祝う神 -Sollemnitas Domini est- 結
棍棒を持った女性が、壁際で倒れている。
そのおでこは赤く腫れ上がっていた。
「安心せい。峰打ちじゃ………」
声を低くしたウェズが役者じみた口調で言う。それを無視したレノは周囲を取り囲む住民たちを見やる。
その数、男女合わせて十五人程、全員がじわりじわりと近づいてくる。
「ごめんね旅人さん。これもお祭りだから…」
近づいてくる男の手には大きな鉈が握られている。
ためらいなくそれをレノの方へと向け、振り抜いた。
レノは横薙ぎで迫る鉈を下にしゃがみ込むようにして避けると、そのままの体勢で男の両足をなぎ払う。
尻餅をついた男の手から鉈を取り上げると、それを遠くへ投げる。
そしてウェズを逆向きに構えると
「安心せい。峰打ちじゃ……」
二度目の同じセリフ。
住民たちはあっさりとやられた二人を見ると、少しだけその動きを止める。
「………なんなんですか?」
「そーだよ!昨日まで優しかったのにー!」
住人たちはうっすらと笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる
「そういうお祭りだからね」
住人たちの中から、三人の男女が歩み出る。全員が武器を構え、ゆっくりと近づいてくる。
「ウェズ。」
「あーい」
三人はレノの前まで近づくと、息を合わせるようにして武器を振り下ろす。
「「「ふんっ!!」」」
シンクロした三人が勢い良く振りぬいた鈍器は全て空をきる。
「「「へっ!?」」」
二度目のシンクロ。
武器が振り下ろされる直前、レノはその場から後ろへと倒れこむように力を抜く。
そして、その右手には拳銃へと形を変えたウェズが握られている。
短い発砲音のあと、三人が三度目のシンクロ、おでこに赤い後を残し、その場へと倒れこむ。
非殺傷の銃弾を放ったウェズは、一瞬にして元の刀の姿へと戻る。
顔を上げたレノはやれやれ、と言った様子で首をふる。
その目の前には、先程よりも増えた住人たちは、二十人はいるだろうか、レノの方をジロジロと見ている。
レノはゆっくりと部屋を移動しながらウェズへと囁く。
「一旦引くよ。このままじゃ埒が明かない」
レノはゆっくりと窓際まで移動すると、勢い良く、その窓から外へと飛び出した。
着地と同時に前転すると、窓から身を乗り出す人々を尻目に、街の中へと走っていった。
しばらく走り、後ろから誰も追ってきていないことを確認すると、レノは呼吸を整えるようにゆっくりと歩き出す。
街の中は、昨日とは一変していた。桜の木の下には血まみれの人間が並び、その多くの人が暴行を受けている。
「話を聞いてみよう」
レノはその中の一つ、一人の男性を囲む、四人の男女へと近づいてゆく。
「どうやって?みんなイジメに夢中だよ?」
「こうする」
レノはそう言うと、四人の首筋をウェズの鞘で叩いてゆく。
四人はその場で昏倒し、うずくまっていた男性が顔を上げる。
「君が……助けてくれたのか………ありがとう……もしかして、旅人さんかい?」
「はい。ボクはレノ、こっちは相棒のウェズです」
「どうもねー」
男はゆっくりと体を起こすと、体が痛むのか、顔をしかめながら桜の木の元へと座り込む。
「この騒ぎは、一体何なんですか?皆さんはお祭りだって言ってますけど……」
レノがそう言うと、二十代ほどの男は、驚いた顔を見せる。
「旅人さんは知らずに来たのかい!そりゃ珍しい………」
男は口元についた血を拭うと、話しだす。
「この街では毎日何かしらの祭りが開かれてる、昨日まではお花見、そして今日一日は○○、花見の時にされた無礼講、そして売った恩を返してもらおうって祭だな。まぁ、暴力が許される祭りってのは珍しいから、みんな張り切ってんだよ……ルールは人殺しはダメってのと、もうひとつ、自分より年上の人に対して暴力を振るってはいけない。これだけだ。だから若い奴はみんな家から出ない、俺みたいな馬鹿な若造はいい的になっちまうんだよな」
男は自嘲気味に笑う
「嫁の誕生日ケーキを買いに来たらこのざまだ、かっこわるいよな」
男はゆっくりと尻を払い立ち上がると、レノの方を向く。
「俺は家に帰るが、どうだい、旅人さんも来るかい?お礼がしたいんだ」
レノは男に向かってゆっくりと首をふる。
「いいえ、僕は大丈夫です。奥さんが帰りを待ってると思いますよ。それに……」
「おっちゃんのほうが年上だしねー!」
レノの言葉をウェズが引き継ぐ。
それを聞いた男はさらに自嘲気味に笑うと
「……そうだな。きっと俺よりも強いんだろうけど……気をつけて」
「はい、ありがとうございます。あなたもお気をつけて」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
男と別れたあと、レノは一人、歩いていた。
「んで?このあとはどーするの?襲われてる人でも助けて回る?」
「ウェズがそうしたいのなら」
「別にー」
「じゃあ、もう少しだけ歩こうか、桜、もう少し見ておきたいんだ」
レノがそこまで言った時、後ろから足音が近づいてきた。
レノが振り返ると、四人の男がレノの方へと向かってきている。
もちろん手には鈍器を持って。
「またか……めんどくさいなぁ」
数分後、頭にこぶを作った男が四人倒れるそばにレノが座っていた。
「………疲れた」
桜の木の下で一夜を過ごしたレノはその晩、二十七人に襲われた。
次の日の朝、街を出るレノがのぼりをみる。
"菜食祭り!肉排除の生活、野菜を食べよう!"
に変わっていた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「なかなか面白い街だったねぇ」
城門がうっすらと見える山道を歩きながらウェズが言う。
「うん」
「レノはお祭り初体験だったんでしょ?どうだった?」
「………………もうお祭りはしばらくいいかな。でも……」
レノはそこで言葉を切ると、街の方を振り返る。
「この街ではじめて桜が見られた……昔、おばぁちゃんが教えてくれたんだ。すごく綺麗だよって。実物を見ることができて本当に良かった」
前を向いたレノは、ふたたび歩き出す。
「次の場所へ行こうか、次はどんな街だろうね」
「きっと楽しいところだよ、レノの知らないことはまだまだたくさんあるはずさ。全部が新しくて、美しいはずさ」
「ウェズは物知りだね、ボクよりもずっと」
「えっへん!!」
ウェズの間の抜けた声が、木々の間へこだまする。
行先で木々は開け、山は終わりを迎えている。
山を超えた先には、広大な海が広がっていた。




