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8:

「それで、この島には本当にオカm……男の娘と呼ばれる人間しかいないんですか?」

「はい、基本的には。ちなみに、純粋な男性はもちろん、女性もいませんよ。あ、でも、空港や港なんかには、外部職員的な男性や、乗組員の男性もいますけどね。ところで、今なんか失礼無比な単語が出かかってたような気がするんですケド」

「空耳でしょう。なるほど、生活圏というか、この島の正式な住民には男性も女性もいない、と」

「……ま、いっか。はい♪ だから、男性はあなた、榊 正宗医師だけです。これって正直超ハーレム状態ですけどぉ、見境なく手やおちんちんを出しちゃダメですよ! あっ、おちんちん出すくらいは良いけど、入れたり中で出したり」

「そのネタは最初に聞きましたよ!」

 ケラケラと無邪気に笑いながら、えげつない下ネタを飛ばそうとするおバカ町長を一喝し、正宗は深いため息を吐く。

「……待てよ? ちょっと聞きたいんですが、自分の前任者は患者に手を出したって」

 正宗は、色々な意味で聞くべきではない、と解っていながら聞いてしまう。

 その答えを聞くことは他人のプライベートに立ち入る事になる上、疲れた精神に更なるダメージを与える成分が色濃く含まれるのを予測しているのに、だ。

「ええ、そうですよ! と言っても、前任の医師も手を出された患者さんも、男の娘だったんですけどね!」

 正宗は、楽しくて仕方ない、といった感じのエリスを見て、深く深く後悔したが時既に遅し。満面の笑顔で嬉しそうに説明を始めたエリスを止める術は、もうどこにも無かった。

 

 前任者はあんな風に患者さんを誑し込み、こんな風にメロメロにして、どんな風にモノにしたかなど、身振り手振り、更には診察用ベッドを使ってシュミレーションさながらのエアファックまでも見せつけるエリスに心底うんざりしつつも、自分で説明を求めたのだから、と正宗は敢えて静観した。

 もっとも、表情豊かで肉感的なエリスの独りセクシー芝居は中々の見ものであることは確かで、最初は達観と呆れの入り混じった精神状態で見ていた正宗も、途中からは普通に見入ってしまっていた。


「……って感じで、マドカちゃんはホムラ先生に心も体も弄ばれたのです!」

 ハァハァと息を荒げながら実演を終えたエリスに向かい、正宗はパチパチと半分本気の拍手を送った。

「どーもどーも!!」

 ベッドから立ち上がったエリスは両手を頭の上で組み、声援に応えるアーティストさながらに笑顔を振りまく。

 と、熱演で半分肌蹴かかっていたナース服の上着とスカートがすとん、と足元まで落ちて、エリスは上下真っ赤な下着プラスガーターベルト、ストッキングと言うあられもない姿になってしまった。

「きゃん!」

 だが、艶っぽい悲鳴を上げつつも、両手でブラに包まれた豊満なバストを持ち上げるようにしただけで、本気で隠そうともしていないし、羞恥心を感じている素振りなど毛ほども無い。

 それどころか、巨大な胸を己の両腕で挟み込んでくにゅくにゅと形を変えさせ、つん、と突き出た尻をフリフリと誘うように振る様子は淫猥な事この上ない。

「やだもう、先生のエ・ッ・チ!」

 そして、そんな事を言いながら、ワザとらしくブラをたくし上げ、見事なバストの先に色づく突起物を、自ら正宗に晒してしまった。

「先生……」

 更にスルリ、とブラを完全に外して床に落とし、コツコツとハイヒールの音を小さく響かせながら正宗に歩み寄る。

 大きな鳶色の瞳は情欲に濡れ、赤い唇には艶めかしく舌を這わせ。

 その、オスの本能を煮え滾らせるような濃いフェロモンに、普通の男であれば理性などかけらも残さず吹き飛ばして、本能の赴くままに襲いかかってしまうだろう。


 だが、『バトル・ドクター』榊 正宗は少しも慌てず。


「エリス、悪ふざけは止めて下さい」

 目前に迫った色欲の権化のような生き物に、冷水のような言葉を浴びせた。

「っ!?」

 己の淫靡な肉体を駆使した誘惑によほどの自信を持っていたらしいエリスは、その氷点下の拒否に絶句して動きを止めた。

 エリスの顔色は、誘惑を拒否された衝撃の蒼に疑問の灰が混ざっている。

 それは、先ほどまでの、エリスの独り芝居を興味深そうに見詰めていたはずの正宗が、そこから繋げた絶対の自信を持っていた誘惑を全く受け付けなかったことに対する灰色だ。

 エリスは三分ほど、沈黙したまま立ち尽くした後――


「先生って……もしかして、ホモ? やだ、気持ち悪い……」


 嫌悪の表情をアリアリと浮かべて、気味悪そうに言い放った。

「違う」

 正宗は額に青筋を立てつつ否定する。その口調も、隠し切れない不快感と怒りが満ち満ちたものだ。

 だが、

(どの口で言いやがる、このオカマ野郎!)

 と言うセリフを飲み込んだだけでも上出来だ、と正宗は内心で自分を褒めた。もっとも、そんなことを言おうものならどんな目に遭わされるか想像も出来ないが。

「なんのつもりか知らないが、俺はここに恋人や結婚相手を見つけに来たわけじゃない。しかも、ここにいるのが男の娘なんて言う性別不明意味不明な人間しかいないなら尚更ね」

 豊満な胸を強調するように抱き締めて嫌悪の表情を浮かべ、こちらを見ているエリスに向かい、正宗は怒鳴りつけたい衝動を抑えて努めて冷静に言う。

「俺がここに来たのは、あなたに提示された破格の報酬が目的だ。だから、安心してくれ。あなたにも他の住人にも、絶対に手を出すことは有り得無い」

 エリスは、この島の専属医師として正宗を召還するにあたり、年棒として一億円を提示したのだ。

「あと、俺は断じてホモでもゲイでもない。ついでに言えば、今のところ恋人をつくる気もない」

 そう断言し、正宗は一つ大きく息を吐いた。しゃべる事によるセルフコントロールの結果、先ほどエリスに対して感じた強い怒りはほぼ収まっている。

「本当に?」

 と、エリスがひた、と正宗の目を見据えて小さく呟いた。

「え?」

 正宗は、エリスが何と言ったか良く聞こえず、やや戸惑った声を上げる。

「本当に? って言ったの」

 エリスは、露わになった胸を隠そうともせず、上目遣いに正宗を見詰めていた。

「え、ええ。本当ですよ。俺は、ホモでもゲイでも」

「ちーがーいーまーすぅー!」

 エリスは、両手をブンブンと振り、その勢いで胸をぶるんぶるんと震わせて正宗の言葉を遮った。

「は?」

「だーかーらー! もー、先生がボケ始めたら誰がツッコむんですか! 私嫌ですからね! 私はボケてボケてボケてボケ倒すから、先生はその度に鋭く容赦なく遠慮なく限りなくツッコんでくれなきゃダメなの!!」

 エリスは、目をバッテン型にしながら不満の声を上げる。

 その直後、ニッコリと笑って

「あ、言葉のツッコミだけじゃなく、物理的なツッコミも大歓迎よん♪」

 などと付け足すところに救いようの無さが如実に表れていた。

 正宗は、ここで怒ったり、あまつさえ突っ込んだりしたらこの露出狂の思うつぼだと考えて沈黙を守る事にする。

「それと、性的なツッコミもOKね! 先生、私の肉壺にツッコんでも良いよ?」

「やかましいわこの変態!!」

 だが、あまりにも低次元、かつお下品なエリスのボケ倒しに我慢しきれず、決意を破棄して即座にツッコまざるを得なかった。そして、正宗はこの島に来てから何度目になるか解らない強力な疲労感を味わうハメとなったのである。

「……で、何が『本当に?』なんですか?」

 正宗にツッコんでもらい、キャッキャと嬉しそうにはしゃぐエリスを黙らせようと、半ば無理矢理正宗が話を戻す。と、エリスはほっぺたをパンパンに膨らませて

「それくらい、自分で考えてよ! 子供じゃあるまいし!」

 そう叫ぶと、己の口で「ぷんぷん!」と怒りの擬音を表現した。


(こ、この変態オカマクリーチャーがっ……!!)


 カーッと頭に血が上り、いっそビタミン剤と騙して青酸カリでも飲ましてやろうか、と物騒な事が脳裏をよぎり、正宗はブンブンと頭を振って己の恐ろしい思考を振り払う。

 どんなにウザい変態であっても、医者たる身で人を殺めようなどと考えるのはもっての他だ。正宗は、煮えくり返るはらわたを持て余しながらも、何とかマグマとなって噴き出す事は抑え切った。


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