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吸血の旧神 -Lamia regionis- 結

ルーラーの髪を数本散らしながら、ロッゾの剣が虚空を切った。

先程までその場所にいたはずのシュゲンの姿はもうない。


「フハハハハハハ!!なかなかの美味であったぞ!!」


シュゲンは再び椅子に座っていた。口元についた赤い液体を拭うと、両手を広げその賛美を口にする。


「ルー!大丈夫か?」


「えぇ、体は動くわ。でも……」


ルーラーは自分の首筋に手を当てうずくまる。その手は小さく震えていた。

噛まれた箇所からは細く血液が流れ出ていた。


「ほう……この私に噛まれてまだ動くか。流石だな、ただの住民とは違うというわけだ……」

「やはりあなたが、この街をおかしくしたのね……」


「そうだ、と言いたいが、少し違うな……」


シュゲンはそこで言葉を切ると、椅子の上に立ち上がる。


「私は”おかしく”したのではない!人間をより高次の生き物へと進化させたのだ!

彼らに人間のような食事という行為は必要ない。

ただ周囲に生えた植物や生物から養分を吸収すれば良いだけだ。吸収する方法はなんでもいい。触ったり嗅いだり、先ほどの私のように直接食したり。

それこそ地面からでも養分を吸収できる我らに生き物から養分を吸い取る必要はないのだがな」


椅子を飛び降りたシュゲンはゆっくりとした足取りでふたりへと近づく。


「まぁ日光に弱いのがちと難点だがな。

それでも住人どもには高次の生き物にしてやった私に感謝してもらいたいものだ。

そこの女、良かったな、貴様もあと三十分ほどで高次の生き物へ生まれ変われるぞ」


「おい、ルー……おまえ……」

「問題ないわ、三十分以内にあいつを倒せばいいだけでしょ」


ルーラーは懐からこぶし大の爆弾のようなものを取り出す。

無言で交わしたジェスチャーは”十五秒後””左から”の二つのみ。彼らにはそれで十分だった。


「なんだ男、貴様も我々と同じになりたいのか?それならば諦めろ、私に男を噛む趣味はない」


「そうかい、それは良かった。俺も男に噛まれる趣味はないんでねッ!!」


ロッゾが駆け出す。右手はすでに刀へと添えられていた。

シュゲンは左手を突き出した、その口元は醜くゆがんでいる。


「まだ歯向かうか、人間。貴様の剣で私は斬れんぞ」


その時、ロッゾを追い抜くように黒い物体が横切った。それは先程までルーラーが握っていた爆弾、地面に落ちたそれは大量の煙を吐き出した。


もうもうと煙が充満する中、シュゲンとロッゾの声だけが聴こえる。


「なかなかやるな人間。しかしこれでは条件は同じ、貴様も見えまいよ」

「よかった。神でも煙玉は効くんだな。俺たちが唯一怖かったのは、お前がこの煙の中でも変わらず見えるてことだけだったんだよ」

「何を言うか……この煙が晴れたならば貴様の半身をすぐさま消してやろう」


シュゲンにとって、このくらいの煙はただ煩わしいだけだった。多少視界は遮られるものの、人間よりもはるかに”視る”という点において優れている神の眼は確実にこの生意気な男剣士よりも早く対象を捉えるであろう。

人間に遅れをとるはずがない。そう考えていた彼が、その首に冷たい刃が当てられたのに驚いたのは言うまでもない。



「男貴様ッ!!なぜ私の場所がわかった!」

「どーせお前は自分の方が眼がいいから、とか余裕こいてたんだろ?だから近づいてくる俺の足音にも気づかねぇんだよ。

お前が出してたデカイ声はわかりやすかったぜ?相手の位置ってのはな、見るんじゃねぇ感じるんだ」



ロッゾの刀が振りかぶられ、神の首を切り落とす。


―――――はずだった。


刀は神の薄皮さえも切ることなく、その肌によって止められている。

驚きを隠せないロッゾに対し、シュゲンはゆっくりとした動作で、自身の首に当てられている刀を掴むと、いとも容易くそれを折った。

刀を半分の長さに折られたロッゾは、煙の中を脱し、ルーラーの横へと戻る。


「仕留めたの?」


そう聞いたルーラーはロッゾの刀を見て息を呑む。

まさか”斬れない”などとは思わなかったのだ。


「残念だったなぁ……神は神にしか斬れないのだよ」


顔を合わせる二人の背後に、シュゲンはいた。

そしてその口を開け、ロッゾの首筋へと噛み付く。


「ぐっ……!!」


ロッゾが顔を上げる頃にはすでにシュゲンは消えており、煙が晴れるといつもの椅子に座っているのが確認できた。

そのシュゲンが再び声をあげる。


「本来男を噛む趣味はないのだがな、私の背後をとった人間は貴様が初めてだ。

褒美に貴様も私たちの仲間入りだ、どうだ嬉しかろう!」


「反吐が出るね」


ロッゾはそう吐き捨てる。その首筋からはルーラーと同じように血が流れていた。

ルーラーが噛まれて約十分、残り時間は二十分だが、それがしっかりと守られる保証もなければ、その前に何かしらの症状が出る可能性だってある。


二人は焦っていた。


しかし決定打がないどころか傷一つ与えられていないのが現状、相手は目に見えない速度で移動し、まして着ることもできない。


まさに手詰まり。二人が悩んでいると、遥か上の方から音が響いた。

次いでガラスの破片が誰もいない空間に降り注ぐ。その場にいた全員が上を見上げると、小さな人影によって、二枚目のガラスが割られるところだった。


割られたガラスはまたも誰もいない場所へと落ち、盛大に音を立てる。自分の割った場所から顔を出す少年はロッゾとルーラーの知った顔、街で出会った少年ファーだった。


小さな少年は鉄パイプのようなものを握り、精一杯ガラスを叩いている。遠く離れた地面から表情を伺うことはできないが、ただのガラスではないらしく、何度も何度も全力で自分の腕ほどもある鉄パイプを振り下ろすその表情には疲労の色が浮かんでいた。



「やめろ貴様!!ここをどこだと思っている!私の城を壊す気か!!」


シュゲンはひどく焦っていた。自分の首筋に刃を当てられた時以上の動揺が見て取れる。ガラスを壊す人影を殺しかねないような目で睨んでいる。


そして五枚目のガラスが割られたとき、ついにシュゲンが動き出した。


「やめろと言っておろうが!!!!」


目に確認できないほどの速さを誇るその脚力は垂直に建てられた壁を蹴り、シュゲンは遥か上まで登っていく。

そしてガラス一枚隔てた先にファーを確認し、その方向へ右手をかざしたとき、六枚目のガラス、シュゲンの目の前にあったガラスが割られた。


「グガァアアアアアアアアアアア!!!」



そこから挿した光を浴びた瞬間、シュゲンは苦しみ、再び地面へと落下する。

落ちてきたシュゲンはすぐさま転がるとガラスの落ちていない場所で立ち上がった。その体からは、薄く煙が上がっていた。


「この天井は特殊なガラスなんだ!!」


上からファーの言葉が落ちてくる。必死なその声はスタジアム中に響いた。


「ここから入った日光はこのガラスで吸血鬼にとって無害な光に変えられるんだ!だから……」

「うるさいぞ小僧!!」


シュゲンが放った光線はファーの前髪をかすり、遥か彼方へ消えていった。

自分で割ったガラスの隙間から顔を出していたファーは光線の余波で楕円状の天井を滑っていく。淵ギリギリで止まると、再び中央付近へと進もうと手足を動かす。


「ファー!早くそこから降りなさい!」

「え…でも…」

「早く!」


ルーラーの声が響く、ファーは一瞬戸惑ったものの、すぐに引き返し、淵まで行くとその姿は見えなくなった。


「まさかまだ人間が残っていたとはな。今夜は久しぶりに街へ出てみるか……。あの小僧は同胞にするまでもない、殺してくれる。私の城を傷つけることは誰であろうと許さん」


そう言うと、シュゲンはロッゾとルーラーへ向き直る。


「そうだ、貴様達にも協力してもらおう。なに悩むことはない、自我などはいらないのだ。ただ私の傀儡くぐつになれば良い」


「あら、ごめんなさい。そのプランは残念ながら決行されそうにないわ」


「む?」


ルーラーは悪戯な笑みを浮かべ腰のポーチから何かを取り出す。


「だって、あなたはもう死ぬもの」


ルーラーが軽く投げたそれをロッゾが上空遥か、天井まで打ち上げる。


「なっまさか!!すべてのガラスを破壊する気か!!!」


「そのま・さ・か、なのよねぇ…」


その爆弾が破裂する寸前、シュゲンの放った光線が見事それへと直撃する。ガラスは一枚割れたが、黒焦げになったそれは、煙を吹き出しながら落下し、爆発することはなかった。


「ふはははははは!どうやら失敗に終わったようだな!」


シュゲンがそう言い、二人の方を振り返ると、ルーラーは余裕の笑みを浮かべている。


「あら?何を見てたのかしら。成功よ?」


その手には大量の爆弾。


「まさか!!」


天井は、未だ煙を吹き出しながら落下してくる煙玉によって大量のモヤに覆われていた。

そこへ次々に爆弾が打ち上げられる。


「あの煙の中はお前にも見えないんだろ?」


次々に爆発した爆弾が煙を晴らし、ガラスを破壊する。数十秒続いた爆発が収まると、煙は全て晴れ、ガラスはほとんど残っていなかった。


「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


先程よりも大きな悲鳴をあげながらシュゲンは苦しみ出す。

全身から煙を吹き出しながら苦しむ姿に先程までのような素早さはない。


「ハァッ…ハァッ……貴様らだけは殺す!!」



シュゲンがロッゾへ向かい、走り出す。その速さは目で追えないほどではなくとも十分に人間や動物のそれを凌駕していた。

牙を剥き出しにし向かってくるシュゲンに対し、ロッゾは動こうとしない。刀を両手で構えたままの姿勢でただ立っている。



「速さは多少落ちたが私は神!私の肌は人間には斬れぬ!!死ねぇ!!!」



次の瞬間、シュゲンは死んでいた。

左目に刀を突き刺され、顎を無様に開きながら息絶える姿に出会った頃の覇気はない。



「いくら硬かろうと、俺は目と舌が斬れない生き物と会ったことないんでな」


ロッゾは神だったものに突き刺さった刀を抜くと、そこに付いた血を払い、鞘に収める。

地に伏せたまま動かないシュゲンの体は日光にさらされると、煙を上げ、やがて消えた。




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旅をする男女、男の方は腰に刀を差し、薄汚れた着流しを羽織っていた。女は布がかなり少ない着物を身に付け、腰のポーチからはいろいろなものが詰まっている。


そしてその間をひとりの少年が歩いていた。

男のそれよりもはるかに汚れたシャツとパンツを身に付け、顔は泥で汚れている。


「次の街で置いてくからな。ったく、どれだけ大変だったと思ってるんだ」


そう口を開いた男は少年のペースを考えずスタスタと歩いていく。


「それまでは、よろしくね、ファー」


女性は少年の手を引き歩き出した。

ファーと呼ばれた少年はその手を握り返し笑顔で歩き出す。




三人の背後には、かつて街だった物が広がっていた。

建物はすべて破壊され、そこには家などの建築物は見受けられない。生き物のないその場所に無数の石が立てられていた。それはまるで墓標のように。


すべての建物を破壊するのに丸一週間、街一つ破壊し尽くすのはそれでも驚異的な早さなのだが、ロッゾはそれでも遅いと文句を言った。

そしてその壊した家の資材を使って街の住人分の墓標を立てるのに丸二週間。近くの森や湖で野宿をしながら続けられたそれらの作業は少しづつ固まった少年の心を溶かしていった。




大きな二つと小さな一つ、三つの影は陽の光を浴びながらゆっくりと進み、やがて見えなくなった。

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