機械仕掛けの神 -Inducebat ad location- 序
荒野の中、それは明らかな異物として目立っていた。
はじめ小さな点だった物は、目の前まで近づいた今、見上げるほど高い壁へと変化している。
灰色の巨大なドームのような形をした建物の前に旅人が一人。
若い顔つきの旅人は黒いコートにパンツ、長刀を背負っていた。
「ありゃりゃ、本当にあったねぇ……」
「うん。信じて歩いてきてよかったよ」
旅人のブーツやコートには茶色く土がついた箇所がいくつもあり、長い距離を旅してきたことが伺える。
しかしながら目の前に伸びる灰色の壁に入口のようなものはなく、緩やか曲線を描きながら伸びているだけだった。
「さて、どうやって入ろうか…?」
「歩いてみればー?どっかに門があるかもよ!!」
「そうだね、そうしようか」
旅人は壁に沿って歩き始めた。
そして、歩き終えた。
「見事に何もなかったね!」
背中に背負われた刀が愉快そうにはしゃぐ。
「さて、どうやって入ろうか……」
それを完全に無視した旅人は少しだけ疲れた表情を浮かべ、まるで登れそうもないようなツルツルな壁にそっともたれかかった。
「この街に何か御用でしょうか?」
声は、どこからともなく聞こえた。
旅人が辺りを見回すが、周囲に人影のようなものはない。その代わり旅人が寄りかかっていた壁の少し上の部分が上にスライドするような形で開き、中から末広がりの筒のようなものが現れた。
「スピーカーだね」
刀が小さな声で呟く。
「旅人様、この街へなにか御用でしょうか?」
スピーカーから響く声は再度旅人へ問いかけた。
旅人は壁から離れてスピーカーの方へ向き直ると、その言葉に呼応するように頷く。
「はい。近くの街でこの場所のことを聞きました。とても素敵なところだと。中へ入ることはできますか?」
「もちろん可能でございます。少々お待ちください」
そして、壁がめくれた。
スピーカーが姿を現した時と同じようにして、今度は人が余裕を持って通れるほどの入口が姿を現した。
中は短い通路を経て、ドームと同じような材質で作られた灰色の部屋へとつながっており、そこには小さな机と椅子、そして板状の電子機器が置かれていた。
旅人が部屋の中へ入ると、入口は音もなく閉じ、再び部屋の隅に取り付けられたスピーカーから声が響く。
「その機械の指示に添って簡単な審査を完了してください。完了しましたらその機械を目の前の壁までお願いします」
旅人が目の前を見ると、その壁には機械がちょうどはまりそうなくぼみがあった。
審査は簡単な質問に答えるだけで、ほんの数分で終わった。機械をくぼみへとはめると、三度スピーカーから声が響く。
「レノさん、審査を完了致しました。中へどうぞ」
そしてこれまた三回目だが、壁が音もなく上へとスライドし、今度は街の全景がその目の前に現れた。
そこはドームや審査に使われたような無機質な灰色ではなく、ガラス張りの高層ビルが立ち並ぶ近代的な街だった。
ドーム状に街中を覆っている天井からはまるで太陽から光をとっているかのように明るい光が降り注ぐ。
「人工太陽だね。良く出来てるよ」
「じんこうたいようってなんだい?」
「人が作った太陽。多分日没の時間には暗くなったりするんじゃない?ドームの仕掛けの時も思ったけど、人工太陽やビルの建築様式はかなり高度、この街はかなり科学の進んだ街だよ」
「ふーん……」
そう言って一歩踏み出したレノの前に、ゆっくりと一台の車が近づき、目の前で止まった。そして音もなくドアが開く。
レノが車内を伺うと中に人影は見えず、車の天井に付けられたスピーカーから声が聞こえた。
「お乗りください。ご案内いたします」
「すごいねー!無人タクシーだ!」
「うるさいよウェズ」
「どちらへ向かわれますか?」
「どこか食事できるところへお願いします。なるべく安くて量があるところ」
「貧乏性というかちゃっかりしてるというか…そのうち太るよ、レノ」
「その分動くから大丈夫さ」
二人の会話など意に介さず、車は自動的にゆっくりと動き出した。
なめらかに舗装された道路を車は音もなく走っていく。すれ違う車は一台もなく、店に着くまで数分の間、人影はおろか、人がいる形跡すら見当たらなかった。
到着したレストランのような場所の中にも人はおらず、勝手に席に着いたレノのもとへは小さな動物のようなロボットによって、審査のときに使用したのと同じようなタブレットが届けられた。
「これで注文するのかな?」
レノはしばらくタブレットをいじると、一人分とは思えないような量を注文した。
先ほどよりも少し大きめの動物型ロボットによって届けられた料理からは湯気が立ち上っており、レノはそれらの料理を湯気が消えてしまうよりも早く食べた。
お代を払おうとすると、お客様からは料金をもらっていないと言われ、断られた。
満足顔で店を出たレノは、再び同じ車へと乗車する。
「本当においしかった!後でほかのお店にも行ってみよう!」
「まだ食べるの…?」
「どちらへ向かわれますか?」
次にレノが向かったのは”温かいお湯の出るシャワーの使えるホテル、安ければなお良し”という場所だった。案内されたのはおそらく街の中央付近にあるであろう高層ビル。
中へ入ると今度は人型のロボットによる出迎えを受け、最上階の部屋に通された。
ご飯はタブレットで注文すればいつでも食べられるし、洗濯も専用の入れ物に入れておけば自動でやってくれるとのこと。
温かいお湯のシャワーを存分に浴びて出てきたレノは下着姿のまま、白いシーツのベットへと倒れ込んだ。
「いいところだ!!!」
「さいで」
「なんていいところなんだ!!」
「食べ物やホテルはタダだし、全て機械がやってくれる。そこの窓から街の向こう側が見えたけど、少し行ったところに農場があるね、働いてるのは機械だけだけど」
「相当発展してるんだろうね」
「そうだね、今までで一番じゃないかな?審査のときや車で聞こえた声も人工音声だったし。なめらかすぎて最初はわからなかったよ」
「なんにせよいい場所だ!!」
「…さいで」
レノは起き上がると、コートを羽織り、大きな窓から街を見下ろす。
「ただ……」
「ただ、人がいないのが不思議?」
「そうなんだよ。見ていないだけじゃなくて、足跡はおろか、ゴミだとか、ホコリだとか、人が動いている形跡すらないんだ」
「みんな死んじゃったとか?」
レノは再びベットへ戻ると、タブレットを手に取り、いじり始める。
「その可能性もあるけど……明日はここに行ってみよう」
レノが指さしたのは円形の街の北側、農場と真逆にあたるその場所には居住区とだけ書かれていた。
「まだ日が出てるよ?今から行かないの?」
「………」
レノは無言のままタブレットを少しいじると、なにかの操作を終え、ベットに横になった。
数分もしないうちにやってきたのは皿に山のように盛られたパンケーキとフルーツ、シロップの入った壺だった。
「今日はもう出かけない、一度やってみたかったんだ!!」
「………さいで」
それをたいらげる頃には人工太陽は少しづつ赤みを帯びていき、やがて本当の日没と同じように消えて夜が訪れた。夜空に浮かんだ月や星は雲のない空で存分に自らの輝きを誇示していた。
「おやすみウェズ」
「おやすみ~」
まもなく電気が消えた部屋では、レノの寝息だけが優しく聞こえていた。
翌朝、大量の朝ごはんを平らげたレノは、ホテルから出ると同時にやってきた車へと乗車した。
「どとらへ向かわれますか?」
「西の方へ、この住所まで向かってください」
「あれ?居住区に行くんじゃないの?」
レノはウェズの言葉に返事はぜず、ただ背もたれに体をあずけてゆっくりと目を閉じた。
やがて車が止まり、ドアが開く。
そこには一人の男が立っていた。
「あ!第一街人発見!!」
「今から、面白い話が聞けそうだね」




