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親友が世界を救ってくれたのにヤンデレ化は不可避でした

作者: 緑名紺

「決めた。やっぱりあたし、ギルにするわ」


 魔法学院の中庭の木陰で、私の親友のイオンちゃんは手を叩いた。

 ギル、というのは彼女の幼なじみの青年だ。

 魔法医学の専門家で、将来は国を代表する医者になる予定だ。心優しく聡明で、恋愛には奥手だけど、幼い頃からイオンちゃんを心配して一途に想い続けている。

 

「最善の選択だと思うよ」


 イオンちゃんは「でしょ?」と蠱惑的に笑う。破壊力抜群で、同性の私でもくらりとした。


「やっぱりリアルの男は優しさや包容力が大切だと思うのよ。その点、ギルならピカ一だわ」

「分かるー。最初はツンデレ、ヤンデレが最萌えになるんだけど、最終的に『最初から優しいお兄さん』に落ち着くんだよね」

「そうそう。不遇な幼なじみポジってシナリオが地味で人気なかったりするけど、現実では勝ち組だわ。優しさ、安定、平和、他に何を望むのって感じ」


 私たちははしゃぐ。

 会話の中身が下品なのは許してほしい。


 実は、私たちは二人とも前世の記憶を持っている。

 私は異世界の日本という国で不慮の事故で命を落とし、不思議な空間で『乙女ゲームの神様』を名乗る怪しげな二人組に転生させてもらった。

 大好きだった乙女ゲーム『魔女のタクティクス』の世界、その登場人物に。


 前半は共通ルート。

 ヒロインは魔法学院で出会った攻略キャラと、楽しくもハプニング満載なスクールライフを送る。コメディで軽快なシナリオだった。

 

 しかし、後半の個別ルートで一転してシリアスになる。

 第一王子のルートはクーデター、第二王子もクーデター、魔法騎士を選べば隣国との魔法戦争が始まり、闇の魔法使いのルートは魔族復活で世界存亡の危機になる。

 ルートによっては、選ばなかった攻略キャラやサブキャラがあっさり死ぬ。


 前半と後半の温度差が激しすぎて、賛否両論のゲームだった。私は壮大なストーリーが大好きだから、ハマってグッズとか買い漁っていたけれど。


「ねぇ、アイナは? これからどうするの? てかどうなるの?」

「そうだねぇ。ギルのルートでは、私あんまり出てこなかったから……」


 私の名前は、アイナ。

 有力な闇の魔法使い一族の娘。このゲーム内では、一部の攻略キャラといちゃつくヒロインに嫉妬し、呪いをかけるという役回り。

 いわゆる悪役だ。


 そして、イオンちゃんは落ちこぼれ生徒から一転、運命の女神に見いだされた聖女になるポジション。

 膨大な魔力と、全属性を操る可能性を秘めた奇跡の少女。

 すなわち本作のヒロインである。





 私たちの出会いは三年前、魔法学院に入学して数日後のことだった。


 学院では生徒がそれぞれ好きな科目を履修し、決められた教室を移動する。日本の大学みたいなシステムだった。


 必修科目の魔力制御の最初の授業中、私はその視線に気づいた。

 闇の一族の娘として、幼い頃から闇魔法を叩きこまれてきた私は、人の視線には割と敏感なのだ。


 誰や、コラ。喧嘩なら買うぞ。あぁん?


 内心怯えていたのだけど、自分を鼓舞して視線の主を睨み返した。

 こういうのは最初が肝心。これまた闇の一族の娘ということで小さい頃いじめられた経験を糧に、私は強気に打って出た。


 そして彼女の視線とぶつかり、冷や汗をかいた。

 透き通るような銀髪、金色の目、可憐な顔立ち。ヒロインのイオンだった。


 思わず心の中で「NO!」と叫んでしまった。

 ヒロインとの接触はもう少し先のはずで、心の準備ができていなかった。

 何よりガンつけてしまった。


 どうしよう。どうしよう。絶対印象悪いよね?


「どうした? アイナ」

「な、なんでもありません」

「ふぅん。顔面が蒼白だが。早速授業についていけなくなったのか?」


 隣の席の幼なじみに小声で嘲笑されたが、それどころではなかった。


 授業後、私は幼なじみと別れて教室に残った。彼女も残っていた。

 やがて二人きりになる。


「あの」

「あの」


 同時に声を発し、「お先にどうぞ」、「いえそちらからどうぞ」、「めっそうもないです」という譲り合いをして、長い沈黙を挟んだ末、彼女が発狂した。


「あー、こういうのウザい! メンドイ! ごめん、単刀直入に言うわ!」


 単刀直入?

 四字熟語を使うなんて、彼女はもしかして……。


「あたしのこと、呪わないでくれるかな? 第二王子もあなたのお兄さんのことも、何とも思っていないから。あー、意味分かんないかもしれないけど」

 

 私の可憐なヒロイン像をぶち壊す、さばさばした口調。

 半ば確信した私は、思い切って歌い出した。恥ずかしさで頬が熱いけど、これが一番手っ取り早い。


「そ、それは……魔女タクのオープニングソング、高鳴る魔法のジェネシス!」

「やっぱりあなたも転生者なのね! 良かった!」


 そこからの展開は早かった。

 さっそくお茶に誘ってガールズオタトーク、もとい、情報交換を行った。


「ぶっちゃけ困ったよね。このゲーム大好きだけど、結構ハードだし」

「うん。本当に。バッドエンドリストもおびただしい数あったよね。全部埋められなかった」


 わたしとイオンちゃんはくすくすと笑った。


「でも安心したわ。とりあえずアイナに呪われる可能性はなくなって」

「私もだよー。お願いだから私が不幸になるルートは選ばないでね」

「それって第二王子だけでしょ」

「闇の魔法使いのバッドエンドもダメだよ。はっきり書いてなかったけど、多分魔族復活の余波で死んでるもん。てかあのルート、地上の人間ほとんど死ぬよね。あのダメ人間のせいで」

「アイナのお兄さんでしょ?」

「あんな根暗知らない」


 イオンちゃんとの些細な行き違いから絶望し、魔族を復活させて世界を滅ぼしたバカ兄貴だ。あ、まだ滅ぼしてないか。


「アイナのお兄さんは……うん。選ばない。前世では一番好きだったんだけどなぁ。リアルでとなると荷が重いわ」

「え、意外。イオンちゃんって、じめじめうじうじ系、苦手そうなのに」

「声優さんのファンなのよ。あの役でまた演技の幅が広がったもの。ああ、そう思うとちょっと惜しいかなぁ。××ボイスに愛を囁かれたい……」


 しばらく好きな声優のことで盛り上がった。

 私もアイナになれて、前世より声が可愛くなったことは素直に嬉しい。一方イオンちゃんは主人公ゆえに声がついてないから、前世と同じなのだそうだ。


「いいなぁ。さっきの歌も上手だったし、アイナ、この世界で声優になりなよ。顔可愛いしイケるって」

「あはは、アニメがあればいいのにねぇ。てか、ヒロインが悪役を羨ましがらないでよ」

「ヒロインっていっても、このゲームだとあんまり嬉しくないような」

「悪役よりマシじゃない? 闇の魔法使いの一族だよ? まともな就職先なさそうなんだけど」


 結局、どっちも大変だね、という結論に落ち着いた。

 その日以来、私とイオンちゃんは何でも話せる親友になった。





 そして月日は流れ、卒業の日が近づいていた。

 イオンちゃんは進路という名のルート選択を迫られ、ついに心を決めた。


 中庭の木にもたれて、改めて彼への想いをつらつらと吐露した。


 彼女が選んだのは幼なじみのギルバート。

 唯一、攻略キャラが誰も死なない平和なルートだ。

 医者という職業ゆえに人死にの場面も出てくるだろうけど、クーデターやら戦争より何ぼかマシ、というのがイオンちゃんの結論だ。

 むしろギルのルートでは、イオンちゃんはドラゴンすら治療する治癒魔法のスペシャリストになる。難病で苦しむ人もいなくなるだろう。


「てかさ、選択肢なくない? 人がたくさん死ぬようなルート選べるわけないじゃん」


 彼女が常識人で良かったね、この世界のみんな。


「ま、別に、人が死なないからギルを選んだわけじゃないけど。あいつのこと、ちゃんと好きなんだからね」


 ちょっとツンデレ風味のお言葉をいただいた。

 本当は随分前から心に決めていて、ギル以外のイベントを踏まないように気をつけていた。私もその工作を裏で手伝った。


 素敵だな、と思う。ちょっと勝気で我が道を行くイオンちゃんと、気が弱いけど包容力のあるギルはお似合いだ。お互いの足りないところを補い合っている感じがする。


「やっぱり幼い頃から一緒にいると、影響し合うよね」

「まぁね。それに――」


 私の言葉にイオンちゃんは悪戯っぽく笑い、そっと耳打ちしてきた。


「……あのゲーム、ギルだけ朝チュンイベントなかったから。どんな反応するか楽しみ」


 卒業の儀式で力が覚醒して聖女になるのに、イオンちゃんの笑みと言ったら……。攻略キャラの誰にも見せられないね。


「それで、アイナはどうするのよ。あのドSヤンデレ……じゃなくて、第二王子のカイル様のこと」

 

 私は彼の名前を出されて口ごもる。そこをすかさずイオンちゃんが追撃してきた。


「好きなんでしょ?」

 

 この王国の第二王子、カイル様は妾腹の子だ。

 国王はカイル様の母君を心底愛しており、それが王妃様の怒りを買った。

 生まれてきたカイル様は、王妃に死の呪いをかけられてしまったのだ。

 何とか一命は取り留めたものの、しばらく呪いの専門家である私の家に匿われることになった。

 そうして、八歳になるまで一緒に育ち、その後もたびたび会っていた。

 カイル様は私の幼なじみだ。


 彼の抱える闇を知っているだけに、放っておけなくて、いつの間にか恋に落ちていた。

 ゲームの強制力が発動しているのかな。

 アイナというキャラは彼のことをこよなく愛するヤンデレだ。

 ここだけの話、もしイオンちゃんがカイル様ルートに入っていたら、私も嫉妬で呪っていたかもしれない。そうならなくて本当に良かった。


「大丈夫。アイナは可愛いし、カイル様の唯一の友達だもの。断言するわ。色仕掛けで押せば、奴は落ちる。あいつ絶対××(聖女が言ってはいけない言葉)だし、免疫ないっしょ」

 

 イオンちゃんのお墨付きは心強い。心強いけど。


「でも、カイル様と両想いになれたとしても、私がイオンちゃんの代わりにあの強烈なイベントをこなすってことだよね。自信ない……」

 

 実はカイル様にはまだ正妃の呪いが残っている。

 愛すれば愛するほどその人を傷つけたくなる、という鬱陶しい呪いが。

 そのことにカイル様本人も気づいていない。


 私はゲームのことを思い出す。

 個別ルートでイオンちゃんを好きになったカイル様はすごかった。

 いじめ、監禁、調教などなど、ちょっと間違えば十八禁扱いだよ。

 イオンちゃんと口を利いたっていう理由で、クーデター起こして第一王子を刺しちゃうしね。それをイオンちゃんのせいだって責めるところなんて、本当に胸糞だった。

 それに加え、カイル様が呪いと愛情の間で揺れ動くシーンはとても痛々しい。


 最後には光魔法をカンストしているイオンちゃんが呪いを浄化して結ばれるんだけど、あの陰湿な描写の数々は結末が分かっていても辛かった。


 ちなみに、前世の私はカイル様が一番苦手なキャラだった。何の因果でしょうか。


「大丈夫だよ。アイナはこの三年間、呪いの解除についてたくさん勉強したし、魔法騎士に弟子入りして武芸も極めたじゃん。ゲームと同じようにはならない」

「うー、確かにこの三年の努力を無駄にはしたくないけど」

「そうでしょ。それにアイナに何かあれば、あたしが黙ってないわ。治癒魔法カンストしてるし、原型さえ留めていれば蘇生させてあげる。てか、王子も一回死ねば、呪い解けるんじゃない? だから当たって砕けろ。むしろヤられる前にヤれ」


 本当にすごく頼もしい。でも発想が怖いよ、聖女様。せっかく平和な世界にしたのに、結局血が流れそう。


「うーん、やっぱりもう少しよく考えてみるよ。三年どころか一生の問題だし」

「分かったわ。……ああ、もう! どうしてアイナのルートはなかったのかしら! 本当はあんなヤンデレに渡したくないのに!」

「きゃっ」


 私たちは握手だけでは飽き足らず、おもいきり抱き合ってじゃれた。


「仲が良いな、お前たち」


 呆れ果てた声にぎょっとすると、背後にカイル様が立っていた。

 輝く金髪に青い瞳が眩しい。ヤンデレ化していないカイル様は、低めのテンションで非常にクールだ。


「か、カイル様……何か?」


 カイル様は面白くなさそうに唸った。


「うむ。少々アイナに相談があったんだが、取り込み中のようなので失礼する」

「いえいえいえ! それには及びませんよ。あたし、退散しますんで!」


 呼び止める間もなく、イオンちゃんが去っていく。私にしか分からないように小声で「仕留めろ」と言った気がしたけど、どういうことよ。


「お前、あの女と妙に仲良いよな。学院一の落ちこぼれだろ」

「そんなことありませんよ。彼女は非常に優秀で有能な子です。あと数日もすれば、みんなにも分かるでしょう」


 何せ、世界を救う奇跡の少女ですから。カイル様といえど、私の親友を見くびってもらっては困る。

 ふぅん、と興味なさそうにカイル様は鼻で笑い、私の横に腰かけた。


「それで、私に相談というのは?」

「ああ。アイナ、俺と婚約しろ」

「は!?」


 照れも恥じらいもなく、カイル様は説明した。


 最近国王がしきりに他国の姫君との結婚を勧めてきて鬱陶しい。

 黙らせるには、身代わりを立てるのが手っ取り早い。


「幸い、父上は俺に甘いからな。好きな女がいると言えば引き下がるだろう。むしろ嬉々として話を進める」

「それで私なのですか」

「ああ。お前なら疑われない。俺も気を使わなくていい。楽だ」


 楽って愛もへったくれもない言葉だね。


「それは、その……フリだけですか?」

「ああ。まぁ、お前が望むなら、本当に結婚してもいいが」

「え、いいんですか?」


 それはどうなんだろう。私としては願ったり叶ったりだけど。


「愛のない結婚でいいのなら、いくらでもしてやろう。……全く、愛だの嫉妬だの下らないことだ。俺はそんなものに振り回されはしない」

 

 カイル様は弱々しく笑った。その表情が私の中の何かを弾けさせた。


 ああ、可哀想なカイル様。

 幼い頃に呪われ、殺されかけたショックで、人の愛を信じられない。

 そして、例え誰かを愛せたとしても、その心に反して傷つけなければならないなんて。


「どうだった? 何の相談だったの? ん?」


 カイル様が去り、イオンちゃんが帰ってきた。

 私が微笑みを浮かべると、イオンちゃんは青ざめた。


「あ、アイナ? 何その笑顔。すごく、病んでる……」

「ごめん、イオンちゃん。私、決めたよ。仕留める」


 必ずカイル様の心を掴み、ヤンデレ化の呪いを解いて、ハッピーエンドを迎えてやる。


 平和になることが確定した世界で、私は戦う。

 真性のヤンデレが仮初のヤンデレを救済するために。


 そのためなら、多少血を流すことになっても構わない。 




お読みいただきありがとうございました。

※3月10日カイル王子視点の後日談を投稿しました

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[一言] 病んだのはお前かw ヤンデレかと言われると悩むレベルでしかないですけども。
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