武器を買ってみよう
大分更新が遅くなってしまいました
次の日、ノックの音で目が覚めるハイネ。
時計が無いので時間が解らないが、窓の外を見ると日が昇ってから然程経ってはいないようだった。
「今起きました、すぐに準備します」
急いで着替えを済ませて部屋から出ると、猫耳の小さな女の子が待っていた。
「おはようジーナ」
「おはよ、朝ごはん食べて買い物行くよ」
わかったと返事をして下の階に移動する。
昨日食事をした部屋に入ると長老が待っていた。
「おはようハイネ君、昨日はよく眠れたかの?」
「はい、しっかり眠れました。ありがとうございます」
「それなら良かった、では朝食にしようかの」
机にはパンとスープ、果物が用意してある。
ジーナと一緒に席に座り、食事をとりながら今日の予定を話す。
「今日はこのまま買い物に行くのかの?」
「そうですね、折角ジーナが迎えに来てくれていますし、今日中に必要な物を揃えてしまおうかと」
「それがええじゃろ、洋服なども買っておいた方が良さそうじゃな」
「それと、ギルドにも足を運んでみようかと、話を聞いておきたいので」
「一緒に案内してあげる」
果物を食べながらジーナが張り切っている。
よろしくと言いながら朝食を食べ終えると長老が袋を机に出してくる。
「これは道具袋で魔法によって沢山の物を入れておくことが出来る、必要になるじゃろうから持っていってくれ」
昨日ムルトリスやシエル達が腰に掛けていた袋と同じ物だった。
「貰ってもいいんですか?」
「一般的に普及しとる小型の物じゃから構わんよ」
「では、ありがたく頂戴します」
袋には白いマジックサークルが描かれていて、小袋ではあるが中はかなり広い。冒険者には必須の物であるその袋をベルトに付けておく。
「じゃあ行こう」
「それでは長老行ってきますぅーー?」
そう言った所でジーナに腕を掴まれて引きずられるハイネとジーナが長老の家から出ていく。
「まずは武器を揃えよう。こっちだよ」
「わ、わかったから。そろそろ離してくれ」
見た目は可愛らしい小さな女の子である猫人に物凄い力で引きずられる。
昨日も同じ様に引きずられたが、獣人は元々身体能力が高い。
その反面、魔法が苦手である。使用できない事は無いのだが、獣人は体内の魔力の総量が少なく戦闘時に使うことはまずないのだ。
「ん、ごめん」
掴んでいた腕を離すジーナ、赤くなった腕を擦りながら、自分より小さな少女に引きずられて恥ずかしい思いをしたハイネは、大丈夫と言って自らの足で歩き出した。
ジーナと一緒に里の中を歩いていると、里の子供がこちらに気付いて、数人集まって来る。
大人しそうな精霊族の女の子と、ワーウルフの魔族の男の子、その中のリーダー格の獣人の男の子が声を掛けてくる。
「ジーナ、一緒に遊ぼうぜ」
「今日はダメ、今からハイネの買い物に行くから」
「ハイネって隣の男か?こいつ、昨日拾った人族だろ?」
「ハイネはニンゲンだから人族じゃない」
「なんだよそれ、聞いたことねえぞ」
「特別な人なの、今日から私がめんどうを見るの」
腰に手を当てて得意気にするジーナ、それを見て声を掛けたリーダー格である男の子が機嫌を悪くする。
「ならもう誘ってやんねえよ」
そんな事を口にして走り去っていく。
ワーウルフの男の子が急いでそれを追っていき、エルフの女の子がペコリと頭を下げて二人に付いていく。
そんなやりとりを黙って見ていたハイネが声を掛ける。
「一緒に遊ばなくていいのか?」
「いいの、ハイネの案内は私の今日の仕事だから」
「他のメンバーは昨日話してた怪しい連中を探しに?」
「うん、私は今日は休みだから」
「そっか、ごめんな俺のせいで休みに時間をとらせて」
「大丈夫だよ、行こう」
それから少し歩いた先に剣と盾が描かれた看板の店にたどり着く。
シエルに昨日教えて貰った武器屋だった。
「おはよ、おじさんいる?」
カランカランと入口に掛けられていた鈴の音が響き、ジーナがカウンターに向かって行く。
店の中には、剣や槍、盾に胸当てなどの武器や防具が飾られていて、ハイネはキョロキョロと物珍しそうに見回している。
「どうかした?」
「いやぁ、武器屋なんか初めて見るからね」
などと話していると、カウンター奥からガタイのいい獣人の男性が現れる。
「いらっしゃい、ジーナちゃんか、どうした?」
「この人の武器を探しにきた、出来れば防具も」
男性がハイネの姿を見て、あいよと返事をしてカウンターから出てくる。
「変わった格好してるな、この店の店主のバルドだ、よろしくな」
「神代灰音です、よろしくお願いします」
握手をして挨拶を済ませる。一瞬バルドの顔がピクリと動きハイネの顔を見る、すぐに笑顔に変わり質問される。
「ハイネ、得意武器ってなんかあるか?」
「正直武器を使ったのも昨日が初めてで何が得意とかわからないです」
「だろうな、その手は武器を扱う手ではないな」
先程の顔はそれが原因だったらしい、バルドが悩んでいるとジーナがナイフを持ってくる。
「ナイフなら私が教えてあげれる」
「扱いやすい武器ではあるが、触ってみるか?」
「そうですね、昨日剣は使ってみましたが試しに使用してみます」
ナイフを手にしてみる、剣に比べて軽く、重さも余り感じられない、逆手に持ったりしてみるが非常に持ちやすい。
「初心者にも馴染みやすいからありなんだろうが、昨日使った剣はどんなだった?」
「ムルトリスさんの剣を貸して貰いました」
「お?あいつの剣を使ったのか、それならロングソードも行けると思うぞ」
そう言って両手持ちのブロードソードを渡される。
ムルトリスの物に比べて重たく感じるが、切れ味はあまり良くなさそうだった。
「あいつの剣は結構良いものだから、比べると品質は落ちるが」
「昨日倒したリビングアーマーが持ってた剣に近いですね」
「……はぁ?」
バルドが何を言っているんだと目をぱちくりさせているが、ハイネは手にした剣を見ていてそれに気付いてない。
リビングアーマーが持っていた剣はもう少し厚みがあり、刃こぼれが酷かったが、同じような見た目をしていた。
様子を伺っていたジーナがリビングアーマーを倒したことをバルドに告げる。
「うっそだろぉ?ムルトリス達が倒したって聞いたが、こいつも参加したのか?」
「うん、魔法も使って一人で倒した。私も見てたし」
「ほう、魔法か……悪いがちょっと適当に見といてくれねえか、面白い物を持ってくる」
にやりと笑い足早にカウンターの奥へと走っていくバルド、ジーナと顔を見合わせてとりあえず他の武器を手にしてみる。
槍や斧、弓を手にしてみる、どれも初心者用で初めて使うには問題なさそうだがしっくりするものはない。
ある程度見て回った所で、バルドが黒い長方形の箱を持って戻ってくる。
「ふう、待たせたな、何か気に入った物はあったか」
「これといって、自分に合う物は無かったですね」
「そうか、ちょっとこっちに来てみろ」
カウンターに案内され、バルドが持ってきた箱のなかに色々な武器を投げ込む。箱には白いマジックサークルが描かれていてそこに手を置くように案内される。
「こいつは自分の魔力にあった武器を選ぶ事が出来るマジックボックス、ついでに自分の得意属性まで付与する優れものだ。最近友人の商人から手に入れたばかりの貴重な道具だ、今回初めてだからどうなるか楽しみだがな」
「便利ですね」
「よし、手を置いたら魔力を流してみな」
「ええっと……どうしよ?」
ハイネは流す魔力属性をどうするか悩んでいたが、手を置いた途端に身体の中から何かが沸き上がるのを感じる。
自然と魔力が手のひらから流れていき、白いマジックサークルが虹色に光輝く。
その光がどんどん大きくなっていき、店の中全体が光に包まれ皆が思わず目を瞑る。
眩しい輝きを放った光が消え、目を開くとそこにあった筈の黒い箱は無くなっており、バルドとジーナが箱があった場所を見ながら首を傾げる。
「なんだこりゃ?……棒……なのか?」
「見たことない」
二人とも初めて見るそれ《・・》がどういった物か解らない様子で戸惑っている。
魔力を送り込んだハイネは、それ《・・》が何なのかはよく知っている。
口角を上げて一人納得する。
「ハハッ、間違いなく一番しっくりくる武器だ」
そこにあったのは、先程の箱と同じ色をした1メートル程の長さの棒、手で持つであろう柄の部分は両手で持っても余りが出る長さ、その間には鍔がある。
「ハイネはこれが何なのか解るのか?武器にしては頼り無さそうだが……これなら棍棒のほうがましだろう」
武器屋の店主からは持ちやすい細長い棒にしか見えないようだが、ハイネはそうではなかった。
「ちょっと待ってくださいね、これはそう言った武器ではないです」
柄の部分と棒の部分を手にして横に引くと、とても綺麗に研ぎ澄まされた銀色の刀身が表れる。
ハイネが居た元の世界では、侍が使用していたかなり有名な武器、『刀』だった。
それを目にした途端にバルドの顔色が変わる。
「こいつはすげえ……切れ味を主にした刀身、細身でありながら吸い込まれるような存在感……何より美しい」
武器を販売、取り扱う者からすると、初めて見た刀はそう見えたらしい。
ハイネ自身も手にしてみて、先程まで持っていた武器と比べると、重さを感じることなく手に馴染むのが良くわかる。
文句なくこの武器に決まりだった。
「おいハイネ、ちょっと触らせてくれないか?」
「はい、構いませんよ」
刀を渡した途端にハイネの視界からバルドが消える。
ズドンと大きな音を立てて、刀を持ったまま地面に張り付けにされている。
「痛ってぇぇぇぇ!ちょっ!どけてくれぇぇぇ!」
「え?何してるんですか?」
変な冗談だと思ったが、本人は至って真面目な表情で、額から大量の汗を流しながら助けを求めている。
「おもてぇんだよ!持ちあがんねぇ!」
「えー、見た目より全然軽いですよ?」
そう言ってひょいと簡単に持ち上げるハイネ。
起き上がったバルドの掌は真っ赤に染まっている。
「おじさん大丈夫?」
「あぁ……大丈夫だ。だがこいつは、専用武器だな」
手を押さえながらそんなことを口にするバルド。
「まさか、選ばれた者にしか使えないとかですか?」
「おう、その通りだな。潜在魔力に反応して武器が使い手を選ぶって奴だ。物語でよく使われる奴だな、竜殺しの槍バルムントとか、雷雲を射抜く弓ミルウォースとかな」
「んー、中学生が喜びそうな武器ですねー」
「誰だそれ?」
「あっ、こっちの話なんで気にしないで下さい」
そうなると、現状この刀を扱えるのは自分だけということになり、購入するしかないが、その前に気になることがある。
「さっきの箱はいったいどこに?」
笑顔のままバルドの顔が固まる。
本来は箱の中から属性が付与された武器が出てくるのだが、箱ごと刀に変わってしまった。
結果として、大変貴重な箱は無くなってしまったのだ。
「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!嘘だろぉぉぉぉ!」
店内に響く大絶叫。それもその筈で、通常の仕入値としては2000万リア、城下町に二階建ての一軒家が買える金額だ。
だがバルドはそれを通常の半額以下で仕入れをしていた。
エルフの里の住人だった友人から、普通は考えられない金額で譲って貰った。
それはそれは大切な家宝、になる予定の物だったーー
にもかかわらず、たった一回の使用でそれは無くなってしまったのだ。
ハイネとしては申し訳ない気持ちだったが、ジーナは気にしてなくニッコリと微笑んで。
「気に入った武器が手に入ってよかったね」
と、非常に喜んでいた。
涙目の店主を差し置いて、さらに防具を選び出すジーナ。
「あの、ね……ジーナさん?知ってるだろうけどお金そんなにモッテナイよ?」
ぎこちなく苦笑いをしながら止めようとするが、気にすることなく色々持ってくる。
そもそも、今手にしている刀すら買えるかわからない。
「ハイネは動きが軽いから、フルプレートよりはライトアーマーの方が動きやすいかな」
「ソウデスネー」
「もうやめて、店主のライフはゼロよ」
ひきつった笑みのまま、カタコトに返事をするバルド。
「大丈夫、兄さんが払うから」
ピクリと肩を震わせる店主。
「ほほぅ、そうかい。ラッセルの支払いって事でいいんだな?」
目を光らせとても悪い笑顔でジーナに確認をする。
「うん、私が選んだ物なら自分が払うって言ってたから」
「ヨッシャ!そうとわかれば後は防具だな」
物凄い変わり身の早さで立ち直ってしまったバルド。
ラッセルが可哀想になってきたハイネがジーナの顔を見るがキョトンとした顔で首を傾げる。
多分ジーナにお願いされると断れないだろうラッセルが血の涙を流す事が目に浮かぶ。
「なぁに気にすんなハイネ、支払いはラッセル持ちなら良いもの用意してやるよ、あいつならどうとでも出来るからな」
どうとでもという所が引っ掛かったが、意外にもラッセルは信頼があるみたいで大丈夫みたいだった。
「で、防具なんだが。その武器に合わせるとなると、どれが良いかわからん」
「そうですね、突いたり斬ったりがメインですから、稼働域を広く取りたいので、さっきジーナが言ってたように動きやすさを重視したいです」
「とりあえず初心者向けのライトアーマー位にしとくか?」
「多分大丈夫だと思います。暫くは危険な事をすることはないと思うので」
結局防具は普通に販売されているライトアーマーで500リアと安上がりに終わった。
それと合わせて洋服も揃えた、制服ではどうしても目立ってしまうのでこの世界での一般的な物を幾つか購入しておいた。ついでに洋服の着替えも済ませておいた。別に冒険に出るわけではないのでライトアーマーは装備していない。
ジーナが全部ラッセルに払わせると言っていたが、全部で2500リアと自分で払える金額だったので防具と洋服の料金は支払っておいた。
「さて、さっきの武器の名前はどうする?」
突然そんな話を降られてビックリするハイネ。
バルド曰く専用武器になったのだから自分が名前をつける必要がある。とのことだった。
「名前ですか……」
名付け親になれと言われて手にした刀をじっと見つめる。
「それじゃあ無月で」
「お?あっさり決めたな?」
「なんと言うか、この刀には他にも秘密がありそうな気がして、型無しといったイメージが浮かんだので」
「まあ本人のイメージは重要だからな、いいんじゃねえか」
「有り難うございます」
そう言いながら刀を腰に差す。
それを見たジーナが満足そうに頷き外に出ようとする。
「そろそろ移動しよう」
「そうだな、必要な物は揃ったことだし、ギルドにも行っとかないとな」
この後ギルドで登録もしないと行けないため店を出ることにする。
「それじゃあバルドさん、有り難うございました」
「多分、日が沈む前に兄さんが支払いにやって来る筈だから」
「へっへっへ、楽しみに待っとくよ」
バルドが物凄い悪い顔をして見送ってくれた。
今から数時間後に絶叫が響き渡ることになるのだった。