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機械仕掛けの神 -Inducebat ad location- 結


 国の中央、綺麗に整備された公園には、小さな椅子が一つだけ、置かれていた。

周囲を噴水に囲まれ、石造りの屋根に覆われたそこは、まるで小さな宮殿のようにも見える。


「初めまして、旅人さん」


 そこには一人の男の子が座っていた。短く整えられた髪に、精悍な顔だち、いまだ発達しきっていないようにも見えるその体は、十代のそれのようだ。

 少年は座っていた椅子から立ち上がると、公園の入口から自分を見つめている黒いコートの旅人へと目を向ける。


「僕は、マニ。一応、この国の神様です。旅人さんに会うなんて何年ぶりだろう! この国に来た旅人はみんな僕なんかに興味がないみたいで、しばらくのんびりしたかと思うと、いろんなものを持って出て行ってしまう。寂しい限りだよ……」


「……はい。ボクもそうしようと思ってました」


 旅人は背中に吊った刀に軽く触れると、マニの元へと歩き始めた。そして表情を変えず、さらに言葉を続ける。


「あの方に会うまでは。今は、あなたに話を聞いてみたいと思っています」


「そういえば、旅人さん……えっと、レノ、さんだっけ? ちょうど今日処分予定の男と会ったんだよね。実は、この場所から国中のことは全部わかるんだ。一応、神だしね」


 マニは、心底嬉しそうに両手を広げ、笑顔を浮かべている。


「ああ、人と話すなんて何百年ぶりだろう! 今日はなんていい日だ!!」


 いつしか公園の中央にまで進んでいた旅人は、笑顔の少年とは裏腹に、無表情のまま、立っていた。


「お聞きしたいことがあります」


「なんでもどうぞ!」


「今日、ボクの目の前で、一人の人が亡くなりました。あの人は別に病気でもなければ、死にたがっていたわけでもありません。それなのに、なんの疑問も持たずに自ら死を迎え入れました」


「そうだね」


「彼を殺したのは、あなたですか?」


 マニは上げていた両手を下ろすと、ゆっくりとレノの方へと振り返った。レノはゆっくりと背中のウェズへと手を伸ばす。


 振り返ったマニは、笑っていた。


「僕じゃ、ないよ」


「では、誰が?」



「僕は、一応、神だ。でも、あくまでも一応でしかない。この国は、機械に乗っ取られたんだ」


 マニの浮かべている笑みは、喜びのそれから、自嘲のような乾いた笑みへと変化している。


「何十年か前、僕は、この国の研究者と協力して、あるひとつの機械を作り上げた。自慢じゃないけど、この国の技術力はかなり高くてね、そこに僕の力が加わったんだ、不可能なんてなかった。

完成したのは、全自動で国の維持、発展をしてくれる機械。自動で畑を耕して、種を植えて、土から家を作り、雨から飲み水を作り……それはもう素晴らしい機械だったよ。そして人間は働かなくなった。なにせ、自分で動かなくても、食べ物や飲み物は自動で出来るんだからね」



 レノはその場から動かない。



「問題はそれから数年後に起きた。機械が、人間を国にとって害であると判断したんだ。でも、ここまでは想定の範囲内だった。人間が働かなくなり、国にとって害悪だと判断されたとき用に、僕らは機械に特殊なプログラムを組み込んでおいたんだ。それは、人間の保護プログラム。機械にとって何を差し置いてでも人間を守るようにプログラムした。これで人間は守られるはずだった。……はず、だったんだ」



 マニは噴水に近づくと、小さな手を使って流れ出ている水をすくい、口に含んだ。



「結果として、機械は人間を守った、人間を犠牲にして」



 先程まで水に触れていたマニの手は、何故かもう濡れていない。まるで水が彼に触れているのを嫌がるかのように、水は空気中へと霧散していた。



「機械にとって”人間”というのは”健全な肉体で健全な思考が可能な生命体”と認識されていた。彼らは自動学習機能によって自ら機能を拡張し、すべての人間の把握、そして”人間であって人間ではないもの”の排除を開始した。機械にとって誰が人間で、誰が人間じゃないかは、僕にもわからない。国民はただ従うしかないのさ」



「つまり彼は人間ではなかった、と?」



「そうなるね。まあこの国では機械に逆らったらいきていけないから、あそこで死ななくても楽に死ねるか、空腹で苦しみながら死ぬかの違いになると思うけど」



「その機械はどこにあるんですか?」



 レノのその問いに、マニは下を指さすことで答える。



「この国が、その機械だよ。城壁も建物も、今僕らが立っているこの公園も、この国は機械の国なんだ。国の中にいる以上は、僕でも機械には逆らえない」



「……ウェズ、壊し方はわかるかい?」



 レノは背中の鞘からウェズを引き抜くと、そのまま構える。ウェズは普段と違い、小ぶりのナイフのような形になっていた。



「んー、正攻法では難しいかな。ただ、機械には必ず電源部位があるはずさ、人間で言うところの、心臓ってやつ?」


「つまり」それさえ壊せば……」



「止まるだろうね。それに、これだけ大きな国を管理してるんだ、電力が強大すぎて電源部位が壊れたら自力での復旧はできないと思うよ」


レノは足元の石畳を踵で軽く小突いた。反響した靴音は、公園中に響き渡る。

一連の様子を見たマニは今日一番の笑みを顔に浮かべた。


「なるほど!その刀がしゃべってたのか! 実は、送られてくる映像だけじゃよくわからなくってね。そうか、君なら壊せてしまうかもねただの人間じゃないんだろう?」


「…………はい」

「どうもねー!」


 神妙にうなずくレノと、まるで近所のおじさんにあいさつするかのような返事をしたウェズを見ると、マニは心底楽しそうにその場で一回転し、そのまま先ほどまで自分が座っていた椅子へと戻った。


「さて、肝心の電源の場所だけれど、ここだよ。この公園の、この椅子。これが国の心臓部さ。神である僕の力を使って、この国は動いている」


 刹那、レノの腕がわずかに動く。次の瞬間、マニの手にはナイフ上になったウェズが握られていた。


「危ないなぁ、電源が分かったとたん壊しにくるなんて、単純というか一途というか……」


「…………」


「第一、これを壊してどうするのさ、いま、この国で生きている人間は、畑の耕し方も知らなければ安全な水の作り方も知らない。寒さをしのぐ術も知らなければ、病気なんて存在すらしらない。この国の人間は、機械によって殺されているけど、機械によって生かされてもいるんだよ」


「だってさ、どうする? レノ。確かに、この国の人たちはこの機械がなくなったら数か月と持たないで全滅してしまうかもしれない。それはレノが目指すものとは違うんじゃない?」


 マニに握られたまま、ウェズが言う。レノはそれには答えず、ただ左手をマニへとむける。するとウェズは黒い靄となってマニの手の中から消え、数秒後にはレノの手の中へと戻ってきていた。


「ボクは人間でもなければ、神様でもありません。ボク自身の力では、人を救うことなどできません。だから、あなたに人間を救ってもらいます」


「ふーん。僕に人間を導けと? 機械に頼りっきりで何もしてこなかった神に、今更人間がついてくるかな?」


「ついてきますよ。あなたは神様でしょう?」


 レノの手からウェズが離される。重力によって地面へと吸い込まれたウェズはそのまま溶け込むように地面の中へと消えた。


「これも、ボクのエゴなんでしょうね。でも、それでも、苦しかったとしても、ボクは、人には人らしく生きてほしい」


 公園の中央部分、小さな椅子の周囲が、屋根ごと地面の中へと吸い込まれ始める。

大きな音を立てて崩れていく屋根から脱出したマニはその様子をじっと見ていた。


「地面の中にあった機械ごと、ウェズに破壊してもらいました」


「何とかして壊させないつもりだったんだけどなぁ……。まさか、地面ごと行くとはね」


 マニのその言葉が終わった瞬間、国全体が一度大きく揺れた。



「うわぁあああああああああ!」

「ちょっと!なにこれ!」

「助けて!ドアが開かないの!!」


 数分後、国中はパニック状態だった。

ちょうど中央にいるレノとマニには、その声がまるで全方位から響くように聞こえる。


「やれやれ、やってくれたねレノさん」

「はい、あとは、お願いします」

「わーお!丸投げ!レノも悪くなったもんだ……」


「ふぅ、何百年ぶりかに忙しくなりそうだ。じゃあねレノさん。君が機械を壊した張本人だと知れたら間違いなく襲われるから、早めに逃げたほうがいいよ。今なら城門は壊れて開閉自由だと思うから、ご自由にどうそ」


「ありがとうございます。そうします」


 マニは小さく笑みを浮かべると、一瞬にして公園から姿を消した。

やがてレノも開け放たれた城門をくぐり、国の外へと出る。


「珍しいね、神様じゃなくて機械が支配する国だなんて」


「そうだね。でも、今後はあの神様が国を導くはずさ」


「もしあの人が悪い神様で、国民を殺しまくったら?」


「もう一度行って、ボクが裁けばいいさ」


「ひゅー! いうねぇ!」


 レノはさっきくぐったばかりの城門へと振り返る。


「ボクはその為に旅をしているから」


「そうね」



「さ、次の国へ行こうか」


「あいあい。どこへでも~」




機械仕掛けの神 -Inducebat ad location- 完


遅くなってしまって申し訳ないです!

今後も不定期更新になりますが、よろしくお願いいたします

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