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4/10

4、それぞれの思い

昨年末から丈治は、東洋テレビで続けて2つ大きな仕事をした。

それがすこぶる評判がよく、今度は局の夏の一大イベントのチャリティ番組のテーマ曲を作ってほしいというオファーがはいったが、案の定、柄じゃねぇと依頼を渋る始末で。

結局、今回も隠れ戦力の綾乃ちゃんの力を借りて、仕事を請けることになった。


ということで、今日はその会議に来ていたのだが、思いもかけず東洋テレビの上層部も出席の大掛かりな会議だった為、自由奔放な丈治はかなり疲労困憊の様子だ。



「ああっ、疲れたっ。おいっ、ケータッ、ちょっと休憩させろっ。」


会議終了後、エレベーターへ向かう廊下を歩きながら、丈治が首をゴキゴキ鳴らし不機嫌な顔を向けてきた。


やっぱり、正解だったな。


この後お偉いさん方から一緒に食事をと誘われていたんだが、この丈治がOKするはずもないと先に断っておいたことに、今更ながらホッとした。

時刻はもう、6時近い。


「飯にするのか?それとも、とりあえずコーヒーでも飲むのか?」


そう尋ねると、とりあえずコーヒーと答えたので、迷わず3階のカフェへ向かうことに決めた。




電話をかけるという丈治を店先に残し、先にカフェへ入ると、椿ちゃんと目があった。

にっこりと笑う椿ちゃんに、長時間の会議の疲れが吹き飛んだ。


自分でも不思議だと思う。

女の存在でこんなに自分の心が柔らかくなるなんて。

そんなことは、一生ないと思っていたのに。


いや・・・椿ちゃんだからなのだろうか。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


テーブルに水を置いた椿ちゃんに、もう一人来るからと告げ、コーヒー2つを頼んだ。


「・・・何か、疲れてる?」


伝票に注文を書き込みながら、小さな声で椿ちゃんが聞いてきた。

まあ、付き合うようになって敬語がとれたくらいの距離は縮まった。


「ああ、ずっと昼前からお偉いさん交えての堅苦しい会議だったから・・・でも、椿ちゃんの顔を見て癒されたから大丈夫。」


思っていることをそのまま告げると、椿ちゃんは真っ赤になり伝票を落とした。

で、慌てて拾おうとして、焦ってトレーも落とした。

金属製のトレーなので、店中に派手な音が響きわたった。


「ぶっ。」


相変わらずのドンくささだ。

四方八方に頭を下げている。


「もうっ、木村さんが変なことを言うからっ。」


ケラケラ笑っている俺を、椿ちゃんが恨めしそうに睨んだ。

でも、その顔も可愛いくて、睨んでいる意味はないけどな。



「すんげー、音だったけど、何だぁ?・・・つうか、ケータ・・・お前のその笑顔、キメぇ。」


ドサリと、丈治がムカつくことを言いながら、目の前のソファーに座った。


「うるせぇよっ・・・あ、椿ちゃん、こいつが丈治だ。あの綾乃ちゃんの旦那の。」


俺の水を勝手に飲んでいる丈治を指さしてやった。


「あ?綾乃、知ってんのか?」


綾乃ちゃん以外の女には見向きもしない丈治が、『綾乃ちゃん』ワードに食いついてきた。


「はい、バレ――「チロルチョコ購入時、コンビニに案内してくれたんだよな?」


多分、綾乃ちゃんが椿ちゃんの事は話しているだろうと思って、椿ちゃんの丁寧になるだろう説明を遮って、先にポイントをついた。


案の定、丈治は理解したらしく。


「おー、そうかっ。綾乃から話は聞いてる。あんときは悪かったなー、しかし、バレンタイン忘れっか?普通・・・そのために仕事断ろうとしたのによー、せっかくレストランも予約してたんだぞ?だけど、俺のピアノききてぇって綾乃が言うから、あいつの為に席用意してたのに・・・バレンタイン、忘れてチロルチョコ、コンビニのレジ袋で渡されてみろ・・・どんだけテンション下がるか・・・まあ、綾乃だからよ・・・しかたねぇけど?」


なるほど、だからレストランのライブを嫌がったんだな。

いや、それよりも、バレンタインにレストランを丈治が予約って・・・それが信じられないけど。


なんて、腹の中で笑っていたら、 椿ちゃんもチクりやがった。


「・・・木村さんも、バレンタインを忘れてましたよ?」


「ぶっ、なんだよ。ケータもだめじゃねぇかっ。まったく、しょうがねぇなぁ。こんなんじゃ、お前ふられっぞ?」


「うるせぇよっ、丈治お前は黙ってろっ・・・あ、椿ちゃん、もうすぐバイト終わるか?俺、もう今日はこのまま上がれるから、飯、いこうぜ?」


バレンタインの失態をごまかすように、話を変えた。


「あ、6時までだから・・・この注文を入れたら、上がりなので大丈夫。」


嬉しそうにほほ笑む椿ちゃんに、また癒される。

そんな俺たちのやりとりを、丈治がニヤニヤしながら眺めているのがウゼェけど、無視した。


だけど。


「ちょっと。お水、頂戴っ。」


イライラした他の客の注文で、椿ちゃんは慌てて他のテーブルへ飛んで行った。

そして、またトレーが落ちる大きな音がして、客が怒鳴っている声も聞こえてきた。


はあ・・・やっぱ、椿ちゃん、このバイト向いていないだろう。

あきらかに・・・。



「へぇぇ。」


「何だよ。」



面白そうな口調と視線を俺に向ける丈治を、イライラしながら睨みつけた。

だけど。


「・・・いや、上手くいくといいな・・・ケータ。」


突然、らしくないことを言いやがって、気がそげた。


「はっ?」


「何だよ。俺だって、お前のこと心配してんだよ・・・俺だって、綾乃と出会わなきゃ、ずっとお前みたいだったと思うし。だけど、綾乃と出会って・・・生きてきてよかったって思うくれぇ、幸せなんだよ。だったら、お前だってそういう女に出会えりゃぁ、幸せになれんだろ?・・・綾乃に聞いた・・・コンビニのレジ袋入りのチロルじゃひでぇって思って自分でお前にやろうって用意した、すげぇ凝ったチョコを綾乃にゆずろうとしたんだって?・・・イイ女じゃねぇか。」


「・・・ああ。」


ガキの頃から何もかもお互いに知っている丈治だから、今の言葉は素直に心の中に入ってきた。






椿ちゃんじゃない店員がコーヒーを運んできた。

コーヒーを飲みながら、丈治がチラチラ時計を見ている。


「綾乃ちゃんと待ち合わせか?」


「おう、今週は東京で研修会の講師をやってるんだと。終わったらしいから、こっちへ向かってる。会場が赤阪だから近いしな。このまま飯食いにいこうかと思ってな・・・あ、一緒に行くか?綾乃も面識あって、チロルの件の当事者なら、あいつだって猫をもうかぶんなくてもいいから、楽だろうし。」


綾乃ちゃんは、結構大きな小学校受験用の幼児塾の有名な講師で、しかもその実力が認められて30過ぎにして既に、役員だ。

仕事は滅茶苦茶できるらしい。

現に、普段は完璧と言えるほどの女性だ。

だけど、それは表向きで・・・私生活・・・というか、オフ状態の時の彼女は、それとは正反対のちょっと抜けている女の子だ。


まあ、丈治はその素の綾乃ちゃんにメロメロだから、2人はうまくいっているのだが。

だから、綾乃ちゃんは知らない人が居る席では、完璧な女性を続ける。

プライベートで綾乃ちゃんがそれを続けるのを丈治は嫌がる。

確かに、疲れるだろうし。


椿ちゃんに聞いて、OKだったらいいぞと答えると、丈治は納得してまたコーヒーを口に運んだ。


と、その時。


「あっ、木村さん?お久しぶりですー。」


聞いたことのあるような甘ったるい、けれど、滑舌のよい声が聞こえてきた。


振り向くと、いつぞやの合コンの、高木アナ。

横には、見たこのある女子アナ。

同僚だろう。

仕方がなく笑顔を作り、頭を下げた。


「あ、高木さん、ご無沙汰しています。」


そう応えると、丈治が舌打ちをした。

って、お前あからさま過ぎるだろう。

だけど、高木には聞こえなかったのか。


「あっ、もしかして。こちらって、ジャズピアニストの紺野丈治さんですか?開局60周年セレモニーの・・・。」


丈治をみつけ、更にテンションを上げた高木。

丈治は仕方がなく、無言で頭を下げた。

連れの女子アナも、テンションが上がっている。

そして、すぐ隣のテーブルに2人は座った。


まあ、俺はいいけど。

ほらな、丈治の眉間にしわが寄った。

そして、また時計を見る。


まあ、綾乃ちゃんにここに来るよう言ったから、いまさら移動できないしな。

たしか、開局60周年のセレモニー関連の時に、綾乃ちゃんもここでお茶を一緒に飲んだから、一番ここがわかりやすいだろうし。


そんなことを考えていたら。



「木村さん、私・・・夏のチャリティ番組のパーソナリティーほぼ確定なんです。紺野さん、こんどテーマ曲作曲と、番組内での生演奏されるんですよね?」


小さな声で、高木が話しかけてきた。

って、まだ決定していないのにそんなことを言っていいのか?

仕方がないので、ほほ笑んで曖昧にぼかす。


「うーん、決定じゃないから・・・なんとも、まだ言えません。でも、もしご一緒するようなことであれば、よろしくお願いします。」


丁寧に頭を下げた。

丈治が愛想をまったくふらないので、俺がフォローするしかない。


疲れる・・・。

しかも更に。


「こちらこそ、よろしくお願いします。あのう、木村さんこの後まだお仕事ですか?私達もう、上がりなんです。2人で食事いこうって言っていたんですけど、もしよかったら木村さん、紺野さ―――「悪ぃけど、俺今、嫁さん待ってんだよ。」


ぶっきらぼうな言葉で、甘ったるい高木の言葉を丈治がさえぎった。


「え?紺野さん、ご結婚されてるんですか?」


驚いた高木の声とほぼ同時に。



「丈治?」


綾乃ちゃんが登場。

あ、知らない人がいるから、完璧モードの綾乃ちゃんだ。


「遅ぇ。」


綾乃ちゃんの顔を見るなり、拗ねたようにそんなことを言いだした。

本当は、嬉しいくせに。

綾乃ちゃんもそれはわかっていて。


「すみません、急いできたのですが?」


クスクス笑って、丈治の横に腰を下ろした。


そしてその後、綾乃ちゃんをガン見している高木アナと連れの女子アナを、ふと綾乃ちゃんが見詰めた。


「あ、東洋テレビの、高木さんと、河野さんですよね?」


シャキシャキとした口調に、2人は戸惑ったように、頷いた。


「ああ、やっぱり。いつもテレビでご活躍を拝見しております。あ、最近主人がこちらのテレビ局のお仕事を頂いているので、御存じなのですね?」


「違ぇ。ケータの知り合い。俺は初対面だ。」


ったく。

きっちり、無関係と言うあたり、本当に綾乃ちゃんに誤解されたくないんだろう。

仕方がないから、頷いておいた。





そこへ、隣の高木たちのテーブルに店員がオーダーを取りに来た。

綾乃ちゃんも注文を考えるように、メニューを開いたが、丈治が取り上げた。


「飯、直ぐに行くから、注文すんな。あと、ケータの女が来たら、ここ出っから。」


余計なことを・・・。


しっかり、丈治の声が聞こえたらしく。

驚いた顔で、高木たちがこちらを振り返った。








椿ちゃんは綾乃ちゃんと何故か意気投合した。

というのは、綾乃ちゃんが椿ちゃんの学校の先輩だったからだ。


綾乃ちゃんは大学はT大だが、小学校は横浜のマリー女学院を卒業していた。


「えっ、椿ちゃん、幼稚園から大学までマリーだったのですか?・・・それは、もしかして、お母様も卒業生でしょうか?」


綾乃ちゃんが冷酒のコップをテーブルに置くと、驚いた様子でビールを飲む椿ちゃんを見た。

綾乃ちゃんの驚いた様子に対し、椿ちゃんは静かに頷いた。

はあ、と綾乃ちゃんがため息をついた。


「綾乃ちゃん、どうした?」


何で驚いているのか、わからず綾乃ちゃんに問う。


「・・・椿ちゃんのご実家って、もしかして日向野建設ですか?・・・いえ、だからどうというわけではないのですが・・・どうして、大学を出てテレビ局のカフェでバイトをしているのかと、不思議に思いまして・・・いえ、別に話したくないのでしたら、詮索するようなことは致しませんが・・・ケイタさんは、丈治にとっては大切な人なので・・・そのケイタさんの大切な方と言う事は・・・やはり、気になるので・・・。」


綾乃ちゃんがとても聞きにくそうに、言葉を選びながら尋ねた。

確かに気になるよな。

俺も一度気になって、付き合いだした頃に聞いた事があるが。

椿ちゃんが困った顔をして黙り込んだので、それ以上言えなかった。

俺もダセぇけど、椿ちゃんと1まわり以上歳が離れているせいか、遠慮が出る。


困った顔をすると、それ以上突っ込めない。

だから、未だにキス以上の関係になれないんだが・・・。


案の定、椿ちゃんが困った顔をした。


ほらな。

だから、これ以上無理に聞けないんだよ。


椿ちゃんだっていろんな想いがあるんだろう。

そう思い。


「綾乃ちゃん、無理に聞く事はないから。」


と止めたんだが、逆に綾乃ちゃんに睨まれた。

いや、可愛いけど。



「私、初めて椿ちゃんに会った時に、とてもケイタさんの事が好きなのだと思いました。そしてその時、ケイタさんも丈治から聞いたうわべは優しいけど実はクールな人だという印象は全くなくて、とても椿ちゃんの事が好きなのだと思いました。でも、それは、私の思い違いだったのでしょうか?」


「そんなことはないっ!」

「いいえっ!」


ほぼ同時に俺と椿ちゃんが、綾乃ちゃんの言葉に反論した。


綾乃ちゃんが、にっこりと笑う。


「だったら――「ああっ、イライラするっ。ケータッ、お前ダセぇっ!惚れてんなら、そいつのこと全部自分のもんにしたくねぇかっ!?自分がそいつの事をしらねぇってことにイラつかねぇかッ!?なに、余裕ぶっこいてんだよっ。おいっ、あんたもだっ。あんたにも事情があるかもしれねぇけどっ、ケータにも色々あんだよっ・・・こいつはっ、はたから見たら要領がよくて、調子のいい男だけどっ、苦労してんだよっ、自分の夢・・・目前にして、諦めざるをえなかったんだよっ・・・だからっ、こいつには幸せに・・なってもらわねぇとこまるんだよっ。こいつの弟、俺のダチなんだけど、女をいまだに信じらんねぇ・・・だからっ、兄貴のケータが幸せになってもらわねぇと、シュウはずっと幸せになれねぇんだよっ。」


まったく。

いつから、こんな熱い男になったんだよ、丈治。


そんな昔の事、いまさら持ち出しやがって。

だけど、丈治の強引だけど、俺を・・・いや、俺と秋を思う気持ちが嬉しかった。


視線を感じて、ふと椿ちゃんを見ると、驚いた表情で俺を見ていた。


「木村さんは・・・LAで、何があったの?・・・砲丸投げを辞めたのは、自分の意思だったんじゃなくて?」


椿ちゃんの質問に、俺も驚いた。

何で、俺が砲丸投げをやっていたのを知っているんだ?

俺は、一言も言っていないぞ?




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