閑話 ギルド所属員の恨み
「何故だ!何故依頼を受けてくれない!?」
ギルドでいきなり大声が聞こえ、何事かと思い受付を見やる。
どうも、麻の服を着た商人らしき男がギルドの受付で職員を問い詰めている。
なにやら、依頼を受け付けてくれないことにご立腹らしい。
「ミスター、申し訳ありませんがそれが規則だからです。」
職員は表情を動かさず相手にそう言い放つ。
「だけど、ここに身分証明書や依頼に適切な標準報酬だってある!」
どこの規則に反しているのか。商人の顔は切羽詰まった顔になっていた。
それを近くで聞いて、頭の中でギルドの規則を反芻する。
ギルドが依頼を受けない場合は、報酬と依頼が釣り合っていなかったり、過去に何か問題を起こした者、若しくは身分が不明な者に限られる。
それに、過去に問題を起こした場合はそのように職員が言う筈だった。
目の前の商人らしき男は、しっかりした報酬と身分証を提示している。
なんの規則に反しているのか気になった俺は、受付に尋ねる。
「受付のお穣ちゃん。そこのにーちゃんはなんの規則に反したんだい?」
商人らしき男の期待に満ちた目を敢えて無視しつつ、受付のお穣ちゃんにそう尋ねた。
「……彼は、ギルド規則第3条で定められた「敵対的な組織」に属する人です。」
その言葉に、周りはざわつく。
ギルド規則3条とはつまるところ、ギルド所属員に組織的に危害を加えたあらゆる組織や個人に対して以後の依頼の受付を行わないという内容の規則であった。ふと、脳裏に最近話題の国が思い浮かぶ。
「……にーちゃん、ボヘミア人かい?」
恐る恐る、内心で違うと言うことを祈りつつ俺はにーちゃんに確認する。
「そうだとも、私はボヘミア人民共和国公民だ!」
にーちゃんは俺の願いを即座に裏切って答える。
ロマリア崩壊後、文明圏全域に跨る巨大な組織と化していた冒険者ギルドもその影響を大きく受けていた。
強大な兵力と資金力を抱える冒険者ギルドもまた、各地の王軍と同様に各国の取り込みに遭遇していた。
それに対抗しようにも、最も強大な力を有しギルド本部が存在していたロマリア王都は消滅した上、第二支部であるレンダーは平民革命騒ぎとその後の戦闘の影響でギルド組織は消滅。
現在では「ロマリア総合業務株式会社※1」を名乗る組織がそれに代わって組織されたと聞く。
故に、三番目の規模である内陸部のケイチュウが冒険者ギルド本部の役割を担い、ボロボロのギルド組織の立て直しを行っている最中だった。
そして、革命騒ぎが起こっているレンダーに比較的近いこのギルド支部には、ニホンの影響国の商人も存在する訳で。
恐らく、商品の仕入れの為に幾らかの魔獣の狩りでも依頼しに来たのだろう。
「ロマリア総合業務株式会社」はどちらかというと正規軍や国家の依頼を主として受ける組織らしく、ギルドと異なり民間向けの依頼は対応していない事が多いらしい。
らしい、というのはレンダー近辺での両軍の戦闘の激化と革命軍によってギルド支部も襲撃されていることから情報が回らなくなっているからである。
「そいつを捕まえろ!」
同業者が剣を抜いて商人のにーちゃんに構える。
……ああ、あいつらはレンダーから逃げ延びてきた奴らか?
「お前らの国の連中のせいで、レンダーの仲間が殺された!お前も密偵だろ!」
そういって、同業者が商人を捕まえようとするのを、俺は止めようとしてやめた。
同業者の言葉はただの言いがかりに過ぎないとわかっている。
他方、ニホン人が「俺達の仲間」を沢山殺しているのはわかっていた。
あのにーちゃんがボヘミア人とわかった時、周りの空気は一気に殺気立ったものに変わった。
俺にも生活がある。
だから、にーちゃんが無罪の可能性が高いと思っていても、言ったら俺自身もスパイと疑われかねない状況に、俺は同業者を止めるのをやめた。
レンダー政権が誕生してまもない頃、北日本企業とロマリア諸国の交易を仲介していたのはボヘミアやレンダー商人達であった。
北日本企業が中華やアフリカといった治安の悪い地域での活動に慣れているとはいえ、流石に異世界の内戦地域に直接進出するのは無謀すぎ、どこも進出に二の足を踏んでいた。
そして、その代わりにそこへ活路を見出したのがボヘミアやレンダー近郊の商人たちであった。
彼らには、効力が公式に認められていない「革命評議会」の旅券ではなく、未だ効力が有効であるボヘミア人民共和国の旅券と身分証明書を与えられ、危険なロマリア各地で交易を行った。
その過程で、財産を築くものや密偵と見なされて処刑される者なども存在していたのだった。
特に、ギルド所属員のそれらの商人に対する敵愾心は強く、処刑された者の半数以上は冒険者ギルド関係によるものであったと推定されている。
※1 北日本が、冒険者ギルドという存在を知り、その便利さや影響圏内での認知度から影響圏内で新たに設立した「ギルド」。
北日本の株式会社として設立され、レンダー周辺を主な活動圏内としている。
レンダー政権に降伏したギルドの職員等を中核として発足した。
北日本政府が6割、民間企業が4割の割合で出資を行っている。
主な業務は、冒険者ギルドが担っていた業務に加えて、革命軍の後方警備、各地域の警察への治安訓練、戦地への補給物資配達等の多岐に渡る。