異常と接触3
タナルト島はロシア軍が占領する以前には、現地の小規模「国家」(「くに」というほうが正しい意味である)が支配する島のひとつであった。
タナルト島が位置する大レンディア海の文明水準は(一部の地域を例外として)地球で言うところの「古代」の水準である。彼らは、地球における大航海時代以前の太平洋諸島での生活と殆ど変わらない生活を送っていた。
彼らは、青銅のや石の剣で武装し、海上兵力と呼べるものは殆ど存在していなかった。肝心の航空戦力も精々がワイバーン以下の火も吹けない飛竜もどきを有しているのみと言える。
そして、彼らにとって世界とは自分たちが暮らす島の他には、他の島から偶に貿易に訪れるカヌーや大陸からの難破船がすべてなのだ。
故に、彼らの多くは突如として現れた数千トンもの質量を有するロシア海軍の駆逐艦やフリゲートが姿を見せただけで呆気なく降伏した。
勇ましくカヌーやワイバーンもどき(火も吐けない飛竜)で戦いを挑んだ部族や国家も存在したが、それらが傷一つ付けられずに壊滅したのを見て、現地民達は呆気なく抵抗を止めた。
現地の小規模国家がロシア軍に降伏してからのタナルト島は、付近の島嶼や海域を警戒する拠点のひとつとしてロシア軍によって小規模な港湾が整備され、隊員の宿舎なども設置された。
そしてその島は、警備艇が曳航してきた木造船によって現在ちょっとした騒ぎが発生している。
島から隔離された警備艇内の中で、迷彩服を着てマスクをした男が医者と思わしき白衣を着た男と会話をしている。
「患者の容体はどうだ?」
迷彩服を着た男が医者に尋ねる。
「現在のところ容体は安定していますが、目覚めるまでは絶対安静です。栄養失調と脱水症状を原因とする酷い衰弱状態で、いつ死亡してもおかしくない状態だったので。」
ゴム手袋にマスクをした医者が、迷彩服の男の問いに答える。
迷彩服の男が、医者の言葉に眉間にしわを寄せた。
「北日本本土から外務委員会の人員が近日中に島に来るらしい。難しいと思うが、いつ頃目覚めるかわかるか?」
「いつ目覚めるかもわかりません。とにかく、現在は絶対安静です。……防疫関係の人員は来ないのですか?何らかの病原菌を持っている可能性があるので、速やかに派遣してくれると思っていたのですが」
医者は、困ったように答える。
その医者の言葉に、今度は男が困った顔になる。
「どうも、日本人たちはロマリアでの「火消し」に追われているらしい。わが軍の防疫部隊もロマリアに派遣されているからな、こっちについては、接触者を隔離しているということで優先順位が下げられたらしい。取り敢えず、一か月以内には送られてくると連絡があった」
医者は、その言葉に苦笑する。
「北日本も、我々も災難続きですな。」
医者の言葉に、迷彩服の男もまた苦笑する。
「まったくだ、はやく老後の生活を楽しみたいものだね」
そういって男たちは笑った。
ロマリア連合王国の存在した地域は、まるで巨大な腐乱死体のようになりつつあった。
北日本の攻撃や異民族との戦いにより連合王国はその力の源たる軍事力の多くを失い、連合王国の中枢部も核兵器により焼き払われたことに加え、飢饉と疫病の流行に襲われた為だ。
北日本が王都を焼き払った後、デルモンターレスの侵攻による流民に加え、焼き払われた王都周辺からの流民は無事な領域を目指して一斉に逃げ出した。その数は一説によると数百万人の規模に上ると言われている。
その膨大な数は、幾ら同胞の連合王国民であったとしても、他の地域が支え切れる人数を遥かに凌駕していた。
故に、未だ統治機能が生きている地域はそれら流民の領内への侵入を防ぐべく、国境を各王国軍や私兵を使って完全封鎖を行った。
そして、それに反発する流民や中央貴族の生き残りが、残存していた連合王国政府組織の中でも一番の実力を有していた組織である王軍に対して救援を依頼し、連合王国は完全に崩壊を始める。
各地で流民の側に立った王軍と、各地域の軍隊が激しい戦闘を開始したのだ。
王軍は曲がりなりにも「国王の剣と盾」としての常備軍であった事から、各王国や領主の行動を国王に対する「反乱」と見做して鎮圧を開始。
本来ならば、王軍はその圧倒的な航空戦力と魔道兵団を以て地方領主の手勢程度、簡単に鎮圧できただろう。
しかし、北日本やデルモンターレスとの戦いで戦力の多くを失っていた為、各地の王軍は大幅に弱体化していた。
更に言えば、産業の中核たる王都が蒸発し、兵員の補充先たる王領もまた内戦に巻き込まれている事で、武器の補充も極めて難しくなっていた。
それらの要因が重なり両者の戦いは決め手を欠き、泥沼に陥っていた。
そして、その最中に発生した飢饉と疫病はロマリア連合王国の崩壊にトドメをさし、急速な封建化と分裂を連合王国領内に招きつつあった。
その惨状は、ロマリア全土の領有を主張し、北日本の支援を受けて「解放戦争」を行っていた【ロマリア評議会連邦】ですら疫病の蔓延や各地域からの流民の流入、国境や国内でのゲリラ戦によって北部カルパティア地方沿岸部の維持で精一杯になっている程であった。
「連隊長、反乱軍(※1)の領域まであと3リーグ(※2)です」
「ベニンスル駐屯基地上空に差し掛かります」
通信魔道具を使って、部下が報告する。
北部カルパティア地域に程近い場所で、連隊長と呼ばれた彼は指揮を執っていた。
彼の指揮下にある戦力はワイバーン9騎とワイバーンロード6騎であり、一年ほど前の王軍であれば3個中隊(※3)の戦力に過ぎないものでしかなかった。
しかし、彼の有する兵力は現在の連合王国飛竜軍にとっての最良の部隊の一つと言えた。
連合王国軍が【第11飛竜連隊】と名付けているこの部隊は、既に書類上の存在となりつつある王軍の他の連隊や騎士団と比べ、未だに「連隊」としての戦闘が可能な兵力を有しているのだ。
(他の連隊では、戦闘可能となっている飛竜部隊が1個中隊になっている部隊も珍しくないのだ。)
今回の彼に言い渡された任務は、北部カルパティア地方での残存王軍(王軍における呼称は【第一総軍】)に対する航空支援と王軍の他の地域への退却支援であった。北部カルパティア地方周辺部には、北日本やデルモンターレスに対抗する為に、比較的多くの兵力を送り込んでいた事から、未だ王軍もそれなりの地域を保持していたのだ。
しかし、北部カルパティア地域全域で広がる農民反乱と賊軍・叛徒との戦闘によって残存王軍は疲弊しており、早急に王軍が優勢で被害の少ない南部熱帯地域への撤退を行う必要があった。既に王軍には王国全土を掌握する能力が無いのだ。
「前方に機影2!方位北北西!」先鋒の部下が通信具を使って報告してくる。
相手の使用しているワイバーンは王軍の使用している標準型ワイバーンだが、警戒を怠らない。
王軍の中には、構成王国に寝返った部隊も居るのだから。
「通信中……。応答あり、友軍です。」
その言葉にホッとするが、次の言葉でさらに警戒を強める事になる。
「友軍より誘導。《ベニンスル駐屯基地北で戦闘中、敵飛竜に注意されたし》。」
彼らが任務を終えるまでには、まだまだ時間がかかりそうであった。
※1 王軍の言う反乱軍とは、独立を宣言した旧連合王国構成国の事。ロマリア評議会連邦については叛徒と呼称している。
※2リーグは凡そ3キロメートル
※3 この世界において、列強や大国と呼ばれる国の飛竜軍連隊は以下に示す編成を採っている。
1個飛竜連隊
4個飛竜中隊 各ワイバーン×6
各種支援部隊
1個魔道飛竜連隊
4個中隊 ワイバーンロード×6
各種支援部隊
この世界では、連隊が作戦単位の基本であり、各種の支援部隊についても連隊に付属している。




