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玩具の神 -Deus ut manipulare- 結

「左、壁掛時計の前」

「照明の右側」

「おばあちゃんの右肩」


鞘ごとウェズを振り回し、ぎりぎり視認できるほど細い糸を切断していく。

最後の糸が切れると、老婆はその場に倒れこむ。まるで操り人形の糸が切れたかのように崩れ落ちた老婆は意識を失っており、その場から動かない。

襲われていた老人も顔を赤く腫らしたまま座り込みうめき声をあげている。


「少し待っててください、すぐに人を呼んできます」


レノは外に出ると隣家のドアを叩き、状況を説明する。

老夫婦の手当てを任せると、コートをはためかせ街の中を歩き出す。


この日は、風が強く吹いていた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「ここだね」


レノの手には宿屋で切断した透明な糸が数本握られている。


「感知までできるようになってきたね~えらいえらい」


レノの後ろでウェズがおどけたような口調で言う。


「いつまでもウェズに頼ってばかりじゃダメだからね」

「あらやだ…お母さん嬉しいわ」


レノが訪れたのは巨大なコンサート会場のような場所、壇上に固定されて並んでいる椅子の先、最奥の壁には強大な鉄の筒が幾本も埋め込まれていた。

長さの違う鉄の筒が何十本も並び、その下には鍵盤が置かれている。


「すごいね!あんなに大きなパイプオルガンは初めて見たなぁ……」

「パイプオルガンってなんだい?」

「レノ、ピアノはわかるよね?」

「うん。昔先生が引いてくれたね」


レノが少しだけ懐かしそうな顔になる。


「あれのすんごいバージョン!本当は少し違うけど、まぁ似たようなものさ」

「なるほど……」


レノは壇上へと上がる。会場内は何百人も入れるような大きなホール。

早朝の今、人影はない。


パイプオルガンの椅子は引かれている。レノはそこに腰掛けた。


「そこに、いるんですよね」


その目が客席の端へと向く。

空気が、揺れた。


「よくわかったね!僕がここにいるって!君は誰だい?」

「ボクはレノ、こっちは相棒のウェズです」

「どうもね~」


先程まで誰もいなかった座席には、少年が一人座っていた。


「僕はフィーリオ。見たところ旅の人みたいだけど、何の用?」


少年は椅子からピョン、と降りると、レノと同じ壇上へと上がる。


「あなたを、裁きに来ました」

「ふ~ん。そうなんだ」


フィーリオはまるで興味がないかのように座っているレノのもとへ近づいてくる。

レノは立ち上がり、ウェズを抜いた。


「僕を殺すの?どうして?」


フィーリオはレノが先程まで座っていた椅子に座り、鍵盤をいじり始める。

ホール中に重厚感のある音が響いた。


「あなたが統治者として、街の長としてしてはいけないことをしたからです」

「え?なんのこと?」


きょとんとした表情を浮かべるフィーリオ。


「昨日倒壊したビル、壊したのはあなたですよね?」

「うん、きれいいだったね!」

「昨夜、ビルから男性が飛び降りたのも、あなたが操ったから」

「うん、面白かった」

「今朝、老夫婦が殴り合いをしていたのも、あなた」

「うん。でもあれはあんまり面白くなかったなぁ…」


「なぜ、あんなことを?」


フィーリオは首をかしげ、レノの方を見る。


「なぜって……面白そうだったから」

「それだけの理由であれだけの人間を殺したんですか」


ビル倒壊の死者は数千人にのぼる。結局原因は不明。

レノの推測があたっていたかもわからなかった。


「それだけって?僕は神様で、君たちは人間。君たちは僕のおもちゃでしかないんだよ?」


レノは何も言わず、ただウェズを握る手に力を込める。


「こんなふうに。ねッ!!」


フィーリオが言葉とともに右手を上へとかざす。

そしてその手を下へと振り下ろした。


「-----っ!?」


レノの目の前には数十人の人間が見えない糸によって吊り下げられていた。

全員意識を失い、虚ろな目をしている。

両肩、肘を吊られ、操り人形のようにブラブラと揺れる人影は増え続けている。


「みーんな僕のおもちゃ!」

「糸だけ切るよ、ウェズ」「あいよ~」


レノは鞘のままウェズを振り回し、人々を解放していく。

しかし、解放するスピードよりもフィーリオが新しく人間を連れてくる方が早い。

数分後、コンサートホールは満員になっていた。

意識のない操り人形によって。


「あはははは!おもちゃがたくさんだ!」


レノはただ一心不乱に人々を解放していく。

しかしその数と増殖スピードには勝てず、ただ床に気絶した人間が増えていく。


「もうおわり~!やめてよ旅人さん」


レノがウェズを振るのをやめ、いまだパイプオルガンの椅子に座ったままの神を見やる。


「ねぇ、僕の糸を切れるなんてその刀は何者?」

「僕、その刀ほしいな~。ねぇ旅人さんその刀ちょうだい!」


「お断りします」


レノの言葉を聞いたフィーリオはあからさまに不機嫌な顔になる。


「じゃあ人間殺す」


フィーリオの左手が上がり、指を鳴らす。


「パチンッ!」「グシャ!」


指を鳴らすたび、どこかで人がホールの天井近くまで持ち上げられ、糸が切れたように落下してきて嫌な音を立てる。


「刀をくれるまで殺す。早くしてよ」


「パチンッ!」「グシャ!」

「パチンッ!」「グシャ!」


「………やめろ」


「え?何か言った?」



レノはウェズを左手一本で持ち、左手を水平に持ち上げる。


「どうしたの?刀をくれる気になった?」


レノは真っ直ぐにフィーリオを見つめ動かない。


「ウェズはあげられません。その代わり面白いものをお見せしますよ」


レノのコートが下から少しずつ消えていく。


「ボクはウェズで、ウェズはボク。ボクらは、二人で一つなんです」


コートと同様に、レノの履いていた黒いパンツも消えていく。

靴も手袋も。糸がほつれるように消えていく衣服はウェズの中へと吸収されていった。


「もともとウェズは大きすぎて、ボクが使えるようなものじゃないんです」

「縮んでるのは疲れるんだよね~」

「だからボクは普段、ウェズを着て《・・》います」


ウェズは徐々に大きくなっていく。

伸びた刀身が糸に触れると、糸は簡単に切れ、人々は解放されていく。


「なんだよ…その刀……そんなの初めて見た……」


レノは下着と白いワイシャツのみになっていた。漆黒の左手に握られた刀は、自身の身長を優に超え、その長さは十メートルほど。そしてさらにその長さを伸ばしている。


「これがウェズの本気です」

「ふっふっふ~~!」


レノに握られたウェズは、細さこそレイピアほどしかなかったが、その長さは三十メートルほど。ひと振りでホール全体をカバーできるまでに伸びていた。


「左手じゃないと振れないのが難点ですけどね」


フィーリオは驚き半分、羨望半分の目でレノとウェズを見ていた。

レノの腕が振るわれ、ホールの端から人々が順番に解放されていく。わずか数秒でホールの中は静かになった。

レノはフィーリオのほうを向く。


「人質は、いなくなりましたね。これでも、まだウェズがほしいですか?」

「ちぇっ…もういいよ。すごいもの見せてもらったし、刀はいらないから帰っていいよ」


フィーリオは不機嫌そうにレノに背を向けると、手をひらひらと振る。


「それはできません。ボクはあなたを裁きに来たんですから」

「は?第一人間の君に僕が傷つけられるわけが……」


言葉が終わらないうちにフィーリオの左目を、ウェズの細くなっている切っ先が貫いていた。


「え……?あ……あぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああああ!」


穴の空いた左目を両手押さえ、フィーリオがうずくまる。


「ウェズは神殺しの刀です。そして、ボクも人間ではありません」

「うぁ…あぁぁ…」


フィーリオは目を押さえ、うめき声をあげたまま動かない。

レノは短く戻ったウェズを持ち、フィーリオのもとへ歩み寄った。

黒いコートを着込んだ旅人は目を押さえ、うずくまる少年を見下ろしていた。


「では、あなたの罪を数えましょう。あなたは商人の男性を操り、大量の火薬を集めた後、それを起爆させてビルを倒壊。多くの人を殺しましたね?」

「あなたは男性を操りわざとビルの屋上から飛び降りさせましたね?」

「あなたは罪のない大量の人の意識を奪い、ボクを脅す材料にしましたね?」

「あなたは……」


旅人の声は感情を持たず、ただ、冷たい。


「あなたはそれらの行為をあなたが楽しむためだけに行いましたね?」


ウェズが未だうずくまるフィーリオの首筋へ当てられる。


「弁解は、ありますか」

「……僕は………豊穣の神でもあるんだ。僕がいなかったら今頃この町の人間は飢え死にしてる!僕が養っている人間で遊んで何が悪い……この街は僕を必要としてる!」


フィーリオが顔を上げた。残った右目には様々な感情が入り混じっているようだった。


「前にも同じようなことを言った神様がいました。ですが、あなたは彼よりもタチが悪い」


レノはウェズに少しだけ力を込めた。

フィーリオの首筋からほそい血筋がのびる。


「あなた、この場所に来る前にわざわざ街周辺の自然だけ破壊しましたよね?」


フィーリオの目が大きく見開かれる。


「ボクはこの街に着く前、森で数日間野営をしてました。野草やきのこ、ウサギなんかもいる、豊かな場所でしたよ。でも、その自然がこの街に近いある場所でぷっつりと終わっていました」


レノはこの街へと向かう数日間を思い出す。


「そして街の人はこう言いました”神様が降り立った日から、なぜかいままで豊かだった地面や川がみんな干上がっちまったんだ” さらに ”フィーリオ様が力を使って、この街の中だけでも、って豊かにしてくれたんだ” と。あなたは自分のテリトリーから人間を逃がさないように檻を作ったんですよね」


「何が悪い。僕は神だ。おもちゃ箱ぐらい自分で作れるんだ!」


フィーリオは憎しみのこもった目でレノを見た。


「お前も僕のおもちゃになれ!」


フィーリオの手から放たれた糸はレノの頬に少しだけ傷を付け、後ろの壁に突き刺さった。


「ボクはもう。操り人形になんてなりません」


「僕は……っ!」

「さよなら」



すべてが、終わった。



レノはウェズから血を軽く払うと、そのまま鞘に戻した。


「あとでちゃんと研いでよ?」

「はいはい、あとで。ね」


レノはホールの扉を開け、外へ出た。

屋上から人は、落ちてこなかった。

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