戦闘準備
「同盟国」としての責務を果たすべく、兵力を北部戦線へ拠出する準備を統合参謀本部では行っていた。
戦争指導会議が決定した1個旅団程度の陸上兵力に、それらを護衛、支援するための若干の艦船と航空戦力。統合参謀本部では、どこの軍からどれぐらい供出するかの会議が行われていた。
後方警備を担当する国防軍は論外(なにせ、最大の兵力単位が大隊。)だし、空軍の展開も現地のインフラの劣悪さと補給能力に関する問題から極めて難しい。
故に、海軍と陸軍が出兵を行う事になった。
(因みに、極めて当然ながらどこの軍も兵力の供出を嫌がった。)
普段は予算と戦場を巡って争う海軍も陸軍も、今回に限りお互いに出兵を譲りあった。
ーーわが陸軍は、精々が北海道全島の解放の為の兵力と、それに足りる兵站しか有していません。
また、遠距離を移動するに足りる艦船を有せず、結局は海軍の援護が必要になります。
しかし、それに対して海軍は海軍歩兵という独自の組織を有していますし、空母という航空戦力が展開可能な拠点も有している。今回の出兵は海軍だけで要求に応えられるのだから、「合理的に」考えて行うのが適切だと考えます。ーー
今まで予算を海軍に取られたという感情もあってか、陸軍は海軍に今回の任務を押し付けようとする。
陸軍の発言に海軍はこう応酬する。
ーー陸軍の保有される10個師団、6個旅団もの大軍と違い、わが海軍の保有する海軍歩兵部隊はあくまで離島防衛の為の戦力です、申し訳ありませんが、大陸の平地で正規陸軍と正面から戦うための組織ではありませんし、その能力も有していません。また、空母機動部隊の展開に関しても付近の海路図の作成と航路の安全確保、調査航海そして艦隊のローテーションから考えても展開は極めて難しいかと考えますが、陸軍の護衛の艦艇程度なら出すことが可能です。それに、海軍に出撃せよと言われる事は、いざという有事の際に陸軍は海軍の支援なしに戦うおつもりですか?ーー
戦車や戦闘ヘリを有しておきながら平地で戦闘する能力がないというのは通じるか疑問だが、海軍の担う仕事があまりにも過大だというのは一理あった。
転移前、日本人民共和国海軍は以下の艦艇を保有していた。
原子力空母2隻、航空巡洋艦1隻、戦艦2隻、重巡3隻、駆逐艦6隻、フリゲート艦10隻からなる洋上戦力と、戦略原子力潜水艦3隻、原子力潜水艦4隻、通常動力潜水艦4隻からなる潜水艦戦力。
これに、建造中の空母1隻(建造中の空母2隻のうち一隻は竣工間近で、もう一隻の建造開始の為に別のドッグで細部の建造を続けている。)、駆逐艦1隻、原子力潜水艦1隻が近い内に海軍に加わる戦力の全てとなる。
(無論、建造中の艦艇の建造中止がなければの話。現状を鑑みれば、海軍が予定していた今後の建艦計画はおろか今建造している分ですら中止になる可能性が高かった。)
共和国海軍は、これらの洋上艦艇を3つに分けてローテーションをさせていた。
2つが原子力空母1隻、戦艦1隻、重巡1隻、駆逐艦2隻、フリゲート艦3隻からなるグループ。
そしてもうひとつが航空巡洋艦1隻、重巡1隻、駆逐艦2隻、フリゲート艦4隻からなるグループ。
平時にはこれらの艦艇が、戦闘準備、訓練、休息のローテーションをとって行動している。
転移してからもその状況に変化はなかった。
訓練と戦闘準備が航路探査と海図作成に置き換わっただけだった。
しかし、それに実戦が加わると、困ったことになる。
航路探査と海図作成は絶対の優先事項であり、はずす事が出来ない。
実戦が加わると休息を取る部隊が居なくなってしまい、どこかの期間で海軍が動けなくなる時期が来てしまうのだ。
そして、その言葉に陸軍が反論しようとしたところで双方の議論を聞いていた統合参謀本部の副議長が妥協案を出す。
「陸軍は一個旅団を出す。海軍はそれらを輸送する船と、護衛艦、航空機を出す。というのはどうだろうか?……双方が痛みを受け入れるというのも必要だと思う。今は「戦時」だから受け入れてほしい。」
流石に自身の要求すべてが通ると思っていない陸軍と海軍は、副議長の妥協案を受け入れた。が、細部ではまた議論が白熱することになる。
そもそも、共和国陸軍において基本戦闘単位は連隊であり師団であって、6000名程度の規模の部隊は同盟国であったロシア軍と異なり、戦略単位としては存在しなかった。
数個は存在するが、それらの兵科が特殊だったり、教導部隊や精鋭部隊であることを考慮すれば、「生け贄」としてどこともしれない戦線に出すのは陸軍としても憚られるだろう。
陸軍が何故派兵を嫌がるのかを理解するために、まずは基本的な共和国陸軍正規師団の編成を紹介する。
共和国陸軍正規師団編制
3個機械化歩兵連隊
1個戦車連隊(戦車定数96両)
1個自走砲連隊(自走砲定数54両)
1個ロケット砲連隊(自走砲定数54両)
1個捜索連隊
1個防空連隊
1個通信大隊
1個工兵大隊
その他支援部隊
合計1万2千人で編制される。
機械化歩兵連隊の編制は
3個自動車化狙撃大隊
1個戦車大隊(戦車定数31両)
1個砲兵大隊(砲18門で構成)
1個偵察中隊
1高射中隊
1個工兵中隊
その他支援部隊
合計2300名で編制される。
……この編制だけを見てピンとこられた方は鋭い。
北日本軍の編制は西側の柔軟な諸兵科連合部隊に対抗すべく、平時から諸兵科連合編成がなされているのだ。
つまり、これらの師団は元から組む相手が決まっており、その編制を変えることはかなり面倒なのだ。
陸軍の主敵は言うまでもなく南日本陸軍であり、質の高い兵器に、高い練度を誇る部隊を相手に戦うべく様々な工夫がなされていた。
故に、陸軍としては戦力の低下に繋がる要因である新規部隊の設置は(軍の増強という観点以外では)したくなかった。どうするかの議論が行われていた時に、ふとある参謀が閃いた。
「そもそも、我が国の軍を戦場に出す必要はあるのか?別に奴隷を傭兵として仕立てあげて送り込めばいいではないか?なにせ、この世界には奴隷制度があるのだろう?法律や憲法上の人権享有主体性が問題ならば、亜人とやらを雇えば回避できるのではないか?」
後に、壮絶な訴訟問題にまで発展する事になるこの参謀の発言は喧々囂々の議論の後、受け入れられた。連合王国やその他の勢力圏から奴隷を購入し、コストや技術の問題から現地で買い付けた粗末な武器を与えて戦場に送り込む。
なに、脱走兵?対策に「督戦隊」を一個大隊も送り込めば問題は解決する。
なにより、北日本正規軍を送り込むより遥かに安上がりかつ効率的な方法はこれ以外に考えられなかった。この案は軍はもとより官僚にも渋々受け入れられたが、唯一司法関係者が猛反発を示した。
彼らは、その解釈が今後自らの前に現れるだろう「人間並みの知能を持つ亜人種」に適用されることを恐れていた。
なにせ、日本人民共和国社会主義憲法前文には「何人足りとも奴隷とされることは許されない」との一文が入っているのだ。そうでなくても、奴隷制を許容する社会主義国家などブラックジョーク以外のなにものでもないだろう。
故に、軍と官僚は一種の妥協。即ち、一定年数の経過の後は北日本国籍の取得ないし、何れ建国されるであろうどこかの傀儡政権の国籍のどちらかを与える事を検討するとし、司法に配慮し奴隷の比率を2個大隊規模に引き下げたのだ。
こうして、共和国陸軍に第401遠征旅団※1が編制されることになる。
※1 当初は軍において素行不良とされた者を「督戦隊」とし、それ以外を奴隷で構成する4000名規模の部隊を想定していた。しかし、先の司法関係者の理屈と実態を伴う猛反発による妥協から、共和国軍1個連隊を基幹とする部隊として構成される事になった。
第401遠征旅団 編成(ロマリア派遣軍所属)
第14歩兵連隊(機械化)
第4001歩兵連隊(現地志願兵で構成)
第4002歩兵連隊(現地志願兵で構成)
その他支援戦力




