徐々に遅れ始めていた。

 連続した射撃音と砲撃音、ヘリの爆音が錯綜するなか、運転手である部下の伍長が悲鳴を挙げる。

「車長!、地図が使い物になりません!現在位置が不明です。」

暗視装置を見ながら砲手も叫び声を挙げる。

「機動ロボットと、敵歩兵部隊を視認!……敵の数が多すぎる!攻撃します!」

無線からも所属する連隊の混乱した状態と錯綜する戦況が聞こえてきていた。

別の地点で戦う友軍も中世の騎士の格好をした敵兵と鉄や石で出来た機動ロボット共の攻撃に直面しているらしい。

中隊の正面にも大量の敵が現れており、125mm砲を筆頭にありとあらゆる火力を行使するも、敵の勢いを押さえきれそうになかった。


……敵歩兵部隊から時たま放たれる対戦車火器が、自身の搭乗する車両の爆発反応装甲に命中したのか、轟音と衝撃が車内を襲う。……機関銃の連射音とどこかからの絶叫が響き渡る。

連隊砲兵へ連絡を取った方がいいな、そう考えて中隊全車に連絡を取る。

「全車、一時停止しろ!」続けて連隊本部に無線連絡を取った。

「こちら第2戦車中隊、支援攻撃を要請する。」

数秒の空電音の後、連隊の砲兵大隊へと繋がる。

「こちら第二戦車中隊、現在座標は・・・」

連隊砲兵に現在座標を伝えた後、戦車の砲撃手に伝える。

「歩兵部隊ではなく、敵の巨人を優先して撃て!」


豊原電子製の優秀なFCSと熱探知装置を搭載した北日本製のT72J改は、射撃精度なら南の90式や米帝のM1と互角以上と言われていた。そして、T72J改はその性能を遺憾なく発揮し、敵の巨人を次々と打ち壊し、密集する歩兵部隊を榴弾砲で吹き飛ばしてゆく。

そして、自身の要請から凡そ30秒後には連隊砲兵の装備する152mm自走榴弾砲の砲撃が前方に殺到し、敵を木っ端微塵にする。

更には師団砲兵のロケット砲がその更に遠くにばら撒かれ敵を撃破してゆく。

「見たか!帝国主義者共が!」


敵を殲滅した後に更なる前進を続けようとしたところ、連隊本部から命令が届く。

「全軍進撃を停止し国境線まで後退せよ。包囲下にある部隊、及び敵を包囲している部隊は当該部隊を撃破した後に後退せよ。以降の前進は命令あるまでこれを許可しない。」

この命令には部下共々首を傾げる。南日本軍の本格的な全面攻勢に遭うまでに北海道全島を解放することが、わが国が戦争に勝つ唯一の方法の筈だ。

言っては悪いが、所詮は冷戦時の完成形の我が軍と21世紀型の軍であるかの国の軍隊では時間が経つほどこちらが不利になるのに。

しかし、その不満も無線から聞こえた情報に霧散する。

伝えてきた情報は国境線全域で、敵の浸透攻撃を受け市民に被害が出ているらしかった事、そして南日本を含む周辺国との連絡が途絶している事が確認されたらしかったからだ。


同時刻 釧路市郊外 

「馬鹿な、撤退だと!敵の散発的抵抗に怖気づいたか!」

真紅のローブを着た男が叫ぶ。

「召喚物」の迅速な制圧を目的に配置されていた魔道師、傭兵、妖魔(ゴブリン等の所謂「モンスター」)の混成部隊の指揮官である彼は、司令部の魔道通信に対し思わず叫ぶ。

冗談ではない、彼のような領地を持っていない武官にとっては、戦場の略奪と奴隷の獲得がめったにない副収入になるのだ。

故に、「宝の山」であるこの地から簡単に撤退したくは無かった。


「中佐、そうは仰られますが実際問題「召喚物」の抵抗は激しく、部隊を再編するために一旦後退するべきです。」

その後、小声で付け加え「……中佐、これは内密に願いますが、本隊の総司令部及び各軍団司令部並びに後方の物資集積地点との連絡が途絶しています。」

飽くまで「念の為」ですよ、そう付け加えて通信が切れる。

どちらにしろ、一指揮官である彼にはどうしようもない。

(略奪は魅力的だが、軍命に背く=死が原則である以上、逆らえる訳が無い!)

彼は部下に総退却を命じ、自身も陣を引き払う準備をする。

……既に確保した「奴隷」や「戦利品」を引き連れるのは無論忘れない。


 結論から述べると、この時の司令部の命令は賢明だった。

計画的でまとまった撤退を選択した前衛部隊は、各軍団司令部からの通信が途絶し、各個の判断での交戦ないし撤退を余儀なくされた本隊や後衛の残余と比較して軽微な損失での退却に成功した。

司令部の命令が届かずに残っていた、ないし既に指揮系統が崩壊し、各個の判断で占領地を維持していた部隊も、夜が明け、動員準備を整えた北日本軍の本格的な奪回作戦が始まると瞬く間に壊滅、降伏していった。

北日本軍が郊外の奪回を終えて見たのは、殺害されたまま放置されている市民の死体や、荒らされ、根こそぎ略奪された都市の惨劇であった。


1月2日 日本人民共和国 首都 豊原 


 国内の治安維持を任務とする民警や国防軍の兵士が三が日にも関わらず、ショットガンや自動小銃を持ち、装甲車や戦車と共に完全武装で街角に立っている。

この町だけではない、北日本のあらゆる地域で戒厳令が発令され軍や部隊が各地に展開していた。

 地域によっては、内務軍が共和国軍の不法出動の恐れありとして一部軍部隊の予備拘束を行うなどの小競り合いも起きていた。


 その原因は二つ、一つは言うまでも無く昨日発生した「同時多発騒乱」の影響で国全体が過度な緊張状態にあること、もう一つは北日本の権力組織である国会と内閣の構成員全員、そして党の権力中枢部とそれが忽然と姿を消し、内政が大混乱に陥っているということが挙げられた。

なにせ、憎悪の対象にもなっていたにせよこの国を動かしていた「権力者達」が全員消えてしまったのだ。

残された実務官僚と、政治に関わる事を是としない司法関係者、そして軍人達はこの突然振ってきた災難に右往左往していた。

市民には情報が伏せられているが、イントラネットでは既に「同時多発騒乱」の映像がアップロードされ市民の知る所となっていた。

又、騒乱自体が南日本と国境を接する地域で起きていた事もあり、国境にほど近い大都市圏である釧路は勿論、国境を接していた北の滝川や美瑛の市民から口伝えで他の地域の住人に伝えられており、情報統制は何れ限界を迎えると見られていた。


 そして、一番大きな問題として国会と内閣、党が実質的に消え去った以上、「誰がこの国の行政と立法をするのか」ということで下手をすれば敵を前に内戦を始めかねない緊張関係を、それぞれに生み出していた。

財政や人事を握る実務官僚や下級の党官僚、政治とは意図的に中立を保ち続けていた司法、そして実働部隊としての軍を握る軍部。

特に実務官僚と軍部は長い対立関係にあったことが事態を悪化させるのでは、と良識派とされる人々を恐れさせた。


 しかし、結局対立が政争や実力行使に繋がる事はなかった。

三者とも、目の前の敵を叩くことを第一としたのだ。その為に、彼らは将来の何れかの時期に権力を国民に委ねるという妥協を果たした。彼らの権益や利益を平等に守るには、そうするしかなかったからだ。

4千万を越える人口を維持管理するには、それぞれの単独では無理なのだ。

それならば、彼らは妥協するしかなかった。

権力を維持しようとする強欲の末路は、東欧や中華地域で嫌と言う程見ていた。

外圧を前に団結を図る点で、彼らは南と変わらない日本人と言える。

……ただし、この時に強硬派の軍人や野心溢れる党官僚の残党とも妥協していたことは、後に北日本の大きな失策となった。


 その日の夜に軍の特別放送がイントラネット、テレビ、ラジオの全周波数で流された。

その内容は、主に3つ。

一つ目は、国会議員全員と内閣の全閣僚が行方不明になったこと。

二つ目は、南日本を含む全地域との連絡途絶と謎の勢力からの攻撃を受けたこと。

三つ目は謎の勢力による攻撃等の異常事態と、政府組織の壊滅から軍政が適当な期間布告されるというものだった。

この異常事態に、国民は驚く程冷静だった。いや、正確には理解が追いついていなかった。

なにせ、正月に核戦争が始まり、その数時間後には国内への敵軍の侵入と撃退を経験し、そこから一日経つと、政府の消滅と他の国家からの連絡途絶の放送である。

すぐに理解するのは難しいし、その意味を理解する前に人々は仕事と混乱に追われることになる。

……放送が正しければ、原材料や食料の輸入はおろか、あらゆる国との貿易が不可能になることを意味しているのだから。

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