交渉
驚愕に満ちた表情で、彼らは電車内を見渡す。
北日本の中でも最大規模の港湾都市である大泊から首都である豊原を結ぶ高速鉄道の中に、尊師を団長とする外交団は居た。
彼らは車内と車内から見える高層ビルや豊かな自然風景に肝を抜かれていた。
代表団が乗っている列車は北日本が設計し、主要部品を北日本が輸出し朝鮮で組み立てがなされた、最高時速250㎞/hを誇る日本人民鉄道が有する高速鉄道の迎賓用車両である。
……250km/hを実際に出せる状態かどうかは別だが。
現在の北日本では、昨今の経済不安と無理な軍拡競争から徐々にインフラの維持に支障をきたすようになっている。
インフラの中でも、鉄道網と高速道路は優先して補修がなされてはいるが、高速鉄道に関しては転移前から「経済的側面から」速度制限が行われ、ダイヤの本数自体も減らされていた。
それを知っているからこそ、彼らの接待役に任命された役人や軍人の顔は暗い。
……まぁ、その状態でも彼らにとっては圧倒的な速さであることは変わらないが。
「彼らとの交渉が上手く行けばいいが」
そうした彼らの内心を余所に、尊師はそう一人こぼす。
彼らを乗せた列車は、この国の首都である豊原へと徐々に近づいていた。
彼らを外務省の付近にある迎賓館で迎える用意をしていた外務省の次官を中心とする交渉団は、交渉における最終確認を行っていた。
交渉でどこまで受け入れるか、北日本の現状を考えながらその部分を考えていた。
現状で北日本に必要なものは、第一に食料、第二に北日本では採れない希少鉱物、第三に鉄鉱石などの通常鉱石、第四に自国の製品を売る市場、第五にその他である。
国家の血液とも称される石油や天然ガスについて、北日本は石油に関しては4割、天然ガスに関しては100%の自給ができていた為、食料等に比べて優先順位が遥かに下だった。
故に、交渉に関しては少し余裕が生まれていた。
最悪でも取れる手段があるだけで、心理的な余裕が違った。
「我が国の年間食糧輸入量は2400万トン、これだけの食料を輸入できる余裕はあるか?ないのなら、新しく作付け可能な土地の提供または、我が国の種で食料を作れるかを聞かねばなりません。」
外務委員会の役人は続ける。
「また、貿易や外交についても同様です。使用貨幣や法律についての専門家の交換も話し合う必要があります。最悪の場合、軍の力をお借りする事になります。」
豊原中央駅で降りた彼らはその先進的で巨大かつ壮麗な駅の建物と、駅前に立つ超高層ビル群に驚きつつ、用意された車に乗り込み首相官邸へと向かう。
「これが、異界の都」
護衛の騎士が圧倒されながらもそう呟く。
「前の世界では列強かなにかだったのでしょう。」
そう尊師に言う大使館書記。
尊師は、今後の交渉には下手をすると我が国の運命が掛かっていると感じていた。
これだけの都と、我が国よりも進んだ技術で作られた乗り物や道具。
その反面、魔導技術が全く存在しないどころか、魔力すら感じられない人々。
尊師は、この国が史書の言うところの「悪魔の国」であると殆ど確信していた。
迎賓館に彼らの車が着くと同時に居並ぶ儀仗兵が儀礼を行い、彼らを迎賓館に向かい入れた。
「ようこそ、日本人民共和国へ。私は共和国外務次官を務めている二宮三郎と申します。」
そういって出迎えた外務次官と軍高官及び官僚団を前に尊師は発言する。
「急な訪問に関わらず、このように歓迎していただき、感謝も言葉もありません。私が今回の交渉団の代表を務めるアレクサンドル・アン・サンドルと申します。」
そして、尊師は相手がどれくらいの階級の相手なのか、すなわち相手がどれくらいこの交渉を重視しているのかを確かめるべく発言する。
「不勉強で申し訳ありません。貴国の職業呼称に疎く……外務次官とは、どのような階級なのでしょうか?」
それを、聞いた二宮は正直に応える。
「実務における最高位、端的に言えばそうなります」
それを聞いて尊師は安心する。
なにせ、少なくとも相手がこちらを軽視しているわけではないと判明したのだから。
案内された部屋の椅子に座り、尊師は交渉を開始する。
「ああそうだ、こちらが国王陛下の親書となります。こちらを我々の友好条約の叩き台として考えてもらいたい。」
そういって、彼は持ってきた親書を読み上げる。
二宮はそれを聞き、内容を書き写して同席する官僚や軍人達に見せる。
それを双方で正しいか確認する。
そして、北日本側の講和条約の叩き台も同様に確認する。
確認が取れたロマリア側の講和条約の内容は以下の通りだった。
1 日本人民共和国とロマリア連合王国は条約締結後、戦争状態を終結する。
2 日本人民共和国及びロマリア連合王国とその同盟国は相互に賠償、領土割譲要求を放棄する。
3 日本人民共和国は、地域の安定の為にロマリア連合王国と相互安全保障条約を締結する。
4 3が受け入れられる限り、ロマリア連合王国と日本人民共和国は自由貿易条約を結ぶ。
5 この条約は締結時点で発効する。
北日本側の講和条約原案は以下の通り。
1 日本人民共和国とロマリア連合王国は条約締結後、戦争状態を終結する。
2 ロマリア連合王国とその同盟国は、日本人民共和国に対して行った戦争行為に対し謝罪と賠償を行う。
3 ロマリア連合王国は、以後の安全の為にボヘミア王国を非武装中立にすることに同意する。
4 ロマリア連合王国とその同盟国は、我が国と自由貿易条約を結ぶ。
5 この条約は締結時点で発効する。
その条文を見て、二宮は確認する。
(我が方のものと、大分差異が見られるな)
「代表閣下、双方の認識をすりあわせたいのですがよろしいですか?」
その問に対して首を縦にして肯定する尊師に、二宮は続ける。
「質問は3つ。ひとつ目はそちらでの戦争状態の終結はどのような内容を意味するのか。ふたつ目はそちらの意味する相互安全保障条約とはどういったものか。3つめは、自由貿易条約の意味についてです。」
その質問に、内心で首をかしげつつも尊師は応える。
「我が国では、この場合の講和条約では原則として相互の相手国領土からの撤退と、双方の捕虜の即時返還を意味します。なにか特殊な事情がある場合は、例外として他の要件を含むかも知れませんが、その場合は慣習として明記するので今回はその原則どおりにとってもらって構いません。」
そして、尊師は続けて言う。
「こちらの言う相互安全保障とは、どちらかの国が宣戦布告をされた場合に同時参戦を行うことを義務付けるということを意味します。また、特殊な事情によっては連合王国軍の国内駐留を要求する事がありますが、その逆の例は今まで存在しませんでした。」
その説明を聞いていた軍人達の顔が険しくなるのを、尊師はあえて無視して続ける。
「自由貿易協定とは、相互の商人の移動の自由を認める事を意味します。また、相互の契約締結の自由を尊重する事も意味します。」
尊師が質問への回答が終わると同時に、今度はこちら側の随員が共和国側に質問する。
「こちらも質問が4つあります。ひとつ目は、そちらの意味する戦争の終結とはどういった状態を意味するのか?ふたつ目は謝罪と賠償とはこの場合どういったことを意味するのか?3つめは、非武装中立の意味について、そして4つめは貴国の意味する自由貿易協定とはどういう意味か?」
その質問に関して、二宮は淀みなく回答を述べた。
「ひとつ目の質問に関して、我が国も貴国と同様の要件が戦争条件の終結の為の要件ですが、一つ違う点があります。それは、戦争犯罪人の処罰に関してです。我が国では、民間人を戦争に巻き込む、民間人に対する無意味な虐殺や暴行を禁止しています。故に、それらの行為を行った当事者と指示をした責任者の双方を処罰してもらうことを含みます。」
二宮のその言葉に代表団の護衛の騎士が血相を変えるが、それを無視して二宮は続ける。
「そして、謝罪と賠償とは民間人を戦争に巻き込んだことと、その民間人に対する補償の事を意味します。」
「次に、非武装中立とは警察力以外の武装を放棄する事を言います。」
二宮本人としては、自衛戦争に必要な武装を保持しても良いと言いたいが、そうも言えない事情が前世界で存在した。
かつての南日本は、自衛戦争に必要な戦力という名目で原子力潜水艦や超大型空母を平然と保有していたのだから。
それと同様の骨抜きを許すわけにはいかなかった。
「また、自由貿易協定とは、双方の商人の移動の自由を保証することのみならず、契約の内容や関税についても一定の条件を定める事を意味します。」
二宮は一気に言い切り、相手にこう提案する。
「双方で意見の調整の為に、休憩を取りませんか?」
それに相手は首肯し、一旦交渉は中断することになった。
今回の外務交渉の条件は、列強が出すものとしては異常なほど寛大であった。
その理由として挙げられるのは、やはり召喚と同時に行われた攻撃によるショックと、北日本を「異様に強い蛮族」と無意識に見下し、経済的な支配を目論んでいた事が挙げられるだろう。
彼らの認識が正しいかどうかは貿易が始まると明らかになる。




