最終章~スカイブルー(椿サイド)
最終章ですが、おまけストーリーとして、もう1話続きます。よろしくお願いいたします。
依頼された将さんの代表作品のリストを英語で作成し、啓太さんに宛てメールを送った。
パソコンのキーボードを打つ自分の左薬指につい、視線がいく。
ダイアモンド・ティアラで買ってもらった、シンプルだけど存在感のある婚約指輪。
思わず、口元がゆるむ。
婚約指輪を贈られるのは、2度目だけれど。
前の時は、こんな気持ちにはならなかったのに。
「椿ちゃん、お昼食べに行こうよ?」
背を向けていたから、ニヤケ顔なんてわからないのに、ビクリと志摩さんの声に飛び上る。
なんで、こうドンくさいのだろう・・・。
すると、志摩さんがケラケラ笑い出した。
「アハハハッ・・・何ー?メール送りながら、ダーリンのこと思い出したのー?」
案の定、お見通しで。
からかわれた・・・。
何で、こういう風に表情に現れるのだろう・・・。
もっと、大人っぽくクールに・・・ポーカーフェイスで決めたいのに。
ため息をつきながら、立ち上がった。
「何、ため息ついてんの?」
志摩さんが私の顔を覗きこんできた。
綺麗な顔・・・。
ううん、綺麗なだけじゃない・・・魅力的な表情。
志摩さんの事を皆は怖いって言うけれど、何故か私には優しくてお姉さんのように接してくれる。
歳が離れているのに、とても気が合うし。
実際、色々相談もしている。
しかもほとんど、ガールズトークで。
結構、過激・・・。
まあ、志摩さんのおかげで、啓太さんがいない寂しさもまぎれているのは間違いないし。
多分、志摩さんはそれを意識して、私を色々かまってくれているのだと思う。
感謝しないと・・・。
そんな事を考えながら、事務所の出口に向かったのだけれど。
志摩さんが、後ろを振り返った。
「ああっ、ウザいっ。一緒に来たいのなら、そう言えばいいでしょっ。」
言葉は乱暴でぞんざいだけれど。
決して無視や、意地の悪い事はしない。
しかも、嫌な事やいけないと思う事は、ハッキリ本人にその場で注意する。
志摩さんなりに、きちんと認めて受け入れている。
一緒に昼食へ行こうと言われた(多分)穂積さんが、パアッと顔を明るくして、こちらへ飛んできた。
穂積さんだって、志摩さんのキツい言葉を受けながらも、ちゃんとその辺は分かっているのだと思う。
志摩さんは人に厳しいけれど、自分にはもっと厳しい人だから。
「で、何でため息ついていたの?」
穂積さんがエレベータの下向きのボタンを押したのを目で追いながら、志摩さんがもう一度先ほどの質問を私にしてきた。
「いや、何で、私ってポーカーフェイスができない・・・というか、すぐに顔に出てしまうのだろうって・・・大人じゃないなぁ・・・って、思って。」
志摩さんは不思議だ。
私が思っている事を素直に伝えられる人だ。
どうして、こんなに志摩さんには素直になれるのだろうか。
私が答えると、志摩さんは私の顔を見た。
「何だ、そんなこと?・・・あのね、聞くけど。じゃあ、椿ちゃんが全然興味のない事を聞かれたり言われたりしたら、表情に出る?っていうか、ドキドキする?あー、良くわからないか・・・じゃあ、穂積が力仕事をするからって、急にスーツのジャケッをト脱いでYシャツ姿になったら、ドキドキする?」
志摩さんの突飛な質問だけれど、一応想像して即答した。
「いえ、全然。」
志摩さんが何故か、ゲラゲラ笑う。
「アハハ・・・じゃ、じゃあ・・・木村さんだったら?ジャケットを急に脱いでYシャツ姿になったら?どう?」
そ、そんなのっ。
「もう、滅茶苦茶ドキドキします。」
ダメだ。
想像しただけで、ドキドキしてきた。
「椿ちゃん・・・何か、酷い・・・。」
顔がほてるので、手で顔を扇いでいたら、恨めしそうな穂積さんの声。
あ、しまった。
だけど、本当の事だし・・・仕方がないので、すみませんと謝っておいた。
志摩さんは、ますますゲラゲラ笑う。
そのまま到着したエレベーターに乗り、1階へむかった。
「つまり、そういうこと。」
漸く笑いがおさまったころ、志摩さんがそう言った。
「え?」
「だから、興味のあるもの、心惹かれるものだから、ドキドキするの。それは、皆同じ。逆に、そういう心の動きがなくなったら、つまり感情がなくなったら、さびしいじゃない?だから、それでいいんじゃないの?椿ちゃんらしくて。」
私らしくて、いい・・・そう言ってくれるっていうことは。
私を、肯定してくれているんだってことだよね?
何か、嬉しいな。
気持ちが浮上して、私はエレベーターを降りた。
今日は晴天で。
ビルを出ると、街路樹の新緑が目にしみた。
キラキラとして、とても綺麗。
志摩さんのさっきの言葉と、新緑のきらめきで私の心は弾んだ。
だけど。
「椿。」
少し前までは、日常的に耳にしていた声だけれど、今となっては遠くなってしまった声が後ろから聞こえた。
ゆっくり、振り返ると。
相変わらずの、仕立てのいいスーツを来て。
髪形も、そつなく清潔にセットして。
飛びぬけてハンサムではないけれど、均整のとれた体格と。
さわやかな雰囲気で、イケてるともいえなくもないタイプ。
もう、会う事はないと思っていた人。
「こんにちは。敏さん。」
自分でもびっくりするくらい、冷静な声が出た――
「何で、もっと言ってやらなかったのよ?」
お絞りで手を拭きながら、志摩さんが私を咎めるように見た。
パスタが食べたいと言う志摩さんの希望で、私達はカジュアルなイタリアンカフェへやってきていた。
「ふふ・・・だって、志摩さんに、言いたい事は言ってもらったので。」
「何言ってるの!あんなんじゃ、足りなかったわよ!あー、しまった・・・『早漏糞野郎』だけじゃ、パンチがいまいち弱かったわよね・・・もっと、言ってやるんだった!そうだ!親父の事務所へ行って言い足りない分、言ってこようか?」
志摩さんが恐ろしい事を言い出した。
ビルを出たところで私を呼びとめたのは、元婚約者の千田敏だった。
私の実家へ行って、私が船津プロダクションに就職をしたことを聞いたらしい。
今更、そんな事をして何の意味があるのだろうか。
不思議に思って要件を尋ねると。
「婚約解消を無しにする。」
と、一言。
変っていない・・・この人はいつもこうだ。
自分から、頭をさげることはしない。
いつも私がこの人に従うのが当たり前。
それがいつも・・・心の中で、嫌だと思っていた。
口には出さなかったけれど。
だけど、もう。
私はあの時の私ではないから、口に出そう。
「嫌です。」
私の返事に、敏さんは信じられないという顔をした。
「お袋が、今度親父の還暦祝いのパーティーがあるから、手伝ってほしいっていっているんだよ。着る着物を早く選びたいって。あと、招待者のリスト変更が出てるから、早急に手直ししたいし。」
何とも勝手な言い草に、呆れた。
「私、結婚が決まったのです。」
ハッキリと今の状況を伝えると、敏さんの顔が歪んだ。
そして、信じられない事を言った。
「中2から散々俺に抱かれてきたのに、そんなお前と今更他の男が結婚したいと思うか?」
あまりの品のなさにあきれ返っていたら。
「うるさい、黙れ。『早漏糞野郎』!あんた、椿ちゃんが中2の頃から散々しておいて、今まで1回もイかせてなかったって、どういうことっ!?偉そうなこと言ったって、女悦ばせることもできない男なんて、役立たず以外の何者でもないわよっ!?嘘じゃないわよ?椿ちゃん今の彼とのエッチで体が変だって、私に相談してきたんだからっ。可愛いわよねぇ?初めて、イかされて、自分の体がおかしいんじゃないかって、悩むなんて。いかに前の男が下手糞だったかってことよねぇ。馬鹿じゃない?今更、ど下手糞な早漏男のところに、誰がもどるっていうのよっ!?」
きゃーーーーー!!!
志摩さんっ、何で今、内緒のはずのガールズトークを発表なのですか!?
「いや・・・さすが、志摩さんでした。格好良かったです。」
お絞りで顔を拭きながら、穂積さんがうっとりとそう言った。
「何がっ!?そんなことよりっ、あんた!こんなお洒落な店で、お絞りで顔を拭くってどういうことなの!?私のイメージがくずれるでしょう?」
うん、私もお絞りで顔を拭く穂積さんにドン引きした。
穂積さんが、慌ててお絞りをテーブルに置いた。
「いえ、本当に格好良かったです。志摩さんがガツンと言ったので、あいつも諦めて帰ったんじゃないですか。やっぱり、志摩さんはすごいです。」
うん、確かに。
志摩さんの言葉にぐうの音もでなくて、敏さんはショックの表情を隠せずに走り去っていったのだった。
「何か、すっきりしました。」
本当にそうだ。
そう言うと、志摩さんがにっこり笑った。
「そう。良かった。」
「本当に志摩さんの言うとおりでした。関心がない人には、ドキドキしないって。敏さんと話しても全然ドキドキしなくて、冷静でした。自分で良くわかりました。本当に結婚しなくてよかったって。」
「そっか。」
「志摩さんは、凄いです。」
穂積さんが、感動したように志摩さんを褒め続ける。
本当に、尊敬しているんだな・・・。
と、そう思っていたのに。
志摩さんが、穂積さんを睨みつけた。
「おかしいわね・・・穂積がそんなにほめるなんて。あんた、何か、まずい事でもあるんじゃない?」
そう言った志摩さんに、穂積さんはビクリと顔をひきつらせた。
そして鞄からだした、1枚の紙をそおっと志摩さんに差し出した。
志摩さんがその紙をひったくった。
見る見る志摩さんの顔が、怒りにかわる。
「ちょっと!これ、『ローズキス』からのアンケートじゃないの!ああっ、締切今日中!?何で今まで出さなかったの!?」
ローズキスって、人気女性ファッション誌だ。
そうだ、イイ女特集に今度志摩さん出るっていう話だったな。
志摩さんはため息を大きくつくと。
穂積さんからボールペンをひったくって、アンケート用紙に記入し出した。
主に、恋愛についてのアンケートらしい。
「何っ!?ファーストキスの香りって・・・!?ベタな事聞くわよねー?まあ、いいか。タバコの香りで・・・次は・・・・ああ、ファーストキスの歳?12歳じゃね・・・ちょっと引かれるか・・・じゃあ、17歳にしとこう・・・で次・・・・。」
文句を言いながらも、手早くアンケートを埋めて行く志摩さん。
だけど。
突然、ピタリと、志麻さんの手が止まった。
え?
固まっている?
「もー、誰よっ。これ作ったの・・・って。意味わかんない質問すんなってのよ。どう答えりゃいいのよ・・・。」
ぼやく志摩さんに、紙を覗きこんだ穂積さんも一瞬固まった。
そして、苦し紛れに・・・穂積さんが。
「あー、俺・・・その質問、考えれば考えるほど、エロい路線に行きそうです。」
そう呟いた。
そして、すかさず、頭を志摩さんに叩かれた。
志摩さんが、椿ちゃんはどう思う?
と、聞いてきたので紙に目を通した。
Q13、貴女にとって初恋は、たとえるなら何色ですか?
志摩さんの縋るような視線。
私は、ニッコリと微笑んだ。
そんなの、決まってる。
私にとっての初恋の色は――
「スカイブルー。」
【完】