33.レンというおじさん少女
読んでくださりありがとうございます。
痴漢の部分があります。苦手な方はとばしてください。
ダンジョン〈脱落の土地〉
さわさわ。
……。
さわさわ。
イラッ。
さわs
「いい加減止めようか」
あたしは今、隣を歩いてる人にお尻を触られている。――そう、痴漢だ。
あたしはまだ、ダンジョン内にいる。周りの景色は変わらず、相変わらずのリアルお化け屋敷だ。アンデッド多し。
モンスターハウスの通路は完全に閉じられてて、通れなかった。壁の向こうに戻ることも、壁の向こうから進むことも出来なさそうだった。そしてあたしたちは人には遇ってない。つまり隣には一人しか居ない。うん、夢であった女の子だね。
でも。でもね?
中身、おじさんじゃないかなって思うんだ。
いや、だってよく痴漢してくるから。会ってすぐの頃からだよ? 普通は会ってすぐはしないよ。そもそも痴漢もしないんだけど!
「よっ、と」
その軽い掛け声とともに隣を歩いてた人の姿が一瞬ぶれる。と、すぐにドチャッって音が鳴る。音がした方を見ると、ご丁寧に皮を剥いだ状態の二メートルくらいのイノシシ型の魔物が横たわってる。多分さっきの一瞬でどっかにいた魔物を倒して皮を剥いだんだろうな、と驚きを通り越して呆れながら口を開く。
「相変わらず神懸かってるね、レン」
「神だからね」
そう言ってレンはニヤリと笑う。もともと中性的な顔立ちで、今は男のような格好をしてるからか女の子のような雰囲気は無い。更に妙にその仕草がさまになっててかっこいいと思ってしまう。……はっ、レンは女の子だった。危うく危ない趣味に目覚めるとこだったよ。
「神、ね……」
そういえば、ダンジョンで最初に会ったときもそう言ってたね。
***
「さて、出られないようだし進もうか」
「……」
あたしが黙ってると、レンはあたしの手を引いて進もうとする。あたしはそこに居ようとしたけど、レンの力は思ったより強く、あたしはされるがままに引っ張られる。
ふと、チラリと扉だった壁を見るとなぜか心寂しくなった。
あたしが感傷に浸ってるのを知ってか知らずかレンは話しかけてくる。
「これで約束の一つが果たせそうだね」
妙にうそ寂しげに呟かれた言葉に、前に言ってた『約束』を思い出す。どういうことかと考えかけて固まる。それはお尻のあたりに感じる違和感。軽く触れるような――痴漢。
あたしが逃げるように走ると、ぴったりとくっつくように付いて来る。
「……やめて」
「あ、やっと喋ったね。なかなか喋らないからさ、大変だったよ」
あたしが少しイラつきながら口を開くと、さっきの雰囲気が嘘だったかのように朗らかに笑い、わざとらしく困った顔をする。なぜか無性に殴りたくなった。拳を握りかけてはたと止まる。手刀のことを思い出して罪悪感が押し寄せてくる。あたしがやった彼は須山伸幸って名前らしい。今はもう治っているって聞いたけど、あたしを見ると発作が出るらしい。須山くんすみませんでした。実際に会って謝れないけど、今は心の中で謝る。
そう考えてると、また違和感を感じた。あたしがジト目で見るとなんも知らない、ってかんじで自己紹介を始める。……。
「ボクの名前はレンだよ。こう見えて神さまやってます! なんて。“また”よろしくね」
そして敬礼モドキをして神って名乗る。おかしいはずなのに、なぜかしっくりとくる。そしてふわりと笑い、意味深なことを呟く。
「……よろしく」
あたしは小さく返す。こうして返せるのはなんでだろう。
「それじゃあ進もうか」
レンがニコリと笑いながら足を進める。そしてあたしは静かについていった。
***
そんなこんなで痴漢されたり、魔物を倒したり、痴漢されたりしながら体感で二週間くらいがたった。今では普通に話せてる。痴漢のおかげとは思いたくない。色々考えてた時に痴漢されてナーバスになってなかったとしても違うと思いたい。
でも、こうして普通に言葉を返せたのは、心を開いていったからかな。多分。
「はい、どうぞ」
「ありがと。いただきます」
そう考えてるとレンがさっきの魔物を使ったごはんを渡してきた。正確な時間は分かんないけどこれは晩御飯だから、もうすぐ寝るんだろうな。って考えながら食べてると、レンが唐突に切り出した。爽やかな笑顔付で。
「ボクには彼氏が三人、彼女が二人いるのだよね」
「多いね、五股もしてるの!?」
「だからさ、彼女にならない?」
「話を聞こうよ!? 数合わせ的なノリで誘うな!?」
「勿論、嘘だよ」
「なんで言ったの!?」
ほんとになんで言ったんだろうね! あたしはちょっと身を乗り出しながら言った。
レンはそんなあたしをチラリと見る。そして、コホンとひとつ咳払いをすると言った。
「話が脱線したけれど……」
「もともと線路も脈絡もないよね!?」
あたしが言っても気にした風も無く(もう慣れたけどね)、たっぷりと溜めを作るといつに無く真剣な表情になった。
あたしは生唾を飲み込む。
張り詰めた沈黙の中でレンが言い放った。
「既成事実を作りに行かないかい」
「シリアスな雰囲気返せ!!」
あたしの声は静まり返ったダンジョン内に響き渡った。




