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ある共産主義国家の記録  作者: HTTK
ワーストコンタクト
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転換点

 夜が最も深い時間であろう日の出前の時間にも関わらず、真冬のオホーツク海を移動する艦隊があった。

平たい甲板を有する巨艦を中心としたその艦隊は、今夜未明から北海道を目指して全速力で千島列島を南下しており、既に北海道本島へ到着しつつあった。

そして、その艦隊には白地の下部に青線、中央に赤星、更にその左上に鎌と槌が描かれている旗と赤地に黄色で2と描かれた旗が掲げられている。

それの表す意味は、その船が日本人民共和国の所属であるという事。

そして、その艦隊が日本人民共和国海軍の中でも最精鋭の空母機動艦隊であるという事だ。

 

 2016年1月1日 5時47分 原子力空母《前進》艦内

 今、私は身を切るような風が吹いている甲板を愛機に乗るべく歩いている最中だった。

新年のお祝いを艦隊のクルー全員で迎えて10分もしないうちに出された非常警戒態勢。

新年そうそうというのに出された命令によって、艦隊の全員は交代で休息を取りつつ非常態勢を取っていた。

そして、私もその一員としてパイロットの待機場所で出撃命令を待ち続ける、無線封鎖の影響もあり、情報が全く伝わって来ていないなか、漸く出撃命令がでる。

艦隊全力のアルファ・ストライクに否応なく士気が上がる。

何せ、実弾を満載しての艦隊全力攻撃など目標は「南」の空母機動部隊とその搭載兵力しか存在しないし、私たちはその為に日々の訓練を行って来たのだから、士気が上がらない筈がない。


 既に味方の攻撃は始まっており、デッキの上から僚艦のソヴレメンヌイ級がミサイルを発射しているのが見える。

「帰艦したら、サイダーを開けておいて。」自身の担当の整備員にそう告げると(サイダーなのはこの艦隊に伝わるゲン担ぎみたいなものだ)、私は我が艦隊の誇る整備員によって整備された自身の愛機に乗り込み、普段より幾分か緊張しつつもシステムチェックを行う。

データリンク、レーダー、ヘルメットのHMDも快適に作動する。

エンジンも問題なく作動。

よし、いける。甲板員に親指を立て、発進準備が整った事を伝える。

甲高い音を響かせ、空母の油圧カタパルトは私を愛機―Su33J改―ごと空に押し出す。

「日本人民共和国航空機製造」製のこの機体はロシアの同種の機体と性能は全くの別物で、南の79式艦上戦闘攻撃機やアメリカのF18とも互角以上にやりあえると機種転換の際に言われたものだ。

事前の訓練通り、船を飛び立ったあとは艦隊上空を旋回しつつ編隊を組み敵艦隊へと向かう。

上空にあってもその巨体さから目立つこの船は、全長300メートルを超える巨体を有する立派な空母だ。

旧ソ連の崩壊時に祖国が買い取った船。

私の所属している船を含め二隻が共和国海軍に配備されていて、改良型が建造中の筈だ。

私が生きて帰ってくるときには何隻の船が残っているだろうか?


「……各機、目標を確認次第交戦を開始せよ」

空母から既に飛び立っているYak44E早期警戒機が無線で指示を下す。

愛機に搭載されている戦術情報多目的処理システム(戦術データリンク)から僚機の情報を受け取り、敵を確認する。

南の新鋭機はレーダー透過式の機体だと誰かから聞いたのを思い出し、身体が震える。

――大丈夫こちらが、補足しているということは、敵は新鋭機じゃない!――

 その時、艦隊司令官の声が全艦隊の無線に入る。

「航空隊各員に次ぐ、敵は南日本軍では非ず、正体不明の武装勢力である。武装勢力は現在北海道本島へ侵攻中であり、我々はそれを阻止する任務を与えられた。貴官達の奮闘を期待する。」

司令官の簡素な状況説明が終わると、無線では味方が驚きの声を上げている。

その声に耳を傾けつつ、敵が射程距離に入ったのを確認し、僚機と共にR77中距離誘導弾を発射する。

……全弾命中!敵からのミサイル攻撃はおろか、レーダー探知もないことに疑問を感じつつも、初の実戦に集中する。

敵艦隊近付く程にレーダー上に数を増す敵に舌打ちをしつつ、ミサイルを短射程に切り替え、もう一度発射。

そののち敵と交差した時、僚機も私も本当に驚いた。

なにせ、ミサイルの直撃によりバラバラになったドラゴンと騎士が燃えながら落ちているのだから。

敵武装勢力の「戦闘機」を撃破した私は下を見る。

大量の木造船舶が祖国の大地、北海道へ向かって移動しているのが見えた為、それに対しても機銃掃射を加える。

30mm機関砲の一掃射で、武装勢力の船がバラバラに吹き飛ぶ。

あっけないほど簡単に沈む敵の船に、哀れみとなんとも言いようがない感情が起こる。

「……まぁ、勝ち目のないほど強大な敵よりかは弱い方が良いに決まってるわね」

そう一人つぶやいて気を取り直すと、木造船の中でも群を抜くほど巨大な船に、愛機の装備する「Kh59J改」を発射する。

南日本の優れた電波妨害・防空技術を突破すべく改良され続けたこの武器はたかが木造船ごときが撃墜できるものではない。

というよりも木造船にこのミサイルはオーバーキルもいいところだった。

……他の味方が発射したミサイルも加わり、巨船は木っ端微塵といってもいい轟沈具合だった。巨船の轟沈を確認した後、海面を見ると既に敵の艦隊は味方にやられて多くが海面に没している。

残りも沈めなきゃ、そう考え機銃を撃とうとすると、早期警戒機であるYak44Eから無線が繋がる。

「今作戦終了、繰り返す今作戦終了。全機母艦へ帰艦せよ」

あと少しで、敵を殲滅出来たのに!

そう思うも、――あの程度なら、国防軍部隊でも大丈夫でしょう――。

私はそう気を取り直して、機首を母艦の方角へと向ける。

「帰艦した後のサイダーが楽しみだなぁ」

そう一人つぶやきながら。東の空は白み始めていた。


 同日 未明 釧路市郊外某所

 この国は、有事の際に国民を速やかに動員し戦力化することを可能にするため各地に武器保管庫(歩兵装備程度)が置かれていた。

それらの武器は、元々組織されていた会社や学校単位の「人民防衛隊」※1が使用するためのもので、平時に置ける装備の無断での持ち出し、使用は法律で厳重に規制されていた。

しかし、現在のような「非常時」の持ち出しに関しては全市民にそれが許可されていた。

その為、敵の浸透という今回のような場合も市民による臨時の武装隊が編制され、軍・警察と共同で排除に当たるはずだった。

しかし、今回それが機能しなかった原因は単に核戦争勃発による屋内退避を優先させたことと、大晦日と新年ということで倉庫の管理番や上級者が不在だったことが挙げられる。

全くの油断といってはその通りだが、核兵器の着弾15分前に仕事をこなせる人は少ないだろう。


「全員一列に並んでください!」

豊田軍曹は、部下の二等兵がそう言って市民を並ばせようとするのを遮って言う。

「それぞれの役割にあった装備を急いで取れ!、各員は訓練に従って行動するように!」

敵の奇襲の後、本隊とはぐれてしまった二人は釧路市内の武器保管庫の一つを、銃で壊して無理やり開け放ち、近くに隠れていた市民を集め臨時の部隊を編成していた。

倉庫自体が近くの学校用の倉庫であることから、付近の建物に隠れていた数百人の市民に十分行き渡るだけの武器が中に詰まっていた。

AKを持ち、簡素なチェストリグを着けた者、爆薬物と工作道具を大量に持つ者と日々の訓練の成果か、市民たちは素早く自身にあった装備を身に着け、臨時班を形成し外へ出てゆく。

そして、市民の殆どが武装をし終わった時に奴らが現れた。

「総員、迎撃準備!」豊田軍曹が叫び、小銃で武装した市民が銃を構える。


 面妖な武器を持った警邏隊を片付けた後に、我が隊は休息を取るために十分な面積の場所を探していたところ、平民共が何かを叫び、鉄の棒をこちらに向けているのが見えた。

――小癪な!――私はあまりの不敬な行動に歯軋りする。

魔法も使えぬ、代わりなど幾らでも居る労働力、それが彼の平民に対する考え方であり、この土地の者が奴隷として召喚された事にその考えに拍車を掛けた。

 平民、この言葉はこの世界においてそれが意味するのは良くて二級市民であり、悪くすれば農奴や奴隷、極端な例では難民といった被支配階層であることを意味していた。

生活水準、知識水準の違いに加えて「魔道」という文明の恩恵を最も多く受けることの出来る支配階級と違い、彼らはその恩恵を十分に受けることが出来ないことが平民の活躍の場を大きく制限していた。

なにせ、最近になり漸く、列強の一部で平民にも出世の道が開かれた程度である。

そして、魔法の存在しない地球世界ですら、平民が権力の中心を握るのは市民革命以後である。

魔法の存在という絶対的な差が存在するこの世界では市民革命はおろか、人の平等といった概念が生まれる事そのものが難しいだろう。

しかし、今夜ここで彼の言う「ただの平民」が訓練どおり行った攻撃は、この世界の平民が、今まで日陰の分野であった科学が、歴史の表舞台に姿を現す切っ掛けとなった。

僅か数ヶ月の訓練を受けた平民が、魔法使いと同じような能力を発揮する。

その様な夢物語が現実のものになったのだ。


※1 人民防衛軍は、小さいものは生産単位(企業単位)で、大きいものは学校単位で組織されており、それらを纏めた上級単位が地区組織である。

戦時には、それぞれの規定の役割に従って行動するとされていた。

人民防衛軍を基本とした予備役制度や予備将校制度も存在しており、動員戦力の可能な限り迅速な戦力化を推進すると共に、共和国軍の戦力を巨大なものにしている。


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