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それから

「ここが例の店か……」


サオリとさよならをして何度目かの春が来た。

俺は契約社員を経て、去年の秋にやっと正社員となった。

そしてユウヤ先輩とも完全に和解して四人で犯人捜しは継続している。

少しずつ情報があがってくるものの、まだ捕まえられていない。

それでも、何年かかろうがそれこそ時効が成立してしまおうが諦めずに探し出して見せる! というのが俺たち四人の思いだ。


「すいませーん」

「らっしゃい! お兄ちゃん一人か?」

「は、はい」

「どっから来たん?」

「えと、と、東京からで」

「そうなんやなあ。大阪、ええとこやろ? ゆっくりしていきや!」

「は、はい」


お店のおばさんにぐいぐいと話しかけられて少し気圧されてしまう。

サオリも、おばさんになったらこんな感じになっていたのかもしれない。

そんなことを考えると不意に笑みがこぼれた。


「何にするんや?」

「えと、こ、これを……」

「はいおおきにー!」


一人なのに、それを頼んだことに対しておばちゃんは突っ込んでこなかった。

もしかしたら俺のような人が、少ないながらもいるのかもしれない。

ここは大阪の法善寺横丁にあるお店で、サオリが好きだった小説にも出てくる。

小説は映像化もされており、有名人のサインやら写真が所狭しと店内に置かれていた。


「はい、おまちどう」

「あ、どうも……」

「食べきられへんかったらおばちゃん食べたるからな」

「はい……え?」

「ははは! 冗談や! 男やしいけるやろ!」


バンバンと少し痛いくらいに肩を叩かれる。

豪快に笑うおばちゃんを見ていると、また笑みがこぼれた。


「……よし」


カバンから一冊の本を取り出して、テーブルの上に置いた。

古本屋で買ったようで見た目はボロボロで、中も飲み物ののシミやらが見受けられる。

ページも色んな箇所がおられていた。


「い、いただきます」


スプーンを手に取り、それを口に運ぶ。

甘いあんこの味が口いっぱいに広がっていく。

――想像以上に美味しい。


『何読んでるの?』

『ふふ、内緒』

『てか、それボロボロすぎるでしょ』


まだサオリと一緒に住んでいた頃、そんな会話をしたことがある。

誰がどう見ても薄汚いと思うようなこの本を、サオリはいつも読んでいた。

時に笑いながら、時には寂しそうに、そして時には真剣に。

それこそ、今目の前にある本――織田作之助による『夫婦善哉』だった。

しっかり者の蝶子と、少し頼りない柳吉の内縁事情を書いたものだ。

時代背景や細かい設定は違うものの、きっとサオリはこの二人を、自分たちと重ね合わせていたのだろう。自分を蝶子と重ね合わせることで、サオリは自分を奮い立たせていたのだろう。

そして今、俺が食べているのはまさしく、この物語の題名にもなっている『夫婦善哉』だ。


「どうや?」

「美味しいです、すごく」

「せやろせやろ。 いくらでもおかわりしいや!」


おばちゃんがまた豪快に笑う。

一つ目を一気に食べきり、二つ目に手を付ける。

その時だった。


「いただきます!」

「っ!?」


元気な、それでいて優しいサオリの声が聞こえた気がした。


「……いただきます」


気のせいだとはわかりつつ、俺は嬉しくなる。

もし生まれ変わって、またサオリに会えたら。

今度は二人で一緒に――


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