ボヘミア戦役2
田中軍曹は、制圧が終わった建物内を見る。
結局、彼らは降伏を選ばなかった。
我々の持つ武力に対し、彼らは弓や剣、魔術で果敢に、文字通り最後の一兵まで戦い、北日本軍にギルドは制圧される。
こちらも死者こそ出さなかったものの小隊の半数近い13名が重軽傷を負い、後方へ搬送された。
……もう少し別の選択はなかったのだろうか。
仕方がないとわかっていても思ってしまう。幾ら戦争だと正当化されていても、である。
彼の勘は、手を出してはいけない組織に手を出してしまったと告げていた。
(……冒険者ギルド、か。地球世界では想像も付かない組織を敵に回してしまったのではないだろうか?)
そういう思いが頭をよぎるが、彼はその思いを振り払い任務に集中する。
彼の小隊に課せられた任務は建物の制圧と、制圧後の建物とその周辺部を、揚陸部隊主力が市街地に展開するまでの間保持することだからだ。
建物の屋上からは彼方此方で銃声が聞こえ、黒煙が上がる町並みと、海岸に上陸した戦車を含む機甲部隊と揚陸部隊主力が見えた。
ボヘミア王国領内 領主館
「お館様、共和国軍を名乗る召喚獣が館に近づいています。」
お館様と言われた男は、共和国領内での戦闘で辛くも生き残った人物だった。
その時に彼はこの世界の倫理観に照らして正当な行為と彼自身が思っている行為を北日本領内で行ってきた。つまりは神の名のもとに殺人や略奪を平然と行ったのだ。
故に、彼は北日本による報復を恐れていた。
(北日本が彼の行った所業を知れば、死刑は免れ得ないだろう。)
そのため、彼は家族と共に最後の手段を取ることに決めた。
「少佐殿。館、燃えてますね。」
そういう彼らの目前では、それなりに立派な館が盛大に煙を吹き出して燃えていた。
同様の事態に遭遇するのは、これで3度目だった。
そう、彼ら諸侯は北日本において虜囚の辱めを受けるよりも、自ら自害して果てるという道を選んだのだ。これは、北日本軍の進撃速度が異様に早すぎるという事も影響していた。
何かを考える前に、北日本軍が現れるのだ。
彼らからすれば選択肢が無いと思い込んだのだろう。
……そして、この事態も三度目である。
「少佐殿、村長を名乗るものが来ていますが。」
部下が気まずそうに少佐に言う。
黒田少佐は村長が居る方を見ると、土下座をした村長が「お好きにお使いください。」と若い女性を連れてきているのだ。このことに黒田少佐は頭を抱える。
この世界の教育水準の低さと、人の命の値段の安さは我が国とは比べ物にならない。
(無論、考え方による。)
王国領内で聞いた話では、我が北日本は異世界の悪魔の国らしい。
破壊の魔法で、一瞬にして30万の軍勢と数百隻の艦艇を撃破したということになっていた。
……一部事実が含まれている事で余計にたちが悪くなっていた。
「破壊の魔法があるなら、創造の魔法もあればいいのですが。」
師団に所属する主計官と保安士官がそう愚痴る。
兵站を預かる兵科の士官を宥めるように少佐は言う。
「作戦通りなら、そろそろ王都では国王が降伏している筈です。」
ーー全く知らない土地で電撃戦をする無茶は、後少しで終わりますーー
そう少佐は言外に伝える。
1月20日 ボヘミア王国 王都ベーメン
敵の戦力の殆どは王都市街地に振り向けられており、城内の守備兵は殆ど居ないも同然だった。
故に、空挺部隊による城内の制圧は早急に進み、部隊は執務の間まで呆気無く到達。
国王と思われる男は降伏を宣言し、北日本の用意した降伏文書※1にサインをさせられた後に、全王国軍と諸侯に降伏を命じさせられていた。
ここに「南部演習作戦」は成功に終わり、他国が介入する間もなくボヘミア王国は北日本の占領下に入ることになる。
……しかし、完璧な戦争を行ったと考えている参謀本部も、完璧な占領統治が行えると自負している各官庁も失念していた事があった。
それは、後にボヘミア王国をより深い混沌に落とす要因となるのであった。
制圧から2日後には、空挺部隊が制圧した王都は漸く平穏を取り戻しつつあった。
王都内に居た王国残存軍も既に降伏し、地上部隊も既に王都に到着。
工作部隊が王都郊外に臨時飛行場を設営し、航空機で戦後処理や占領統治に必要な人材を王都に送り込んでいた。
場所によっては、恒久的なインフラ整備の為の準備が始まってもいる。
そして、王城に次いで最優先の制圧先となった財務院と軍事院では官僚たちが現地の役人と共に書類の翻訳と確認を行っていた。
「この国の農業生産高に関する資料の信用性は?」
そう問う北日本の官僚の目線に、役人たちは驚きながら正直な答えを返す。
「王国直轄地の資料はともかく、諸侯の保有する荘園や隠し畑まではわかりません。……正直なところ無いよりもマシな程度です。」
その素直な返答を聞いて、官僚は頷く。
「……翻訳作業を続けよう。何か間違いがあると困るからね。」
北日本は、航空偵察により既に概算の農地面積や耕作可能地を見積もっていた。
故に、これらの官僚が嘘をつくようであれば、即座に首を切るつもりだった。
が、幸運にも彼は正直な発言をしたおかげで命拾いをした。
……翻訳作業の最中に、部下が部屋に入ってくる。
「閣下、教会司祭を名乗る人物が面会を求めていますが。いかがしましょうか?」
その言葉に、彼は反射的に応える。
「現在は軍政の布告が行われている。故に、内政に関する相談は軍部の方に言ってもらうように伝えろ。」そう言うと、白いローブを着た香水の臭いがキツイ男が部屋に入ってくる。
「その軍部の方では、内務省とやらの役人に聞けと言われたのだがな。」
その男の言葉に、彼は内心で舌打ちをする。
軍がこちらに押し付ける仕事は山積みであり、こんな男の相手をしている時間がないのだが、「教会」という言葉が気になり対応する。
「失礼しました司祭殿。それで、本日はどのようなご用向きでしょうか?」
そう言うと、男が話をし始める。
はじめは彼も真面目に聞いていたが、相手の話はなんていうことはない。
つまるところ今までの宗教権益の保護を共和国に求めているのだ。
故に10分もするとうんざりした表情を彼に向け、話を遮り司教に言い放つ。
「我が国は、信教の自由についてはこれが公共の福祉に反しない限りこれを認めるとしています。また、我が国は特定の宗教と国家が関わりあいを持つことは禁止されています。ああ、ただし王国政府が認めた場合はその限りではありません。」
男が顔を紅潮させてなにかを言おうとするのを察し、逃げ道を用意してやる。
それを言うと司祭を名乗る男は退室し、どこかーー恐らく王城ーーに向かい始める。
まぁ、無駄な事だと思うがそれを止めないでおく。
なにせ、王国政府は一両日中にその権限を新政府に譲ることになるのだから。
そして、その新政府は嘗てのボリシェヴィキや現代地球の多くの政府同様に国家宗教を認めないのだから。
彼は仕事に戻る。彼にはやる仕事が大量にあるのだ。
……彼は、正直に言ってこれからのボヘミア王国に同情していた。
なにせ、これから行われる「改革」は実質的な赤化に等しい政策だからだ。
恐らく、今現在王国に存在している貴族階級や市民階級の殆どは粛清されるだろうし、王国は北日本の食料庫に成り下がる事になるはずだ。
搾取や隷従とまではいかないが、実質的にそれに近い状態になるのは目に見えていた。
※1 内容は以下の5つ
1 ボヘミア王国は日本人民共和国に無条件降伏する。
2 ボヘミア王国の国王は全権能を北日本の指示する人物ないし組織に無条件で委任する。
3 ボヘミア王国は、その存続を許される。
4 ボヘミア王国の国王及び王族は政治的権能を有さない事を条件に王位の存続を許される。
5 ボヘミア王国の全機関は北日本政府の指揮下に入る。




