俺、魔王城へ参ります。
俺たちは今、魔王がいる島にいる。
魔王がいる島だってのに、魔物の1体も見当たらないが。
あの後、昼ごろに出発した俺たちはだいたい8時間ぐらいかけてこの島に来た。
8時間も掛かってしまったせいで、もう辺りはまっくらだ。
俺たちはもう夜も遅いということで、今夜は野宿することにした。
すっかり夜も更けて、もう皆寝静まっているだろうと思っていると、
「ロイ、ロイ。起きてください。」
という声とともに体を揺すぶられた。
誰かは予想できていて、目を開けて確認すると、案の定イランだった。
「どうしたんだ?こんな時間に。」
「はい、少しロイにお話したいことがありまして…。」
「今じゃないとダメか?」
「ええ、出来れば。」
そう言って、イランは俺に背を向け歩き出す。
若干不審に思いつつも、イランがこんな時間に呼び出すなどただ事ではないと思い、俺はその背中を追いかけていった。
「すみません。こんな時間に呼び出してしまって。」
「いや、いいよ。それより、どうしたんだ?」
「はい、先ほどもお伝えしたとおり、ロイにお話しときたいことがありまして…。」
そう言ったイランの表情は今まで見たこともないくらい硬いものだった。
「話したいこと?」
「ええ、こんな時に言ってはいけないと思ったのですが、私…」
イランは真っ直ぐに俺を見つめ、次の言葉を紡ぎだす。
「私…ロイのことが好きです。私とお付き合いしてください。」
それは、時間にすれば数秒程度だろう。
さもすれば、聞き逃してしまってもおかしくないほど短い言葉。
しかし、その言葉は鮮明に、確かな意志を持って俺の耳に届いた。
「そう、か…。」
「あまり、驚かないのですね。」
「まぁ、だいたい予想できてたからな。」
そう、予想はしていた。
しかし、『まさかな。』という気持ちもあった。
それが、言葉に出されてしまった以上、疑う余地もないだろう。
「そうですか。では、返事を聞かせてもらえますか?」
「ああ。」
返事、か…。
俺はイランのことをどう思っているのだろう?
それは、もちろん好きだ。
今まで一緒にいたし、イランといるのは楽しい。
しかし、この好きは異性に対するものではない。
俺がイランに抱いているのは、友愛や家族愛に似たものだろう。
ならば、俺の答えは…
「すまない。俺は、イランと付き合うことはできない。」
「…え?」
イランは、信じられないといった風に、目を見開いている。
俺は、罪悪感から顔を俯けてしまった。
俺は、なおも言葉を続ける。
「イランのことは好きだが、その好きは家族愛みたいなものだから、付き合うとかはできない。」
「家族愛…?」
「だから、ごめん。」
そう言うと、俺はその場から逃げ出した。
もとの場所に戻った俺は、すぐに目を瞑り、眠りについた。
翌朝、俺は誰かに揺さぶられて、目を覚ます。
んん…んぅ。
「ロイ、起きてください。朝ごはんが冷めてしまいます。」
「……イラン?」
「はい、私です。いいから起きてください。すぐに来てくださいね。」
イランはそう言うと、足早に俺のもとを立ち去る。
突然のことに驚きつつも俺はイランの背中を追いかけた。
その日の朝食は珍しくイランが作ったものらしく、パンに簡単な野菜のスープだった。
朝食を食べた後、俺たちは準備をして魔王城へ向かう。
と言っても、この島はそう広くもない。
10分も歩けば魔王城が見えてきた。
しかし、ここまで近づいても魔物の1匹すら見かけないな。
もしかしたら、ここには魔王以外いないんじゃないか?という疑問すら湧き出てくるほどだ。
その疑問は、城の中に入ると確信に変わった。
生物の気配がまったくしないのだ。
足音はおろか、息遣いすら聞こえない。
100m先に魔王がいると思われる大きな扉が見えるだけで、小部屋はおろか厨房すら見当たらない。
魔王は、こんなところにずっと1人でいたのだろうか。
そんな同情にもにた感情が俺の中で芽生え始めるが、今更引き返すことはできない。
俺たちは、扉の前で軽く頷きあうと、扉を開けて、中に踏み込んだ。
扉を開け、中に入ってみると、そこにあったのは、
部屋の奥のほうに、ポツンと置かれたイスと、そこに座っている1人の少女だった。