船の話 -Magistri story- 序
真っ青な海の上を、船が走っている。
船の後ろには、その跡として白い泡が現れては波間に飲まれて消えてゆく。
船は非常に大きく、輸送船のような形をしていた。船の後ろ半分には高さ五メートルほどの巨大なコンテナがいつくも積まれている。
そんな船の甲板、コンテナが積まれるその隙間にカモメが集まっていた。白いカモメの中心、半ば襲われるようにして黒いコートの旅人が立っている。
旅人はパンを少しずつちぎりながらかもめに与える。顔には穏やかな笑顔が浮かんでいた。
「たまにはいいものだね、ウェズ」
「腐りかけのパンじゃなければもっと微笑ましいんだけどねぇ……」
腐りかけのパンを配り終わったレノは手を払うと船の縁へと体を寄りかからせる。
カモメはもうパンがもらえないことを察したのか、再び海の上へと散らばってゆく。
「綺麗な海だね……」
レノはそう言うと左手を海の上へとかざす。
その中指には銀色の指輪が輝いていた。
「思い出してるの?」
「……少し、ね」
レノが海の向こう、何もない空間へと目を向ける。
「ボクがレノになって初めて出会えた人だから」
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雨がやんだばかりの草原、草の上に残った僅かな水滴がゆっくりと集まっては、重力に耐え切れず地面へと落ちてゆく。
そんな草を踏みしめながら一人の少女が歩いていた。
「ねぇ、ウェズ」
「ん?なにー?」
少女の背負う太刀、ウェズと呼ばれた刀が答える。
「いっこ、聞いてもいい?」
「どーぞ。ただし、スリーサイズは内緒だよ」
「すりーさいず?すりーさいずってなに?」
少し間が開いて、ウェズが答える。
「…………こう…ボン・キュッ・ボン、だよ」
「……???」
首を傾げるレノに、ウェズは続ける。
「ま、レノにはまだ関係ない話さー。これからに期待だね」
「なにそれ!気になる!」
レノはむっとして追求したが、ウェズは気にした様子もない。
「でー?質問って何さ」
「あ!えっと……わたし…ボクはさ、強くなりたい、それで、すぬわっと?やったけど、ほんとにあれで強くなれるの?」
レノは未だ筋肉痛が残る足をさする。
「スクワット、ね。レノの左手、両目、内臓の一部なんかは、神の実が成形してる。だから、力なんかも人間よりもずっとずっと強いよ、でも、足腰は人間だからね、スクワットは大事だよ、基礎は大切にしなくちゃ!」
「きそ?きそってなに?」
「基礎っていうのは"許容支持力"っていって、物事を積み上げる上でその支えになるもの、基礎を鍛えることによって、その人の限界容積は大きくなるのさ」
「……?????」
さっきよりも多くのはてなが浮かんだレノ。
「まー、ようするに、基礎だけやれば強くなれるってわけじゃないけど、基礎をやらないと強くなれないよってこと」
「じゃあきそやる!でもさ、刀の使い方も教えてよ!わたしは……あっ!ボクは早く強くなりたいの!」
「どうでもいいけどさ、ボクじゃなきゃダメなの?別に私でもいいと思うんだけどな……」
レノはぶんぶんと首を振る。
「だめ!わたしはボクがいいの!!」
「また、わたしって言ってるよ?」
「はっ!ボクはボクがいいの!!!」
「はいはい……そうだね。んで?刀の使い方だけど、教えてあげられないよ。刀は刀、剣士じゃないからね。どこかの街で刀が使える人に教えてもらうしかないよ」
「む゛〜~〜っ」
そんな話をしながらも少女は進んでゆく。しばらくすると、その目の前に巨大な建造物が姿を現した。
「うわぁ……でっかいね……」
「あれが城壁、そして城門。中には入るには審査が必要だよ、レノはちっちゃいから緩いとは思うけど、この前練習したこと、覚えてる?」
「もちろん!任せといて!」
「心配だなぁ……」
門番に通された簡素な部屋で、なぜこの街に来たのか、なんの用があるのか、そのようなことを聞かれる。
一人で旅をするものは多くない。
経験を積み、一人で旅ができる本物の旅人か、
「隣の町からおつかいに来ましたっ!」
近くの街からおつかいでやってきた子供。
半分本当、半分嘘の理由を述べるレノ、その表情、動作、声のトーン、そのどれをとってもおつかいに来た純真無垢な少女のそれだった。
難なく中へ入ったレノ。
あまりの完璧すぎる演技にウェズはずっと驚きっぱなしだった。
「……信じられない」
「ねーウェズ、あれは何?」
「あれは宿屋さん。レノみたいな旅人が泊まる場所」
「あれはー?」
「あれは依頼所、酒屋さんも兼ねてるけどね」
「あれはっ!?」
「あれは………」
レノはキョロキョロしながら街の中を練り歩いてゆく。目に入るものすべてを、指差してウェズに説明を求める。
ウェズもそれらの質問一つ一つにしっかりと答えていった。
半日以上歩き回り、日が沈みかけてきた頃
「おなかすいた……」
レノはそう言い、街中の階段へと座り込む。
レノはエタの国から出発する際、ウェズの指示により、持てるだけの食料を持ちだした。
しかし少女の持てる量には限界があり、またレノの大食いも手伝ってこの街へ到着する前に尽きてしまっていた。
一日以上何も食べず歩いた空腹のレノの鼻が何かを嗅ぎつける。
「ごはんのにおいっ!!!!」
レノは匂いにつられるようにして一件の酒場の中へ。
そこではたくさんの人が酒を酌み交わし、料理を食べていた。
レノはその中を縫うように進んでいく。
そして、一人カウンターで酔いつぶれている男の隣に座ると
「レノ!だめだよ!」
ウェズの制止も聞かず、手付かずで残されていた男の料理をパクパクと食べていく。
男が目を覚ましたのは、料理が全て、レノの胃袋の中へ収まった後だった。
「あぁっ!俺の"炒めごはんと塊肉のサクラチップ燻製・季節の野菜を添えて"がぁ!」
男はまんまるに見開いた目をレノへと向ける。
「おじょうちゃんか!俺の"炒めごはんと塊肉のサクラチップ燻製・季節の野菜を添えて"を食べたのは!」
料理名をすべて言うあたり、恨みのほどがよくわかった。
「おいしかったです!ごちそうさまでした!」
レノは食べかすの付いた顔で男の目を見る。
「よしよし、ごちそうさまが言えて偉いな。………ってそうじゃない!」
うなだれた男は再び同じ料理を注文するため、手を上げてウェイターを呼ぶ。
そして、ウェイターがそのあげられた手に気づく前に、他の誰かがその手を掴んで下へと下げた。
「ロッゾさん、ここにいたんですね」
「あぁ、またお前らか、何?今日も?」
ロッゾと呼ばれた男の周囲には十代後半から二十代程の男が八人。
全員が男のほうを怖い目で見ている。
対するロッゾは、飄々とした様子でその場から立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
「中だとお店の迷惑だし、外ね、外」
ロッゾはダルそうにしながら店の外へと出ていく。ちなみにお代は払っていない。
その後ろから男たちも店外へ。ちなみにお代は払っていない。
さらにその後ろ、最後尾をレノが追いかける。ちなみに、(以下略)
ぞろぞろと街中を歩く九人の男と一人の少女は、住人たちに訝しげな目で見られながら進み、広い空き地で足を止めた。
「ここなら誰にも迷惑かかんないでしょう。」
「今日こそ勝ちますからね!」
男たちはそれぞれの武器を取り出す。バットに鉄パイプ、角材やバールなど、刃物ではないものの、殴られたら無事ではすまないだろう。
対するロッゾは、素手。
レノはその様子を近くの土管に座り、足をぷらぷらしながら見ていた。
男たちはロッゾを囲むと、その円を縮めるようにゆっくりと近づいていく。
その円が三メートルほどまで縮まった時
「うぉぉおおお!!」
誰かが叫んだのを皮切りに男たちは一斉にロッゾへと襲いかかる。
しかしロッゾは慌てる様子もなくたった半歩で角材を持つ男の懐へと入ると、その胸ぐらをつかみ、反対側にいた坊主頭の男へと投げる。
投げられた男は坊主頭を巻き込んで転倒、その場から動かなくなる。
ロッゾは手を払うと、その場でスッ、と膝を折る。
その瞬間、フォンっ!空気を切る音を立てながら男の頭があった場所をバットが通り過ぎていった。
ロッゾはしゃがんだ体勢のまま、たった今フルスイングを終えた男のひざ裏を軽く小突く。
ひざかっくんの要領で後ろにバランスを崩した男はロッゾの方へと倒れていき、別の男がロッゾめがけて振り下ろした鉄パイプで顔面を強打した。
「やれやれですよ」
白目を剥いた男を見ながらロッゾは言う。
そして、足元に落ちている小枝を拾うと、土を軽く払い、それを中段の位置で構える。
「……ふッ!」
短く息を吐いた。
それからの動きは凄まじかった。恐るべき体さばきで男たちの攻撃をかわすと、手首を打つようにして武器を落とさせる。戸惑う男たちの首や頭へ対し一撃で昏倒させていく。
空き地についてから、わずか五分の出来事。
八人の男を昏倒させたロッゾは、小枝を捨て、空き地をあとにしようとする。
「まって!」
その前に小さな少女、レノが立ちはだかる。
「おぅ、おじょうちゃんまだいたのか!俺のごはん食べたのは許したげるからもうおうち帰んなさい」
レノはロッゾの目を強く見つめ、動かない。
「おじょうちゃん?だからぁ……」
ロッゾがもう一度同じ言葉を繰り返そうとする。その言葉を途中で遮るようにしてレノが頭を下げながら叫ぶ。
「わたっ…!ちがう!ボクを、弟子にしてくださいっ!!」
----------to be continue




