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船の話 -Magistri story- 結

大きく燃え盛っていた火は、まもなく消し止められた。

ロッゾの家は古くからの木造建築が守られていたため、火の回りも早かったのだろう。

家は大半が焼け落ち、黒く炭のようなものになっている。


周囲では住人たちが何事かと集まっている。

中には助けに出る人もいたが、ほとんどの人はただ見てるだけ



「ちょっと……ロッゾ!」


ルーラーが駆け寄った先にはロッゾが倒れ込んでいた。

焼け落ちた柱のすぐ近く、動かないロッゾはお世辞にも無事とは言い難がたい。


左手から腰にかけてはやけどの跡が大きく残り、服もところどころ破け血が出ていた。

うつ伏せで倒れているロッゾは何かを強く握っている。


「ロッゾ~、何持ってるの?」


やっとルーラーに追いついたレノがその手を開く。

そこには小さな小箱が握られていた。


大きさはレノの拳ほど、赤色の小さな箱だった。

革でできたその箱は小さいながらも高級感漂う箱。



「…………っ!」



ルーラーはそれを見ると、すぐに取り上げ、ポケットの中へとしまった。



やがてロッゾは病院へと運ばれていった。




■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「ねぇ先生。ロッゾ大丈夫かなぁ……」


二人はいつもの酒場、そのカウンターに並んで座っていた。

レノが見上げたルーラーの顔は厳しい。

だがその顔はレノのほうを向くときには笑顔に変わっていた。レノでもそれが作り笑いとわかるほどの引き攣った笑みに。


「あの人なら大丈夫よ。心配しないでレノ」

「うん………」


レノが俯くと、ルーラーの後ろから黒服の男が近づき、そっと耳打ちするとそそくさとどこかへ消えてしまった。



「ごめんねレノ。先生ちょっと行かなきゃ」



何かを聞いたルーラーは立ち上がり、レノが何か言うのを待たずに席を立ち、店の外へ歩いていってしまった。

レノは、そのあとを追うようにして、店の外へと出る。



しかしそこにルーラーの姿はなく、道にはただ車の跡が残っていた。


「先生が向かったのは、ここから西にある廃工場だよ」

「え?なんでわかるのウェズ?」

「刀だから。先生に耳打ちしてた男の人の声聞いちゃった」


ウェズはさも当たり前のことのように言う。


「なんかねぇ、おっちゃんが昔懲らしめた人達の八つ当たりらしいよ、それも相当たちの悪い。先生はその人たちがいる場所へ向かったみたい」

「先生があぶない!」

「まぁ、相手は何人いるかわからないしねぇ………でも、せ……」

「早く行かなきゃだよ!ウェズ!」


ウェズの言葉を待たずに、レノは走り出す。


「先生もそれなりに強いだろうからレノが行っても足でまといになるだけじゃ……まぁ…いいか、面白そうだし」

「ウェズ何か言った?道どっち!?」

「なんにも~、突き当たりを右」



レノは、ウェズの道案内で街中を駆けていく。

小さな黒コートが駆ける速度は、普通の人間の比ではなかった。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■




廃工場の前に着いたレノだったが、ルーラーの姿はおろか、人影ひとつ見えない。

工場の塗装はあちこちが剥げ、錆があたりを覆っていた。



しかし、ドアノブや鍵穴周辺などには不自然なほどに埃が積もっておらず、人の出入りがあることを伺わせた。

工場内は、まず入ると小さな受付のあるエントランス、その奥に大きなシャッターと扉があることから作業場があることがわかる。

その脇にある小さな扉は、更衣室や休憩室のようなものだろう。こちらにはドアノブにも埃が積もっており、人の気配は感じられない。


「誰もいないね、ウェズ」


中に入ったレノは、そう声を上げる。

エントランスには、レノの姿しかなく、物音ひとつしない。



レノは作業場へ入るべく扉へと手をかける。

そこも、入口と同じように鍵はかかっていなかった。


使わなくなった時に機械をすべて運び出したのか、作業場の中はがらんとしていた。

隅に積まれたダンボールの中には、小さなネジやボルトが残されている。



----ガタガタッ!!


レノがダンボールの中を覗き込んでいると、エントランスの扉を開け、幾人かの人間が工場内へと入ってきた。

「レノ!隠れて!」

「えっ!?えっ!?うんわかった」

レノがダンボールをかぶった時、複数の人影が作業場の中へ入ってきた。


「誰かいるのか…?」


扉を開けて作業場の中へ入ってきたのは十人以上の男たち。

その中にはレノとロッゾが出会った日、ロッゾに負けた男の姿も見てとれた。


「それにしても、あれは傑作だったよな!」

「家を燃やした時のあのオヤジの顔な!爆笑だぜ…」


男たちはたむろして話し始めると、自分たちのやってきたことを武勇伝のように語り、笑い合う。


「あのロッゾとかいうオヤジも大したことなかったな」

「家燃やしたら誰でも終わりだろ!ぎゃはは!」


ロッゾへの侮蔑の言葉が発されるたび、レノの手がウェズへと伸びる。


「ロッゾはすごいんだぞ……お前らなんかに……」

「レノ、落ち着いて」


男たちは視界の隅で小さく揺れるダンボールに気づくことなく、馬鹿騒ぎを続ける。


「あのオヤジも馬鹿だよなぁ、俺らを弟子にしないどころかまともに話を聞こうともしねぇ」

「まぁいいじゃねぇか。俺らのやばさに気づいただろうよ」


明らかなひがみによる行動。

レノがロッゾの家で過ごしている間も、男たちは何度も訪れ、ロッゾに断られてはボコボコにされて逃げ帰っていく。

レノも、素手で何人もの男たちを相手するロッゾを見ては、憧れたものだった。


そのロッゾが、卑怯な手で怪我を負わされ、馬鹿にされている。

レノはダンボールの中で小さな手を握り締めて震えていた。


「ロッゾは……ロッゾは……」

「ん?レノ?」


その手が、背中に吊るされたウェズへと伸びる。


「今出て行ったら危ないよ?レノ?聞いて……」


ウェズの言葉が終わるより早くレノはダンボールから飛び出していた。

ダンボールの蓋を開け、ウェズを引き抜くとありえない速度で男たちの集団へと突っ込んでいく。


「ロッゾは馬鹿なんかじゃない!!」


一番近くにいた男が声の方へ振り返ったとき、レノは既にウェズの射程圏内まで近づいていた。


「なんだこのガキ!?」

声を発したと同時に、男は顔面に黒刀の横薙ぎをくらい、倉庫の端までふっ飛ぶ。


「殺さないように刃引きはしとくね?」

男の顔が二つに分かれず陥没しただけで済んだのはウェズが気をきかせたからだろう。


「ぐえっ!」

レノに腹を殴られ別の男がうずくまる。

その頃になってやっと、男たちは何が起きているの理解し、各々鉄パイプや角材などを持ち、立ち上がる。


「何者だよこのガキ…」

「ずいぶん前に空き地にいたガキじゃねぇか?」

「そういや、あいつの家にいたな。娘か何かか?」


男たちはレノを囲むように動く。

その中心でレノは男たちを順繰りに見渡している。


「でもどうするよ、コイツまだガキだぜ?」


大きな棍棒のようなものを持った男が唯一本物の刃物、刀を持った男へと顔を向ける。


「捕まえて売り飛ばす。さっきの力見たか?こいつ、ただのガキじゃねぇ。高く売れるだろ」


男たちの頭には金のことしかないようだった。

レノは、ウェズへ小声で話す。


「ウェズ、どうやったら全員やっつけられる?」

「ん~むずかしいかもねぇ。ま、フォローするから好きなように頑張ってみなよ。そのうち先生も来るでしょ」

「わかった。がんばる!」


レノを囲む男たちは全部で十二人。正面には例のリーダー格の男が立っていた。


「ウェズ、行くよ。合図したらできるだけ伸びて」

「あーい」


正面の男までの距離は五メートルほど、レノは軽く膝を曲げるとその足に力を込める。


「さん…にー…いち………今っ!!」


掛け声と同時に地面を蹴り、走り出したレノは、三歩目を踏み出すと同時にウェズを目の前の地面へと突き刺す。

男たちが見上げる中、レノは三倍以上の長さに伸びたウェズを使い棒高跳びのように大きく跳躍。正面の男を軽々と飛び越えると、少し離れた所へ見事に着地する。


「はい、じゅって~ん。おめでとうございます!」

「ウェズ!次!」

「もう、少しぐらい遊んでもいいじゃん!わかったよぅ」

針金のように細長く伸びていたウェズは一瞬にして銃の形へと変わっている。


「手加減するから遠慮なくど~ぞ」

「うん」


その言葉のとおり、レノは右手に持ったウェズを乱射する。


「ぐえっ!」「おごっ!?」「へぶっ!」


計七人の男が頭や腹に黒い弾丸を受け昏倒する。


「ゴム弾だから安心だね!」


ウェズの言葉は届いていないようだった。


咄嗟に柱などの物陰に身を隠した男は五人。

全員が目を見開きレノ、もといウェズを凝視していた。


「なんだよあのガキ…」

「それよりあの黒い武器だよ。刀から一瞬で伸びて、今度は銃になったぜ?何だありゃあ…」

「さぞ高く売れるだろうな」


表情は驚きから欲望へと変化していく。

一方、男たちと少し距離をっとレノは刀に戻ったウェズを両手で構える。


「次はどうするの、レノ」

「……がんばる」


ウェズの問いに短く答えるレノ。


「作戦ナシなの!?」

「よし!行くよウェズ!」


レノは再び埃の積もった作業場内を駆ける。


「あのガキはえぇ!!」


一番近くの柱から様子を見ていた男が驚きの声を上げる。


「短刀!」

「あ~い」


気の抜けた声とともにウェズは二つに分かれ、レノの両手に短刀となって収まる。

それを逆手で握ったレノは、さらに速度を上げ、男へと正面から突っ込んでいく。


「大人しく捕まれ!」


両手を広げ、体全体でレノを捕まえようとした男は、目の前で目的の少女が消え失せたような錯覚にとらわれる。

男の手に捕まる瞬間、レノはスライディングの要領で男の股をすり抜ける。

通る瞬間、真上にくる男の股間を短刀で強打しながら。


「はへまばらしっ!!?」


一際大きな悲鳴を上げた男は自身の臀部を抑え、その場へ崩れ落ちる。


「やった!」

「レノ!ストップ!!」


泡を吹き倒れる男を後ろ目で見ていたレノは、ウェズの声に反応し急停止する。

その目の前には棍棒を振りかぶった男。


「うわぁ!」


振り下ろされた棍棒はとっさにバックステップしたレノの鼻先を掠め、地面へと叩きつけられた。

その衝撃で、天井に積もった埃や塵がパラパラと落ちる。


「危なかった…ありがと、ウェズ」

「はいな。頑張って~あと四人」


レノは男が再び棍棒を持ち上げるより早く、それを踏み台にすると、男の肩を掴み後ろ側へと回り込む。

そしてその首筋にウェズを打ち込む。


倒れた男から床を転がるようにして離れたレノが顔を上げると、左右から二人の男が鉄パイプを同時に振り下ろす。

レノは頭を守るように左手を掲げた。


-----ガッギィィイイン!!!


作業場内に金属音が響き渡る。

それは少女の腕と鉄パイプが奏でた音だった。

全力で振り下ろされた鉄パイプは細い腕一本で軽々と止められている。

当の男たちは信じられないといった様子で目を白黒させていた。


「ボクの左手は、もう人のそれじゃありませんから」


まもなく気絶させられた二人、残ったのは最後まで柱の陰に隠れていたリーダー格の男ただ一人だった。


「もうおじさんだけだよ。ロッゾに謝って!」


レノは長刀に戻ったウェズを持ち、男の方へと近づく。


「ま、待てよガキ…いや、青い髪のお嬢ちゃん」

「待たない、はやく謝って」


男が後ずさり、レノが距離を詰める。

作業場に置かれたダンボールが男の足に当たり、ガサガサと音を立てる。

男はゆっくり下がっていたかと思うと、急に反転し、壁に備えられたロッカーから何かを取り出す。


「待てっ!」


レノに振られるウェズが眼前まで迫った時、男が掲げたのは、黒い箱のような機械だった。

黒い長方形に赤いボタンのようなものがついている。


「これはこの工場の爆破スイッチだ!こんなこともあろうと用意してたのさ…本当はあのオヤジが来たとき用だったんだがな…」


男は額の汗を拭う。


「工場のいたるところに爆弾を仕掛けてある。俺たちはいくつもアジトを持ってるからな……ここは中々気に入ってたんだが、もうおさらばだ」


男は狂ったような笑みを浮かべ、レノはウェズを引き、数歩後ろへ下がる。


「動くなよ?」


男の指はボタンへと添えられている。


「レノっ!ここは任せて!こういうの一度やってみたかったの!!」

「ウェズ…?」


ウェズはそこで声色を変える。

いつもの少年のような声ではなく、それは年配の渋い警察官のような声。


「なぁ、おっちゃんよぉ…」


男は突如聞こえた声に一瞬驚いたが、それが少女の持つ刀からだとわかると、再び余裕の笑みをうかべた。


「その黒いのは、喋りもするのか!ますます欲しくなってきたぜ。売るのはもったいないかもな」

「あぁ、俺は、ウェズってんだ。そんなことより俺の話を聞いてくれ」


ウェズの口調を聞き、レノは「その声気持ち悪い」と独りごちる。


「そのスイッチ、どうしても押すのか?押さなきゃならないのか?」

「あぁ」

「仲間はどうする。ここまで一緒に来た仲間だろ。見捨てるのか?」

「こんな雑魚どもどうでもいいのさ、仲間なんてまた作ればいい!」


ウェズの話に男は心なしか聞き入っているように見えた。


「お前にとって仲間ってのはそんなもんなのか?本当にそれでいいのか?まだやめられる。はやくそのスイッチを捨てるんだ!」


なおもウェズの説得は続く。


「かぁ~さんが、よなべ~をして~♪」

「何その歌?」


レノの問は無視された。


「ほら、もういいだろ……早くそのスイッチを捨てるんだ」

「お前……刀なのに、いいやつだな……」


男の手が緩み、スイッチから指が離れる。


「そうだ、お前は顔もイマイチだし、身長も低い。今後生きててもいいことないから今のうちに少しでも罪を償って来世に期待だ。さぁ、早く!」


「…………は?」


感動していた男の顔が一瞬にして素に戻る。


「捨てても捨てなくてもどうせ殴られるんだから。早くして!もう飽きてきたから!」


ウェズの声が徐々に少年の声に戻っていく。

男の顔は怒りに震え始める。


「一瞬でも釣られそうになった自分が恥ずかしい…もう死ね!工場もろとも木っ端微塵だ!」


「うわぁああレノ!失敗だ!何が悪かったのかなぁ!ねぇ!」

「知らない。ウェズのおばか」

「がーーん!レノにバカって言われた!」


レノは呆れた表情でウェズを見る。

男の指はスイッチを押し込む寸前だった。


「うるさい!しねぇ!!!!」



赤いスイッチが押し込まれる。



そして、数秒間の静寂。



工場は、爆発しなかった。


「残念だったわねぇ…」


代わりに聞こえてきたのは女性の声。

長い髪を揺らしながら作業場へと入ってきたのはルーラーだった。


「先生!」


ルーラーはレノの横まで来ると、頭をよしよしと撫でる。


「爆弾は全て解体したわ。結構な量を仕掛けてたのね。でも場所が安直。おばかさんなのかしら?」


そう言い放つと、周囲に目を向け「あらあら」と声を出す。


「これ全部、レノがひとりでやったの?」

述べ十四人の男はうめき声をあげながら地面を転がっている。

「うん!頑張ったの!」

レノは元気よく答えた。

「信じられない……」

下から見上げるレノはほめて欲しそうな顔をしている。


「オイ!女!爆弾を解体しただと?そんなはずはねぇ!二十個以上設置したんだぞ?それをすべてなんてありえねぇだろうがよ!」

「したのよ。ここについてから20分少々かしら?あんな単純な爆弾、一個一分で十分。あなたやっぱりおばかさんなのね」


男は信じられないといった様子で何度もスイッチを押す。


「さぁレノ、最後までひとりでできる?」

「うん!」


レノはウェズを構え、男へと近づく。

男は後ずさりながら泣き顔でスイッチを押し続けていた


「じゃあね、おじさん」


ウェズの刃が男の首にかかる。

その時、工場のすぐ外からエンジン音が響き渡った。

その音を聞いた男は勝ち誇った顔になり、笑い出す。


「ハハハ!俺にはまだ五十人以上の仲間がいるんだよ!お前たちも終わりだ!二人共これからたっぷり遊んでやるぜ!」


ふたりは身構え、男は余裕の顔で作業場の入口を見つめる。

しかし、一向にそのドアが開かれる気配はない。


十分程経ち、男がしびれを切らし始めたとき、ようやくドアが開かれた


「やっときたか!さぁお前ら!この女とガキを……を……?」


入ってきたのは着物を着た男が一人だけ。その男はゆっくりと近づいてくる。

よく見ると、その木刀の先はうっすらと血の跡が残っていた。着物にも数箇所血液がついている。

そして、その上にある顔は


「ロッゾ!」


レノが声を上げる。

ロッゾは右手で頭を掻きながら男の目の前まで来ると、その胸ぐらをつかみ、軽々と持ち上げる。

男は恐怖にゆがんだ顔で足をバタバタさせるが、ロッゾはびくともしない


「よくもやってくれたなぁ……表にいた小僧共は俺がぶん殴っておいた。あんなガキ何人いようと俺の敵じゃねぇよ。俺と戦いたきゃ軍隊でも持ってくるんだな」


それだけ言うとロッゾは男を投げ捨てる。そしてルーラーと同じようにレノの頭を撫でた。


「よく頑張ったなぁ……俺のために、ありがとうな。レノ」

「えへへ……」


「外には五十人以上いたんだぞ?全員倒したなんて人間業じゃねぇ…鬼だ……」


男は地面を這いつくばるように逃げる。

ロッゾは男の腰を踏みつけると、その顔を正面から睨みつける。


「鬼だ?鬼で結構。お前はその鬼の家に火をつけた。あげく娘に手ェ出したんだ。覚悟は出来てんだろうな……」


「あ……ぁああ………」


ロッゾの表情は三ヶ月間、レノが見たどんな表情よりも怖かった。


「ロッゾ、その辺でおしまい。もう気絶してるわ」


ルーラーが止めた時、男は既に失禁し、気絶したあとだった。


「そうだな。久しぶりに体動かしたら疲れたわ」

「無理するからよ」


新調された紺色の着物からは包帯が覗いていた。


「ねぇ……ロッゾぉ……」


レノが帰ろうとするロッゾの着物の端を引っ張る。


「ん?」

「さっきむすめって言った…?」

「あ……あぁ……」


ロッゾは照れくさそうに頬を掻く。


「実は、やっぱり俺はレノと一緒に住むことになった。俺の家はなくなっちまったからな。しばらくはルーラーの家に一緒に厄介になる」

「良かったわね。レノ。みんな一緒よ」

「ほんとっ!?」



ロッゾはレノの前へしゃがみこみ、その手を掴むと、小さな箱を手渡した。それはロッゾが火事で怪我を負った際、しっかりと握っていた箱。

レノが箱を開けると中にはシルバーの指輪が入っていた。



「これはな、俺が娘にあげようと思っていたものなんだ。だから、レノにやる」

「………え?」

「それを持っていれば、お前はずっと俺の子供だ。…もちろんウェズもな」


「わーい!」

ウェズが喜ぶ。


「刀の使い方も教えてくれる?」

レノが心配そうに告げる。

ロッゾは微笑むと、何度もそうしてきたようにレノの頭を撫でる。


「これだけ強ければ教えないほうが危ないな。俺の稽古は厳しいぞ?」

「わーーい!!!」


「ただしルーラーと一緒に勉強もするんだぞ?」

「う……はーい……」


「よし、いい子だ。じゃぁ帰るぞ。俺たちの、家に」


まだ幼い少女は手を引かれ工場を後にする。

工場の入口には六十人以上の男が呻いていた。


挿絵(By みてみん)






■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



レノは船から出していた手を引くと、シルバーの指輪のついた左手で自分の頭を触る。

そこに、かつてのぬくもりを感じるように。



「レノ!陸が見えたよ~」

「やっとかい。長かったね、なまっちゃったかな」



船は、大陸から大陸へと旅をする。

あの頃からほんの少しだけ大人になった少女はまだ見ぬ地へと目を向けた。



-----海は、未だ穏やかな青色をたたえていた。

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