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選択する神 -Deus eligendi- 序

挿絵(By みてみん)



 緑色の海の中に、一本の茶色い線が伸びていた。

それは、土を固めただけの簡単な道で、周囲には膝丈ひざたけほどの草が風によって踊るように波打っていた。周囲に木は一本も見えない。


 道の真ん中に、一つの人影があった。他に人や動物の姿は見えず、その人影は、道なりにまっすぐ歩いている。


 旅人の顔は若く、十代の半ば程に見える。肩のあたりで切りそろえられた薄青色の髪が、風によってなびいている。黒いロングコートを着て、それが風ではためかないよう、ベルトを使って腰のあたりで留めていた。

両手には黒い手袋をはめ、黒いパンツにブーツ、服装は黒一色、緑色の草原では、いやでも目立っている。


そして、背中には自分の身の丈ほどもありそうな長い刀を背負せおっていた、それはコートと同じように柄から鞘の先まで黒色の刀。


「いい景色だ………こんな景色が見られるなら、やっぱり旅も悪くないね」


 旅人が、口を開いた。その声は少年のような、しかし少し高い声だった。

目の前には彼方まで広がる広大な草原が風に揺れている。空の青と草原の緑、その二色だけで作られた世界がそこにはあった。


「そうだねぇ。レノが旅をしなかったら、一生見られなかった景色だよ」


 別の声が答えた。今度は更に幼い、男の子のような声。

答えたのは、背中に背負っている刀だった。レノと呼ばれた旅人は話しながらを進める。


「そろそろ次の街が見えてくるはずなんだけど。 ……見える?ウェズ」

「見えない。でも、道の土が硬くなってきてるから、近いと思うよ」


 ウェズと呼ばれた黒い刀が答える。


「なんで土が硬くなると街が近いってわかるの?」

「土が硬いってことは、人とか乗り物が多く通ってるってこと、だから街が近いってことさ」

「なるほど………」


 小高い坂を登りきると、その言葉を証明するかのように、高くそびえる城門が確認できた。

灰色の城壁は左右へと伸び、カーブして円を描いている。その湾曲具合から国の広大さが見て取れる。


「エリッジ様のおさめる国へようこそ!!旅人さんは久しぶりです!!歓迎いたしますぞ!!」


 レノを見るなり必要以上に大きな声で歓迎かんげいした門番は大した審査もせずに、すぐに門を開けた。城門の中には、完成された町並みが広がっていた。何本も並ぶ整った道路、所々に作られた緑豊かな公園と、歴史のありそうな建造物が、一目見てわかるほどに美しく作られている。街の中でも旅人は珍しいのか、好奇こうきの目で見られ、時に声をかけられる。


 一人の少年はそんな観衆の中に紛れるようにしてやってきた。

少年は、テトテトっとレノの前までやってくると


「旅人さんは、神様のこと好き?それとも、嫌い?」


 唐突にそんなことを口にした。


「ボクは、この国の神様に会ったことがないから、わからないな。……君は?」

「嫌い!だって、神様のせいでお兄ちゃんが大変そうだもっ………!」


 少年がそう言った瞬間、母親らしき人が現れ、一瞬にして子供抱きかかえ、連れて行った。


「なんだったんだろう……」


 その後、レノは歓迎ムードの人々に、値段が高くなく、シャワーがついているホテルがないかたずね、住民に案内されたホテルへと足を向けた。

食堂で食事をとり、シャワーをびたレノは、休憩もそこそこに再び街へ繰り出した。


「レノ、休まないの?疲れてるでしょ」

「大丈夫。お金もないし、仕事でも探しに行くよ」


 世界に点在する国々では、旅人の為の仕事が集まる場所、一般的には”依頼所いらいじょ”と呼ばれる施設が存在する。集められる依頼は一般家庭の猫探しのようなものから、国家単位のものまで幅広い。

旅人はその依頼をこなすことによって、路銀ろぎんかせいだり、旅に必要な物資ぶっしを得たりする。


 依頼所の中には、依頼を受けるための受付と、簡単な談笑だんしょうするためのスペース、そして、巨大な黒板のような形をした依頼板があった。

依頼板には、大小さまざまな大きさの紙が貼り付けてあり、手書きの依頼書が、所狭しと並んでいる。


「それなんてどう?楽そうだよ。」


 ウェズが示したのは『急募!家事お手伝い!調理、洗濯できる方!優しい方待ってます‐南町 コリル一家‐』


「却下。………そうだな………これにするよ」


 レノが選んだのは『凶悪な山賊を退治してください。謝礼は弾みます  ‐国家守衛隊‐』


「またレノは……もう少し平和な依頼じゃダメなの?」

「こっちのほうが効率がいいから。それにボクは……」


 そんな問答をしていると、そこに青年が近づいてきた。青年は小走りで近づいて来ると、レノの顔を見て言う。


「さっき来た旅人さんだよね。その依頼、俺に譲ってくれよ」


 青年は軍服のようなものを着込み、腰には剣をさげていた。その体は筋骨きんこつ隆々(りゅうりゅう)といった様子ではないが、きたえられて引き締まっている。


「俺はラスティ、坊やにその依頼は難しいんじゃないかな?相手は本物の山賊だぞ?」

「知ってます、大丈夫です。―― それにボクは”坊や”じゃありません、レノです」


 レノはそれだけ言うとスタスタと受付へと歩いていく。

ラスティが後ろから話しかけるが、レノは意にも介さず手続きを済ませ、山賊の出没するとされている場所を聞くと、すぐに依頼所から出て行った。



 ■ ■ ■ ■ ■ 



「レノ、気づいてるかもだけど……」

「うん、ついてきてるね。めんどくさいなぁ………」



 山には、たくさんの木々が並んでいた、道はその木々の間をうように、くねくねと続いている。レノが進んでいくその後ろ、木のかげに隠れるようにしてラスティがついてきていた。

しかしその尾行はかなりずさんで、時折「うわぁっ」「やばっ」と声が聞こえてくる。レノはそんなラスティにため息をつくと後ろを振り返り、慌てて隠れたラスティに声をかける。


「すいませんけど、ついてくるの、やめてくれませんか。」


 ラスティは木の陰から出てくると悪びれもせず笑顔を浮かべる。


「なんだ、バレちゃったか!坊や、なかなかするどいんだな」

「ラスティさん、帰っていただけますか?邪魔です」


「そんなつれないこと言うなよ坊や、俺も一緒に……」

「ボクはレノです。”坊や”じゃありません」


 ラスティの言葉をさえぎるようにレノが言う。しかし言われた本人は気にした様子もなく、


「俺も連れてってくれ!」


 なんのひねりもなく、再度同じ言葉を繰り返す。レノは少しあきれた様子を見せ、男に背を向けて歩き出した。


「付いてきたければ、自由にしてください。ただ、報酬はボクの総取そうどりですよ?」

「もちろんいいとも!ありがとう!」


 ラスティは意気いき揚々(ようよう)と小走りでれのに追いついてきた。ニコニコとした様子でレノの横を歩く。

「どこから来たの?」「何歳?」「その刀は坊やの?」ずっと喋っていたラスティだったが、レノが何も答えずに無視していると諦めたのか、少し拗ねた顔を浮かべながら無言でレノの後ろを付いてくるようになった


「……やっと、やっと俺の夢が叶うぞ…」


 ラスティのつぶやきは森の音にかき消され、レノには聞こえていないようだった。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■



 木の影から、四つの目が覗いていた。視線の先には、小さな広場のようになっている場所にテントが張られているのが確認できる。近くで二十人ほどの人影が確認できる。

二十いる人影の内、十二人は目隠めかくしと猿轡さるぐつわ、さらに手足を縄でしばられて、ひとかたまりに座らされていた。その前に立っている八人はそれぞれが手におのなたのようなものを持ち、座っている人たちをニヤニヤと笑っていた。

 なにか話しているようだが、レノのいる場所からその声を聞き取ることはできない。


「あれが山賊共か……」


 レノのとなりの木から広場をのぞきこんだラスティが言う。


「ちょっと待て、捕まってるのは街の人たちじゃないか!早く助けないと、奴らはきっと殺すつもりだ!」


 飛び出そうとしたラスティをレノが片腕を伸ばして制止せいしする。


「ダメです」

「なぜだ!街の人たちが死んでもいいのか!」

「今、山賊さんたちはかなり警戒けいかいしています。今行ったら囲まれて終わりです。」


 レノは淡々と言葉を続ける


「捕まっている人達に、死んで欲しいわけではないですが、ボクが受けた依頼はあくまでも山賊さんたちの殲滅せんめつです。街の方々の保護ほごは依頼されていませんので」

「だから見捨てろってのか!」

「ボクは自分の身が一番大切です。ボクらが死んだらすくえる命も救えなくなりますよ。今は、少し様子を見ます」

「くそっ…………」



 その顔には一部いちぶの迷いもなかった。

ラスティは腰の剣から手を離すと、しぶしぶと言った様子で、再び木の後ろへと身を隠した。



「「ギャハハハハハハ!!」」



 その時、ひときわ大きな笑い声が響いた。

 少しだけ警戒を緩めた山賊たちは、捕らえられ、震えている人達の前でジャンケンをしている。そして、勝ったらしい一人が、母親らしき女性の近くに座っていた少年を引きずるようにして数歩前へ出させると、いきなり、持っていたなたを使い、少年の首を切り落とした。

そこにためらいなど、感じられなかった。

 切り落とされたは首からは止めどなく血が溢れだし、体は二、三度ビクンッ跳ねると、動かなくなった。

それをやった当人は満足そうに、血がしたたなたを振り回している。まるで、ゲーム感覚。そこには何の意味も罪悪感ざいあくかんもない。

 山賊たちは、更に笑い、再びジャンケンはじめた。その顔は、新しいおもちゃを与えられた子供のように笑顔だった。


「すまん、坊や。俺は、もう限界だ。俺には、あのくらいの歳の弟がいるんだ。あんな奴ら、俺が全員殺してやる」


 そう言うと、ラスティは木の影から飛び出して山賊たちのもとへ駆け出す。

 

ジャンケンに夢中だった山賊たちがラスティに気づいたのは、すでに彼が眼前がんぜんまでせまった時だった。


「らぁぁあああ!!」



 一太刀ひとたちで一人の山賊の首を落とすと、返す刃でもう一人の腹を突き刺す。



 そして少し距離を取ると、再び剣をかまえ直す。

レノのいる位置から、ラスティの表情は見えないが、背中には鬼気迫ききせまる何かが見えるようだった。



「おっちゃん、かっくいぃーー!一人で勝てちゃうんじゃない?」



 ラスティの前では口を開かなかったウェズが、緊張感きんちょうかんのない声で言う。



「どうかな……あの人数差だ。かこまれたら、厳しいかもしれない」



 レノの言葉通り、山賊は慣れた足の運びで、距離きょりを取りながらラスティにの周りを囲んでいく。

その表情は仲間が死んだ悲しみや怒りよりも、新たな獲物えものを見つけた楽しさに笑っているようだった。

 山賊たちはゆっくりと、しかし着実にラスティに近づき、各々の武器をふるう。囲まれたラスティは致命傷こそ受けないよう奮闘しているものの、その顔は険しく、腕や足に傷が少しづつ増えている。



「いーの?レノ、おっちゃんこのままだとやられちゃうよー?」




「しょうがない、二人削ってくれたし、あのくらいならなんとかなるかもね………いくよ、ウェズ」


「あいあいー」




 ウェズの緊張感のない声が発されたと同時にレノが地面を蹴り、駆ける。




 その時すでに、ラスティ左手、右足から流血し、地が滴っていた。剣は右腕一本で振るっている。息も荒く、目に見えて疲れているのがわかるようだった。

残り六人の山賊は、ニヤニヤと笑いながら、ラスティの近くを取り囲み、近づくスキをうかがっている。



「………助けに来ましたよ。お兄さん」



 レノは一瞬いっしゅんで山賊の背後に回ると、抜刀ばっとうと同時に一人を上半身と下半身、二つに分ける。

一瞬にして身長が半分になった男は、何が起こったのかわからないまま、地面へと血だまりを作っていった。


 そして、横にいた小柄こがらな男を、一太刀で、頭から足まで切り裂く。


「…………あと四人」



 短く息を吐くようにして、地面を蹴り、ける。

そこまで来て、ようやく、レノの存在に気づいた山賊たちだったが、一人は武器を構える前にその両腕を切られ、胸に刃を突き立てられていた。



「よくも!俺の仲間たっ……!!」



 あごから上を無くした男が噴水ふんすいのように血をき出しながら、倒れる。



「うおぉぉおおおおおあああ!!」



 背後から渾身こんしんの力で振り下ろされた手斧ておのを、レノはわずか半歩分だけ体をずらしてける。

斧を振り切り、勢い余った男はその場で前のめりによろけると、すぐにレノの方へ向き直ろうと顔を振る。



 しかし、その目が再びレノをとらえることはなかった。

きれいに首を切り落とされた男は、そのまま数歩だけふらふらと歩くと、血だまりに倒れている仲間につまずいて倒れ、動かなくなった。





 わずか数秒の間に五人の山賊を肉のかたまりへと変えたレノは、ウェズをひと振りし、その血を振り払う。

人の骨や肉をなんの抵抗ていこうもなく切り落としていく。その切れ味は異常いじょうだった。



「ひ、ひぃぃいいいい!」



 最後の一人、最初に住人の首を切り落とした男はレノに対してラスティを挟んだ向こう、少しだけ離れた場所に立っていた。



「ひぃっ!!」



 レノがその男のほうを向くと、男は一瞬だけ顔を恐怖にゆがませる。

そして、何かをさとったように



「どうせ殺されるなら………お前の仲間も道連れだ!!」


 ブツブツと何かをつぶやきながら、持っていた鉈をしゃがみこんでいるラスティに向かって振り下ろした。

鉈は顔面に向かって振り下ろされたが、ラスティが顔を守るために持ち上げた左腕によって、少しだけ方向を変え、その腕を切り落としながら、ラスティの左脇腹(わきばら)へと食い込んだ。



「がぁぁああああああああ!」


 痛みによってもだえるラスティを見た山賊は、満足そうに恍惚こうこつとした表情を浮かべる。


「ふへっ…………へへへへへ…………俺はてめぇには殺されねぇ……ふへへ」



 自らの腰からナイフを抜き取ると、それを自分の首へと持って行き、笑顔を浮かべたまま喉笛のどぶえを切り裂くようにして、自害した。



 ラスティは山賊が自ら作り出した血だまりの中に横たわっていた。その表情は青ざめており、血の気がない。

レノはラスティに駆け寄ると、彼のリュックから包帯などを取り出し、止血を試みる。

しかし、切り落とされた左腕と脇腹からの出血は止まらず、周囲の地面は彼の血を吸って黒くなっていった。



「誰か、山賊さんのテントから止血剤しけつざい包帯ほうたいを持ってきてください。早く!」



 レノは一人の男性をナイフで解放するとそう叫んだが、男は周りの人たちを解放するばかりで、誰ひとりとして、テントへ向かう者はいなかった。やがて、全員を開放し終えた中年の男性が口を開く。


「彼は、死ぬよ。我々には、どうすることもできない。」



 中年の男はそう言ったきり、うつむいて喋らなかった。



「確かに、わたしたちを助けてくれたのは、レノと、そしてラスティだ。でもね、彼は死ななければならない。わたしたちに彼を助けることはできない。」



 中年の男の話を引き継ぐようにして、白髪の混じった老人が、少しづつ前に進みながら話し始める。次第しだいに冷たくなっていくラスティをあわれむように見ると、老人はレノを見据えて口を開いた。




「旅人の君にはわからないだろうね。彼は、――――――――――神に選ばれた者なんだ。」







----------to be continue



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