5、それぞれの事情
椿ちゃんの言葉に、一瞬フラッシュバックのように昔の記憶がよみがえった。
あの女の姿が頭に浮かんだ瞬間に、首を振り、気持ちを切り替えようとした。
深呼吸をして、無意識にポケットを触る。
だけど、すかさず丈治が。
「おい、綾乃の前でタバコなんて吸ったらぶっ飛ばすぞ!」
そう言って、ミントガムを投げてきた。
こいつ、普段はタバコを吸うくせに、綾乃ちゃんの前ではガム食って我慢しているのか・・・。
「ぶっ。」
想像したら、笑えた。
まあ、俺らがいるのは洋風居酒屋だけど、掘りごたつになっている個室で。
タバコを吸ったら、確かに煙がこもるしな。
そうしたら、やっぱ、丈治の大事な綾乃ちゃんにも煙がいくしな・・・。
丈治キレるな・・・笑えるけど。
と、そこまで考えたら。
あ・・・丈治、こいつ俺の頭ん中変えようとわざとこんなこと言ったんだと、気がついた。
まったく、お見通しかよ。
「笑うんじゃねぇ。何がおかしいんだ。」
「いや・・・サンキュ。丈治。」
そう言って、ミントガムを1つ口へ放りこんだ。
「・・・おう。」
どうにか気持ちを切り替えられてホッとしたのもつかの間。
「木村さん。」
綾乃ちゃんが珍しく、真剣な目で俺を見つめてきた。
「何?綾乃ちゃん。」
綾乃ちゃんは俺の返事に一度うつむいた後、決心したように顔を上げた。
そして、知り合って間もない私がこんなことを言うのは大変失礼だと思いますが、と申し訳なさそうに前置きをして表情を厳しいものにした。
「・・・丈治は私にとって、かけがえのない大切な人なんです。」
「え?・・・ああ。」
何だ?ノロケか?
「そして、丈治にとって木村さんは大切な人なんです。」
「・・・・・。」
「ということは、木村さんは私にとっても大切な人です。だから、はっきり言わせていただきますが。椿ちゃんが心の内を言わないのは、木村さんが自分の心をさらけだしていないからです。つまり、木村さんが椿ちゃんの心を開かせないのです。私もずっと・・・心の内で抱えているものがありまして、人を受け入れませんでした。ずっと、1人で生きていこうと思っていました。でも、丈治は自分の心をぶつけてくれて、私の心を解放してくれました。今、とても幸せです。丈治が私に心をぶつけてくれていなかったら、今私は幸せではなかったと思います・・・だから、木村さんも辛いかもしれませんが、椿さんに心をぶつけてください。椿さんもです。お2人にはご迷惑かもしれませんが、私は一緒にここでお2人のお話を聞かせて頂きます。放っておけませんからっ。」
びっくりした・・・普段のプライベートの綾乃ちゃんからは想像できない気迫だ。
綾乃ちゃんの抱えていたいきさつっていうのも、前に聞いたけど・・・病気で子供の頃卵巣を摘出して妊娠が難しい体だということで、結婚をしないときめていたって・・・そんな話だったよな。
今は、病院へ通っているらしいけど。
それに、綾乃ちゃんの母方の家は天下の氷室製薬の経営者らしく、丈治の家とでは不釣り合いということで、祖母さんが反対していたって・・・。
丈治のお袋さんや浜田さんのこともあるしな・・・。
皆それぞれ抱えているんだよな。
俺が考え込んでいたら。
「ごめんなさい・・・私の話を聞いて、木村さんが私の事を嫌になるかも・・・って、そう思って・・・何も言えなかったの。」
突然、椿ちゃんが喋りだした。
驚いて、椿ちゃんの顔を見る。
随分思いつめた表情だ・・・これは、はっきり伝えるべきだよな。
「先に言っておく。俺は・・・椿ちゃんが好きだ・・・今まで、女に対してこんな気持ちもてないだろうって、ずっと思っていたから・・・自分でも驚いているけど。だけど、すげぇ、好きだ。だから、何聞いたって、嫌いにならない。だって、俺の前にいる椿ちゃんがそのままの椿ちゃんなんだろ?」
俺がそう言うと、椿ちゃんはぽろりと涙をこぼした。
そして、椿ちゃんはそっと涙をぬぐうと、ポツリポツリと話し始めた。
「・・・昔から、不器用だって言われていて・・・そんな、できそこないの私でもいいの?」
「椿ちゃんは、できそこないじゃない。不器用だって一生懸命だろ?それに、優しい。」
俺の言葉に、椿ちゃんが驚いた顔をした。
「優しい?・・・そんな風に自分を思ったことはないけれど・・・でも、木村さんがそう思ってくれていたなら、嬉しいな。」
椿ちゃんが嬉しそうに笑った。
「私も思っていますよ。バレンタインのチョコを私にって言って下さった時、そう思いました。私はあの時の椿ちゃんが本当の椿ちゃんだと思います。中々、好きな人の為に用意した自分のチョコレートを初対面の人にあげるなんて言えません。」
綾乃ちゃんが、しみじみとそう言った。
だけど。
「え・・・それは・・・チロルチョコではあまりにも、酷いと思ったから・・・。」
本心なのだろうが、身も蓋もない言葉がぽろりと椿ちゃんの口からこぼれた。
「「ぶっ。」」
思わず、俺と丈治が噴き出した。
途端に、綾乃ちゃんの頬が膨れた。
丈治が、慌てて機嫌をとるように、でも嬉しかったぞーと言ったが、綾乃ちゃんにそっぽを向かれて、焦りだした。
アホか・・・。
俺があきれたまなざしを向けていると、じっと椿ちゃんが俺を見つめた。
そして。
「私のこと・・・話します。聞いてもらえますか?」
静かな声でそう言った。
椿ちゃんの実家は、一部上場の日向野建設を経営していて、その会社は江戸時代から続く世襲制の大きな会社で。
もちろん椿ちゃんの親父さんが社長で、先代の社長は祖父で・・・。
まあ、いわゆる上流階級。
お袋さんは、大物政治家の娘で政略結婚だった。
お嬢様育ちのお袋さんはとても優しい人で、着物を好む日本美人で・・・だけど、2度流産して、やっと生まれたのが椿ちゃんだった。
その後、なかなか子供ができなくて。
日向野家の後継ぎを、というプレッシャーがかかり、また流産。
そして、その後やっと妊娠して・・・安定期に入り、ホッとしたのもつかの間。
代議士だった祖父が亡くなった。
心臓の方の疾患で、急死だった。
お袋さんは、ショックでまた流産。
今回は、精神的にパニックを起こした。
心配した親父さんはお袋さんの体が落着いた頃、少し気持ちを休めた方がいいと、LAの別荘へ休養に行く事を提案した。
LAはお袋さんが学生時代に留学した先で、友人もいて好きな土地だった。
当時、小学校5年だった椿ちゃんはお袋さんが心配でついていくことにした。
留学という形にして、とりあえず中学に入るまではLAに住むことにした。
親父さんはすぐに色々な手配をしてくれて、椿ちゃん達は不自由のない生活に直ぐに入れた。
親父さんの思いやりに感謝した。
LAでは、紹介してもらったLAスミス大学病院のホームズ医師に、お袋さんはカウンセリングを受けていた。
ホームズ医師はとても親切で、その上見た目が・・・もじゃもじゃのひげが生えていて、アニメのキャラクターのようなコミカルさがあり、親しみやすかった。
だんだんお袋さんも元気になり、カウンセリングも積極的に受けるようになり、椿ちゃんもそのうちカウンセリングについて行ったりした。
それには理由があり、大学病院に隣接するグランドで、砲丸投げの練習をする日本人留学生をようになったから。
LAにきてから1年半くらいが過ぎた頃だった。
椿ちゃんの話をそこまで聞いて、俺は驚いて声をあげた。
「ええっ、もしかして・・・椿ちゃんって、あの・・・カミー!?」
俺の驚きの様子に、椿ちゃんはクスクス笑いながら頷いた。
「はい・・・留学先で、ツバキって発音しにくかったらしく、椿の英語・・・camelliaから、カミーって呼ばれていたんです。」
俺は小学生から部活で陸上をやっていて、最初は短距離だったんだけど。
中学に入って、部活の休憩時間に遊びで投げた砲丸投げが、当時の横須賀市の記録を軽く上回ってしまって、顧問に強制的に競技を砲丸投げに変えられたのだった。
まあ、その頃家の事でイライラすることも多く、たまった鬱憤を砲丸を投げることで、はらしていたようなところもあって。
記録も伸び、どんどん砲丸投げにのめり込んでいった。
高校も、陸上競技が盛んなところへ特待生として入学し、3年間砲丸投げに没頭した。
高校の頃から注目を浴びていた俺は、大学1の年にオリンピック出場もほぼ内定と言われていて。
だけど、その矢先・・・怪我で入院。
怪我というのは表向きで、母親の新しい恋人にナイフで刺されたのだった。
それも、母親の男と俺が勘違いされて。
それで、オリンピック出場権はとれず、俺より下の順位のやつがオリンピック出場を果たした。
口では言い表せない程くやしかったが、それでも砲丸投げでオリンピックに出場するという夢は諦められず、次のオリンピックを目標に頑張った。
で、4年になる年に留学の話が来て。
前のことがあるから、母親の側から離れる選択をし、LAスミス大学へ留学をしたのだった。
もともと俺は、人当たりがいい。
17の歳に70近い宝石店を経営する男と結婚した母親は、5年後にその男が亡くなってから男の出入りが激しく。
なぜなら浮気症で、男とはいつも長く続かないからだ。
もちろん俺の親父と、弟の秋の親父は違う。
母親のころころ変わる男の中には、乱暴なやつもいて。
愛想よくしないと、母親の見ていないところで殴られたりした。
だから、俺はガキの頃から人の顔色を見ているうちに、表面的には人当たりのいい性格となったのだった。
だから、留学先でも友人はできた。
順調な留学生活だった。
途中までは。
だけど、ある時突然スランプに陥った。
今となればスポーツ選手ならば、珍しいことではないとわかるが。
だけど、その時は・・・とてもショックで、焦った。
周りの友人は、大丈夫、頑張れ、と言うが。
心の中では、お前らに何がわかるんだ、という気持ちがわきあがり。
しまいには、口では上手いことを言っているが、心の中では笑ってんだろうという猜疑心まで持つようになり。
そこで、気がついた。
ここには、友達なんていない――
弟の秋も、丈治も、ノリオもヤスオも・・・ウザくて腹が立ったりするが、だけど自分の気持ちを分かってくれていた・・・。
グランドの隅に座り、そんなことを考えていた時。
「・・・おにいちゃん、今日は鉄の玉、投げないの?」
小学校6年生くらいの長い髪をツインテールにして、リボンをつけた日本人らしき女の子がいきなり話しかけてきた。
久しぶりの日本語だった。
「うーん、なんかこのところ上手くいかなくて、スランプっていうらしんだけど、ちょっとつかれちゃってね・・・今は休憩。」
久しぶりの日本語が嬉しくて、つい本音を漏らしてしまった。
なんでこんな子供に・・・と、悔やんだが。
思いがけない言葉に、驚いた。
「そうかー。じゃぁ、私のお母さんと同じだ。」
「え?君のお母さんも、スランプなのか?」
「うん、私のお家は後継ぎが男の子でないといけないんだけど、お母さん流産いっぱいして、やっと生まれたのが私なんだけど・・・女の子でしょ?駄目じゃない?それで、頑張ったんだけど、また流産して・・・おじいちゃんも死んじゃって・・・お母さん、スランプなのかな?疲れちゃって、LAへ来て休んでいるの。私も心配だから一緒に来たの。でもね、周りアメリカ人ばっかりで、日本語話したいなー、って思っていたら。鉄の球を一生懸命投げる練習をしているお兄ちゃんを見つけたの。ジャージに、KIMURAって書いてあったから、日本人だなって思って・・・病院に来る度、お話したいなぁ、って思ってたんだ。」
普通の口調で話しているが、結構重い話に、驚いた。
「病院って・・・?病気?」
「ううん、お母さんが、カウンセリングうけているの。でもね、とても優しくて、おもしろい先生で、かなりお母さん元気になったから。スランプももう終わりかな?」
「そっか、よかったね。」
人ごとながら、本当にそう思った。
女の子もニコニコしている。
そしてその女の子は、俺にとって忘れられない言葉をくれた。
「お母さんがいっていたの。LAの空は特別、って。私もそう思った。なんだかこの青は日本の空と違うでしょ?なにか元気がわいてくるな。」
空を見上げた。
確かに、『青』が違う。
突き抜けた、鮮やかな『青』。
大きく息を吸い込む。
「なんか、俺も、力がわいてきた・・・今なら出来そうな気がする。」
本当にそう思って、俺はいてもたってもいられなくなって、立ち上がった。
「うん、できるよ!お兄ちゃんなら。」
不思議と、その言葉がすんなり心に入ってきた。
他のヤツらの言葉には猜疑心ばかりだったのに・・・。
「あ、そろそろ私行かないと。」
そう言って、女の子も立ち上がった。
「なあ、俺。木村啓太っていうんだ。次のオリンピックに必ず出るから。覚えておいて。」
自分の未来を、必ず手に入れるんだという気持ちで女の子に宣言した。
するとその女の子は目を輝かせて。
「本当?うわー、楽しみ!」
とほほ笑んだ。
その笑顔を見て、俺は。
とても、癒された――
「Camee!!」
と、誰かが呼ぶ声。
女の子が振り返った。
カミーという名前らしい。
カミーは英語で、今行く!と、大きな声で答えると俺に向き直った。
「お兄ちゃん、頑張って。私も頑張るね?」
「ああ、カミーは何を頑張るんだ?」
気になったので聞いてみると。
ほほ笑みながら。
「お母さんが早く元気になるように、一緒に頑張るの。じゃあね!」
そう言って、カミーは走って行った。
たった、一度の出会いだったが。
俺は、それがきっかけでスランプから脱出したのだった。
「まさか、あのカミーが、椿ちゃんだったなんて・・・ああ、だから待ち受けが、直ぐ分ったんだ・・・。」
そう言えば、面影がなんとなくあるな。
全然気がつかなかったけど。
「私は、子供だったし、木村さん、印象も変わっていたから、カフェに初めて来た時は私もわからなかった。だけど、名刺をもらって名前を見てびっくりして・・・で、携帯の待ち受け見て、確信したの。でも、私の事なんて忘れていると思ってたから。」
「いや、忘れるわけがない。俺の中では大きな出来事だったんだ。あれで、スランプから抜け出せたから。」
「そっか・・・。でも、何でやめてしまったの?あれから2ヶ月くらいたって、私日本に戻ることになって、木村さんに会いにいったんだけど、砲丸投げやめて日本に帰ったって、大学の人から聞いて、私びっくりして・・・。」
椿ちゃんが、核心をついた。
もう、話す決心はついていた。
だけど。
「うん、それはちゃんと話すよ。だけど、その前に、椿ちゃんの話をしてくれ。全部ちゃんと聞きたい。」
そう言うと、椿ちゃんは素直に頷いた。
一瞬、苦しそうな表情が垣間見えたが、意を決したように口を開いた。
「結論から言うと。あの後、私の両親が離婚して、母はLAに残り・・・私だけが日本にもどったの。木村さんに会いに行ったのは、日本に帰ることがきまったから。もう一度話がしたくて・・・。」
俺が思っていた事とは違う事実で、とても驚いた。
丈治も、綾乃ちゃんも黙って話を聞いているが、眉をひそめた。
椿ちゃんと椿ちゃんの袋さんがLAへ行った後、親父さんには愛人が出来て。
その愛人は、直ぐに妊娠した。
そして、生まれたのが皮肉なことに男の子だった。
だけど親父さんはお袋さんと離婚するつもりはなく、認知をする承諾を得ようと事実を話したのだった。
でも、お袋さんは離婚することを申し出た。
実は、ホームズ医師とお袋さんは恋人関係になっていた。
色々あり、話し合いをした結果。
親父さんは離婚するなら、椿ちゃんを日向野に残すことを条件とした。
お袋さんの代議士の父親はなくなっていても、色々な意味でつながりがあり、そのルートが無くなるのは会社としては損失だった。
でも代わりに、椿ちゃんが別の有力政治家の息子と婚約をする話がもちあがったのだった。
お袋さんは、椿ちゃんを犠牲にすることはできない、と親父さんにたのんだが。
親父さんはどちらかを選べ、とお袋さんにせまった。
椿ちゃんは迷うお袋さんを見て、もういい・・・と思った。
お袋さんに幸せになってほしいと思った。
そして。
椿ちゃんは、自ら日向野に残る意思を伝えたのだった。
婚約者は3歳上で椿ちゃんが中学に入ると、高校生で。
最初はあまり話もしなかったが、中学2年生くらいからは定期的に会うようになっていた。
つまり・・・そういう関係になり。
好きだとは思えなかったが、一生懸命婚約者に合わせた。
大学を卒業したら、結婚が決まっていたから。
だけど、両親が離婚した後、父親はその愛人と直ぐに結婚をし、3人の子供がうまれて・・・そして、父親と結婚した女の妹が、去年の秋に別の代議士の息子と結婚することになり・・・それが、椿ちゃんの婚約者の父親と対立関係の大物代議士の息子で。
椿ちゃんは、婚約を解消された。
あまりの話に、俺も、丈治も、綾乃ちゃんも・・・言葉がでなかった。
「不思議なことに、婚約者と結婚をしないということには感情が動かなかったの。だけど、父が・・・私の事より、義理の妹を優先させたことが・・・ショックで。それと、婚約者に最後に言われた言葉もショックで・・・。」
「何と言われたのですか?」
「・・・・『ドンくさくて、家柄以外はなんの取り柄もない女』って・・・当っているだけに、ショックで。」
「酷すぎますっ!」
あまり怒らない綾乃ちゃんが、唇を震わせた。
俺は、椿ちゃんをじっと見つめた。
椿ちゃんはそんな俺に弱々しくほほ笑むと、言葉をつづけた。
「結局、父親も少しは私に罪悪感があったのかも・・・婚約解消後、好きにしていい・・・と言われて。」
「「「はっ!?」」」
さすがにそれは訳がわからず、俺達3人は聞き返してしまった。
椿ちゃんはクスリ、と笑った。
「そのままの意味。つまり、もう私を縛らない、ということをいわれたの。まあ、本音は父の奥さんが私を追い出したかったのだと思うけど。だから、好きにしようと思って。とりあえず家を出たの。私名義で亡くなったおじいちゃんがいくつかマンションを買っておいてくれたから・・・住むところはあったし。でも、卒業したらすぐに結婚することになっていたから、就活もしていなくて・・・で、婚約者に言われたことがやっぱり悔しくて・・・まずそれを克服しようと思って・・・それで一番向いていないウェイトレスをやってみようと思ったの。もう大学も卒業だけで、殆んど行かなくてもいいし・・・マンションの隣人で仲良くなったカオリがオリエントを紹介してくれて、意気込んでバイトを始めたのだけど・・・あの通りで・・・ヘコんでいたところに木村さんと会って・・・・。最初は調子がいい人だと思ったのだけど、本当は誠実で。やっぱりLAで会った時の木村さんだと思ったら、どんどん好きになって・・・でも、婚約破棄された、ドンくさくてなんの取り柄もない女だし・・・本当の事知ったら木村さん、私の事引くんじゃないかって不安で・・・。」
椿ちゃんは、話終えるとうつむいた。
一瞬、部屋の中が静まり返った。
そして。
「椿ちゃんは、なんの取り柄もない女だって、自分のこと思っているのですか?だったら、自分を見誤っています。椿ちゃんは、とても優しくて、素敵な女性です。私の価値観で申しわけないですが、さっき椿ちゃんのバイト先でお会いした高木アナウンサーや、河野アナウンサーなんかよりも、ずっと素敵な女性です。」
いきなり、さっきの女子アナの名前が綾乃ちゃんの口から飛び出したので、驚いたが。
「お、おいっ。俺っ、あの女たちとは無関係だぞっ!綾乃っ、誤解するなよっ!」
丈治の慌てぶりで、綾乃ちゃんがやきもちをやいていることに気がついた。
クスリと笑うと、椿ちゃんもクスクス笑ってた。
目があった。
俺は、そのまま目をそらさず、一気に言った。
「椿ちゃんの周りの勝手なヤツラにはらわたが煮えくりかえるが、やっぱ、話を聞いてよかった。自分の気持ちに確信が持てた。」
「え、木村さん・・・。」
「取り柄とか、そんなこと考えるのやめろよ。俺にとって椿ちゃんが必要ってことが一番だろ?LAで会った時、俺スランプで、誰の励ましも受け入れられなかったのに、椿ちゃんの言葉だけはスッと心に入ってきた。それで、スランプから抜け出せたんだ。その時、椿ちゃんの笑顔にいやされたのも覚えている。そんなこと今までに椿ちゃん以外に感じたことなかった。今も、その笑顔に癒されてる。ドンくさくたって、一生懸命で誠実だ。俺のまわりは・・・俺も含めて要領と調子のいいやつばっかで、心とは正反対のことを平気で言える。うんざりだ。俺は、ドンくさくても一生懸命で、やさしい椿ちゃんが好きだ。それじゃ、駄目か?」
俺がそう言うと、椿ちゃんは首を横に振った。
「駄目じゃない・・・私も、木村さんが、好き。」
涙を流しながら、椿ちゃんがそう言ってくれた。
ホッとした。
だけど―――
「綾乃っ、本当に俺、あいつらと関係ねぇんだぞっ!?俺には綾乃だけだって言ってんだろうがっ、おいちょっと、こっち向けよっ!ケータッ、お前っ自分ばっかり上手くいきやがって、綾乃誤解してんじゃねぇかっ。おいっ、どうにかしろよっ!?」
アホ過ぎて、言葉もでない・・・。
椿ちゃんも同じだろう、2人を見て噴き出している。
よかった・・・後は、俺の話だな・・・。
そう思って、ため息をついた時。
綾乃ちゃんのスマホが鳴った――