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8、俺の夢

翌日、椿ちゃんは一度自分のマンションに帰り、約束通り昼前に事務所へやってきた。

それで、丁度昼だからということで会議室で事務所員全員揃って、特上鮨を食べることになり・・・食べ終わった時には、船津五郎さんが採用決定を出していた。


何故か、昼飯タイムが面接だったようで。

つくづく、不思議な事務所だと思う。

だけど、椿ちゃんは凄く気に入ったようで、楽しそうに食べた後片づけを始めた。

それもテキパキと。

志摩さんに言われ、穂積も手伝いだした。

会議室はあっという間に片付き、洗い物をしてくると椿ちゃんが言い、穂積が給湯室関係を説明するため会議室を出て行った。


「本当に・・・いい子が来てくれたね。木村君の彼女だって?三千夫から、いきさつは聞いたけど。」


と、五郎さんがお茶を飲みながらニコニコと俺に話しかけてきた。

三千夫とは社長のことだ。

俺は頷いた。

この際だから、ハッキリ言っておこうと思った。


「はい。でも、昨日プロポーズをしまして、結婚を決めました。将のLAへ彼女も同行させたいのですが・・・彼女は中学へ入る前にLAへ留学していましたし、英語も堪能です。」


そう言うと、いち早く、志摩さんが反対した。


「えー、椿ちゃんの独り占め、反対!」


いや、俺の奥さんになるんだし・・・独り占めって・・・。

俺が、反論しようと口を開きかけたが、その前に。


「そりゃぁ、めでたい!木村君は女性不信だったからね・・・結婚はないかなと思って心配していたんだが。嬉しいよ!おめでとう!渡米は、4月半ばだよね?とりあえず、まだ1ヶ月半くらいあるから・・・それは追々相談しよう。悪いようにはしないから。とにかく、おめでとう!」


という船津さんの言葉で、皆も笑顔でお祝いの言葉を言い出し、その場でそれ以上俺も志摩さんも何も言えなくなった。


と、そこで。


「椿ちゃんって、本当は千田経済産業大臣の息子と、結婚するはずだったんだわねぇ?」


船津プロ所属の政治評論家の堤宗太郎さんが、相変わらずの方言丸出しの暢気な口調で、問いかけるように話しかけてきた。


って、え?


「はっ!?千田大臣!?」


社長が、驚きの声をあげた。


すごい、大物政治家だ・・・。


「いや、俺は元婚約者の名前までは・・・聞いていませんでしたけど、何で、堤先生ご存じなんですか?」


「そら、千田さんところの事務所へうかがうと、手伝いにきた椿ちゃんとよく会ったんだがね。さっき、ちゃんとご挨拶頂いたわ。控えめでよく気の付くええお嬢さんでなぁ。私、ほれ、頻尿だが?だで、カフェインのものは利尿作用があるからって、いつも黒豆茶私に出してくれたんだわ、あと、冷える場所におると、さりげなく冷えない場所を勧めてくれたり・・・まぁ、その心遣いがねぇ、控え目で・・・息子も早々にいい嫁さん決まって、安泰だと思っとったんだに。それに、あの気難しい千田さんの奥方にもよう尽くして・・・随分、椿ちゃんが裏方で頑張っとったに・・・去年の解散総選挙の時も、椿ちゃん裏方しきっとったわ・・・っていっても?千田さんの奥方が仕切っているように見せてだね、ひかえめに椿ちゃんが裏方一手にまとめとったんだわ。あと、奥さんの衣装も世話しとって、特に着物の管理とか?着付けも手伝ったり、あの子で随分重宝しとったのに・・・まあ、千田さんとこもはやまったんだわ、後から気がつくと思うわ。おしい事したって。次の選挙準備は椿ちゃんがおらんで大変だと思うわ・・・でも、この事務所にとっては、棚ぼたのような、ええ人材だに。大事にしなかんで?」


驚いて、皆、声も出なかった・・・。





ということで。

本当に、船津プロは変った事務所で。

期待の新入社員のためといって、志摩さんの制作発表についていく椿ちゃんに、何故か現場説明をすると言って。

五郎さん、船津社長、スケジュールの空いていた堤宗太郎さん、そして仕事で来られない綾乃ちゃんの命令で丈治・・・何故か俺まで付き添いになり。

あ、渡米前で自宅の方の整理がある将は、帰宅したが。

志摩さんのマネージャーの穂積を入れて、志摩ちゃんに今日は5人着くこととなった。

何故か、五郎さんと船津社長はご機嫌で、東洋テレビ局の廊下を歩きながら椿ちゃんに色々と説明をしている。

偶然、今回の志摩さん主演の連ドラも、東洋テレビ局のものだった。



「まったく。これじゃぁ、私の付き添いっていうより、椿ちゃんのつきそいじゃないの。」


と、こぼしている割に、めずらしく笑顔で上機嫌な志摩さんだ。

本当に椿ちゃんの事を気に入ったらしい。

というより、今日の採用面接と名した昼食会で、うちの事務所メンバー全員が、椿ちゃんを気に入ったようだ。

志摩さんがご機嫌で椿ちゃんと話しをするから、事務所内の空気も一気によくなったからもあるんだろうが。



と、そこへ。

丈治にオファーを出した、夏のチャリティー番組のプロデューサーが、ここのテレビ局の副社長と向こうから歩いてきた。


早速挨拶になる。

副社長は志摩さんをよく知っているようで、まだ制作発表の支度に楽屋入りするまで時間があったので、夏のチャリティー番組の打合せをしようということになった。


「えー、何で、私まで?」


志摩さんが副社長におもいっきりタメ口で、しかも嫌な顔をむけた。


オイオイオイ、相手は副社長だぞ・・・。


だけど、副社長はそんな志摩さんのわがまま発言を嬉しそうに。


「アイちゃん、コーヒー出すし・・・あ、そうだ!そのチャリティー番組の中でドラマ入れる企画があるけど、それ主演でアイちゃんやるかー?」


ええっ!?

やるかー・・・って。

多分、それもう、別の女優さんが内定している時期なんじゃ・・・?

それ、勝手に変えていいのか?


「あ、そう。じゃあ、つきあう。あ、でも。佐藤ちゃん、私制作発表の支度で楽屋入りするまでにあと1時間くらいしかないから。」


「うん、いいよ。企画書はあとで届けさせるから。本格的な打合せは、後日しよう。」


我儘で、毒舌で、辛辣でも。

志摩さんのこういうところは凄いと思う。

昔は移籍前の事務所で、嫌な営業もしたんだろうけれど。

それに押しつぶされることなくプライドを高く持って、こうして仕事を得て行く姿は、格好いいと思う。

この彼女の態度は、単に高飛車なのではなく。

人知れぬ努力が根底にあるからこそ、成り立つものだ。

彼女も、将に負けず劣らず、努力家だ。

しかも、その努力を人に見せるのを極端に嫌う。

社長も五郎さんもそういうところを理解していて、ある程度志摩さんを自由にしているのだろう。


まあ、いい事務所だよな・・・。


会議室で打合せを始めると、高木アナがやってきた。


「あ、今回のパーソナリティーは、ムッシュー山田さんなんだけど、アシスタントは高ピーにしようと思っているんだよねぇ。紺野さんも、アイちゃんもよろしくねぇ。」


プロデューサーがそう紹介した。


ああ、やっぱり、高木アナになったんだ。

だけど、昨日パーソナリティーっていってなかったか?

まあ、無理か・・・いくら人気があったって、入社2年目だもんな。

この番組はこの局の年間のうちのメイン番組の1つだし、失敗は許されないしな・・・。



「よろしくお願いしまーす。」


計算ずくの笑顔と甘ったるい声に、うんざりとしながらも作り笑顔で、こちらこそと返事をした。



打合せと言っても結局、ティータイムのようになり。

お茶を飲みながらダラダラと雑談になった。


「あら、カフェのバイトの方ですよねぇ?バイトの時間は大丈夫ですかぁ?」


高木アナが昨日俺の彼女と知ったのに、わざとらしい口調で椿ちゃんを見た。

椿ちゃんが困った顔をするのと同時に。


「ああ、カフェは辞めてもらうんだ。うちの事務所のスタッフにスカウトしたから。」


社長がそんなことを上機嫌で言った。

驚く高木アナに、志摩さんが。


「そう、とってもいい子でね?私気に入っちゃったの。うちの木村もねーもうメロメロ。残念だったわね?あなた木村を狙ってたものねぇ?でも、見た目が良くても性格ブスじゃね・・・木村は性格ブスは嫌いだから。あ、見た目がいいって言っても、そこそこってことよ?あくまで女子アナの枠の中での事だから。あなた勘違いしやすいみたいだから、言っておくわ。」


毒を吐いた。


「し、志摩さんっ。」


とりあえず、暴言を止めようとした。

だけど。


「何?椿ちゃんが大人しいから私が先に言ったの。こういう女には、先手必勝なの。」


無茶苦茶だな・・・仕事もらう先だぞ。


案の定、志摩さんの毒舌に高木アナが涙目になって、助けを求めるようにプロデューサーを上目使いで見た。


「森プロデューサー・・・。」


うわ、こういうのって狙ってやってんだろうなぁ。

こんな顔、男は騙されるんだろうな・・・。


だけど。


「あー、高ピー。どうも、志摩さんと相性悪いみたいだね・・・じゃあ、しかたがないね。アシスタントは河野ちゃんに変更しようか。」


あっさりと、プロデューサーがそう言った。


「そうだね、これから仕事をするっていうのに、場の雰囲気が悪くなるのは、よくないからね?」


副社長も、平然とした顔で相槌をうった。

すげぇ、ビジネスライクだな・・・。

まあ、これくらいシビアじゃないと、番組も回せないか。


そんな事を考えていたら。


「佐藤ちゃん、森ちゃん・・・アイナ、頑張りますっ。」


いきなり、志摩さんが涙声でそう言って・・・って。


ええっ!?


唇をふるわせ、涙目の上目遣い・・・って。

はかなげで、だけど、滅茶苦茶色っぽい・・・。

いや、俺は全然タイプじゃないけど、多分普通の男だったら・・・結構イチコロかも。

完全に。

高木アナとのそれとは、格が違う・・・。


やっぱ・・・恐るべし。

志摩アイナ・・・。


案の定。

佐藤副社長と、森プロデューサーは、顔を真っ赤にして、鼻の下を伸ばした。


「ア、 アイちゃんっ!いいんだっ。」

「志摩さん・・・頑張ろうね。」


2人ともその気になってるし。

丈治は、うぇぇ、と気分の悪そうな声を出し、顔をしかめた。


って、これ嘘だってわかってんもんな。

志摩さんは、そんな丈治に舌打ちをし、高木アナに向き直った。


「やるなら、これぐらいやりなさいよ。あんた、中途半端なの!今、人気があるからこそ、根性入れて努力しないと、あんた今に泣くわよ?」


驚愕の表情で高木アナは志摩さんを見つめ、もう何も言えなかった。



そんな高木アナに志摩さんはもう興味をなくしたようで、もう一度、唖然としている副社長とプロデューサーに向き直った。


「はい、佐藤ちゃんも森ちゃんも出血大サービスの極上の表情みせたんだから、今日、河豚おごって?」


イヤイヤイヤ・・・それは、さすがに図々しいだろう。


だけど、当事者はそう思っていないようで。


「あ、うん!富田屋がいいか?それとも京郷がいいか?久し振りだなー、志摩ちゃんとご飯!」


って、ありなんだ・・・。

やっぱり、何度も言うが。

恐るべし、志摩アイナ、だな。




それから、制作発表も無事終わり。

椿ちゃんはますます志摩さんのお気に入りとなった。








そして、あっという間に、椿ちゃんは事務所に溶け込んで。

しかも、凄く楽しそうだ。

だから、事務所の雰囲気もすごくよくて。

もう今では事務所のデスクワークは椿ちゃん中心になっていた。


で。

何となく、LAに一緒に連れていけないような雰囲気になってきて。


とうとう、言われた・・・。


「今、凄く・・・仕事が楽しくて・・・だから、結婚は木村さんがLAからもどってからではダメかな?」


風呂上がりの俺に、麦茶を手渡しながら恐る恐る椿ちゃんがそう言った。

椿ちゃんは先週俺のマンションに引っ越してきて、一緒に住んでいる。

椿ちゃんの親父さんにも挨拶は済ませた。

やはり、椿ちゃんに罪悪感があるようで、反対は一切なかった。

俺はじっ、と椿ちゃんの目を覗きこんだ。


その途端、ビクッ、として、困った顔になった。


「やっぱり・・・「ふっ、いいよ。」


「えっ!?」


肯定の言葉に、驚く椿ちゃん。


「何で驚くんだ?残って仕事したんだろう?・・・いいよ。だって、椿ちゃん、カフェで働いていた時と、目の輝きが全然ちがうから。本当に水を得た魚、だな。たった、半年だ。待つよ。それに、向こうへいったら、実際滅茶苦茶ハードだから、つれていってもかまってやれないかもしれないし。これから先は長いし。帰ってきたら、ずっと離さないし。あ、だけど、俺が向こうに言っている間に1回は、休みとってLAに来てくれよ。約束な?社長には俺から言っておくから。それ、条件・・・おい、もう泣くなよ。」


「だ、だって・・・。」


震える肩をそっと抱いた。

そして、耳元で俺の願いを口にした。


「LAで会おう。LAのあの空の青の下で・・・今度はキスしよう?それ、今の俺の夢。」



俺の願いに何度も頷く椿ちゃんの髪を撫でながら。


もう、幸せで。


胸がいっぱいだった。




そっと、窓の外に目をやると。


そこには。

東京タワーと。

まばゆい夜景と。


幸せの象徴が、空に浮かんでいた――






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