栄えた街の話 -prosper Aquitanus patria-
「おぅボウズ!!いい食いっぷりだな!これも食え!」
城門の中、人が何十人も寝ころべそうな大通りには屋台が所狭しと並んでいる。
その一つ、屋台の前に置かれたテーブルに一人の旅人が座っていた。黒いコートに黒いグローブ、背中に吊られた刀は座ると地面につきそうなほど長い。
幼い顔立ちをした旅人の前には、大量の料理が並べられていた、鶏肉に衣を付け揚げたものに甘酸っぱいタレを絡めたもの、数種類の野菜を細かく刻み専用の皮に包んで揚げたもの、国特産紫色の甘藷を使ったタルトなど、高く盛られたそれらによって正面からは誰がそれらに手をつけているのか確認できないほど。
「ありがとうございます……これ、すごくおいしいです。もう一皿もらってもいいですか」
「任せとけぃ!」
「レノ、まだ食べるの……死なない?」
旅人の横にはすでに平らげられた皿が積まれていた。たった今料理を持ってきた店主は意気揚々と料理を作りに戻る。そんな旅人の後ろ、吊られた刀から呆れたような声が響いた。
「レノ、まだ食べるの……死なない?」
「まだ、大丈夫。ウェズも食べる?」
「なにそれ嫌味?」
レノと呼ばれた旅人は話しながらも両手と口を動かし続ける。
積まれた皿が十五を超えた頃、ようやくその手が止まった。
「ふぅ……本当においしかった……」
「そうだろう!俺の料理はこのアメティでも三本の指に入るからな!」
幸せそうな顔でお腹をさするレノがこの街を訪れたのはわずか数時間前、簡単な審査を終えるとすぐに城門は開き、中へ通された。
それからはあっという間。入ってすぐの大通りに入った瞬間、複数の男に囲まれ食べ物を渡された。レノは毒が入っていないことをウェズに確認すると、それらに口を付け、感想を述べた。すると、その中で一番気に入った料理だった男の店に招待され、今に至る。
「すみません。お金はないので何かと交換でお代を払いたいです。隣の国の工芸品やこの近くでは手に入らない宝石、薬草や……」
「そんなもんいらねぇよ!ボウズこの国は初めてか?」
店主の男は豪快に笑った。
「この国ではな、ツケができるんだ。メシを食っても、何か買ってもその場では何も払わず、後でまとめて払う、店としてはツケの分だけ客が来てるってことだから、人気の証明にもなるってもんさ!」
「じゃあさ、おっちゃんは料理を作ってもお金が入らないんだよね。どうやって材料を仕入れてるの?」
ウェズが聞いた。
「簡単な話さ!俺も肉屋や魚屋からツケで食材を買ってるのさ!」
「じゃあそのお肉屋さんとか魚屋さんはどうやって仕入れてるの?」
「畑や海で働く奴隷からからツケで買っているんだろ?そこまで俺は知らんよ」
男はさも当たり前のようにそう言った。
「奴隷?この街には奴隷がいるんですか?」
レノが膨れたお腹をさすりながら言う。
「あぁ、数百年前からいるな。今も増え続けてるよ、この街では一度奴隷に落ちると二度と市民には戻れないからな。みんな必死だよ」
「この国全体の食料を賄うって奴隷さん相当な数いるんじゃない?」
「そうだな!増え続けてもう全住民の半数ほどに増えたかな」
「でも、街の中にはいないみたいだね」
ウェズはそう言った。
レノは周囲を見回したが、辺りには男と同じようにエプロンをした人や食事をとりに来た人しかおらず、身分の違いは感じられない。
「奴隷はみんな街の隅に追いやってる。こっちに入ってくることなんてできないさ。まして奴隷はツケもできない、こっちに来る意味なんてないのさ」
「ふ~ん、でもそれってさ、一方的に奴隷さんに不満がたまるよね?まして人数も多いんでしょ?反乱とか起きないの?」
「起きるわけがないさ!奴らにそんな勇気はない!あるのは食料を得るために働く体と仕事を覚える最低限の脳みそだけさ!」
それだけ言うと、男は店の中へ戻っていった。
レノは店に背を向け歩き出す。
「レノぉ、このあとどうするの?」
「腹ごなしに歩きながら、必要なものや高く売れそうなものを探す。あったら買う」
「ツケで?」
「もちろん。もらえるものはもらえるだけもらおう」
その後レノは、もらえるものをもらえるだけもらい、食べるだけ食べると、すぐに街を出た。
■ ■ ■
「珍しいね、もっと長居すると思ってた」
地面を固めただけの簡単な道を歩きながらウェズが言った。
レノは街を出る直前にツケで買った串焼きを食べながら歩いている。
「ん。まぁ名残り惜しかったけどね、それよりも怖かったんだ」
「ツケを払えって言われるのが?」
「それもあるけど………一番は違うかな」
「反乱?でもおっちゃんが絶対無いって言ってたよ?」
「ウェズは、お腹が空いたことがあるかい?」
「え……刀はお腹空かないよ?」
レノは串焼きの最後の一つを口に入れると、もぐもぐと口を動かす。
「でも、この世の中にはお腹がすく刀があるかもしれない」
「まぁ、喋る刀がいるくらいだからねぇ……」
「つまり、そういうことなんだよ」
「ん?ちょっとわかんない……」
「自分の常識は人の常識じゃないってことさ、蔑まれたことがないのに、無碍に働かされたこともないくせに、街の隅に追いやられたこともないくせに………」
そう言うレノの目は、少しだけ闇を魅せていた。
「奴隷になったこともないのにわかった気でいるのは愚かだよ。きっと彼らは、自分が蔑んできた人々からツケを払わされることになる」
「それは明日かもしれないし、何十年も来ないかもしれない、いつになるのかは誰にもわからない」
レノは一人、ゆっくりと歩いていく。
その姿は地平線に消え、見えなくなった。
旅人の姿がきえた街では変わらずに屋台が繁盛していた
奴隷は変わらず働き続ける。
自身の欲望に忠実な人間はその奴隷の目が持つ光に気づかない。
……数日後、その街は地図から消えた。




