因果応報
女性社員が言った言葉の意味が、徐々に分かり始めてしまった。
「お疲れ様でしたー」
「はーい、気を付けてねー」
いつもより少し早く退社し、俺は交差点へと向かう。
「サオリー」
小さな声で名前を呼ぶと、じっと道路を眺めていたサオリが振り向く。笑顔で手を振ってくれる。
そんなサオリを見ると、疲れが一気に吹き飛ぶような気がした。
「お疲れさま」
「お疲れ。どう? 何か発見できた?」
その問いに、サオリは力なく首を振る。
「そっか……でも諦めずに頑張ろう! な?」
「――うん」
暫くサオリと談笑する。
驚いたり、笑ったり、そんなサオリを見ていると実は生きているんじゃないかという幻想に囚われそうになる。けれどやはり、サオリの体を通して見える向こう側の景色や、触れようとするとすり抜けてしまう手を見て現実に引き戻されるのだ。
「じゃあ、そろそろ帰るね。サオリも早く寝ろよ」
「何それー。幽霊は眠くならないよー」
「そうなの?」
「そうなんだよー」
サオリは肩をすくめてくすっと笑った。
幽霊になってしまった彼女に対してこういった言葉が適切かは分からないけれど、少しでも笑顔で元気でいてくれると安心できた。
手を振って分かれて駅に向かう。
「そーいやさあ! 俺の後輩すっげー使えるんだわー!」
「この声……」
交差点の反対側には飲み屋街がある。
その一角から、聞き慣れた声がした。
目をやると、会社の先輩がぐでんぐでんに酔っぱらって管を巻いていた。
今日は確か子どものお迎えがあるのでは……。
「電話もすぐ取ってくれるしー! 仕事手伝ってくれるしー!」
疑問に思いながらも大声で褒められてるのを聞いて、少し恥ずかしくなる。
が、それも一瞬だった。
「ほーんと都合のいい奴隷捕まえたあー! ヒャッハッハ!」
「え……」
先輩の言葉が、胸に突き刺さった。
ああ、俺は先輩にとっての奴隷なのだ。
かつて、俺がサオリにそういった扱いをしたように。
今度は俺が――誰かの奴隷となる。