暗雲の始まり
2015年 7月
北日本は、数カ月の間にボヘミア王国を自国の食料供給源に作り変える事に成功していた。
北日本全土から工事車両がかき集められ、森林地帯を北日本で最新鋭の農場へ作り変えている。
食料の効率的な搬入を目的にして、ボヘミア王国の農地と北日本を結ぶ道路はアスファルトで舗装され、一部幹線では鉄道すら引かれていた。
道路の原料のアスファルトは北日本で豊富に取れる原油から作られるので資源的にも節約になっている。
農業においては、戦争指導会議とボヘミア人民政府の指導の下でボヘミア中に「国営生物研究所」が地球世界の各国向けに生産していたF1種と呼ばれる一世代限りの農作物が大量に作付けされた。
ボヘミアに作られた北日本製の設備と器具を導入し、先進的で効率的な技術によって作られた大規模農場は、北日本国民が生活するのに困らないだけの食料を提供すると考えられていた。
都市部もまた北日本による改造を免れる事は出来なかった。
王都は、北日本国民の生活の為にも汚物まみれで不衛生な町並みを取り壊し、新たに計画的な都市が作られ始めていた。
また、各地に北日本国民の為に上下水道や発電施設、電力供給網も整備され始めていた。
農民の生活も、人心安定と反乱防止を兼ねた北日本による食料供給と衛生管理、北日本の農業技術の導入によって以前よりも急激に向上。
教育も開始されたことで相対的に宗教に対する信仰心も薄れ始めるという効果をもたらした。
あの反乱の後、大規模な反乱や勇者の出現は確認されていなかった。
軍人と官僚たちは事実を徹底的に秘匿し、ロマリア側にも大規模な盗賊集団の蜂起と、共和国軍の軍事演習が偶然重なったと苦し紛れの嘘の報告を行った。
流石にそれは嘘だと見ぬいたロマリア大使館もまた、本国には確証が無い以上動くことが出来ないと伝えられた上に、反乱鎮圧後すぐにも大使館自体も安全確保を理由に北日本がコンクリートの塀を作り厳重に管理する「新市街地」へと移されたために、真偽の確認自体が不可能になっていた。
それ以前に、宗教関係者の大粛清すら知らなかった。
彼らが自体が深刻だと把握したのは、即位した新国王が安全保障条約の破棄を宣告する使者を送ってきてからである。
しかし、その情報もロマリア本国は北方からの異種族の侵略からの同盟国防衛に忙殺されて黙殺する。
そして、北日本政府の圧力によりボヘミア王国がボヘミア人民共和国に名前を変えた7月にはボヘミア等という島国の事などどうでもいい程に事態が悪化。
このすぐ後に、ロマリア連合王国は北日本にも同盟に基づき、対異種族戦争に参戦を求めることになる。
貿易において北日本はロマリア連合王国とその同盟国へ経済的な浸透を始めていた。
北日本は、各国への経済進出においては、自身が前世界で悪辣に罵った米国のやり口を殆ど真似するような強引な進出を行っている。
経済が崩壊寸前な事も北日本の経済進出に拍車をかけていた。
ロマリアが北日本を「戦の滅法強い蛮族」と侮って、北日本の経済を支配するために「自由貿易」という形をとったのが仇となっている。
ロマリア製品で北日本に対して売れたのは、精々が鉱石や食糧であって、それすら赤字を僅かに緩和する程度でしかない。
北日本の経済官僚が西側資本の侵出に対し鉄壁と称して組み上げていた貿易システムに対して、ロマリア産業はまともに太刀打ちが出来なかったのだ。
国家財政の基盤の一つとして徹底的に保護されていた筈のロマリアの製塩産業も、北日本産の塩に値段と質の双方で対抗できずまたたく間に大打撃を被った。
ロマリアより南方の国で生産されていた地球世界で資本主義の芽を育てた砂糖産業も、北日本が大量に供給するサッカリン等の合成甘味料に値段と量で太刀打ち出来なかった。
北日本は極めて短期間の内に各国から膨大な量の貴金属を貿易という形で手に入れる事に成功したのだ。そして、その豊富な貴金属で足りない資源を買い漁り、または、ボヘミアの鉱山を掘って北日本の経済が崩壊しないように糊口をしのいでいるのだ。
北日本は、資源と市場の確保を狙って自国の東側に広がる巨大な海洋を探索しているが、そもそもの船の不足や人員の不足もあって思うように探索は進んでいなかった。
そのために、仕方なく大陸各国との貿易を強化したのが北日本の主観だったが、香辛料すら北日本産の安価な合成着色料と化学調味料にその役割を譲る程の浸透をしてしまう等、結果は大きすぎた。
なにせ、大文明圏を結ぶ通商路がこの後10年もしないうちに次々と滅んでいく結果に繋がったのだから。
北日本の経済進出に耐えきれなかった各国の産業は次々と半壊し、経済を混乱させられていた。
この状態に、各国の魔道士達も懸命に北日本製品の製法を分析しようとするが、その苦労も徒労に終わった。なにせ、魔導文明と科学文明はある意味異質のものなのだ。
この世界にも科学は存在するが、魔導技術の発達もあり化学的な分析方法は未発達であった。
故に、北日本が輸出する製品は現時点では「異界の技術」として模倣は不可能と見なされるようになっていた。
そして北日本政府は製造機械類の輸出は極端に禁止していた。
各種の製造機械は勿論、教科書を始めとする全書物の国外持ち出しは戦争指導会議の命令で禁止された。(法律ではないのは、立法府を構成すべき議員全員と行政府の最高組織である人民閣僚会議が消滅しているため)これは、単純に自国の保有する技術を相手にできるだけ知られないようにするための方法である。
北日本が体制を立て直して、文明を再び進歩させるまでは彼らに現代文明の一端でも知られては困るのだ。
しかし、結局は一部の品に限ってはボヘミア人民共和国内に限っての輸出は許可されるようになる。
何故ならば、北日本国民が着る服や日用品を生産する工場が存在せず、ボヘミア人民共和国がその生産地として適任だったからである。
その上、軍需産業においてもボヘミアは恰好のテストケースになっていた。ボヘミアに対しては既に小銃や装甲車、レシプロ機が輸出されており、その規模は徐々に拡大しつつあった。
嘗てのアフリカに対する輸出同様、ボヘミア人民軍は発展途上国向けの武器市場のテストケースとして様々な軍備が配備される事になっていた。
将来的には、ボヘミアには北日本が開発した現代的な戦闘機や軍艦、戦車の輸出すら内々に決定している。
北日本にとって足りないものは多いが、現在のまま事態が推移すれば数年来のうちに現在の統制は解除されて、経済は再び回復すると予測されていた。
漸く希望が見えてきたところで、北日本にまたも暗雲が漂い始める。
彼らの名前を、デルモンターレスという。
現地の意味で、悪魔の種族という意味である。
知力も身体能力も人間より高い能力を有しているとされている。
しかし、何らかの影響から言語機能が未熟であり、精々が100体前後の群れで生活している。
度々人間の領域を侵すが、その度に撃退されている。
が、史書によると約70年に1度、彼らの大規模侵攻が行われるとされていた。
何十体かの変異体と、それらが率いる数千体の統率の取れた「軍隊」の侵攻は、北方の各国を酷く悩ましていた。
ロマリア連合王国が王国の北方に位置している国々に対して大規模な軍事援助と援軍派遣を行い、十数万の犠牲を出して彼らを撃退できるのだ。
そして、その侵攻は北日本の召喚される30年前に一度行われていた。
故に、次の大規模侵攻は40年は先である筈だった。
しかし、彼らの侵攻は40年早く、そして史書を上回る数万の軍団で行われた。
これに対して、元々北日本によって兵力を弱体化させられていた各国は次々に陥落。
権威として各国を取りまとめる教皇の不在や、ロマリアの軍も大幅に弱体化している事が事態の悪化に拍車をかける。
ロマリアも初めは単独での敵撃破を目論むが、文明圏北部のポールティエ平原で行われた戦いにおいてロマリアを中心とする連合軍20万が呆気無く壊滅する事で態度を急変。
各国へ条約に基づく援軍派遣を要請し始める。
そして、その中には北日本も含まれていた。




