苦戦
自身の相棒とも言える国防軍制式のAK47のグリップを握りしめながら、僕はトラックの中で緊張のあまり震えていた。
僕が17※1の時に両親が死んでしまい、僕は大学に行くために奨学金を得る必要があった。
その為には優秀なおつむかコネ、又はその両方が必要だったけど僕はそんなものは持ってない。
そうなると、僕に残された手段は軍隊に志願する事しか残されていない。
一定期間軍隊に入れば、軍が大学の奨学金を出してくれるという制度があったのは本当に助かった。
大学に入って将来は弁護士になりたかった僕は南の陸軍と殴り合う陸軍も、相手の優秀な航空機と高射兵器とやりあう空軍も、世界第二位の規模の海軍と戦闘を繰り広げるであろう海軍も、入りたくなかった。
僕は死ぬのが怖かったんだ。だから、僕は一番安全そうな国防軍を志願した。
国防軍の任務は国土の防衛ってことで、軍隊の中の小さな軍隊みたいな組織を形成していた。
国防軍の中には戦闘機もミサイルを搭載した船も所属している。
その中で、僕は後方警備大隊、つまり戦時には敵のゲリラの排除や補給線の確保を行う部隊に配属された。
だから、誰とも戦わずに済むと思ったのに……、志願してから初めてのお正月に、非常招集が掛けられて非番も全部取り消しになった。
そのあと直ぐに、戦争が始まった事と釧路でゲリラの侵入が発生したとの連絡を受けた僕たちは、僕たちの仕事を果たすべくトラックに揺られる羽目になった。
「坊主、ガムでも噛むか?」そう声を掛けてくれたのは僕が配備された分隊の指揮官である豊田軍曹だった。
豊田軍曹は自身も初めての実戦だというのにいつもと変わらない様子で僕に話しかけてくれた。
「軍曹殿、ありがとうございます。」
そう僕が言うと軍曹は自身のタクティカルベストからリンゴガムを取り出して僕に投げるけど、取り損ねて落としてしまう。
分隊の皆が笑う中、恥ずかしさで顔が熱くなっている僕は屈んでガムを取ろうとした瞬間、轟音と共に乗っていたトラックが横転し、仲間たち共々(僕は何故かこの輸送車がオホーツク自動車がライセンス生産したウラル4320軍用輸送トラックだという下らない事を思い出していた。)僕は幌に叩きつけられてしまう。
トラックの壁に身体を打ち付け朦朧とする意識が、外で銃声と断末魔が聞こえた事で急速に覚める。
僕は震えつつも弾倉を銃に取り付け、安全装置を解除し、棹桿を引いて照門から前を見つつトラックから出る。
トラックから離れると、味方の四輪駆動車が逆さまになっていたり、味方の死体が転がっている地獄絵図が広がっていた。
唖然としてしまう僕の横から声がかかる「二等兵!大丈夫か!?」気絶していた豊田軍曹が話し掛けてくる。
「ぼk、はっ、軍曹殿、問題ありません。」つい、僕と言いそうになり慌てて答える。
豊田軍曹は何か苦笑の様な笑みを浮かべていた。その時、獣の様な臭いが蔓延しているのに気がついた。仲間が交戦している方向とは別の方向から臭うそれに目を凝らす。緑色の肌、低い背、知性を感じさせない目、それは正しくファンタジー小説で頻繁に出てくる存在、ゴブリンと呼ばれる存在だった。
「敵襲‼」僕はそう叫ぶと、銃を構え連射する。
タタタタ……
Ak47の反動を受け止め切れず、多少目標からズレたが、10メートルもない近距離では問題にならなかった。
「グエエエ‼」
やつらは言葉にならない悲鳴を上げて倒れる。豊田軍曹と、起き上がった仲間たちも奴らに向かって銃を撃つ。
「弾幕を張れ‼奴等を通すな‼」
豊田軍曹の命令もあり、僕たちは銃を撃ちまくる。それでも、奴等はわらわらと押し寄せてくる。
「RPKを持ってこい‼弾幕が足りない‼」豊田軍曹が叫ぶ。
味方が横転したトラックから分隊で最も強力なRPK機関銃を持ち出して射撃を始める。
だけど、奴等は自分達の同族の死体を乗り越え押し寄せてくる。
――早く、陸軍が来てくれなきゃ、全滅しちゃうよ――僕は、泣きそうになりながら銃を撃ち続けていた。
転移時、北海道解放の任務を担当している日本人民共和国陸軍は新年で将兵の半数以上が非番ということもあり、即座に南侵が出来るとは言い難い状態だった。
折からの(主に軍拡と西側の経済制裁。友好国との貿易の急減を原因とする)財政難による国内全体の経済不安に加えて、(南に対抗するための)正面装備の拡充ばかりに力を入れていた陸軍は即応体制の構築は殆ど不可能なほど硬直してしまい、挙句の果てには国境線に陣取る第一線の部隊ですら補給品や予備部品が不足するという事態を起こしていた。
その結果、新年とほぼ同時の(核の使用を含む)戦争開始と南侵命令に即座に対応可能だったのは即応部隊である軍の空挺部隊やヘリ部隊の三分の一と、予め国境に張り付けられていた各師団の砲兵部隊やミサイル部隊の一部のみという体たらくだった。
それでも、陸軍はなんとか今までの訓練に従って南侵を開始。
開戦命令から5分もしないうちに露払いとばかりに戦術核ミサイルと核砲弾を含む大量の砲撃を国境の南側の事前に定められた場所に叩きつけ始め、その1~2時間後には大隊単位で準備が整った部隊から進撃をさせる。
そして、常に更新を後回しにされた共和国陸軍の貧弱な通信回線網は混乱する前線と錯綜する状況への対処に手一杯で、それ以上手が回らなくなってしまう。
日本人民共和国軍は、ハードである新型戦車やステルス機の導入をソフトウェアである全軍の統合戦略·戦術システムの構築よりも優先していたことが前線付近の市街地での悲劇を招く。
事前に侵攻準備を整えていた「武装勢力」に国境線で攻撃を受け続けていた国境軍や警察の救援要請は回線の混乱により届かず、敵の部隊を国内に侵入させる結果をもたらしてしまったのだ。
国内に敵の侵入を許す一方、侵攻した先においては「事前の規定」に従った現地部隊による無停止進撃により、この世界の国家と補給線の維持も覚束ないまま戦争状態に入ってしまう。
付近の地形の極端な変化も、謎の生物との接触も、核戦争下での作戦行動という「現実」には瑣末な事として現場単位で無視されていた。
しかし、それらの二つの事態からの教訓は、後々の日本人民共和国軍全体に大きな変革を要求することになる。
一方、敵の側もいや敵の方が遥かに大きな衝撃を受けていた。
自身が膨大な資金と人員を掛けて生み出した「空間転移魔術陣」によって召喚した蛮地。
予め「魔術が使えぬ人型生物が居る地」を、それも念を入れて「人口密度が薄い」場所を召喚したのだ。
召喚される側は召喚など予期しないはずだし、自身が持つような「文明」を持っているわけでもない。――したがって、召喚される大地に居る蛮族等、簡単に屈服させられるはずである――召喚を主導した組織も、制圧を担当する軍もそう考えていた。
しかし、実際は想定とは大きく異なっていた。
転移予定地に事前に配備されていた国土鎮定軍の主力である進駐部隊は領土の召喚とほぼ同時に「転移領土側」から行われた猛攻撃によりほぼ殲滅されてしまう。
魔術結界も鉄のゴーレムも、貴族も戦争奴隷も大量の戦術核兵器と彼ら基準で常軌を逸する量の砲撃の前には平等に吹き飛んでいった。かくして、双方が誤算だらけの中戦闘は続く。
※1 北日本の学制は日本の学制である「6・3・3・4制」(小学校六年、中学校3年、高校三年、大学四年)の形ではなく「3・4・2制」(初等教育3年、一般教育4年、中等一般教育2年)の基礎教育修了後は3年の中等専門教育又は四年制(場合によっては五年制)の高等教育へと進む。教育の開始は原則として7歳から。
高等教育までは教育は国家により無償とされるも、高等教育は原則自己負担。(ただし、国家からの奨学金や軍からの奨学金は豊富で、経済力に余裕の無い学生はそこから借りて大学へ行くのが普通。)