虚構の軍隊3
2016年1月28日 レンダー 「革命評議会」本部
港湾都市レンダーにおいて、一際大きな市議会議事堂は王権を示すに相応しい壮麗さを誇っていた。
その市議会議事堂は、かつて存在した都市国家の時代からレンダーの中心地として存在し、短くも激しい市街戦の末に現在は革命評議会を名乗る政府が使用していた。
現在、その議事堂の会議室では軍の派遣と、武器輸出に関する重要な事項が話し合われていた。
「それで、どうしてボヘミア人民軍という少数の戦力が我が方にとって有用なのでしょうか?」
そういう髭剃りの跡が粗い、赤銅の肌をしている如何にも下層階級の労働者出身というのが丸わかりな男が、その風貌と裏腹に丁寧な口調で北日本の士官に尋ねる。
「軍事的には、防衛委員長閣下のおっしゃるとおり殆ど意味をなしません。しかし、精神的には大きな意味を有するものだと軍は考えています。何せ、彼らは平民で構成された国民軍ですから。」
その言葉に、男の目が輝く。
彼は、頭が良かった。この世界の身分制や自身の人生が見通せるほど頭が良かった。
ただし、彼の階級がその能力に見合わないものであった。
そんな彼に転機を齎したのが、北日本によるレンダーの掌握と、市政を担っていた者達の排除であった。
彼は、北日本の実施した「選挙」に立候補を許され、その後は市政を担うものが大幅に減少したことから
レンダー革命評議会の防衛委員長に就任する事が出来た。
彼は、その地位が自身の階級に見合わないものであることは理解していたが、北日本の派遣官僚の補佐を受けながらも、日々職務に専念していた。
その彼をして、北日本という国はある意味「理想郷」であった。
彼の周囲の者達は、ーー平民であってもーーとかく魔術の使えぬ者たちを見下す傾向がある。
今までの常識がそれを後押ししていたのだ。
彼にしてみれば魔術を補い、誰にでも使用することが出来る科学技術の方が一部の者しか使用できない魔術よりも余程凄いのだが、それに気付かぬ者も未だ多いのだ。
故に、北日本がその常識を覆せる存在を援軍として送ってきたのはありがたかった。
何せ、ボヘミア国民はこの世界の民である彼らが、反革命勢力(=魔術を使えるもの)と戦える事を証明できれば、平民の意識も大幅に変化するはずなのだ。
彼は革命評議会の中でも防衛委員長という要職に着いている為に、その指揮下にある革命軍の士気や戦力が、王国時代よりも更に弱体化していることを知っていたのだ。
「それはありがたい。統治下の民は、どうも我々の統治に正当性があるかどうか不安な様なので。」
彼はそこで区切り、言葉を続ける。
「ボヘミア人民軍の事は理解しました。社会主義※1の同朋を我が政府は受け入れましょう。」
そして、北日本の士官に話しを続けるよう促す。
「貴国の我が国に対する武器輸出申請は、戦時特別援助法に基づいて許可されました。
その上で、輸出を許可された銃火器及びその支援器具は以下の通りです。」
そういって、士官は自身が持っていたファイルの記載内容を読み上げる。
……北日本は、現在に至っても言語の翻訳や習得に手間取り、こうした重要な事項を確認する場面ではお互いの書記官にその場で現地語として書き写させるという原始的な手段を用いていたのだ。
転移前に、世界各地で兵器を売り捌いていた北日本の軍需産業各社はボヘミアに飽きたらず、文明圏内で戦乱が燃え広がり始めたロマリアすら市場にしようとしていた。
正確には、自身の生き残りのためにロマリアを市場にするしか、彼らには道がなかった。
その為に、技術漏洩を恐れる戦争指導会議を「科学技術に目を向けさせることで、魔法の発達を抑えられる。」や
「仮想敵に一定程度偏った技術をわざと流出させることで、敵をこちらの土台に乗せることが出来る。」
等と言って説得してのけたのだ。
そうして、ボヘミアと同等の仕様の装備が、歩兵装備に限り革命軍に輸出されることになった。
その装備、特に銃火器の性能は同世代のロマリア連合王国製の武器を大きく上回るものである。
この武器のお陰で、革命軍やボヘミア軍といった練度に不安のある軍隊であっても、訓練の行き届いた旧王軍や貴族の手勢に対し有利な戦いを行うことが出来る筈であった。
彼は、書記官によって書きだされた目録を見て、その量の厖大さに目眩を覚えている。
その目録には小銃(15式小銃のこと)が3万丁、軍服が1万着、その他の軍装品が数千という単位で記載されていた。
彼が旧王軍に兵器を卸していた商会の会計係を務めていた時ですら、このような大量の銃火器の類の取引目録を見たことがなかったのだ。
聞いた話では、それらの軍装品は半年以内に製造されており、その生産能力は未だ十全に活用できていないという。
彼は、北日本の生産能力に驚愕すると共に、自身の賭けが成功しつつあることをなかば確信していた。
これだけの装備を使いこなせる様になれば、革命評議会はレンダー近辺を完全にその勢力圏にすることが可能になるからだ。
同時刻 世界のどこか
彼女は、巫女としてこの教団に仕えていた。
この教団は幾つかの大文明圏で信仰されている神々を祀る教団であり、その信者は数千万人を数えている。
彼女の役割は、神が降臨する際に自身の身体を依代として差し出すことであった。
そして、つい先程彼女の身体に神の一柱が降臨した。
神が彼女の身体に憑依したことにより、彼女の魂は再び輪廻転生の道を歩み始めた。
そのことに、儀式を見守っていた教団の最高指導者達は驚愕する。
神が、人の身に憑依するのは余程の事態だからだ。
そして、教団の最高指導者が最敬礼を示す中、神が用件を伝える。
「近い将来、魔王が復活する。また、ここより遥かな東方にこの世界の理から離れた者たちが出現した。」
その言葉に、最高指導者は再び驚愕する。
「魔王はともかく、異世界人はどのように危険なのでしょうか?」
恐る恐る、といったふうに最高指導者の一人が神に尋ねる。
「かの者達は、東方の超大国たるロマリアを崩壊させ、あまつさえ文明圏全体を戦乱の渦に叩き落とした。それに、かの者達は神の存在を信じていない。」
その言葉に、最高指導者達は理性を一瞬失いそうになる。
魔王を信じる異教徒ならまだしも、神を信じない「悪魔」が再びこの世界に現れたのだ。
彼らの絶滅か教化を瞬時に行いたくなるのは、彼らが熱心に宗教に帰依している証拠であった。
魔王、それは、この世界の人々にとっては正義を意味する言葉である。
魔王が何故正義を意味するのか?
何故かは、対概念を想像してもらえればわかる。
例えば、善という概念の対概念となる言葉は悪である。
では、正義という言葉の対概念は存在するだろうか?
正義には対概念は存在しない。正義は絶対的な概念なのだ。
そして、その絶対性は強大な力によって担保されていた。
そう、魔王も絶大な力を有する神の一柱なのだ。
それ故、この世界の人々(特に上層階級になればなるほど)にとっても魔王の存在を「正義」として認識せざるを得なかった。
そして、その力は純粋な宗教戦争で決せられていた。
神の矛と盾たる勇者が魔王を撃破する事がその宗教戦争たる所以であった。
※1 北日本は、社会主義の良い面、即ち「平等」をプロパガンダとして使用し、一般大衆にわかりやすいポスターや象徴的な言葉の繰り返しでその印象を広めていた。
15式小銃
北日本企業がボヘミア・ロマリアに輸出した小銃は弾薬の規格を共和国陸軍の主力自動小銃であるAK74と同様の
5.45✕39mm弾とした、ボルトアクション式の小銃である。
資源の節約を第一に考えられ、なおかつ突貫での設計・生産にも関わらず、本文の通りその性能はロマリア連合王国が配備していた最新のフリントロック式小銃をあらゆる面で凌駕している。
後に、社会主義諸国や反王政ゲリラ、共産ゲリラに輸出・供与されこの世界における代表的な小銃になる。




