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愛の神 -Deus Concupiscentiae- 序


「いい?レノ、これぐらいは覚えてくれなきゃ困るよ!はい!復唱ふくしょうして!」



 長い一本道を、黒いコートを着た旅人が歩いている。

 背中には一本の長い刀。


 精悍な顔つきで、歳は十代半ば程に見える。


 刀と旅人は話しながらのんびりと歩いていた。


 やがて旅人が、やれやれと言った様子で口を開く。



「……一、ボクとウェズは一心同体。片方が死ねば、もう一方も死ぬ。

 二、ウェズは自身の体積以下のものなら、あらゆる形状に変化することが可能。

 三、双方はお互いのいる場所がわかる。

   しかし、一定距離以上離れると、身体能力は著しく低下する。

 四、ウェズは………」



「ちゃんとしてよレノ!人間、たまには頑張らないと、ダメ人間になるっていうよ!だいたいレノはいつも適当すぎるんだよ………」

 レノと呼ばれた旅人は、何も答えず、ゆるやかな坂を登っていく。

「レノ!聞いてるの!?たまには刀も手入れしないと……」


 坂を登り切り、レノと呼ばれた旅人は、口を開く。


「やっと次の国が見えた。あそこが、愛の国さ、ウェズ」


「は?あいの国?あいって……あの愛?」


 レノは早足で坂を下りながら、楽しそうに言った。

「そう。あそこは、愛の国。愛のためなら何をやってもいい国、らしい。楽しみだ」

 そう言う旅人の前には、次なる国の城門がくっきりと見え始めていた。



■■■■■■■■■



 レノとウェズは、城門の前にいた。

 城壁は重厚じゅうこうで、塗装とそうされていない灰色が、更に威圧感をかもし出している。


「この国では、愛の神”ピディタス”様による統治とうちもと、殺人、暴力行為、窃盗せっとう、その他犯罪と呼ばれる行為が、罪に 問われません。それでも入国しますか?」



 入国審査官らしい男がそう告げた。

 レノは、自身の背負っている刀に問いかける。

「問題ありません。ウェズは?」

「問題なーし」



 レノと呼ばれた旅人はそのむねを審査官に告げる。

 審査官は驚きながらも、もう一度問いかける。


「国内で暴力、窃盗などに会われましても、当方では対処できかねますが、それでも入国しますか?」

「はい」

 城門が少しずつ開いてゆく。レノは街の中へと入っていた。



 街へ入るやいなや、複数の住人がレノを取り囲んだ。

 その顔に敵意はなく、むしろ友好的に見える。

「ここはね、愛の神様が治める国なんだ!だから、みんな何かに愛してるのさっ!」

 住人はひとしきり言いたいことを言うと、それぞれの生活に戻っていった。

 これは、どこの国でも同じ、当たり前の風景。



 街は端正に整えられ、中世的な雰囲気で統一されていた。

 綺麗に舗装された道路や街路樹から、殺人や暴力的な印象は見て取れない。

「どしたの?もっと道端で人が死んでたり、ネズミがうようよいるような街を期待してた?」

 ウェズは、それらを眺めるレノに問いかける。

「いや……期待はしてないけど……」


 街の中をふらふらと歩いてゆく。

 街の人々は友好的で、危害を与えるような素振りは一切見えなかった


 一件のホテルに入り、料金を聞くと

「旅人さんからお金はいただけません。国からお金が出ております」

 その後、食事に出かけると

「旅人さんからお金はもらいませんよ!全部タダです!」

 レノは、どこにそんなに入るのかと、周囲の客が目を見張るまで食べ続けた。

 食事を終えたレノは、ホテルに戻り、これでもかとシャワーを浴びたあと、ベットに寝転ぶ。


「まったく………そんなに食べてすぐ寝たら牛になるよ」

 ベットの脇に立て掛けられたウェズが呆れた様子で声を出す。

「ここは最高の国だ………もうボクは牛になる……」

「…もうこの国の子になっちゃいなさい」


 翌朝、レノは目覚めるとウェズを背負って街へ出た。



「珍しいね、進んで街を探索なんて」

「もっとタダのものがないか探してみる」

「…………はいはい」


その後レノは、タダでお茶を飲み、温泉に入り、変えの下着や日用品を買ったあと、一件の刃物屋に立ち寄っていた。



「ここは最高の国だ!!」

昨日、レノが言ったセリフをウェズがそのままトレースする。

空調の効いた心地良い部屋で、刀鍛冶によってウェズが研がれ、綺麗になってゆく。


レノはその様子を少し遠くから眺めていた。

「これは……いい刀ですね。ほれぼれします。」

「おっちゃんそんなに褒めても何も出ないよっ!おっちゃんもいい腕してる。レノじゃこうはいかないからねー!」



「……やれやれだ。ウェズ、終わったら起こしてね」

レノはコートに顔をうずめるようにして目を閉じ、やがてすーすーと寝息を立て始めた。

ウェズはそんなことに気にした様子もなく、気持ちよさそうに整備を受ける。



レノが目を開けると、あたりはすでに暗くなっていた。

明かりは消され、窓から差し込む月明かりだけが、部屋全体をぼんやりと照らしだしている。


そしてそこにウェズはいなかった。

もちろん、研いでいた刀鍛冶も消えていた。


ウェズがあった場所には、紙と、別の刀が置かれている。そこには


【私は、あなたの刀に恋をしてしまいました。あなたの刀を盗むことをお許しください。お詫びに、代わりの刀を差し上げます】


と書かれていた。


「やれやれだ……」




■■■■■■■■■■




路地には幾人いくにんかの人影が見て取れる。

仲睦なかむつまじく歩いているわけではなく、その間には険悪な空気が流れていた。


細い路地、相対する人影。

一方は5人。全員が刃物や棍棒こんぼうのようなもので武装している男たち。

対するは茶色いローブを羽織った小柄な人影がひとつ。


「そこ、通してもらえますか?」


ローブのほうが口を開く。

その声は高く、少年か少女のそれだった。

自分よりもはるかにガタイの良い男たちに囲まれているにも関わらず、その声に恐れはなく、むしろ苛立っているようだった。


「そ~いうわけにはいかないなぁ。俺達は君を殺すよう言われてるんだから…」


男たちは、じりじりとローブの方へと近づいていく。

それに伴って、小さな人影は後ろへと距離を取る。


「では……」


口を開いたローブは、次いで足を止める。

男たちとの距離が数メートルまで近づいた時。


「無理やり通らせてもらいます。」



左足で踏み込み、一瞬にして先頭にいた男との距離を詰める。

そのままの勢いで先頭にいた男の顎へと掌底しょうていらわせる。


「ぐげっ……!」


男は変な声を上げると、その場に膝から崩れ落ちる。


ローブは男に掌底を喰らわせた瞬間、下へとしゃがみ落ちる。

そのわずか数センチのところを、その後ろにいた男の刃物が通り過ぎていった。


「……………」


ローブは二人目の股の間をくぐり抜けると、後ろからそのえりをとって、自分の目の前、三番目にいた男に向かって投げつけた。


狭い路地に一列になるようにして並んでいた男たちは連鎖するように倒れていく。



「「「うわっ!!」」」



倒れた男たちはのしかかられている重さからか、なかなか起き上がることができない。


「……さて」



ローブは少し男たちから距離を取ると、助走をつけて走りだした。


そして、男たちの目の前で勢い良く踏み切ると、右側の壁に向かってジャンプ。

そして、その壁を足がかりにもう一度ジャンプ。

男たちを軽々と飛び越えると、ローブは振り返り、そのフードを取る。



「では、失礼します」



あくまで無表情の顔で淡々と言う少女か少年かわからないような薄青色の髪を持つ人影は小走りに去っていった。

男たちは、呆然としながら、二弾ジャンプを決めた人影を見送ると、その現場となった壁を見やった。

そこには、くっきりとその小さな足の形に凹んだ壁があり、男たちは、追うのをやめた。



「恋…ね。恋愛ってのはこんなに大変なのか……」




----------to be continue

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