昔の話 -Vetus historia-
「すこしだけ……昔話をしようか」
正方形で狭い部屋、 薄暗い部屋の隅 はロウソクが置かれており、小さな明かりがほんのりと部屋全体を照らしている。
「わーい！わたし、おばーちゃんのお話、好きだよ」
ロウソクの近くでは、少女と老婆が、布団をかぶっている。
少女はまだ幼く、歳は十に届いているかどうかのように見える。
布団からはその大きく可愛らしい瞳だけが覗いている。少女は老婆を急かすかのように軽く体を動かした。
「これはね、とっても昔のお話だよ…………」
そして老婆は、少女を寝かしつかせるように、話し始めた。
「むかしむかし。たくさんの神様が協力して、この世界を作ったの。レノはおりこうだからもう知ってるよね」
「うん！たくさんの神様が地面を作ったり、海を作ったり、生き物を作ったり！」
「そう。やっぱりレノはお利口さんだ」
そういった老婆は、少女の頭を撫でる。少女はそれに目を細めて嬉しそうに顔をほころばせた。
「人間やほかの動物を作った神様は、ずっと空の上から、私たちの様子を見ていたの。でもある日、神様たちは私達のところに降りてきたんだよ」
「なんで？？」
「神様のすることだから、なぜかはだれにも分からないね。レノはなんでだと思う？」
「私達と遊びたかったのかな！？」
少女は笑顔を作った。
それにつられるようにして、老婆も笑顔を浮かべる。
「ふふ……そうかもしれないね。神様は、自由な私達が羨ましかったのかもしれない。そうして、私達のところへ降りてきた神様達は、それぞれが自分たちの国を持ったの。人間は最初こそびっくりしたけど、相手は神様だからね、尊敬して、次第にその国に住むようになった。神様達は様々な姿で人間のいるところへ来たんだよ。神様として、強い力を持ったまま来た神様もいるし、わざと普通の人間として、力を隠して来た神様もいる。国を支配したり、治めたりする神様もいれば、国の管理は人間に任せて、普通に暮らしている神様もいる」
「みんな仲良しに暮らしてるんだね！いいなぁー。」
「でもね、ある時、大変なことが起こったんだ。ある神様がね、隣の国の神様と喧嘩して、戦争になっちゃった。でも、相手の国のほうが強くて、負けそうになっちゃうんだ。そうなった神様は、絶対に負けたくなかったから、絶対にしてはいけないことをしてしまったんだよ」
一度言葉を切った老婆は、ゆっくりと言葉を続けた。
「それはね。”友達になった人間に、自分の力を分け与えてしまう”ことさ神様の力をもらった人間は、それはそれは強かった。黒い鎧を着た兵士は敵だけじゃなくて、味方からも怖がられるほどで、勝てる人間なんて、どこにもいなかった。その勢いのまま、相手の国の神様を追い詰めた兵士たちは、そのまま敵国の神様を殺して、敵国を殲滅した。喧嘩相手を殺した神様は、上機嫌で兵士たちを褒めた後、その力を取り上げようとした。きっと、強すぎる力の裏切りが怖かったんだろうねぇ。でも、兵士たちは嫌がった、与えられた力に溺れて、楽をしていた人たちは、それを奪われるのが嫌だった」
「それで………どうなったの？」
「神様と、兵士は戦った。神様は、自分が力を与えた兵士を殺していった。かつての親友と殺し合うのは、さぞかし辛かったろうね。勝負は、神様の勝ちだった。すべての兵士を殺し終わったとき、神様は、どんな気持ちだったろうね。戦いで右腕と左足を失った神様は、すべての兵士を埋葬したあと、その国から姿を消した。自分の過ちを悔いたのか、単純に怪我がひどくて療養しているのか……」
「その後は？神様は？死んじゃったの？」
「続きは、また明日。今日はもう寝なさい」
「えー！まだおばあちゃんのお話聞きたいー！」
少女は布団の中でもぞもぞと体を動かす。
「早く寝ないと、また怒られるよ？」
「うー、それはヤダかも………」
「それじゃあ、寝なさい？さぁ、おやすみなさい、レノ………」
「うん。おやすみ、おばあちゃん」
そしてロウソクが消され、部屋から明かりが消えた。
少女と老婆の少し上、窓にはめ込まれた鉄格子からは月明かりだけが差し込み、老婆の顔を少しだけ照らしていた。
「神様。どうかこの子が大きくなるまでは共にいさせてください。何も知らないこの子と……」
老婆の頬は自らの瞳から流れた雫によって湿っていた。
牢屋のようなその部屋からは、やがて寝息しか聞こえなくなった。
