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ある共産主義国家の記録  作者: HTTK
大陸の革命政権
33/42

権力者の交代2

 町中を、みずほらしい格好をした男が歩いている。

彼は、ほんの数カ月前まである品物の独占商人としてそれなりに豊かな生活を送れていた一般人であった。

それが、最近現れたある国の影響で、仕事を廃業に追い込まれ、露頭に迷うはめになっている。

いや、彼だけではない。

彼のような独占商人を筆頭に、商品作物を作る農家も露頭に迷うはめに陥っている。

北日本の物品に市場が制圧されるだけならまだしも、ロマリア連合王国崩壊に伴い各地との流通や交易が途絶えがちになっている事も経済の悪化に拍車を掛けているのだ。

街には、この数カ月の間に仕事を無くすか、身売りを余儀なくされた人が溢れていた。

ロマリアを含めて、この文明圏全体では信用経済が発展している事もそれを拍車にかけている。

金銀の流出は、それを基礎とした文明圏全体の信用経済を破綻させている。

 それに加え、街には薬物中毒と見られる者たちが急増しているのだ。

虚ろな目で薬物を吸引する彼らの姿を、彼は自らの将来の姿を見せられているようで今後に絶望していた。

そんな彼の目の前を、見目麗しい女性を連れた男たちが通り掛かる。

彼らは、自分たちがこき使っていた輸送キャラバン共だった。

自分たちを廃業に追いやったある国の商人達が(彼らの姿を見たことはないとしても)、繁栄を謳歌しているのならばまだわかる。

そうでなくとも、「同じ人種」だとしても軍の将校なら、いや同業の交易商人であるなら彼も我慢できたであろう。

しかし、自分たちが使っていた「下の」者たちが豊かに暮らしているのに彼は我慢できなかった。

彼には、独占商人として豊かに暮らしていた時の矜持が残っていたのだ。

「ウォォ−!」

彼は、抜身の剣で彼らに斬りかかった。


 北日本は、国内産業と経済の維持のために、この世界の国々との貿易を急速に拡大させていた。

北日本からは、コピー用紙や塩、各種薬物等が輸出され、ロマリア各国からは鉱物や食糧が輸出された。

こう書けば、双方ともに利益のある健全な貿易の様に思われたが、実態は大きく異なった。

自由貿易という一文を手に入れた北日本は実に容赦がなかったのだ。

一例として、塩を挙げよう。

ロマリアにおいて、塩10キログラムで凡そ1ディラハム銀貨1枚に相当していた。

1ディラハム銀貨が10枚で1ドゥカート小金貨と交換でき、1ドゥカート小金貨は4グラムの金を含有していた。

つまり、塩100キログラムと4グラムの金は等しい計算になる。

北日本において、民間用に販売されている塩100キログラムはドル換算で凡そ50ドル程度になる。

金は1グラムあたり凡そ1200ドルであることを考えれば、如何に安価であるかがわかるであろう。

そして、それを知った北日本の製塩産業は一斉にロマリアへと殺到。

現地で生産されるよりも極めて安価で質の良い塩によって、ロマリアの製塩産業はまたたく間に駆逐される結果に終わった。

ロマリアの国定価格はおろか闇市での価格よりも安価な値段に、ロマリアの司法機関は全力で摘発に当たったが、流れこむ塩の量と、流通経路の複雑さからそれらの努力も徒労に終わった。

何より、その動きは全ての産業で起こっていたのだ。

この動きに、当時のロマリア官吏がこのような言葉を残している。

「ありとあらゆる品物がかの国から流れている。ニホンは品物が湧き出る壺でも持っているのだろうか?」


 北日本から輸出される安価な紙によって羊皮紙は姿を消し、薬物の輸出はそれまでの医術の常識を覆そうとしていたのだ。

そして、軽工業中心の輸出過多は、転移によって窒息していた北日本産業を更に回復させる結果に繋がっていた。

 転移当初から、戦争指導会議の命令によってボヘミア開発と同時に広大な地域の探索を行うことにより、強引に経済を動かしてきた北日本だが、それだけでは北日本経済は回復できなかった。

それ故、戦争指導会議は国内で窒息している産業を少しでも正常に稼働させるべく、この世界との貿易の促進に舵を切った。

それによって転移後に窒息していた北日本産業は一部で息を吹き返し始めたのだ。

各地にある化学プラントは大量の各種薬物を生産し、製紙産業や製塩産業は転移前よりも増えた需要に工場をフル稼働させ、それらの産業に大量発注を受けた工作機械産業もまた息を吹き返し始めている。

北日本が有する生産力は、それまでのこの世界の人々が体験したことの無いような大量の品々をロマリアに注ぎ込んだ。

それらは、冒頭で見たように破滅的な結果をロマリア諸国に齎した。

 商品作物として代表的な砂糖や香辛料はまたたく間に安価な化学調味料に取って代わられ、それらの作物を生産していた農家を一瞬の内に没落させた。

北日本が輸出した薬物は医術での進歩を齎す反面、嘗てのアヘン同様の惨禍※1をロマリア全土に齎しつつあった。

そして、なによりもその貿易は貿易正貨たる金貨や銀貨の流出を招いた。

塩や紙といった、普段は銅貨や鉄貨で決済されるような日用品ですら、大量に生産された結果として銅貨から金貨や銀貨へと換金され、北日本に持ちだされた。

その結果として、大量の貴金属や魔法金属が北日本に流出することを余儀なくされた帰結として、ロマリア連合王国で発展していた信用取引は破綻をきたし、凄まじい不景気が崩壊前のロマリアを覆っていた。


 本来ならそれに対して歯止めを掛けるべき戦争指導会議も、自国の経済的惨状を緩和するべく既に良心を無くしていた。

何しろ、「民意」※2がそれを望んだのだ。

日本人民共和国はーーあの手この手で与党が優位になるように仕組まれているとはいえーー

朝鮮や満州とは異なり、曲がりなりにも民主的な選挙で政権運営がなされていたのだ。

司法が行政権の濫用に違憲判決を出したのも、行政に逆らったのも1度や2度ではないし、「民意」により辞任を余儀なくされた議会の首相すら存在するのだ。

つまり、日本人民共和国は他の社会主義国よりも遥かに民意に敏感な国家といえた。

そういった側面があるからこそ、戦争指導会議は核兵器を撃ちこまれた訳でもないのに平然と他国の首都を水爆で吹き飛ばしたし、国家主権を侵害してまでボヘミアを自身の傀儡政権にしたのだ。

国民を食べさせていくのに必要な資源と市場を確保するために、「民意」を維持するために戦争指導会議は社会主義国家らしくない場当たり的な行動を取ったと言えるだろう。

だからこそ、戦争指導会議は薬物の輸出はアヘンと同様の惨禍を齎すとわかっていても、薬物輸出を止めるわけにはいかなかった。

同様に、武器の輸出についても、北日本の産業を維持するために次々と輸出規制が緩和され始めていた。

技術流出の危険を考えられない程に、この頃の北日本経済は疲弊していたのだ。

片手間で始めた貿易が、一向に見つからない(=必要量が満たせない)資源と、絶望的に不足する外需が、北日本の選択肢を極端に狭めていた。

未開の原住民よりは、中世自営農民や市民の方が購買力が存在するのだ。

そして、北日本の国力では広大なロマリアを維持するには現地に友好勢力の存在が不可欠だった。

国内に1億7000万人の人口を抱え込み自国の市場だけで食べいける南日本と北日本は異なるのだ。

北日本は、戦争の現地化が成功しつつある反面、経済面ではいよいよ大陸との依存が深まりつつあった。


※1 後の調査では、ロマリア文明圏内の1割に当たる約2500万人が戦乱、疫病、飢餓により死亡したと推計されている。


※2 北日本の選挙制度は、小選挙区制比例代表並立制を採用している。

その上でゲリマンダーや野党の基盤である地域の開発事業を遅らせる事で、与党が有利になるように仕組まれている。ただし、一度だけ野党が政権を獲得した事もあるが、その党が政治的失策を重ねすぎたせいで北日本において野党という存在は絶滅危惧種になっている。

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