73.つまり帰れないと
「ごごごごっごめん。お兄ちゃん、陽」
あれ? なんで今変な名前口走ったんだろう……?
「いや、いいよ。魔王のダークさんが会わせたい人が居るっていうから誰かと思ったら、奈央だったんだね」
魔王を強調して言うお兄ちゃんはライを見る。そうだね魔王はライだもんね。
「ごめん、何か混乱してたよ」
手を合わせて謝るとお兄ちゃんが「いいよ」と微笑む。そしてあたしの方を向いて安堵したように言った。
「無事でよかったよ。二回もはぐれちゃったし、後ろ盾の国も崩壊気味だったし。けど、前回の魔王が倒されたことで奈央が危ない目に遭わなくてもよくなったんだから良かったよ」
「心配させてごめんね。……そう言えばお兄ちゃんに聞きたいことがあったんだ。あたし達の召喚理由の魔王が倒されたんだから帰ってもいいんじゃないの? そもそも帰れるの?」
あたしの言葉にライが寂しそうな顔をする。あたしは安心させるように「今帰りたいとかじゃないよ」と言うとお兄ちゃんを見る。お兄ちゃんは緩く首を振ると話しだした。
「勇者召喚に使われたのは“引き寄せ力を与える”魔法なんだ。その反対の“力を奪い追い出す”魔法は出来ても、“元の場所に戻す”ことは出来ないんだ。掛かっている魔法を打ち消すには掛けられた魔法の反対の効果を持っている魔法じゃないと出来ないから」
つまり相殺できないってことなんだよね。引き寄せるんなら追い払う。けど、追い払うのはこの世界からであって、この世界じゃないどこかに行く、ってことなんだよね。……あたしこんなに魔法について詳しかったっけ? 詳しいっていうより誰かに聞いた気が……じゃなくて、今はこっちに集中しよう。
えっと、力を奪いっていうのは帰っても強い力で苦労しないようってことで、下手したら地球じゃないとこに出てそこでは魔法が使えて……って、うん?
あたしの混乱を感じ取ったのかお兄ちゃんは更に詳しく言う。
「今お兄ちゃん達は召喚魔法の影響を受けているんだ。魔法に身体強化っていうのがあるんだけど、これは一時的なものなんだ。けど召喚魔法は違う。これは魔王をより早く倒す為に魔力そのものを注ぎ込んで永続的に力を増しているんだ。簡単にできる戦力の底上げだね。でもこれは禁忌なんだ」
いつになく真剣な表情を浮かべると、「人が死ぬかもしれないから」と重々しく口にする。あたしは目を見開いた。勇者召喚なんてあたしの知ってるラノベだとよくある話だから。でも、それは全部物語だから成功したんだと、現実のあたし達はもしかすると死んでいたのかもしれないと今更ながらに怖くなった。
いつの間にか俯いていた顔を上げると陽とライが目に入った。二人は全く動じずに、更には仕方がないからとでも言いたそうだった。知ってたんだね。もしかしたら国の上層部も知ってて決行したのかも、とそこまでして魔王を倒し助かろうという執念に、少し恐怖を覚えた。
「なんで――」
なんでそこまでしたのか。あたしの疑問は全て口に出す前に解決した。
――生きるため。自分が死なないために、他人の命を犠牲にする。それが普通のことだから。あたしだって散々やったことだった。
暗くなったあたしを気遣ってかお兄ちゃんが明るく言う。
「魔力には人によって形が違うんだ。例えるなら鍵と鍵穴だね。僕の鍵穴はハート。奈央の鍵が怒りマークだったとすると、カギはあかない……つまり魔力を入れようにも反発するんだ。少ないときはパチッて火花が散るくらいなんだけど召喚魔法は注がれる魔力が沢山の人の、しかも大量だから――」
「人が死ぬくらいのことが起こる」
お兄ちゃんの変な例えのお陰か、少しいつもの調子を取り戻したあたしが答えると、「そう」といって、話を続ける。
「だから実験とかでも禁止されているんだ。でも! お兄ちゃん達は魔力を持ってない。魔法が無かったからね。だから、魔力に形が無い――言い換えればどんな形にもなるんだ! 凄いでしょ! 召喚魔法の沢山の魔力の中の、水魔法が得意な魔力とか闇魔法が得意な魔力とか、はたまた筋力が上がりやすい魔力の形に適応した形に変わるんだよ!」
そして「魔素は魔力の元で、鍵穴を通って体に蓄積されるんだ。水魔法が得意なら水魔法を使いやすい形に変わって、筋力が上がりやすいなら多くは筋力として蓄積されるんだ」と長々と付け加えてから「話を戻すけど」という。
「魔力は魔素ではないから留め、安定させるのに更に魔法を使ってるんだ。それが召喚魔法に含まれる永久的強化魔法。召喚魔法の一部だからこれだけ打ち消すのは出来ないんだ。それで召喚魔法の反対のことをしようとしても、追い出す――つまりこの世界じゃないどこかに行くんだ」
そこで一区切りするように、ふう、と一呼吸し座ってからすっかり冷めたであろう紅茶に手を伸ばす。
そう言えば、お兄ちゃんと陽は一回戻ってきたよね? ということを聞くとあっさりと衝撃的なことを言い放った。
「引っ張ってもらったんだよ、お母さんに」
曰く、お母さんは元はこっちの世界の人だったらしい。偶然日本に来て、そのまま暮らしてるとか何とか。それなら、もし帰れるときにはお土産買って帰ろう。
一人決心してるとライがコホンとわざとらしく咳をした。……あ、そう言えば居たね、忘れてた。
ライの方を見ると、勿体ぶるように言った。
「実は、新しく講師を呼んだんだよ」
「講師?」
講師と言えば、この学校の教育方法の授業・講義・実習の中の講義の先生?
でもなんであたし達にそんなことを言うんだろう……?
「ナオのよく知ってる人達だよ」
よく知ってる人? と考えてると、コンコンとノックの音がした。音のした方を見ると木目の綺麗な扉が開かれた。そこには、
「ロイさん、主サマ!」
あたしが驚いた声を上げると、ロイさんは「お久しぶりです」と微笑み、主サマは簡単に経緯を説明してくれた。
「暫く隠れていたんだが、空けてしまったダンジョンの方を見に行こうとしたところで講師にならないかと言われたんだ」
「私達にとって、ここは隠れ場所になりますし、この魔法学校は国家から独立していますしあくまで学校なので、今まで滞在していた国の様に国の戦力になってほしいというお願いも、四六時中付きまとってくる捜索隊も居ませんからね」
ロイさんの微笑みの中に怒りが若干滲み出ていたのはあたしの気のせいじゃないと思う。大変だね。
あたしが同情の視線を送っていると、主サマが念を押すように言う。
「本当にやるかは決まっていないがな。勇者がすることではないだろうし。だが確かに、居場所を作るにはもってこいかもしれんな……」
どうやら、ロイさんをちらりと見た主サマは否定的……というか、やらなくてもいいことをしたくないだけだよね。
それでも挨拶の為なのか、二人はすたすたとライの方に行って握手を交わす。それを見てると、お兄ちゃんが立ち上がってロイさんと主サマの方に歩いて行った。
「お初にお目にかかります。数ヶ月ほど前勇者召喚されました、奈央の兄の野川優斗です。こちらは弟の陽です。魔王を屠った勇者さまとお会いできるとは光栄至極に存じます」
よく考えたら凄い絵だなぁ。勇者召喚の勇者と魔王を倒した勇者が居るんだよね……レアだね。
握手をしようとお兄ちゃんが手を差し出すと、主サマは「よろしく」と短く言って終わる。もうちょっと愛想よくしたらいいのに。そしてロイさんはにこりと笑ってから「よろしくお願いします」と握手した。
読んでくださりありがとうございます。そして遅くなりすみません。
今回は召喚魔法について。長々書きましたが、今後使うかなぁ。
とりあえず書けたところまで。変える予定は無い、はず。




