はじめての戦闘
ハイネのバトル要素が思ったより少ないです。
今後は魔法も使ってもう少し盛り上げたいと思います。
森の中に切り開かれた道が作られており、そこを疾走する三人、目に入る周りの木々が一瞬視界に入るがすぐに後ろに見えなくなる、ムルトリスとシェルティミィが先を走り、後ろからハイネが追いかける。
かなりの速度で移動しているがハイネも一定の距離を保ち付いてくる。ちらりと後ろに目を向けてムルトリスが声を出す。
「凄いですね、それなりの速度で移動しているのにきちんと付いてこれてます」
「そうね、これならもう少しスピードが出せそうだけど」
ムルトリス達はハイネがいるので本気で走っていなかったが急いでいるのでそれなりの速度は出していた。だが、思ったよりハイネに余裕があり驚いている二人だった。
「ハイネ君、まだ速度は上げられるかしら?」
「はい、森の中ならちょっと難しいですが、道が出来てるのでこれならまだ上げれます」
「あはは、それは頼もしいですね。これなら思ったより早く着きそうですよ」
それじゃあ、と言いながら先程より速度を上げる二人にスピードを合わせるハイネ、それから数分ほど走ると、さほど大きくない広場にたどり着いた。
二人は涼しい顔をしていたが、ハイネは肩で息をしながら額から流れ出る汗を拭っていた。
「あと少しで着きますので、ここで少し休憩しましょう。準備しておかないと戦闘の時に辛いですし」
「はぁ……はぁ、ふ……ふたりとも、すごい体力ありますね、汗もかいてないですし」
元の世界では異常と呼ばれる身体能力に自信があったハイネだったが、いまだ余裕を持った姿の二人に驚いていた。
「これでも僕はランクAAですからね。シエルもランクAですし」
「えぇっ!?ムルトリスさんAAなんですか?凄いですね!」
「ハイネ君も凄いわよ、正直途中でスピードを落とすと思ってたもの」
ムルトリスが腰に提げていた袋から林檎みたいな果物を取り出すとハイネに渡す。
それを受け取り口にする、ムルトリスとシェルティミィも同じものを用意して食べている。
「これで魔力は回復したかしら?」
「えっと……回復するというか、そもそも魔法使ってないですよね?」
何を言っているのか全く解らないハイネに対して、ムルトリスが目を見開き、シェルティミィはあいた口を手で押さえて顔を見合わせている。頭を降ってシェルティミィがハイネに質問する。
「ちょっと待ってハイネ君、貴方もしかして、魔法も使わずに私たちに付いてきていたの?」
「ええ、普通に走って付いていってたんですが」
「ははは……いやいや、本当に驚かされますね。僕たちは魔法で身体能力を上げて移動していたんですよ」
渇いた笑いを浮かべるムルトリス達は里を出る時に、魔法でスタミナやスピードを上げていたが、そんなことを知らないハイネは素直に走り続けていただけなのだ。
それならとシェルティミィが自分の袋から干し肉を取り出してハイネに渡す。
「これなら体力を少しは回復出来るはずだから、食べておいてね。それにしても、自分のことは守れるって言ってたけど本当に何とかなりそうね」
「気になったのですが、魔法の使い方を知らないと言うことはないですよね?」
真面目な顔をしてムルトリスが問いかける、見つけた時には武器も身に付けずに一人だったので、魔法が使えないなんて事はないと思っていたが、心配になったのだ。
「それは大丈夫です。でも、戦闘でどれくらいの物になるかわかりませんが、使うことは出来ますよ」
「それはまた何とも……まあ、ハイネ君なら大丈夫でしょう」
ガジガジと干し肉を噛んでいるハイネの台詞では、実戦経験が殆どない事を表しているが、先程までの動きをみて普通では考えられないことをするのでは、と苦笑しながらも納得するムルトリス。
その時ーー場の空気が変わる。
水筒の水を飲んでいたシェルティミィが険しい顔付きに変わり森の中に視線を移す。それに気付いたムルトリスが腰の剣に手を置いて鋭い目付きに変わる。
「奥から三人走ってくる、後ろに魔物が数体いるわ」
「ハイネ君は後ろに下がって、僕が前に出ますから。一応剣は抜いておいてください」
そう言いながらムルトリスが前に出る、ハイネは腰から剣を抜き、シェルティミィが背中に提げていた弓を構えて矢筒に手を伸ばす。
森の中から足音が近付き、猫のような耳と尻尾が生えている獣人の男女と、牛の頭に人の体をした大柄な魔族の男性が森の中から広場に飛び出てくる。
「っ!?隊長っ!」
「ウルモスか、こっちに来い!状況報告!」
ウルモスと呼ばれた、ミノタウロスの魔族がムルトリスに現状を伝える。
「はい、ブラッドアーマーがリビングアーマー三体と一緒にこちらに向かってます!」
「やはりブラッドアーマーもいるんですね。他には?」
「始めに確認した時には、リビングアーマー五体を見付けてその内の二体は片付けましたが、背後からブラッドアーマーが現れたので、足止めをしながら逃げてきました。その時にジーナを庇ってラッセルが右腕を負傷しました」
一緒に走ってきた獣人のラッセルという男性は右腕の切り傷から血が流れている。その横にいる獣人の少女ジーナは、その傷をみて、申し訳なさそうに下を向いている。
「わかりました。ラッセルは後ろに下がり、ウルモスとジーナはリビングアーマーをそれぞれ、シエルは援護と残りの一体の足止め、僕はブラッドアーマーの相手をします」
「大丈夫だ、俺の傷は大した事はない。まだ戦える」
下がるように言われた獣人のラッセルが、たいしたことはないと傷口を見せてくる。
「では、ジーナの援護にまわって下さい。危ないようならすぐに退くように」
それぞれが武器を構えたところでシェルティミィが動く。
「来たわ!」
言うより早く手に持っていた矢が放たれる。キィンと鋭い音が森の中から聴こえ、くすんだ灰色をした甲冑が三体姿を現す。
甲冑が擦れてガシャガシャと音をたてながら、ゆっくり歩いて広場に出てくる。中世ヨーロッパの騎士が着ているような甲冑に手には錆び付いた剣を持っていて、兜の中の目元から青白い炎のようなものが二つユラユラと揺らめいている。
その後ろから血で染まったような真っ赤な色をした大きな甲冑が現れる、明らかに先程の甲冑より頑丈そうな造りで装飾も施されていて、その手には刃こぼれ一つない切れ味の良さそうな大剣を携えている。
「散開!」
ムルトリスの号令でそれぞれが広場の中に広がる。リビングアーマー達の足元に白いサークルが現れて、先程までのゆっくりとした動きではなく機敏な動きを見せて広がったメンバー達に近付き戦闘が始まる。
ウルモスの武器は両手斧で、大振りの攻撃を繰り出す、リビングアーマーはバックステップをして斧を避け、剣を振るう。その攻撃を斧で受けて弾き返している。恐らくウルモスの攻撃が当たれば甲冑とはいえ、ただでは済まないだろう。
獣人の二人は息の合った動きをみせながらリビングアーマーを翻弄している。ジーナは両手にナイフを持ち、身軽に左右に跳びながら接近しては一撃加えて走り抜ける。ラッセルはそれを追おうとするリビングアーマーの攻撃を弾いたり、敢えて正面に立ち注意を引いている。ジーナの攻撃は致命傷にはならないが一撃加えるたびに傷をつけていっている。
シェルティミィは離れた位置をキープしてもう一体の注意をひいている。他のメンバーに攻撃が届かない場所まで連れていき森の木々を足場にして矢を放ち移動を繰り返している。
時々構えた弓の前に緑のマジックサークルが現れて何か声を出すと凄い勢いの矢が放たれ、リビングアーマーが大きく仰け反る。その隙に他のメンバーが相手をしているリビングアーマーにも矢を放ち援護をする。
広場の反対側でその光景を息を呑んで視ていたハイネ。それなりに戦うことが出来ると思っていた自分が、何も出来ずにただ傍観している。
確かにチームとして動いている四人に割って入ることは、邪魔者以外の何でもないのだが、それよりも命のやりとりを初めて目の当たりにして動けなかった。
「こえぇ……」
何かしらの事件に巻き込まれたりして、怪我をすることはあった。だが、目の前の戦闘は命を奪われるかも知れない、なさけない事に恐怖で震えていた。
ズズゥゥゥゥンーー
突然大きな音を立て木が倒れる。音のした場所に視線を移すと倒れた木を中心にムルトリスとブラッドアーマーが対峙していた。
ムルトリスは体の大きさが違う相手に正面から斬り合うのではなく、森の木を障害物として相手の力を減少させていたのだ。また、広場から離れることによって他のメンバーが動きやすくなるメリットもあった。
ブラッドアーマーが両手で大剣を振るうと斬撃が飛んでいき木に切り口が残る、周辺の木々に同じ様な切り口が付いているのもそれだろう。
攻撃力では明らかに劣っているムルトリスだが、非常に余裕をもって応戦している様にみえた。
相手の大振りな攻撃を最低限の動きで回避して、腕に向かって剣を振るう、その場から退いて、木の後ろからマジックサークルが現れ黒い球体の魔法を飛ばす。近、中距離で危なげなく立ち回りながら、地味ではあるが堅実にダメージを与えている。
「そろそろですかね」
ムルトリスがブラッドアーマーに真っ直ぐ走っていき、その頭上から剣が振り下ろされる。
『流水剣、逆巻き』
自らの剣の腹に左腕を添えて振り下ろされる剣と交差した次の瞬間、大剣が横の地面に刺さり、ムルトリスは勢いそのままに体を回転させ相手の腕に剣を叩き込む。
叩き込まれた腕が、バキャと鈍い音を出して地面に落ちる。失われた片腕の中は空洞になっていて、もう片方の腕でムルトリスに掴みかかる。地面に刺さった剣の腹を蹴り、距離を開いて息を吐く。
「さて、こっちは何とかなりそうですね」
構えを取り直して再度攻撃を加えようと姿勢を落とした。
それをみたブラッドアーマーが残った片腕で剣を地面から抜き取り、ムルトリスに向かって突きの構えを取る。
キィィィン、と甲高い音を出しながら刀身が振動しながら赤く光っていくーー
それを見たムルトリスが叫ぶ。
「みなさん注意して下さい!紅蓮覇衝撃です!」
広場のメンバーが戦っていたリビングアーマーから距離を取りブラッドアーマーに視線を移し身構える。
その瞬間、赤い輝きを放っていた剣を真っ直ぐ突き出し、真っ赤な衝撃波のようなものが一直線に放たれた。
閃光のような衝撃波がバキバキと音を立てながら森の木々を薙ぎ倒しながら消えていく、ムルトリスは放たれる直前に横に飛び込み回避していた。
問題があったのは衝撃波の先の木に乗っていたシェルティミィだった、薙ぎ倒される木から転がり落ちて、倒れこんでしまった。
その前に先程まで気を引いていたリビングアーマーが近付いていく。
「シエルゥゥー!」
ジーナが叫び、走り出すが距離がある。
リビングアーマーが手にしている剣を振り上げて、咄嗟に腕を顔の前に上げて目を瞑るシェルティミィにその剣が振り下ろされたーー
「きゃあぁぁぁー!」
ガギィィンと金属がぶつかる音がして目を開けると、そこには両手に握られた剣でリビングアーマーの攻撃を受け止めているハイネの姿があった。
受け止めていた剣を弾き返して蹴り飛ばされたリビングアーマーは膝を付いて体勢を崩した。
「動けますかシェルティミィさん!」
リビングアーマーを睨み付けながらハイネが声を出す。
「あ……落ちた時に足を捻ってしまって動けそうにないの」
「わかりました、俺がこいつを何とかしてみます」
「そうは言ってもあなた実戦は……」
「全くないですよ、でもこのままだと不味いですよね」
衝撃波の先にシェルティミィが乗っている木があることに気付いて、考えるより先に体が動いて飛び込んできたのだ。
恐怖はあるものの不思議と、先程までの震えが止まり、しっかりと動けている。そこにジーナがやって来る。
「あなた……助かった、ありがとう」
「ギリギリだったけど、シェルティミィさんを任せても?」
「大丈夫」
ジーナが頷きシェルティミィに駆け寄る、それを横目で見てから構えを取り相手に向けて踏み出す。
体勢を持ち直したリビングアーマーは、それを迎え撃つようにその場で膝を折り両手で剣を真っ直ぐ突き出してきた、ハイネは勢いそのままで突き出された攻撃を剣で横に弾き、寝かせた刃を胸元に打ち付ける。
その部分がへこみ、グラリと上半身が浮き上がりたたらを踏むリビングアーマー、追撃させまいと左右に武器を振るうが足元がおぼつかず力が籠っていない、それをみて片手を前に翳すハイネ。
『ストーンバレット』
翳した手の先からピンポン玉くらいの大きさの石が出てきて相手に向かって飛んでいく、足の部分にぶつかりバランスを崩して倒れる甲冑。
「この程度か、もう少しイメージを強めないと……」
ぶっつけ本番で攻撃に魔法を使ってみたが戦闘用の魔法としては不充分だった、戦闘で使うためのイメージをしなければ今みたいに石が現れて飛んでいくだけなのだ、魔法を使うのに名称を使ったのはイメージと直結して発動させやすかったからだ。
倒れたリビングアーマーが起き上がる前にとどめを刺そうと、走り出した所で嫌な予感がして咄嗟に横に跳びリビングアーマーの正面から離れる。
上半身だけ起き上がらせたリビングアーマーがハイネのいた場所に剣を投げていた、横に跳んでなければ命中していただろう。
改めて命の危険を感じ恐怖が込み上げてきたが、リビングアーマーの頭に向かって剣を横に振るう。
手に痺れがあったが、兜は上半身から離れて残った甲冑もドサリと倒れこんだ、甲冑から黒い煙のような物が上がり、その煙は消えて無くなった。
「これで倒したのか?」
動かなくなった甲冑をみてその場に座り込むハイネ、その後ろから声がする。
「ハイネ君!大丈夫?どこか怪我したの?」
振り返るとシェルティミィとジーナがこちらに向かって走って来る姿が見えた。
「情けないことに足が震えてしまって……それより!シェルティミィさん足は大丈夫なんですか?」
「治療魔法で治したわ、ありがとうハイネ君あなたのお陰で助かったわ」
「無事で良かったです。かっこつけた割に今になって動けないですけど」
敵を倒して気が抜けてしまい、下手したら死んでいたかも知れない恐怖で腰が抜けてしまったのだ。
その姿をみてシェルティミィが笑い声を上げる。
「あっははは!あんなにあっさりと倒しておいて今更そんな事言うの?」
「うん、すごかった」
ジーナが首をぶんぶん振って頷いている。
笑われてしまったことに恥ずかしくなり頬を赤くして顔を下げるハイネだったが、何かに気付き顔を上げる。
「他の人達は?」
そう、他の戦闘がどうなったのか把握してなかったのだ。
「ウルモスが相手にしてたのは彼が吹き飛ばした先にブラッドアーマーの紅蓮覇衝撃が飛んで倒されたわ」
味方の攻撃でやられるとは、何ともまあ可哀想にと考えるハイネにジーナが続いて答える。
「私の相手はその後に兄さんとウルモスが倒した」
「兄さんって?」
「ラッセルの事よ二人は兄妹なの、息が合ってたでしょ」
コンビネーションが良かった理由はそう言うことらしい、そこまで聞いた所でムルトリスが現れた。
「ハイネ君、シエルを助けてくれて有り難うございました。危なくなったら助けるつもりが、逆に助けられてしまいましたね」
「いえ、体が勝手に動いてました。それで、ブラッドアーマーはどうなったんですか?」
「ああ、それならあちらに」
ウルモスが広場の中心に動かなくなったブラッドアーマーを運んでいた。その胸に突き刺さっていた大剣はブラッドアーマーが持っていた物だった。
「どうやって倒したんですか」
「あの技を使った後に大きな隙が出来たので、その際に相手の武器を使わせて貰いました。片腕を失っていたのでかなりの負担が掛かったのでしょう。まさかあの状態で使用するとは思いませんでしたが」
相手の武器を使った所が気になったのだが、敢えてそこを口に出さないムルトリスをみて追及はしなかった。
ハイネとムルトリスが話をしている間にシェルティミィがラッセルの腕の治療を行っていた。傷が塞がるのを確認してジーナがホッと溜め息を漏らしたのをみていたハイネは良かったと微笑んでいた。
怪我人は出たものの結果として死人や重傷者もなく、無事に戦闘を終えることが出来て皆の顔には笑顔がみられたのだった。
暫くすると、エルフの里の方から馬に乗った集団が荷馬車を引き連れて現れる、そこにはギルドに危険を知らせにやって来たエルフの姿もあった。
そのエルフがムルトリスに駆け寄り、話をする。
「人員を集めて来ました。怪我人はいませんか?」
「こちらは大丈夫です討伐も終わりました。ただ、他にもいないか確認していませんので探索をお願いしてもいいですか?」
エルフの男性が広場で横たわっているいくつかの甲冑をみて苦笑いを浮かべて返事をする。
「こんなに早く倒してしまうとは、流石ですね。探索の方は任せてください。里の人間を集めてますから、しっかりと行わせて頂きます」
「よろしくお願いします。僕達は先に里に戻って報告してきます」
そういって荷馬車に動かなくなった甲冑を積み込むように指示を出す。集まった人達が率先して荷馬車に積み込みを行い、あっという間に作業が終わる。
「さて、戻って食事にしましょう、ハイネ君」
にこりと微笑み荷馬車の運転席に座るムルトリス、それをみてシェルティミィ達が荷馬車に乗り込む。
荷馬車の中からジーナがハイネに向かって手を差し出して、声を掛ける。
「まだ名乗ってなかった、私はジーナ」
差し出された手を掴んで荷馬車に乗り込み、にこやかに返事を返す。
「ハイネだよ、よろしくジーナ」
んっ、と頷いたジーナの姿を見てシェルティミィが
「ふーん、そっかそっか」
と、腕を組んでうんうん唸っていた。
その横に座っていたラッセルの鋭い視線がハイネに向けられていたが本人は気付いてなかった。
馬の鳴き声が響き、エルフの里に向かって荷馬車が動き出して行った。