6、適材適所
何が、『家柄以外は何も取り柄もない女』だよ。
適材適所って言葉は、本当なんだなと改めて思った。
綾乃ちゃんにかかってきた電話は、船津社長からで。
どうやら困ったことが起きたらしく、直ぐに事務所に来てくれないかということだった。
途端に丈治が不機嫌になり綾乃ちゃんの携帯を奪い、俺と一緒に食事をしているから俺を行かせると言いだした。
じゃあ俺も一緒に会社に戻れということになって。
だけど、椿ちゃんと今日中にしっかり話をしておきたかったので、綾乃ちゃんのすすめもあり、遠慮する椿ちゃんも強引につれて事務所へ戻ることにした。
結果、それが大正解だった。
困ったことと言うのは、志摩さんのことで。
明日の夕方、4月から始まる志摩さん主演の連ドラの制作発表会が予定されていて、それに急遽着物を着てくれとスポンサーサイドからの申し入れがあったらしく、焦りだしたらしい。
志摩さんがいつも着物を着る時は、全て青山流華道会の次期家元の奥さんの青山夕真さんが用意しているらしく、本人ではさっぱり分からないらしい。
青山夕真さんは志摩さんの事を妹の様に思っていて、志摩さんのご主人が青山流の家元の内弟子であることから、志摩さんは青山家に住んでいて本当に家族の様なもので。
だから着物に関してはコーディネーターをつけずに、ずっと青山夕真さんに世話してもらっている。
しかし、今その夕真さんはモデルの仕事でNYにいるので、着物の用意をしてもらえない。
困りはてて、綾乃ちゃんがお嬢様であることを思い出して、ヘルプの電話をかけてきたらしい。
だけど、綾乃ちゃんは極度の面倒くさがりやで。
「着物はある程度持っているのですが、殆んど着ないので・・・詳しくないのです。」
会議室にならべられた志摩さんの、私物をあるだけ持ってきたという着物の前で、申し訳なさそうに言う綾乃ちゃんに、皆がっくりと頭を垂れた。
だけど、その時。
「あのう・・・差し出がましいのですが、もし私でよかったらお手伝いしましょうか?」
控え目な口調で椿ちゃんが声をかけてきた。
「君は、着物にくわしいの?」
椿ちゃんの事は俺の彼女だとさっき紹介していたので、船津社長は気さくに椿ちゃんに声をかけた。
吃驚した。
ドンくさいと思っていた椿ちゃんが、こんなにテキパキと着物を選んで帯と色々な種類の小物を決めて行くなんて・・・。
しかも着物は季節と、目的を選ぶ。
それも、承知で迷うことなく選りわけている。
普段は恐ろしいほどの毒舌の志摩さんも、感謝の気持ちのこもった目で椿ちゃんを見ている。
あっと言う間に、明日着る着物が決まった。
髪型や、帯の締め方などもアドバイスしていて。
「バイト代払うから、明日私についてくれない?お願い!木村さんからもお願いして!」
膨大な量の広げられた着物を手際よく畳む椿ちゃんに、志摩さんが手を合わせた。
ちょうど明日はバイトが休みだった椿ちゃんは、大したことはできませんが自分でよかったら・・・と、承諾してくれ、皆がホッと一息ついた。
「せっかくだから、コーヒーでも飲もうか?」
会議室が椿ちゃんによって片付けられた頃、そう言って社長が立ち上がった。
この場合、志摩さんや丈治は絶対にやらない。
家事一切が苦手という綾乃ちゃんも無理だな・・・。
って、ことは。
志摩さんについている穂積か、俺だな。
社長は自分で淹れるつもりらしいが、やらせるわけにはいかない。
ため息をついて立ち上がると、穂積も同じように立ち上がった。
だけど。
「穂積が淹れたコーヒーなら、私飲まないわよ。あんた、お茶関係淹れるのヘタすぎ。」
また、志摩さんの毒舌が・・・。
穂積はオロオロしながら、俺を見た。
たしかに、ドンくさいタイプの穂積は、志摩さんの言う通りかもしれないが・・・。
「あ、よかったら私淹れます。」
椿ちゃんが立ち上がった。
お客さんにそんなことはさせられないという社長をやんわりと制し、慣れているので、といって結局椿ちゃんが淹れる事になった。
しかもやっぱり日本茶にしようか、ということになって・・・。
それがまた・・・。
「うわ・・・すごく、美味しい・・・これ、本当に事務所のお茶なの!?」
毒舌志摩さんが絶賛するほど、椿ちゃんの淹れたお茶は美味しかった。
しかも、いつものドンくささはない。
聞けば、花嫁修業をずっとしていたのでこういう事は得意らしい。
カフェとなるとお客さんがいて、あがってしまったり、沢山の注文で舞い上がってしまうので、ああいう残念な結果になるらしいが。
更に。
「あの、ちょっと気になったので・・・すみません・・・あの・・・この招待状・・・字が違っていますが・・・・それに、ここの部分、定型文では、こちらに持ってきたほうが・・・あと、季語が・・・2月も末なので・・・これでは・・・。」
近くの机に無造作に置かれてもう封筒へ入れるばかりだった、将の渡米前の壮行会の招待状を見た椿ちゃんが、控え目にそう言った。
社長が慌てて、招待状を見直した。
「うわーーー、まずい。本当だ、違ってる・・・ああっ、明日封筒入れして、一気に投函するつもりだったのに!!」
パートの事務担当に任せたらしい招待状が、違っていたという事か・・・。
現在俺は、渡米関係でLAサイドとの交渉と、丈治のデカいオファーが入りそちらに専念しているので、挨拶状関係は担当を外れていた。
慌てて、招待状を確認すると・・・。
「うわ、これ・・・レイアウト最悪だろ・・・ああっ、社長!これ、誰がチェックしたんですか!?」
社長を問い詰めると。
「い、いや・・・もう、人手不足で・・・だからパート2人に頼んで・・・チェックも2人にまかせて―――「社長!いくら人手不足だからって、そこで手を抜いたら、今まで頑張ってきた将の努力が無駄になるんですよっ!何で、俺に言ってくれなかったんですか!?今から、俺やりなおしますから!」
壮行会とは名ばかりで、この会は実は半年間渡米で日本を留守にする将の営業の一環だ。
業界の実力者や、重要な仕事関係者を招いての接待だ。
それなのに、こんな酷い招待状ってあるか!
将は、見た目は『抱かれたい男』と異名をとるほど、完璧なルックスでずっと第一線で活躍している。
しかし、それに甘んじずいつも自分の目標を先に見据え、それに向かって努力してきた。
もちろん、芝居が好きだという気持ちが根底にあるからだが。
高い志と、プライドを常にもって人の何倍も努力してきた。
俺は、人としてそんな瀬野将を尊敬している。
だから、仕事だけのことではなくて将を応援したいという気持ちを、いつも持っている。
なのに・・・。
社長は俺の剣幕に、かなり反省しているらしく、シュンとしょげかえっている。
はあ・・・。
俺は、いつまで怒っていてもしかたがないと思い、『ビジネス文書の手引き』といういつも使っているマニュアル本を取り出した。
だけど。
「・・・あの・・・もしよかったら・・・これぐらいなら、10分程で出来ますが・・・。」
そう、控え目に申し出た椿ちゃんに、全員が振り返った。
10分後―――
完璧なスタイルで、招待状のフォームが出来上がっていた。
マニュアル本なんて一切見ず、サクサクとパソコンで打ち込んでいく椿ちゃんに、皆が唖然とした。
勿論俺も・・・。
椿ちゃんが作成した招待状は、一発OKですぐに招待者分の印刷がかけられた。
椿ちゃんが招待状のミスを見つけてから、20分足らずのことだった。
もう、社長は土下座せんばかりに椿ちゃんに礼を言っている。
「でも、何であなた・・・着物の事は別としても・・・こんなにビジネス文書に長けているの?まだ、大学生なのに・・・。」
志摩さんが不思議そうに、椿ちゃんに尋ねた。
確かに、不思議だ。
「・・・ずっと、婚約者のお父様の事務所に出入りしていましたし・・・選挙の時は、お手伝いもしていましたので・・・わりと、こういう事はなれているんです。」
椿ちゃんが、言いにくそうに答えた。
勿論、志摩さんが『婚約者』というワードを、聞き逃すはずもなく。
「え、何それ。どういうこと?」
と、問い詰め。
さっき俺達に話した事情を説明するハメに。
すると、志摩さんが、満面の笑みになり。
「じゃあ、丁度いいじゃない?社長!パート2人切って、4月から椿ちゃんを新卒で採用して!あ、それまでは、今のバイト辞めて、ここでバイトして!あ、社長、バイト代なら私のポケットマネーで払ってもいいわよ?」
志摩さんのいきなりの発言に俺も椿ちゃんも、驚いた。
だけど、社長は首を横に振り。
「ダメだよ。バイト代、志摩ちゃん持ちだと志摩ちゃん自分専用で椿ちゃんこき使うから。バイト代は会社で出す。椿ちゃんは、志摩ちゃん専用じゃなくて、内勤のデスクワークをしてもらうから。」
「ええっ!?じゃあ、私の担当まだ穂積なの!?椿ちゃんにしてよー!」
「能力のある人間を、無駄な使い方はしたくないんだ・・・という事で、椿ちゃん、明日から来られる!?あ、一応カフェの方辞めてもらわないといけないんだよね?とりあえず、これからの事話しあいたいから、明日昼前にここに来てもらえる?」
畳みかけるような口調の社長の迫力に負け、椿ちゃんはいつの間にか頷いていた。
俺が、良く考えてからにした方がいい、と慌てて言おうとしたが。
その前に素早く志摩さんが口を開いた。
「『家柄以外は何も取り柄もない女』って言ったバカ男を、見返してやりなさいよ。あなた、そんな男と結婚しなくてよかったのよ。今まで能力隠し過ぎ、謙虚すぎ!これからは、大いに発揮してよ。期待しているわ。」
驚く事に、そう言って志摩さんは、椿ちゃんに手を差し出した。
つまり、握手を求めたって事で。
信じられないが、椿ちゃんを気に入ったようだ。
穂積が驚きすぎで、椅子ごとひっくり返った。