38.これはタイラントですか?――いいえ、魔王です
読んでくださりありがとうございます。
おそくなりました!すみません。
顔を上げると、目に緑が飛び込んできた。そこは、ちょっとした広場みたいになってて辺り一面にスズランみたいな花が咲いてる。さらに、赤い小さな実や、黄色い長い実をつけた木で囲まれてる。あれ、赤いのってりんご? 黄色いはなんか木の形が似てるからバナナかな? 色々おかしい気がするけど、異世界だからってことで。
さらに二つ獣道があって、近くの木の実が少なくなってる。……フルーツ食べたい。
あたしが物欲しそうに眺めてると、声がかかる。慌てて声がしたほうを向く。
「ありがとう。それと、ごちそうさま」
目の前の同い年くらいに見える青年は、そう言ってライトレッドの瞳が覗く目をうれしそうに細めながら、恍惚の表情で言ってきた。
「あれ、タイラントは?」
あたしが聞くと、表情を一転させ、苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「その名前、やめてくれるとうれしいんだけど……」
え、まさかこの人が? え、タイラントなの?
あたしは訝しむようにその青年を見る。
その青年は、透き通るような細く色白の身体と、それを強調するかように全ての光を飲み込もうとする長めの漆黒の髪は、否が応にも見入ってしまう。黒いワイシャツから覗くほっそりとした右手には、メモみたいになんかの文字が書かれてる。左の足首には、同色のズボンで隠れてて気づきにくいけど、傷だらけになった足枷と鎖みたいなのが付いてる。……斬新なファッションだね。
なんかひょろってしてて病弱そうだけど、なぜそんなものを?
「また脱走したのかい、魔王様」
あたしが足首を見てると、レンが呆れたような声で言う。あたしは、ばっと音がしそうな勢いでレンのほうを見る。魔王がウサギ!? どうゆうこと!?
あたしが説明を求めるような視線を送っても、気にせずに続ける。
「その拘束具は魔法を封じるものでもあるのだけどね……、それを力ずくで無理やりってさ……。酷い怪我をしてまで餌を食べたかったのかい?」
「でもおいしかったよ、彼女の血。これからの食事が楽しみになったよ」
ちょっと待って! いろいろ待って! 魔王? は、なんでそこでまた恍惚の表情を浮かべるの!?
タイラントに最初に会ったときにピョコピョコ歩いてたのは怪我が原因なの!? あの後普通に襲ってきたから演技かと思ってた。
あ、血がおいしいってことは吸血鬼かなんかかな。
……って、彼女って、餌って……まさか、あたしのこと!? あたしが餌なの!?
いや、肩の上で食べてたけど。血以外のものも食べてたけど!
いつのまに餌認定……。
あたしは、レンと魔王(神がいうから本当なんだろうね、多分)の会話を聞き流しながら餌からの脱出方法を探す。いや、だって、「餌っ」って言いながら手に噛り付かれ続けるとか嫌だよ……。
「でも、あれは食べすぎだよ。彼女も無限ではないのだからさ、自重しようよ」
うーん。吸血鬼だから血を飲むんだよね……注射器かなんかで血を採るとか? あ、あの手の食いっぷりならもっと要るかな。……てかレン、止めさせてよ。
「美味しいものは別腹っていうよ?」
おしいけど、意味は大体おんなじかな。……じゃなくて、脱出方法。
「そういう問題ではなくてさ、死んでしまうよ? 彼女。それに、仕事終わっていないよね? 終わったら外れるからね、それ」
「うぐぅ。で、でも……」
そしてごねだす魔王。……子供か!? 仕事しろよ!
……餌は丁重に断ろう。
「えっと、あ。だ、ダンジョンで最初に会ったとき、わざと何も言わなかったよね? おかげで死ぬとこだったんだよ」
「それで死ぬようなら魔王にはなれないよ(面白そうだったから傍観しただけだけどね)」
ねえレン。なんか心の声が聞こえた気がするんだけど? それどういう意味かな?
あたし、わりと死にそうだったんだけど! ヘルプ送ったよね? そんな理由で死ぬとか嫌だよ!
「それに、いいお灸になったよね」
そして、黒い笑みを浮かべるレン。……こいつ、まさかSか!
「……!」
思わず後ずさる魔王。あたしもおんなじことは言うまでもないよね。なぜか魔王の頬に朱が差したけど。
「確かに、あの攻撃は……」
魔王が呟く。今度は、思わず後ずさったのはあたしだけだった。いや、だってなんか魔王の頬がうっすら赤くなってるんだよ? この二人怖い……。
「それじゃあ、行こうか」
数秒間ニヤニヤしてたけど、あたしのほうを見て爽やかな笑顔で言う。その笑顔まで黒く見えたのは気のせい、だよね?
「うん、雪様はどこの村に行ったの?」
被害が増えるといけないから急がないとね。後ろで「……雪様……?もしかして……」とかぶつぶつ言ってる魔王はスルーしよう。
「それはこれから案内するよ。あと、被害はあれ以降出てないよ」
そしてあたし達は、村に向かった。
あ、魔王はぶつぶつ呟きながらどっかに行ったよ。
***
「あれは予想以上だよ……雪様よ……」
「まあ、地面にクレーターが出来ていたからね」
村へ行ってから近くの(っていっても二時間は森を歩いたけど。近道なのかは不明だよ)町へ来たあたしは、さっきの惨状を思い出してげんなりしてる。
だって、まず村の周囲の木は無いだろうなって思ってたら、村から百メートルくらい離れたとこの木まで切り倒されてたからね……でも、魔物が押し倒したって木も結構あったんだよね。大群だよ、魔物の。
さらに、村の家はほとんど消し飛んでて、残ってても木炭。木の家だから燃えやすかったんだろうね……。地面にいたっては月かと思ったよ。あれは間違いなく復興できないよ……。レンは村人はこっちに来てるって言ってたけど、出稼ぎかなんかかな? まあ、村人が集まっても無理そうだから、早くに支援金が下りたんだろうけど。
「とりあえず、今日は宿にでも泊まって明日から聞き込みをしようか」
「うん、もう暗くなりそうだもんね」
調べたり、歩いてる間に太陽が隠れそうだもんね。宿空いてるかな? この町思ったより人が多いから(満員電車ほどではないけど)空いてないかも……
そして、探すと近くの宿が運よく空いてて、そこに泊まることにした。なんかレンが払ってたから、いくらくらいかは分かんないけど、空いてるにしては受付近くのソファはふかふかしてて、近くのテーブルの上の花は仄かに香るバラだし、ソファとかの色使いは緑を基調にしてて、落ち着く。よさそうな宿なのに……あ、高いのか? それともわけあり……。……。
気のせいだと祈りつつ、部屋に向かった。




