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出勤初日

「高橋君、その傷は……?」

「え? ああー……家の階段から落ちまして」


体の傷は服に隠れて見えないけれど、顔の傷は当然隠せなかった。

傷だらけの顔で初出勤したおかげで会社では心配と好奇心の目にさらされた。

でも、名前はすぐに憶えてもらえたので良かったと前向きに捉えることにする。


「さっそく研修に入るから。おーい、笹山君」

「はーい!」


明るい声が聞こえたと同時にガタっと席を立ちあがる音が聞こえた。

その人は少し緩めにネクタイをしていた。髪は長めで、眉毛が鋭い。

黙っていたら恐そうだけど、ニコニコ笑っているのを見ると人懐っこい印象を与える。


「笹山君。今日から高橋君が君のアシスタントに入るから」

「あ、マジっすか。了解でーす」


想像以上の軽い口調にびっくりしていると、笹山さんは俺の手を取って「よろしくねー」と言ってきた。俺も慌てて「よろしくおねがいします」と返し、頭を下げた。


「笹山君はうちでもトップだから色々学ぶことは多いだろう」

「そんな、褒めすぎですよー」

「事実だろう? じゃ、そういうことでよろしくね」

「ういーす」


多少の言葉の乱れなんて気にならないほど、笹山さんは出来る人なのだろう。

そんな人のアシスタントが、果たして自分に務まるかはわらない。

でも、やるしかない。


「じゃー初日だし電話対応お願いしようかなー」

「具体的にはどうすればいいですか?」

「ん? 来た電話受けてくれたらいーから。で、答えられそうだなーて思ったら答えちゃっていいよ」

「分かりました」


俺の席は、笹山さんの隣に用意されていた。

机には自分用の固定電話はなく、電話応対の練習という事で笹山さんが自分の固定電話を二人の机の間においてくれた。

よし! と気合を入れていると早速電話が鳴る。


「ほらほら新人君、電話電話!」

「は、はい!」


内心バクバクしながら受話器を取る。

電話なんて、この二年サオリと親としかしていない。

サオリとの内容なんて、仕事が終わったサオリが電話してきて、俺は悪びれることもなく平気で自分がその時にいるパチンコ屋の名前を告げて一方的に電話を切っていた。

毎日ちゃんと、サオリが迎えに来てくれた。

サオリは後ろで終わるのを待っているか、見かねた店員が持ってきてくれた椅子に座って興味深そうに画面を見ていた。


『ん』


そんなサオリに、俺は紙幣をせがんだ。たまに困ったような顔をされたら舌打ちをして、何も知らないのをいいことに「もうすぐ出るから」なんてでたらめ言って紙幣を出させて。

出なかったら「この店はインチキだ」と罵倒して誤魔化していた。

思い出すだけで自分自身に虫唾が走る。


「はい……はい……」


取引先が言うことを必死にメモする。その様子を笹山さんが見守っていた。

時折分からない用語が出てきた時は少々お待ちくださいと言って保留にして笹山さんに聞く。

それでも解決できない時は笹山さんとバトンタッチ。

初日はほぼその繰り返しだった。


「いいじゃんいいじゃん。その調子でいこう」

「ありがとうございます」

「あ、やべー……」

「どうかされましたか?」

「今日提出の営業計画書、途中だったわー」


あちゃーというように笹山さんが頭をぼりぼり掻く。

おそらく俺の面倒を見てくれていたので手が付けられなかったのだろう。

何だか申し訳ない。


「しかも今日家に親来るんだよな……早く帰らないと……」

「あ、あの」

「どうした?」

「内容だけ教えていただければ代わりに俺……じゃない僕が」

「マジ!? 助かるわ! あ、内容は適当でいいよ! どういう売り方したいとか!」


笹山さんは早口でそう言いながらいそいそと帰る準備を始めていた。

適当……と言われても分からないけれどとりあえず書いてみよう。


「んじゃよろしくねー!」

「はい、お疲れ様です!」


素早く立ち上がって一礼する。

笹山さんの姿が見えなくなって再び席に着いた。

先ほどもらった計画書のデータを開くと、担当と思われる得意先別に、途中まで書き上げられていた。

笹山さんはNo.1営業という事もあって忙しいのだろう。

そんな中、俺の時間を割てくれたことに感謝せずにいられない。


「俺ならどういう売り方をするだろう」


そんなことを考えながら、そしていつか俺も書く時が来るのでその予習もかねてキーボードを叩き始めた。

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