ロマリア外縁探査団
2016年 7月11日 北部海域
真岡を船団※1で出港し、北に3日程進むと陸地に到着する。
地理的に北部カルパティアよりも更に北に位置するその地域は人口が文明地帯と異なり希薄な地域であり、ロマリア人達はその地域のことを「蛮地」と呼んでいた。
更に言えば、北日本がこれから調査する土地は、ロマリア人が「蛮族の地」と蔑む内陸部の広大な森林地帯(一応、騎馬民族や小規模な都市国家が存在する)とは異なり、本当の意味で「人」が住んでいない世界の果てであった。
そんな僻地に予備役艦だったとはいえ揚陸艦1隻を旗艦とする船団を派遣するのは、ある調査が目的だった。
それは、衛星画像に写る「不可解な現代構造物」の調査である。
画質の荒く精度も良くない即席の偵察衛星に写る現代的な構造物が、深い森の中に佇んでいる事は、北日本の興味を引いた。
北日本が確保した魔導師を含む人材の内、共和国政府に忠誠を誓った者達は、厳重な警戒の下で北日本国内に作られた秘密研究施設※2において、あらゆる分野の研究に従事していた。
特に、北日本にとって見れば、違う世界から北日本を「召喚」するというオーバーテクノロジーの分析は最優先の研究事項だった。
そして、少なくない時間と費用を掛けて判明したことは以下の3つ。
1つ、「召喚」のメカニズムを科学的に説明する事すらも現代の科学水準では不可能。
わかったことは転移には北日本全土と等価のエネルギーないし物体が必要な事。
2つ、「召喚」魔法を中心として研究していた「教皇庁」や現地で実際に「召喚」を行った魔導師達や機材は緒戦の核攻撃で殆どが消失したこと。
3つ、「召喚」は不明点が多い技術であり、未だ不完全な技術であること。
これは、全くわからない、つまり転移には有りとあらゆる可能性が含まれるのではという事を意味していた。
つまりは、転移にズレが生じている可能性が考慮されたのだ。
そして、そういった事情もあり、深い森の中に佇む現代的な構造物を探査すべく軍が送り込まれた。
2016年 7月13日 揚陸艦《勇敢》艦内
「……森林地帯を走破するのに、軍の保有する装甲輸送車の投入は極めて難しい。特に、補給線の貧弱かつ周辺の地形の情報が全く無い地域では。その為、我々の任務は後続のための拠点設営と、可能な限りの周辺情報の収集と言うことになる。何か質問は?」
海軍歩兵第一旅団第三大隊の指揮官の説明を、彼、茂木中尉は退屈そうに聞いていた。
彼らの任務は、後続として派遣されてくるヘリ部隊や、構造物までの道路を設営する工兵部隊の到着までに、彼らを受け入れるだけの仮設拠点の設営と、周辺情報の可能な限りの収集にあった。
彼が聞いた情報では、この部隊が派遣される前に、ロマリア総合業務株式会社の人員が派遣され、一応の「地ならし」はされているらしかった。
「目標地点との距離は、揚陸地点から凡そ40キロ程であると聞いています。徒歩で目標地点までたどり着けば問題ないのでは?」
誰かが質問する。
「人員の損耗は必要最小限度に抑える必要がある。それに、現地はデルモンターレスがロマリア本国への侵攻ルートとして使用していた可能性が極めて高い。彼らの規模から考えて、未だ残存兵力が現地に存在する可能性がある。」
彼は、それを聞いて納得する。
揚陸艦内には、ショベルカーを始めとする建設機械だけではなく、海軍歩兵の有するT72Jが3両も搭載されていたのだから。
ただの建築作業に海軍歩兵の有する貴重な戦車を派遣するのは、それなりの意義があったのだ。
彼が思案している間にも、指揮官の話は続く。
「今回の作戦に備えて、空軍の第22攻撃飛行連隊がお前らの上空に展開している。奴らを見かけたら躊躇なく支援を要請しろ。爆弾を山ほど抱えた攻撃機がお前らを支援する為に駆けつける。」
「初めから焼き払ってもらえば問題は解決するのでは?」
おどけたようにどこかから声が上がり、笑いが溢れる。
指揮官も笑みを口元に浮かべつつ、それに返答する。
「我々は精鋭たる海軍歩兵だぞ?デルモンターレスだかなんだか知らないが、どうして初めから空軍さんの手を煩わせる必要があるのかね?」
揚陸艦前方に設置されているランプドアが開き、戦車を先頭にして海岸に兵士たちが次々と降り立つ。
現地にキャンプ地を設置していたロマリア総合業務株式会社の従業員達と合流した後、仮設拠点の設営が始まる。
共和国空軍の攻撃機が交代で24時間上空を援護する中、軍の工兵部隊が木々を切り倒し、アスファルトとコンクリートで拠点を制作してゆく。
邪魔な岩石や凶悪な動植物の存在の確認はロマリア総合業務株式会社の従業員達によって既に済まされており、確認された地点に対し揚陸艦が大量の砲撃を行い、業務を円滑なものにしていた。
早くも1週間後には、コンクリート製の壁や監視塔を備えた簡易拠点が出来上がっていた。
その1週間後には、工作部隊や増援を引き連れた第二派が到着する予定であり、調査が終わった後は結果次第で共和国軍の恒久的な拠点として整備される予定であった。
茂木中尉は、拠点設営が一段落した事もあり兵舎内で事務作業に勤しんでいた。
彼は、事務作業をしつつ、どうしてこのような生活を送っているのか自分の人生を少し振り返っていた。
彼は大学卒業後に大学院法学科に進み、将来は検察官として司法の道に進むことを目指していた。
しかし、彼が法学科を卒業した年はーーアメリカ発の世界恐慌の痛手から回復しきっていないこともありーー中央文官試験司法科に志望者が殺到し、彼は検察官任用には落第してしまう。
幸いにも弁護士任用には合格していた事もあり、その後に彼は仕方なく弁護士として生計を立ててゆく事を考えるも、彼を雇う事務所は存在せず、窮した彼は予備役の法務士官としてアルバイトで生計を立てていた。
その状況は、転移により一変した。
戦時体制への移行、経済の断裂、急速な人手不足に伴って彼は正式に法務士官として軍に招集され、現在は海軍歩兵の法務士官として生活を送っていた。
(制度上は検察官登用ポストが確保されている軍事法廷の司法官までなれれば、私の夢は叶う。私が軍事法廷の司法官になれるように、もっと大きな戦争でも起きないかなぁ。)
予備役の彼が軍事法廷の司法官というポストに付くのはそれだけ戦況が緊迫していることを意味するが、そこを知りつつ敢えて彼は妄想する。
ただ、彼の考えていることはまるきり妄想とは言えない。
彼は可能な限り自身の可能性を高めるべく、今回の探査に参加していたのだから。
精強な謎の種族と戦闘になる可能性もあり、今回の遠征において事務職のポストは誰もに疎まれていた。
だからこそ、彼のような新米にもお鉢が回ってきたのだ。
(どうせ、デルモンターレスが出るとしても、精々が残党程度。本隊は王都と刺し違えて壊滅しているらしいし、どちらにしろ私は安全な後方か船の中。故に、今回の作戦は志願しておこう。)
彼の考えは常識として、理解できなくは無かった。
ただ、問題なのは2つ。
1つは、デルモンターレスの規模を過小評価していたこと。
組織的な戦闘能力を有する状態の数が、彼らには未だ存在していたのだ。
2つ目は、この森全体が彼らの住処だったこと。
幾ら精鋭たる海軍歩兵であっても到着して1週間に過ぎず、彼らとは文字通り知識の次元が違うのだ。
これら2つの問題は、彼の運命を少々数奇なものに変えてゆくことになる。
※1 船団は、タランタル級2隻と現役復帰した775計画型揚陸艦《勇敢》からなる。《勇敢》には海軍第一旅団から分派された部隊が乗艦している。
※2 正式名称は軍事科学研究院魔導研究科。通称「杖」
初めは軍事目的の研究を中心としていたが、後に共和国における魔導技術の研究開発の一大拠点となる。




