無くなってしまった街 -Oppidum oppidi tuendi causa hero- 結
崩れかけた街に、銃声が響く。
音を超えた速度で放たれた弾丸は禿げたレンガの壁にあたりその動きを止めた。
「くそっ……」
未だ煙の上がる銃をゆっくりと下ろした男が悪態をついた。
先程まで少し前を走っていた、標的の黒いコートの旅人は、路地の先へと消えていった。
髭をさする男のもとへ近づく一回り小さな男。
「二人共、やられちまってました。ブローチはどっちも持ってなかったんで、あの旅人が持っているんじゃないっすかね」
「確認ご苦労。お前は手を出さないでくれ。仲間の仇は、俺が打ちたい」
「でも旦那一人じゃ……」
「俺は俺のやり方でやる。お前がいても、邪魔なだけだ。ただ……」
「ただ、俺が死んだら、あいつらと同じ場所に葬ってくれ」髭面の男は、そう言うと旅人が消えていったのと同じ方向へと消えていった。
■ ■ ■ ■ ■
「旅人よ!話がある!」
髭の男は大声でそう言った。
レノはその声を少し離れた場所にあるビルの中で聞いた。
「話がしたいだけだ、もう戦闘の意思はない!」
男は腰に下げていた自らの銃を、地面へと投げ捨てた。
さらに上着を脱ぐと、そこかしこに付けられているシースからナイフを抜き、それらも地面へと放る。足首に付けられたシースからナイフを捨てると、男は再び大声を出した。
「武器は全て捨てた!そちらは武器を持ったままでも構わない!出てきて欲しい!」
男はあらん限りの声で叫んだ。
全方位に向け同じ言葉を何度も繰り返す。
「その場から動かないでください」
男の声が枯れ始めた頃、黒い旅人はその背後へと現れた。
「話がしたい。俺もそちらへ行ってもいいか?」
男はゆっくりと声のしたビルの方へと振り返る。
「ダメです、その場で話してください」
「喉が疲れたんだ、もう大声を出したくないから、少しでも近づかせてくれ」
男は、ビルへ向け大きく一歩踏み出した。
「それ以上近づかないでください」
その声など聞こえていないかのように、男はさらにビルへと近づく。
「それ以上近づいたら、敵意ありとみなし、攻撃します。止まってください」
「ふふ……はははは!!」
男は、目の前のビルへ向かって走り出した。その手が自分の背中へと伸びる。
レノは拳銃へ姿を変えたウェズを握っていた。そして笑顔のまま向かってくる男へ、容赦なく発砲する。
一発目、黒い銃弾は男の右頬を掠め、そこに赤い傷跡をつけた。
二発目、男の左手が弾け飛ぶ。
三発目、脇腹が裂け、男が進んだ後には、赤い雫が滴った跡が点々と残った。
四発目の銃弾は男の左目に当たり、そのまま脳を貫通し、どこかへ消えていった。
「はは……ははは……」
顔を半分失った男は、フラフラと進み、ビルの入口前で倒れた。焦点の定まらない目は、ビルの中をじっと睨んでいる。
その右手には、細い紐が握られていた。シャツの中に隠されていた爆弾が信管を抜かれ一気に膨張そして
「焔蘭、あと……は、頼んだ。これでやっと、俺も………」
男の体が、爆発した。
体中に巻き付けられた大量の爆薬によるその衝撃は大気を揺るがし、周囲のビルにわずかながら残っていた窓ガラスを全て吹き飛ばした。
目の前にそびえ立っていたビルは一階と二階部分の前半分が消し飛んでいた。やがてそのビルは自重に耐えかね、ゆっくりと倒れていく。
街中に土埃を巻き上げながらビルはただの瓦礫の山へと化した。
倒壊したビルの中。一面灰色の世界に小さな黒い箱があった。
大きさは1メートル程、長方形の形をしたそれは、瓦礫にうもれながらも形一つ変えずにそこに立っていた。
箱の上部が、まるでびっくり箱のように勢いよく開く。
そこから出てきたのは、肌着だけになったレノだった。
「こんなに短時間に二度もビルの倒壊に巻き込まれるとはね」
「だね。びっくりだよ」
コートと刀に姿を戻したウェズを身に付け、レノは瓦礫の中を転ばないようゆっくりと進む。
髭の男の姿はもはやどこにいるのかさえもわからなかった。
「なるほどね。そうやって最初の時も助かったわけか、納得納得」
瓦礫の山から脱出したレノの背後、先程までレノがいた、その山の頂上に焔蘭が立っていた。
「仇討ち、ってのは性に合わないんだけど、ここまでやられちゃあね……」
「そうですか」
「あらら、随分冷めてるんだね。俺、こう見えても割と怒ってるんだよ?」
焔蘭は薄く笑みを浮かべながら山を少しづつ下り、レノへと近づいてくる。
その目はまっすぐと正面を見据え、手にはいつの間には小太刀が握られていた。
「今度こそ、確実に君を殺す。そして君の首をダンナたちのところへ持っていくんだ」
「そうですか」
二人の距離はおよそ50メートル、焔蘭の足が止まり、小太刀をゆっくりと前に構える。
それは、絶妙なタイミングだった。
焔蘭がその恐ろしい脚力で地面を蹴ろうとした瞬間、それを制するようなタイミングでレノの口が開く。
「ボクに、もう近づかないほうがいいですよ」
「ほぅ、なぜだい?」
力を込めていた足から少しづつ力を抜き、焔蘭が問いかける。
その口調には絶対の自信がみなぎっていた。まるで「お前はビルで俺の動きがまるで追えていなかった、俺がお前に負ける要素はない」とでも言いたいかのように。
レノは右手でウェズを抜くと、そのだいぶ短くなった刀身を見ながら答える。
「相棒が、怒ってますんで」
「相棒?その刀のことか?刀が怒ってるとはいよいよ追い詰められて幻聴でも聞こえたか?」
「幻聴じゃないですよ、ウェズはボクの体に傷がつくのが嫌いで、傷つけたあなたが嫌いみたいです。ボクは別に気にしないんですけどね」
「何を言ってやがる。そういえばその刀、前は随分と長かったが、さっきの倒壊で折れちまったようだな」
「ウェズは折れませんよ。ただ怒っているだけです」
その答えを聞いた焔蘭は、やれやれといった様子で首を振り、再びその両足に力を込める。
「話は終わりにしよう。ここからは狩りの時間だ、お互いがお互いの命を狩る時間」
数時間前のビルの中と同じように、焔蘭の姿が消える。
レノはそれを探すこともせず、山から少し離れた開けた場所にウェズを持って立っていた。
「今からでも遅くないのでこのまま逃げてくれませんか?ボクに近づくと……」
「うるせぇ!話は終わりだといっただろ!一瞬で殺してやるよ!」
レノの左後方、突如現れた焔蘭は目の前の対象、その左胸に向けて小太刀を突き立てた。
「………うわぁぁぁぁあああああああ!!」
次の瞬間、瓦礫の山の中に響き渡った悲鳴は、レノのものではなく、今さっきその背中へと刃を突き立てた焔蘭のものだった。
両手両足には黒い刺のようなものが突き刺さり、その眼は目の前を強く睨んでいる。
焔蘭の視線の先には、遮光カーテンのような真っ黒な人間状の物体が立っていた。
その黒い塊からはあらゆる方向に対し、無数の刺が伸びている、そしてその刺は一瞬にして人型の本体の中へ引っ込む。
「だから近づかないほうがいいって言ったのに……」
黒い塊が上から徐々に溶けていき、中からはレノが現れる。
元の大きさに戻ったウェズを背中の鞘にしまうと、未だレノを睨み続ける焔蘭の前にしゃがみこんだ。
「早く……殺せ……」
十数本の刺に貫かれた手足からは血が流れ、息も荒い。
それでもレノを掴もうと伸ばされた右手は、ウェズの鞘から現れた黒い刺によって再び地面に縫い付けられた。
「ボクに、人殺しの趣味はありませんし、あなたを殺したいほど憎んでいるわけでもありません。ボクらは街から出ていきますので、死にたければご自由にどうぞ」
「今まで自分を殺そうとしていたやつを殺さないだと?お前、とんだ甘ちゃんだ……」
焔蘭はそれだけ言うと、地面に突っ伏し、意識を失ったようだった。
両手足に刺さっていた黒い刺はいつしか消え、その傷跡は黒いかさぶたで塞がれていた。
「ボクは知ってますよ。前のビルの中、殺さないようにあえて急所を狙ってこなかった甘ちゃんを」
旅人が去って数日後
崩れかけた街の中に墓標が立っていた。
木材で作られた十字架には七つのペンダントがかけられ、風に揺れている。
「ダンナ、すいません。仇はとれませんでした」
■ ■ ■ ■ ■
「それにしても、びっくりしたね」
「うん、びっくりした」
旅人は風に髪を揺らしながら道を歩いている。
「まさか、とは思ったけど、本当にあるとは」
「牛乳分の価値はあったね、ケチらなくてよかった…」
進む先に、次の街はまだ見えない。
旅人はゆっくりと後ろを振り返り、少しだけ微笑んだ。




