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吸血の旧神 -Lamia regionis- 転

崩れかけた街道に複数の人影。


男は黒い着流しを身に付け、腰には長い長刀を下げている。

横を走る女性は袖や裾の短い特殊な着物を身に付け、その指の間には細い針が挟まれていた。


その二人を後ろからかなりの数の人影が追いかけるように走っている。

三十人ほどいるその人影は全員がほとんど裸、目は血走り、手足の爪は刃物のように鋭く尖っていた


「ルー!埒があかねぇぞ!」


刀に手をかけたロッゾをルーラーが止める。


「この人数は体力を消耗するだけよ。今は逃げるのが先決」


ルーラーは腰に結えられた袋から刺のついたまきびしのようなものを取り出す。

それを地面に撒くと、ロッゾの袖をつかみ脇道へと入った。

先頭集団がまきびしを踏み、たたらを踏むように立ち止まると、その後ろに巻き込まれるように転倒する。

二人は数回角を曲がるとドアの空いていた家へと入り、ドアを閉めた。


ルーラーは天井を懐中電灯で照らすと、周囲に敵がいないか確認する。


いないことを確かめると、そこに腰を下ろし携帯食料を取り出した。長方形のそれを袋から出すと、半分にちぎり、片方をロッゾへと手渡す。


「コレまずいんだよなぁ…」

「文句言わない。効率よ、効率」


水分のない粘土のような食べ物を胃へと落とすと、ロッゾはドアを小さく開けて外を見る。


「うようよいやがる。何なんだあいつらは……」

「わからないわ。とりあえずはさっき逃げた少年を探しましょ、何か知ってるみたいな素振りだったわ」


「………それって僕のこと?」


二人が警戒するドアの反対側、先程確認したはずの空間から少年が現れる。


「よくあの集団から逃げ切れたね。強そうな見た目してるだけあるよ」


少年の雰囲気は昼間とはまるで変わっていた。

覇気のなかった体はしゃんと伸び、目には力が宿っている。少年はロッゾの刀を見ると、その鞘についた小さな血痕を指差す。


「誰か切ったんだね。意味なんてないのに」


暗がりの中にぼんやりと浮かぶ顔はどこか諦めたようで。ロッゾは少年へと近づくと、その手を引きずって自分たちのそばへ連れてくる。ルーラーに促されそこにしゃがんだ少年はふてくされたような表情を浮かべたまま喋らない。


「あなた、名前は?」


「……ファー」


それだけ言うとまた口を閉ざす。

ルーラーは下を向いたファーに優しく話しかける


「この国のこと、知ってるんでしょ?私たちに教えてくれない?」

「ヤダ。どうせ無駄だよ」

「お腹すいてない?これでもダメ?」


取り出したのはパンの中にチーズやハムを入れた簡単なサンドイッチ。

それを見た少年の目が輝く、数日間まともな食事などとっていなかったのだろう。よく見ると少年の頬は痩け、手足は健全な年頃の子供の何分の一かに見えるほど細い。


「そんなもんあるなら俺に食わせろよ!」


ロッゾの言葉を華麗に無視したルーラーはファーの眼前でサンドイッチをふりふりする。


「おかしくなり始めたのは、三週間ぐらい前からなんだ」


ルーラーがパンを手渡す。ファーはそれを大切そうに少しづつかじりながらポツポツと話し始めた。


街に異変が起き始めたのは三週間前。当初は子供が学校を休みがちになる、その程度のものだった。しかしそれが瞬く間に不登校になり、大人までもが職場を放棄することが多くなった。原因は不明、特徴的な症状は昼間動かなくなり、極端に日光を嫌う。

そして夜間になると活発に活動を始め、周囲にいる健全な人間を襲いだす。襲われた人は一定の潜伏期間を経たあとに発症、その病は原因もわからぬまま着々と街全体を蝕んでいった。


ファーは両親が感染した時点で家を出て、人気のない場所で隠れていたらしい。食料はお小遣いを貯めたものを使って買っていたが、4日前に底をつき、それからは野草や街の中を流れる川の水を飲んで飢えを凌いでいたらしい。


「ガキにしちゃあ大した根性だ……」

「原因は本当にわからないの?」


ルーラーの問いにファーは頷く。


「最初の頃はシュゲン様がみんなを治してくれるって言ってたんだ……でも……」

「シュゲン……この街の神の名前ね?」

「うん。でも最近は見てなくて…もしかして病気に……」


「んなわけないだろ。神は人間の病気にはかからない」


ロッゾは興味なさげに話を聞きながら刀を手入れしている。鞘についた血液はすでに乾いてしまい、なかなか落ちないようだ。


「一度その神様に話を聞く必要があるわね。どうせ門があの様子ならこの街から出れないのでしょうし、いっそのこと奥まで行きましょうか」

「そうだな」


身支度を始めた二人を見てファーは慌ててパンを飲み込んだ。


「僕も……っ!」

「留守番だ」


容赦のないロッゾの声が響く。


「外の方が危ないって分かってんだろ?俺らは明日の朝を待ってこの町の奥へ行く。お前は安全な場所を見つけて隠れとけ」

「そうね。食べ物ならもう少し分けてあげられるから。おとなしくしてるのよ?」




何もしないまま夜が明けていく。

感染した住人達は夜が明けるとすぐに元来た家へと戻っていく。三人が潜んでいた家にも二体が帰ってきたが、向こうがこちらを確認するよりも早く、ロッゾが斬り伏せた。


「じゃぁな。ちゃんと隠れてろよ」


「あっ………」


出て行く二人に手を伸ばすよりも早く、目の前のドアは閉じられる。

ファーはドアの前で俯き、ルーラーが置いていった携帯食料に手を伸ばした。




■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



街の中央部、そこには巨大な建物がそびえ立っていた。

円柱形をしたその建物はとてつもなく広く、その大きさはサッカーコートが三つ以上余裕で入ってしまうほど。一般的な家屋なら五階ほどの高さにある天井までは地面から吹き抜けになっており、ガラスの天井は陽の光を余すことなくとりこんでいる。


その広いスタジアムの中央に椅子が一つ。

どこにでもありそうな木製の椅子。装飾などは一切なく、ただ背もたれと座る面の二箇所に緑色のクッションが付けられているだけだった。


椅子には一人の男性が座っていた。

黒いスーツに黒い靴、全身黒い服装の男。髪は長く、全てが白く染まっていた。

顔を上げた男の目は真紅に染まり、その唇からは異常に発達したするどい犬歯が覗いていた。


黒衣の中に真紅の目を浮かべるその姿は


「吸血鬼……」


ドアを開け、中に入るなりロッゾはそう言った。

男はゆっくりとした動作で立ち上がり、大きく両手を広げる。


「私の名前はシュゲン!よく来た旅人よ!歓迎しよう!」


その声はスタジアム中に響く。

シュゲンは手を下ろすと、ゆっくりとルーラーの方へと足を動かしていく。


「諸君らも私の素晴らしい力を授かりに来たのだろう?いいぞ。私は誰にでも平等だ!」


二人とシュゲンの距離は二十メートルほど。

ロッゾは腰の刀に手を置きながら声を張り上げる。


「お前が何を考えてるかは知らねぇが、俺たちはこの街に何が起きているのか聞きに来ただけだ。お前の力なんぞを貰いに来たわけじゃねえ!」


「そうか…そうなのか…」


シュゲンは目に見えて落ち込んだように見えた。


「なんだ、あいつ?」


そして、よく事情が飲み込めていない二人が目を見合わせたとき、シュゲンはすでに目の前にいた。

目を離したほんの数秒で二十メートルを移動し、ルーラーの肩を掴む。


大きく開けられた口からは涎が滴り、その目は紅く見開かれている。


「……ならば死ねッ!!!」


ロッゾが刀を抜くよりも早く、ルーラーの首筋に牙が突き刺さった。



----------to be continued

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