人になりたかった少女 -Person populus vos would amo- 序
私が奴隷になってから八年がたった。
今、私の左腕があった場所からは止めどなく血が溢れ、周囲には数十体の死体が転がっている。
血の海の中で横たわる私の目の前には、神が立っていた。
神は私に言った。
「望みを言え、叶えてやろう」
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私がいる村では、古くからの身分差別が続いていた。それは神様が来てからも変わることはなく、ひと握りの裕福な貴族と一般市民、そして、昔は貴族に、今は神に使われる為の奴隷。
生まれた時から目に異常があり、目が見えない私は、奴隷だった。
村を治めている神”ルタ”は、月に一度、奴隷の徴収を行う。
普段は抽選で選ばれるが、母親は私を推薦した。
それは、ただの厄介払いだった
目の見えない私は、ただの邪魔者だったのかもしれない。
「子供はね、親を選べないの」
そういった母親の声は、ひどくいびつなものに聞こえた。
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私が、親に売られたのが六歳、盲目で介助なしでは生活できない私は、奴隷の世界でも煙たがられていた。
そんな私を助けてくれたのは、私よりも何倍も年上のおばあちゃん。
おばあちゃんは名前のない私のことをレノと呼んで可愛がってくれた。
「レノはね、私に娘が出来たらつけようと思ってた名前なんだよ。うちは男ばっかりだったからねぇ………」
奴隷は番号で呼ばれる。
十四番、それが私の番号だった。
私は、おばあちゃんが大好きだった。
寝るときには昔話を聞かせてくれたり、歌を歌ってくれた。
目の見えない私に、外の世界のことをたくさん教えてくれた。
ただ、おばあちゃんは、奴隷になったその理由だけは教えてくれなかった。
奴隷の仕事は、主神”エタ”のストレス発散。
余興という名の一方的な暴力。
程度の軽い時には、ただ殴られるだけ、でも、嫌なことがあったり、少しでも抵抗する素振りを見せれば、
腕や足を切り落とされる。
もちろん、死ぬ人も少なくなかった。
エタの人格はもはや狂っていた
私は十歳の時、小さな失敗をし、左腕を切り落とされた。
痛みや出血でショック死しないよう、麻酔と止血剤を打たれて拘束された上で、のこぎりのようなもので、わざとゆっくりと切断していく。
刃が肉を裂き、白い骨をガリガリと削る音が聞こえてくる。
この時だけは、目が見えないことを少しだけ感謝した。
切られた後は、適当に縫合され、また元の生活、エタにとって、奴隷はただの遊び道具だった。
私の唯一の救いは、おばあちゃんだった。
おばあちゃんがいたから、生きていられた。おばあちゃんといる時だけは、奴隷になる前よりもあたたかかった。
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「飽きてきたな」
エタがそんなことを言ったのは、私が十四歳の時。
そのぐらいになると、私は周りの人とも打ち解け、一人でも生活できるようになっていた。
でも、おばあちゃんはまだ私のそばにいて、ずっとお世話をしてくれていた。
わたしも、おばあちゃんが大好きだった。
「レノちゃん、そろそろ起きなさい?」
いつものように起こされ、顔を洗い、髪をとかす。
何年も切っていない髪は、背中まで伸びていた。
「いつ見ても、レノちゃんの髪は綺麗だねぇ…………」
おばあちゃんは、私の髪をよく褒めてくれる。
「おばーちゃん!痛み止めってある?」
湿度や気温によっては、左腕が痛む。
外は、雨だった。
いつもどおり、朝から暴力に耐える日が始まった。
いつもと違ったのは、集められた人数。集められた奴隷は八十六人、ほとんど全ての奴隷が集められていた。
半径十メートル程の円形の広場、周囲は高い壁に囲まれ、入ってきた入り口は、固く閉ざされている。
その場所も、いつもとは違っていた。奴隷の間に、微かな不安の声があがる。
灰色の壁の上部には、透明なパネルがはめ込んであり、そこには無駄に豪勢に作られた椅子が置かれていた。
「おー、来たか奴隷共」
そこに、エタが座っていた。
人間の女性の姿をしたエタは、きらびやかなドレスを纏い、優雅に座っている。
「そこで、殺し合いをしろ!」
その一言は衝撃的だった。
「……………………」
誰も、口を開かない。いや、開けないでいた。
全員が、その言葉を、うまく飲み込めないでいた。
「なんだなんだ!早く殺れ!」
エタは、はやし立てるように一人で盛り上がっている。
「そんなの、できない………」
誰かが言った。
「俺達は、仲間だ。何年も一緒に過ごしてきた、家族みたいなもんだ…………」
その声は次第に奴隷全体へ広がっていく。
エタの声は次第に不機嫌になっていき、つまらなそうに口を尖らせる。
「つまらん、実につまらんな。
そうか、褒美がほしいのか?
そうだな、では、勝ち残った一人は市民に戻そうではないか。
さらに、何でも願いを叶えてやろう!」
「金か?恋人か?永遠の命だって可能だ!」
思いついたことを自慢げに言い放つと、エタは自身の指を鳴らした。
「そら、これもやろう!」
広場中に金属音が響き渡る。
「………刀?」
いろんなところから、刀や斧みたいな武器が出てきた。そう私に耳打ちしてくれた、おばあちゃんの声は震えていた。
「ほら!早くしろ!殺せばヒーロー、再び村で何不自由なく暮らせるぞ!」
ここにいる多くの人は、抽選によって不当に選ばれ、連れてこられた人。
私のように親に売られた人なんて、極々《ごくごく》少数。
村に戻れば、家族がいる。お金や永遠の命さえも。
「早くしないと他の奴に殺されるぞ?殺される前に殺せ!私を楽しませろ!!」
エタの声が静まり返った広場に響く。
しばらくは、誰も動かなかった。
「………俺は、もう一度、家族に会いたい………」
カチャリ……
誰かが武器を拾う音が聞こえた。
「………俺も」「私は………」
その波紋を、止めることなどできなかった、
次々と人々が武器を手に取る。
もはや広場の中は、数分前とは何もかもが変わっていた。
手に武器を持った男女が不安そうに、お互いを牽制しあっている。
巨大な円の中は不気味な殺気で満ちていた。
「おぉおぉぉおおお!!すまん!ゆるせ!」
誰かが誰かに襲いかかった。
もう、止まらない。そこからは殺し合いの連鎖だった。
「レノちゃん!こっちにおいで!」
おばあちゃんに手を引かれて連れてこられたのは、円の縁、壁際だった。
そこで、何かを手渡される。
重くるしい金属のそれは、私の手にずっしりとのしかかってきた。
「それは、拳銃だよ」
おばあちゃんは私に拳銃の使い方を教えてくれた。
「撃つときには、躊躇っちゃダメ。何があっても、あなたが一番大事。」
おばあちゃんは、それだけ言うと、どこかへ行ってしまった。
――――――盲目で足手まといの私を置いて逃げたのかもしれない。
私はただじっと、うずくまっていた。
遠くでは悲鳴と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
――――怖かった。この殺し合いの環境も、変わってしまったみんなも、そして、これを楽しんでいる神のことも。
どのくらいの時間、私はそこにいたのだろうか。
広場には血の匂いが充満している。
相変わらずの悲鳴と金属音、そしてエタの笑い声や歓声が聞こえてくる。
――――――しばらくして、全ての音が止んだ。
そっと顔を上げた私に、
―――――コツン ―――――――コツン
足音が聞こえた。
それは、次第に近づいてくる。
―――――みんなはどうなったんだろうか。
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
――――――残っているのは、私だけ?
拳銃を握っている右手がじっとりと汗で湿っている。
――――この人は、私を殺して村に戻るのかな。
足音はもう、手を伸ばせば触れられる位置まで近づいている。
―――――殺される前に、殺せ。
周りの音は聞こえなかった。自分の心臓の音と耳鳴りが響いている。
―――――おばあちゃんなんて言ってたっけな。
拳銃を足音の方へ向ける。銃口が何かに当たったから、ほとんどゼロ距離だったのだろう。
――――――撃つときには、躊躇っちゃダメ。何があっても、あなたが一番大事。
「うぁ、あぁぁあぁあーー!」
私は、撃った。
弾がなくなるまで、撃ち続けた。
銃声が止んだ時、広場の中には、エタの笑い声だけが響いていた。
----------to be continue