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神を創った話 -Deus artificialis-

真冬の森の中を、一人の旅人が歩いている。

降り続ける雪は、地面や木々をおおい隠し、視界を白一色に染め上げていた。


「……………寒い」


旅人が口を開く。黒いコートにニット、マスクや手袋まで黒一色の服装は、雪の中でひどく目立っていた。


「六十八回目」


別の声が答える。

声の主、背中に吊られた長刀は、これまた黒色で、旅人が歩くたびにさやの先端が雪に触れ、浅く溝を作ってゆく。



「街についたらシャワー浴びるんだ……温かいスープも」


「それも、もう何度も聞いたよ?あとどれくらいなのさ」


「もう少しのはずなんだ、そろそろ城門が見えてもいいはずなんだけど……」


あたりを見回すが、周囲にそれらしきものは見当たらない。

それからも、白一色の景色が続く。



「……寒い」


「八十三か……あ!レノ!右!」



下を向きながら歩いていたレノが足を止め、右を向く。そこにあったのは、巨大な湖だった。


「これは…………」

「わー!すごーい!きれいだね!」


湖の直径は縦横五キロメートルほど、水の透明度はかなり高く、相当な水深があるのにも関わらず、湖底がハッキリと見えた。


さらに、湖底のどこからか水がいているのか、表面が凍ることはなく、水中ではいろいろな生物が自由に泳ぎまわっている。


「こんなに綺麗なものがあるなんて……」


白一面の世界に浮かぶ青の世界は、どこか神々《こうごう》しささえ感じられた。


「レノ、あそこに誰かいるよ」


湖の近くに、一人の老人が立っていた。

長いひげをはやした老人は、近づいてくるレノに対し、なごやかな笑顔を見せる。


「こんにちは。旅人さんですかな?」 


「こんにちは。ボクはレノ、後ろにいるのが相棒のウェズです」

「どーも!スゴイねここ!でも、なんでおっちゃんこんなとこにいるの?」


老人は、二人に軽く会釈すると、足元にあったかばんを手に取る。


「こんなところであったのも何かの縁、少しだけ私の話を聞いていきませんか?」


「どうしてですか?」


「一人だと暇でねぇ……それに、旅人さんなら興味のある話だと思いますよ、ここにあった国を訪ねてきたのでしょう?」


老人は、ゆっくりと湖と逆の方向へと歩き出す。


「ここに少し前まであった国の話です、温かいスープも一緒にどうですか?」

「ぜひおねがいします」


レノが老人の後について歩き出す。



「どっちに釣られたの?話?スープ?」


「………どっちも、かな」


「やれやれ……」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



老人は、迷いなく雪の中を歩いて行く。


「レノ、あれ見て」


ウェズが示した場所、そこでは地面がめくりあがり、地中の様子がありありと見て取れた。

他にも湖の近くは所々湖岸が荒らされていたり、木々が切り倒されているところが確認できた。


「ひどいものだろう?近年、特にひどくてね」


老人の顔はきびしく、どこか悲しそうでもあった。


「ここにしようか」


老人は横倒しになった木のみきに積もっている雪を払うと、そこに座る。

レノも、それに習うようにして腰を下ろした。


腰を下ろした老人は、かばんを開けると、中から簡単なコンロのようなものを取り出す。

そこに固形燃料と木の枝を数本入れ、火をつけた。その上に鍋をセットすると、煮沸しゃふつされた水と乾燥された野菜、ビンに入った調味料を数種類入れ、煮込む。


「この湖が出来たのは、二十年前のことだ」


老人は、そう前置いて話し始めた。


「かつてこの場所にあった国……もう名前も忘れてしまったが……その国はね、非常に科学技術が発展した国だった。国民誰しもが向上心の塊のような人間で、そして賢かった。科学技術は近隣国の数百年ほど先を行っていたほどだ」


老人は時折スープをかき混ぜながら話を続ける。



「はじめは良かったんだ。科学技術が進歩することによって人びとの生活は豊かになったし、環境を守ることに関しても気にかけていたから、国内で自然が減少したり、病気が流行ることもなかった」



老人は手を止め、目を伏せる。



「だが世界に神が降りてきた日、全ては変わってしまった。あの日以降周りの国々は豊かになった、もちろん世界のどこかには支配されたり、滅んだりした国もあっただろう。だが、そんなことはどうでもいい。私達……いや、彼らの国には神が、降りてこなかったんだよ。彼らは絶望した、神に見放された、もう終わりだ、と」


老人の声は、少し震えていた。レノは静かに話を聞いている。

湯気をあげるスープを木の器に盛り付けている間、老人は口を開かなかった。


「質素で悪いが、温まるはずだ」

「ありがとうございます」


レノは老人が自分のスープを入れ、一口食べるのを確認してから、口に含む。


「とっても美味しいです」


レノの言葉に老人は微笑む。


「ありがとう。……さて、どこまで話したかな?」


「神が、来なかった。と」


「あぁそうか…そのあとは凄まじかった。彼らはひどく落ち込んだあと、決断した。神が来てくれないのなら、自分たちで作ればいいと。研究は始まった、死に物狂い、中には本当に過労かろうで死んでしまう研究者もいたくらいだ。そして約100年後、彼らは成し遂げた」


「神を…作ったんですか?」


「正確には神、とは少し違うかな。彼らは国内すべての生産業、流通、環境整備など、いままで人間の仕事としてきた事柄を全て機械が行うようにした。そして、その全ての機械を、一つのコンピューターのへと集約した。人間が何もしなくても食材は生産されるし、家に欲しいものは届く、それはまさに神の創りだした魔法のような仕組みだったよ」


レノは無言でスープを口へ運んでいく。


「人々はだんだんエスカレートした。機械を操作することさえも放棄し、”神”と称したコンピューターに全件を委託。最良の環境を維持するプログラムが組まれ、ついに人間は何もしなくなった」


老人はレノの器がカラになると2杯目を入れる。

レノは軽く会釈すると、冷ましながらスープを口に運ぶ。


「それからしばらくは本当に天国のようだった」


老人は何かをなつかしむように天を仰ぐ。


「本当に天国のようだった、食べ物は配給される、風呂やトイレ全自動、ゴミを捨てようとペットがふん尿にょうき散らそうと、機械が全てやってくれる。そんな生活がしばらく続いたある日、”神”は人間にある判断を下した」



老人は自分の皿に残っているスープを一気に飲み干した。



「環境を荒らす人間を”神”は害悪、排除すべき存在だと判断した。それからは早かったよ、まず”神”は食料の配給を止めた。人間は何が起こったのかわからず国の中枢部”神”のもとへ詰め掛けた。しかしそこはとびきり頑丈に作られていたからね、軍隊のような重装備があるならまだしも、一般市民、それもずっと楽をして醜く太った人間では到底、内部に侵入なんてできなかった」



老人は自嘲気味に笑う。


「もちろん国外へ逃げようとした者もいたが、城門のロックさえも機械制御だ、”神”は環境に害をなす人間を完全に滅ぼすことを決めていた。程なくして人間は滅んだよ、ほとんどは餓死、中には自ら命を絶ったものもいた。その後、”神”は考えた。さらに環境をよくするにはどうしたらいいのか、とね」




そこでレノは湖のあったほうを向いた。

老人の話はなおも続く。


度重たびかさなる思考の後、答えは出た。『自然はありのままが一番美しい。機械による制御自体が本当の環境を破壊している』と。そして数日の準備期間の後、”神”の命令により、国中の機械が一斉に爆発した。その衝撃は大地を揺るがし、巨大なクレーターを作った」


「まさか、それが……」


「それが、あの湖さ。”神”の思惑通り、ここの自然は以前よりも豊かになり、湖や森には巨大な生態系が生まれ、ありのままの姿を取り戻した」


老人は立ち上がり、カバンを持つ。

そして、ゆっくりと湖の方へと歩き出す。


「話を聞いてくれてありがとう。そろそろ仕事の時間だ。残ったスープは飲んでも、捨てても構わない。コンロや器はそのまま放っておいてくれ」


「こちらこそ、興味深いお話、ありがとうございました。すごく面白かったです。最後に、ひとつだけいいですか?」


「なんだい?」


「……あなたは、何者なんですか」


レノはそこで一度言葉を切る。


「その事実を知る人間は滅んだはずなんじゃないですか?爆発の後、それを知るすべがあったとも思えません」


老人は、一度だけレノの方を振り返ると、ゆっくりと微笑む。


「私は、かつてここにあった国の”神”だった者だよ」


老人は湖の方へ向かい、木々の隙間へ消えていった。

レノはコンロの前に座ったまま動かない。


「驚いたねぇレノ。おっちゃんの後追わなくていいの?気になるでしょ」


「驚いたし、気になるね。後で行ってみよう。ただ……」


「ただ?」


「スープがもったいない」


レノは木に座り直すと、残り少なくなったスープを口へと運んだ。


「…………はいはい」



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



レノが湖畔についたとき、そこには老人と五人の作業服を着た男たちがいた。

男たちは木を掘り返したり、大きな機械を使って地面を掘り起こしたりしている。


老人はそんな男たちを遠くから見ているようだった。


「彼らはね、近くの国の発掘作業員だ」


レノが近づくと、老人が口を開いた。


「爆発したとはいえ、周囲には機械の部品や時にはその一部が綺麗なまま残っていることもある。それらは現代よりもかなり進んでいる科学水準の元、作られたものだからね、高く売れるんだろう」


老人はかばんを地面に置くと、鞄から鈍く光る何かを取り出す。


「彼らは近くの国から来た発掘作業員だ。私の仕事はね、環境を破壊する彼らを殺すことなんだよ」


老人が取り出したのは大きな斧のような刃物だった。


「彼らを守るために私を殺すかい?」


老人はレノへと問いかける。


「いいえ」


「ははは、君ならそう言うと思ったよ。では、私は仕事をするとしよう。君も、私の仲間だと思われないようにどこかへ行ったほうがいい。さよならだ」


男たちは作業に集中しており、近づく老人に気づいていない。

レノは少し離れた湖のほとりからその様子を見ていた。


やがて、老人は男たちの元へ到着する。

男たちも、斧を持った老人に気づき、何か、会話をしている。



老人が斧を振り上げ、男たちへと駆け寄る。


「環境を破壊する害虫共め!!」


それを見た男たちは、車の中から何かを取り出すと、老人に向け発射した。


それは野生動物を捕獲する為のネットで、男たちは捕まった老人を見て笑っている。


「あんたの噂は聞いてるよ。意味わからないことを言いながら襲ってくる爺さんがいるってな。対策してきてよかったぜ!」


男の一人が言う。


やがて男たちは、老人を引きずり、湖の縁までやってくる。


「あんたに俺らの同僚も殺されてるんだ。これでおあいこだな」


そして、ネットごと老人を湖へと転がり落とす。

ネットに付けられた錘によって老人は、なすすべなく、湖深くまで沈んでゆく。


しばらくの間、湖底が揺れていたが、数分後、湖は静かになった。



「…………ん?」


笑っていた男たちがレノに気づいた。


「おい!お前も爺さんの仲間か?」


五人は手にスコップや老人の持っていた斧を持ち、近づいてくる。


「違います」


「しらばっくれてもダメだ。お前も仲間なんだろ?俺らの同僚の仇だ、お前も死ね」


「違います。ボクはこれで失礼します」


レノは頭を下げ、男たちに背を向けて歩き出す。


「待てよ!死ね!」


斧を持っていた男が、レノへ向け、それを振り下ろす。


しかし斧は当たらず、雪へと突き刺さり、新雪を巻き上げた。

舞い上がった雪で周囲が見えない中、何かが動く音が聞こえる。


「ぐげっ!?」


雪が晴れたとき、男の手の甲には穴があき、そこから鮮血が溢れだしていた。


男が顔を上げると、そこにはウェズを構え、男を見下ろしているレノがいた。

その目は雪のように冷たい。


「ボクは今、少しだけ気分が悪いです。これ以上向かってくるなら、容赦しませんよ」


「う、うわぁぁああああ!」


五人が逃げ出す。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



レノは、来た方とは逆へ向けて歩き出した。


「珍しいね、レノが怒るなんて」


湖が見えなくなった頃、ウェズが言った。


「別に怒ってはいないさ、ただ、目の前で命が消えるのはいつだっていい気分じゃないよ」



「あの作業員の人たち、しばらくしたらまた作業を再開するんだろうね」


「そうだろうね」


新雪には、レノの足あとがくっきりと残っている。



「”神”の判断は本当に正しかったのかな。一時的に環境は良くなっても、発掘作業が続く限り、どんどん環境は悪くなっていく。国を残して、その中の環境を守り続けるのか、それとも、今回みたく自然に任せるのか、どっちが正しかったんだろうね」



「さぁ、ボクにはわからないよ。ただ、自分の思ったとおりになることなんてほとんどない、大概は違った方向へ行って、そこで人は悩むんだ。それは、機械でも人間でも、同じさ」


レノは湖の方を振り返る。


「だから、自分を破壊した”神”は、考えることを放棄したんだ。その時点でもう運命は決まっていたんだと思うよ」


「ふーん。あ!そういえばさ、あのお爺さん、本当に”神”だったのかな?”神”だってことは、機械なんでしょ!?湖の底でも生きてたりして!」



「どうだろうね、見た目は完璧に人間だったから、ボクは人間だと思うけど……それだと、なぜ国のことを知ってたのか説明できないんだよなぁ」




■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



数日後




湖の周囲に人影は見えない。

湖畔には乗り捨てられた発掘用機械と、小さな血だまりがあった。



湖の底には、人型の何かがネットに絡まり、沈んでいた。

その眼は鈍く光り、体は、ネットを解くべく動いている。



「やれやれ、なかなか解けんな………次に来たら皆殺しじゃ」



湖底から聞こえるその声は、かつてこの場所にあった国で”神”と言われていた人工コンピューターのそれだった。

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