玩具の神 -Deus ut manipulare- 序
生い茂る森の中を、旅人が歩いていた。
黒いコートに黒い長太刀。薄蒼色の髪を持つ旅人、その精悍な顔つきは十代中頃のように見える。
「ねぇレノ」
背中の大太刀がレノと呼ばれた旅人に話しかける。
「なんだい?ウェズ」
「左斜め前三十メートル。あそこの茂みの中にウサギがいるよ」
レノはウェズの言った方向へと目を向ける。
「今日の晩ご飯だ。ウェズ、頼んだ」
「あーい」
レノが背中のウェズを引き抜くと、身の丈ほどもあった大太刀はレノの手のひらよりも少し大きいだけの投擲用ナイフ四本へと変化していた。
「じゃ、いくよ」
レノは左手の各指の間にそれらを挟むと、小さく揺れる茂みへと向けて投げる。
茂みの中から僅かに動物の鳴き声が聞こえ、やがてざわついてた茂みの動きも止まった。
レノがその場所まで行くと、地面に落ちたナイフが三本と額にナイフが刺さって倒れているウサギが一羽、落ちているナイフを拾い、ウサギの足を持つと、血を滴らせたウサギをもって歩き出した。
「ここにしようか」
レノは少し開けた場所に出ると、枯れて落ちた枝や草木を刈って小さな焚き火を起こす。
「ウェズ」
「また!?嫌なんだけどなぁ……」
「頼むよ、ウェズ」
レノの目の前には真っ黒いまな板と包丁が置かれていた。
「お料理するために生まれたんじゃないんだけどなぁ……」
ウェズはブツブツ言っているが、レノは構うことなく料理を進める。
ウサギの額からナイフはあえて抜かず、そのまま両足を持つようにして持ち上げる。
ウサギの足首から首元まで毛皮に沿うように切り込みを入れると、一気に毛皮だけを引き剥がした。ズルリ、と毛皮を剥かれ服を脱ぐように肉の塊へと変化したウサギをさらに解体していく。
ここでやっとナイフを引き抜くと、腹に切り込みを入れ、血抜きをする。
内蔵を取り出し、中をきれいに洗浄し、今度は四肢の付け根にナイフを入れ反対側へ無理矢理回すようにすると、あっという間にお店で売られていてもおかしくないような「お肉」が出来上がっていた。
「ウサギさん、ごめんなさい。ありがとう」
レノは包丁を使ってウサギの肉をを小さく切ると、蒸留水とわずかな調味料をいれ、小さな黒鍋で煮込み始めた。
肉が煮込まれるまでに、残った肉は日持ちするように干し肉にする準備をし、内蔵などは他の動物の餌となるように近くの茂みへと撒いていく。
毛皮は木に吊るされ干してある。
ついでに周囲に生えているキノコや木の実、野草を摘んでくると、ウェズに食べられるのもかどうか聞きながら一緒に煮込んでいく。
「うん。おいしい」
レノはもう一度ウサギにお礼を言うと、黙々と鍋をたいらげた。
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森を抜けてからは平坦な道が続いていた。
地面は乾燥し、道の脇には短い草が申し訳程度に生えている。
レノはウサギの干し肉をかじりながら道を歩く。
「やっと着いたか……」
「森を抜けてからひもじかったもんね~。国が豊かだといいね」
「それを願うばかりだよ。これで中が地獄みたいだったら……」
「たら?」
「ボクは天国に行くよ」
「お!地獄と天国をかけたの!?レノもわかってきたねぇ!」
たわいもない話をしながら遠く見える巨大な城壁を目指し歩いていく。
レノの目の前には城門がそびえていた。
国内へ入る審査を終えたレノは、門をくぐり中へと入る。
街の中はかなり技術開発が進み、高いビルが乱立していた。自動車はコンピューターによって制御され、建物の中は冷房が効いている。
「天国だ!」「だね~」
レノは老夫婦がやっている安宿に宿泊を決めた。安宿とはいえ、冷房、洗濯等はコンピューターによって管理され、部屋は快適な温度に保たれ、洗濯は全自動で行われている。
食料や水も豊かなようで、料理も格安で提供るし、保存食などはタダ同然の価格で売られていた。
レノは様々な店が並ぶビルの中を歩いている。
立ち寄った食量販店の店主はレノが旅人だと知るとおまけと称して食べきれないほどのお土産をくれた。
「この街はなぁ、フィーリオ様のおかげでこんなに豊かなんだ」
「フィーリオ、ですか」
店主はこの街がいかに神によって救われてきたかを話した。
「神様が降り立った日から、なぜかいままで豊かだった地面や川がみんな干上がっちまったんだ。そしてそれを見かねたフィーリオ様が、その力を使って、この街の中だけでも、って豊かにしてくれたんだ。おかげでそれからは食物に困ったことがねぇ!」
そう言って豪快に笑う。
「あぁ、そういや昔の写真が奥に閉まってあったかな……」
店主は店の奥に消えていった。
瞬間、レノは店の外へと歩き出す。
「あれ?レノいいの?おっちゃんの話聞かなくて……」
ウェズの制止も聞かず、レノは少し離れたビルが見える公園まで早足で歩く。
そして公園のベンチに座ると、ようやく口を開いた。
「あのビルの中、うっすらだけど、ずっと火薬の匂いがしてた、あの店のおじさんが店の奥に入る瞬間、匂いが強くなった。きっと、火薬はあの店の奥にある」
「なんのために?」
「それがわからないから出てきたんだよ。ボクを殺そうとしてる気配も感じられなかったし、あんな食量販店で使う量ではないと思う……一体何のために……」
レノがそこまで言った時、
−−−−−ビルが、爆発した。
中層階、レノがいた店で起きた爆発は上下の階も巻き込み、巨大な爆発を起こす。その衝撃でビルはバランスを崩し、少しずつ崩れていっている。
「びっくりしたぁああああ!」
ウェズが叫び、レノはビルの方を真っ直ぐに見ている。
周囲の人が逃げ惑う中、ビルは周りの建物も巻き込んで倒壊していく。
強大なビルが土煙をあげながら倒れていくさまは、何処か壮大ささえ感じさせた。
公園の横の道を、「消防車」「救急車」と書かれた車が走っていく。
ビルの周囲では、巻き込まれた人が何百人も呻いているのが見える。
レノはもう一度ビルの方を少し見ると、安宿へと戻った。
「それにしても、なんだったんだろうね、あの爆発」
宿に戻り、自室に入るなりウェズが聞く。
レノはやれやれといった様子でコートを脱ぎ、肌着だけになるとシャワー室へと向かう。
シャワー室の扉に立てかけられるようにウェズが置かれている。中からはシャワーが流す水音とレノの声が聞こえていた。
「考えたってわからないさ。今は生きていることを喜ぶべき。それに」
「それに?」
シャワーを止める音。そして扉が開いてタオルで体を拭きながらレノが現れる。
自動洗濯された肌着をつけると、そのままベットへと倒れこむ。
「これだけ文明が進んでるんだ、原因ぐらいすぐにわかるさ。それこそ、明日にでも、ね」
「えー!気になるじゃん!」
「また明日。じゃぁおやすみ」
部屋の電気が消え、部屋の中には静寂が訪れた。
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翌朝レノを起こしたのは、何かが高いところから落ちて潰れるような音だった。
-----グシャッ!!
そんな音で目を覚ましたレノは、コートを羽織り、外へ出る。
そこには、赤い華が咲いていた。
宿の目の前にあるビルから飛び降りた男は、地面に自分の血で綺麗な華を咲かせている。
まもなく紺色の制服を着た男たちによりその場所はシートがかけられ、様子を伺うことができなくなった。
それでも周囲には騒ぎを聞きつけた住人で溢れていた。
話し声が聞こえてくる。
「また自殺だって……」
「昨日の爆発も自殺だってさ………」
「また?最近多くなったわね……」
一通り話を聞いたレノは一旦部屋へ戻る。
レノは昨日爆発した店主からもらった食料をもそもそと食べる。
「自殺、か」
「違うと思うよ?」
レノがポツリとこぼした言葉にウェズが反応する。
「だってあの落ちてきたおっちゃん「死にたくない!!!」って言いながら落ちてきてたもん」
「は?」
「あと、おっちゃんの服に普通の人には見えない糸が付いてた。まぁ、この街の神、フィーリオ?だっけ?そいつの仕業だと思うよ」
「それ、本当かい……?」
レノの目つきが厳しくなる。
「まぁ、まだわからないけどね。ありえない話ではないと思うよ」
「確かめるのが、ボクの仕事さ」
レノが自室から出て、ロビーへ行くとそこでは老夫婦が殴り合っていた。
いや、正確には老婆が一方的に殴っていた。
「レノ、見てごらん。あのおばあちゃんの肩、それと手の甲。レノは神様の目を持ってるから見えると思うよ」
レノが目を凝らしてみるとウェズの言った場所から白い糸が伸びているのが確認できた。
それらは天井に吸い込まれるようにして見えなくなている。
「決まり、だね」
「うん」
「ウェズ、神はどこにいる?」
----------to be continue




