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吸血の旧神 -Lamia regionis- 序

街は既に、荒廃していた。

 暖色のレンガで作られた家々は所々が剥がれ落ち、舗装されていたであろう道路も風化が進み、下の地面が露になっている。木々は一つの例外もなく枯れ果て、街の中に緑はない。風は乾燥し、生き物の気配は感じられなかった。


空高くを巨大な鳥が旋回し街の上を抜けていく。

 その鳴き声が響いたとき、半分壊れかけたドアが内側から蹴破られた。中から出てきたのは着流しを身につけた男、腰には二本の刀を差している。その目は細く、肉食獣のような鋭さをたたえていた。

 その後ろから出てきたのは妙齢の女性、引き締まった体に動きやすよう改良された着物を着ていた。袖は肩口から切り取られ、下も膝の上できれいに切り揃えられていた。帯は細く整えられ、女性の動きを邪魔しないように配慮されているのがよくわかった。


「ここでも、ないな」


男が口を開く。その顔には僅かに疲労の色が浮かんでいた。


「そうね。次に行きましょ、ロッゾ」


女性が先に立って歩き出す。ロッゾと呼ばれた男はその後ろからついていく。

近くにあった家の前まで来ると、そのドアノブを回し、ゆっくりと中へと入っていった。


「………っ!?」


玄関を抜けた先、広めの部屋には小さな光が二つ浮かんでいた。

琥珀色に輝く光は、怯えたように震えている。



「この子か?」

「………そうね」


ロッゾは刀に手を添えながら光る二つの点へと近づく。

部屋の奥へと逃げようとした何かを、ロッゾは掴んで引き寄せる。ロッゾ顔を見ながら琥珀色の目を揺らしているのは十歳にみたないほどの少年だった。


「だれ…ですか?」


手足は細く、顔は煤けて頬はこけていた。か細い声はこの静かな街だからこそ聞こえるほど弱々しかった。

白髪の少年はロッゾとルーラーを交互に見やる。


「俺たちは旅のもんだ。この街には依頼を受けてきた、隣国のお偉いさんがお前を保護したいんだとさ」

「私はルーラー。こっちはロッゾよ。怖くないからついてきてくれる?」


少年は少しの間考え、力なく首を振る。


「いい…いかないです。この街から出るのは怖いです。それに……どうせ無理ですし」


ロッゾは少年を離すと、ルーラーの方を振り向く。その目は「どうする?」と意見を求めているようだった。まるで、考えるのはルーラーの役目、と言わんばかりにロッゾの瞳は揺らがない。


「そうね……どうしてこの街から出たくないの?もうここには誰もいないのよ?」


二人に少年の保護を依頼したのは隣国の貴族、数ヶ月前に突然街から人が消えたという噂を聞き、たまたま街に訪れていたロッゾとルーラーにその真偽の調査と、もしそれが本当で、かつ生存者がいたら連れ帰って欲しいという依頼をした。

多額の前金を受け取った二人は隣国を訪れ、噂通り人がいなくなり荒れ放題になった街を探索していたのだった。



荒廃した街には今のところこの少年以外の人影はない。残っている食料で食いつないでいたとしてもそれらが尽きるのは時間の問題だろう。

近くの海から吹く潮風によって建物の風化は驚くべき速さで進み、古い建物は倒壊の危険さえある。


「でたくないんです。それに、みんなはまだいますよ?ただ隠れているだけです…」


よく意味がわからないといったように二人は首をかしげる。

いままで訪れた民家には人影は愚か、生活していた形跡さえなかった。机にはホコリが積もり、全ての窓は締め切られたままだった。


「ここにいたら、死ぬかも知れないのよ?それだったら……」

「いいんです……」


少年がルーラーの声を遮るように口を開く。その声は先程よりも大きく、熱を込めているよう。


「僕だけ仲間はずれなんです。それにもうじき日没です、この街からは出られないと思いますよ」


僕は勇気がないから……少年はそう言いながらその場へとうずくまる。

その方は震え、小さく嗚咽が漏れている。


ロッゾは少年を少年を肩に担ぎ上げると入口に向かって歩き出す。


「男なら泣くな。俺は泣いているガキが嫌いなんだ」

「ちょっとロッゾ!そんな乱暴な」


少年を担いだままロッゾ達は入ってきた門へと戻る。

高くそびえるその場所へ着く頃には日は傾き、あたり一面が夕焼け色に染まっていた。


「おいガキ、いい加減泣き止め」


少年は未だ泣き続けていた。ロッゾの肩の上で力なく顔を伏せ、時折しゃくり上げている。


「もう……終わりだ……夜が来る……」


門の前まで来たとき、ようやく顔を上げた少年はそうつぶやいた。


「おい、なんだよこれ…」


しかしその声はロッゾとルーラーには届いていなかった。

二人の目は目の前の城門に注がれている。


数時間前、二人がくぐった門の姿はもうすでにそこになかった。

かろうじてその形を保っていた門は無残に破壊され、瓦礫の山となっている。その高さは遥か見上げるほど、登ろうにも風化した石材は軽く踏みつけるだけで崩れてしまう。


「これじゃ出られないじゃない……」

「おいガキ…確かさっき、ここからはもう出られないって言ってたよな。あれどういう意味だ」


ロッゾは少年を地面へと下ろし、その顔を覗き込む。


「もうダメなんです。僕も、あなたたちも、もうおしまいです。時間切れなんです」


「それってどういう……」


その言葉が終わるよりも早く、少年は元来た道へ走り出していた。


「おい!待て!」

「まって」


追いかけて走り出そうとするロッゾをルーラーが止める。


「今は街から脱出することを考えましょ。なんだか嫌な予感がするの」

「でも依頼は……」

「いいから。お願い」


ロッゾは頭を掻き肩で息を吐く。


「わかったよ。また女の勘ってやつなんだろう?んで、どうするか」

「ありがとう」


ルーラーは壊れた門の横から伸びる城壁に手を這わせる。


「門は壊れてるのに城壁は無事、変な話ね」

「………確かにな」


城壁も風化はしているものの門のように壊れそうな兆候は一切ない。ルーラーはさらに城壁を触りながらゆっくりと歩く。


「誰かが意図的に門を壊したとしたら?私たちを、あの坊やを閉じ込めるために」

「何のために……?」


話しているうちに太陽は沈み、あたりは暗くなっていた。廃れた街に街灯はなく、手持ちの懐中電灯だけが明かりの頼りとなる。


「そこまでは考えてもわからないわ。とりあえず、朝を待って門伝いに進んでみましょう。誰かほかの生存者と会えるかも知れないし、別の出口が見つかるかも知れないから」


ルーラーはそう言いながら自身が調査を終えた民家のドアを開ける。


「一晩止めてもらいましょ」


やはり民家の中はその全体にホコリが被り、歩けば足跡が残ってしまうほど。

しかし、昼間とは何かが違っていた。


「ここ、昼間にはいっ……」

「しっ!何かいるわ…」


懐中電灯の明かりが部屋の奥へと向けられる。動く影はそこに確かにいた。

しかしかなりの素早さで懐中電灯の照らす範囲から逃れると再び暗闇の中へと紛れ込んだ。


―――――ヒタ…ヒタ…


不気味な足音だけが真っ暗な部屋に響く。それは遠くへ逃げているようで、しかしふと耳をすませばすぐ後ろへ迫っているようで。


「任せろ」


ロッゾの声、下駄の動く音が聞こえ、やがて止まる。


数秒間の無音


勝負は一瞬だった。


「ぎゃぁぁぁああああああああああああああ!!!!!」


ルーラーが懐中電灯を点け、ロッゾを照らすと、すでに刀を脇へと戻し終えたあとだった。

その足元では人間のような生き物が腹部を切り裂かれ呻いている。その声もしばらくすると止み、絶命したその生き物を二人は見た。



「なにこれ……」



そこにいたのは人間だった。しかし、犬歯が異常に発達し、白目は黒く、本来黒いはずの部分は赤く、瞳孔が開ききった目は人間の目とは似てもにつかない。

例えるならそう


―――――吸血鬼……


二人がそう言った時、上階から大きな音が聞こえた。

まるで何かが天井から床へ落ちてきたような。



「なぁルー、お前、各家の天井って見たか?」


ロッゾの額には汗が流れていた。


「あなたが見てないのなら私は見てないわ。だって暗くて見えなかったもの」


そんな場所に人がいるとは思わないし。そう付け加えたルーラーも口を強く引き締め、小さなバックパックから拳銃を取り出す。



大量の足音はゆっくりとこちらへと近づいてくる。


――――― みんなはまだいますよ?ただ隠れているだけです…



少年の言葉が二人の頭の中で回っていた。


夜は、まだ長い。






----------to be continued

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