89.魔王の引き継ぎ試験
「ナユ……奈央、こっち」
珍しく仕事を終わらせて朝食を一緒に摂ったライと学校に行くと、珍しく陽が話しかけてきた。陽がわざわざ転移魔法陣の近くで待って話しかけてくるなんて今日は記念日になるね! 嬉しすぎて死にそうだよ! って言いたかったけど陽の真剣な、何かを決意したような真っ直ぐな目に、思わず口を噤んで大人しく従ってしまった。……有無を言わせない陽も、イイ!
なぜか人目に付かないようなとこを歩いて訓練場に着いた。なんで訓練場? ……もしかして陽、ここで体育館裏みたいなノリで何かするの!?
陽はあたしの視線を受けながら中に入ると通路が分かれてるとこで立ち止まり、ライに言った。
「校長、いえ現魔王ダーク。お願いします」
お願いって何を? っていうか魔王にお願いって?
混乱するあたしと違いライは、あらかじめ何か聞いてたのか訓練場に何かしらの決められた仕事があるのか、陽と同じ真面目な顔で頷く。陽はそれを見ると階段を下りて行った。え、これは陽に付いて階段を降りればいいの? それとも右の通路に行こうとしてるライに付いて行けばいいの? 階段を登ればいいの?
陽が付いて来いって言ってたのを思い出して階段を降りようとすると、ライに階段を上がって席に座るように言われた。言われた通りに階段を上がると、応援席みたいなとこに出た。壁に沿って四段の応援席が続く。あたしの頭上とその反対には部屋のような出っ張りがあって、応援席の下の四角い何もないスペースにはお兄ちゃんと陽が向かい合ってた。
あたしがきょろきょろしてると、古い錆びた金属が出すような嫌な音の後に陽とお兄ちゃんのいる空間とあたしのいる空間が半透明の薄い黄色の壁で隔たれた。手で触れてみると、色が濃くなって確かな感触があった。この壁、防御結界みたいな魔法かな? あたしがいつも使ってる結界魔法を思い出しながら触っていると、ライの声が聞こえた。
「これから、魔王の引き継ぎ試験を開始します」
うん? 魔王の引き継ぎ? 試験ってどういうこと?
ライの言葉に続きブザーが鳴り響く。それがゆっくりと三回続いた後でピストルの音が勿体ぶるように鳴らされた。
突然の発砲音にビクッとしながら周りを見回してると、その音を合図に陽とお兄ちゃんが闘ってた。
え、なんで二人は闘ってるの? 引き継ぎ試験って二人が受けてるのかな? そういえばどっかで聞いたような……。
するとあたしの思考を遮るように何かが防御結界に当たって跳ね返された。驚いて伏せてた視線を上げ二人を見ると、黒い球と白い球を出して二人のいる試合場所中を振り回してた。量では黒い方が多いけど、大きさは白い方が勝ってる。色の違う二つがぶつかって破壊し合ったり、同じものがぶつかって一つに纏まったり、防御魔法や床、天井とかに反射したのが二人を襲ったりしてた。白と黒が混ざり合い、球の破片が散るのは望遠鏡で宇宙を見るみたいに綺麗で、とても怖い。
「二人とも、止めようよ……いっつも仲良かったじゃん」
あたしの声は小さくて自分でも驚くくらい掠れていて、防御結界に当たる白と黒の球の音に掻き消される。
「ほ、ほら、お兄ちゃんと陽が大好きな奈央が居るよ……」
剣呑でピリピリとした空気を払拭したくてわざとらしく明るく言う。けど、自分で思ったほど明るくなくて、顔が引き攣ってるのが分かる。誰も何も返してくれなくて、お兄ちゃんや陽と「好き」とか「嫌い」とか言い合った時を思い出しては泣きたくなってしまった。
あたしの言葉は何の意味も無かったらしく、二人は自分の球を足場にして、空中を飛びまわりながら相手の攻撃を避け続ける。
やがて黒い方の魔力が無くなってきたのか弱まる。陽がズボンのポケットから何かを取り出し飲むと、弱かった黒い球が勢いを取り戻しお兄ちゃんに襲いかかる。対するお兄ちゃんはその球すら利用して回復薬をがぶ飲みしてる陽の方に向かう。どこからか出した剣で陽を切りつけようと振る。だけど、陽も同じように剣を振ってお兄ちゃんの攻撃を受けると、陽とお兄ちゃんの間に来た球を斬って生まれた破片を目隠しにお兄ちゃんを斬ろうと横一線に流れるような動きで剣を動かす。お兄ちゃんはそれすら読んでたみたいで、それに当たらないように陽を白と黒の球の多いとこに蹴り飛ばす。
空中ではどうすることもできない陽は受け身の態勢を取り、少しでも衝撃を減らそうとする。数瞬もしないうちに爆発が起こり、眩しい光と耳を劈くような音があたしのとこに届く。
次いで爆発の風を利用してお兄ちゃんに飛びかかる陽の姿が見え、突風が届いた。
あたしは思わず目を閉じる。
金属が擦れ合う音、絶えず続く爆発音、お兄ちゃんと陽の雄々しい叫び声。やがてその音も消え、静寂が訪れた。
あたしが恐る恐る目を開けると、お兄ちゃんの背中から血濡れの剣が生えてるのが見えた。サッと全身から血が抜けていく。
「お兄ちゃん!?」
大声を出して防御結界に手を突く。けど、その防御結界はまるであたしを絶対通さない、とでも言いたげにあたしが力を入れれば入れるほど堅くなる。
「ナユキ、奈央……いや、お、お姉ちゃん」
陽が剣を抜くとお兄ちゃんは倒れる。陽はあたしの声に反応するようにこっちを向くと、剣を自分の方に構えた。
「陽! 陽、やめて! 陽!!」
「本当はそんなに嫌いでもなかった……かな」
陽はあたしの必死の叫びも、防御結界を叩く音も気にせず続け、その剣を、自分に、突き刺した。
あたしはその場にしゃがみ込み、俯いていた。
ライがあたしのとこに来るころには、お兄ちゃんも陽も姿は無くなってた。なぜかあたしの指輪とかも無くなってた。ライに椅子に座らされると、離れようとするライの袖を掴む。
お兄ちゃんと陽はいなくなってしまった。もうどこにもいない。もしかしたらライもどこかへ行ってしまうかもしれない。あの時陽を止めていたら。なんでお兄ちゃんと陽は闘ったんだろう。なんで、あたしは知らないんだろう。知らなきゃ。じゃないとまた、よく分からないまま人がいなくなる。
「……ライは、どこにも行かないで。いなくならないで」
ライはあたしの手を握ると、頭を優しく撫でてくれた。それに合わせるように涙が堰を切って溢れる。あたしは感情の赴くまま泣いた。
***
あたしが目を開けると、いつも使ってる部屋の天井だった。どうやら泣き疲れて寝てしまったらしい。けど、泣いたからか思ったよりすっきりしてた。時計を見ると遅い夕食くらいの時間で、皺になった制服を時間魔法で皺になる前に戻して、適当なものに着替えて食堂に向かった。
夕食を食べ終わると食事を作ってる強面のおばちゃんに、ライに夕食を届けるよう言われた。
夕食の載ったトレーを持ってライの部屋のドアをノックすると、すぐに返事が来た。中に入って机に夕食を置くと、ライがあたしに気を使ってるような顔で話しかけてきた。もう問題のないことを安心させるために笑いながら言うと、ライはあたしにつられて笑いながら夕食を口にした。
「ねえ、ライ。机の上にあるのってお兄ちゃんが残した本だよね。最後まで読んでもいいかな?」
「……どういう効果の物か知ってるよね」
「あー……もし閉じ込められたら、特別にライに使わせてあ・げ・る」
あたしがおどけたように言うと、ライは嫌そうな、悲しそうな複雑な顔をした。ああ、場の雰囲気が良くならない……。
「それがだめならライ、色々教えて」
「何を?」
「魔法についてとか、ライが体験した事とか」
「食べ終わってから話すよ」
その後、あたしはライと沢山話した。話を聞いてると落ち着く。初耳なことが多くて、聞いてて楽しくて、分からない事も丁寧に教えてくれた。
結局朝方まで起きてしまい、その日の授業は寝てしまった。
よんでくださりありがとうございます。
呪いアイテム関係が勝手に終わりました。優斗と陽に語ってもらわないと訳が分からない事になってしましました。次で語ってもらおうか・・・。
防御結界が黄色いのは古いからです。新しいのは透明。




