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6:

 時間は流れ、午後十二時。


 正午を知らせるサイレンが島中に鳴り響き、午前中最後の患者の診察を終えた正宗は「ふう」と息を吐いた。


「……」


 ドクター・チェアに座った正宗の横で、両頬をパンパンに膨らませたエリスが仏頂面で立っている。


「さて、エリス。食事にしましょうか」

「……」


 正宗に声を掛けられたエリスは、返事もせずに踵を返してツカツカと音を立てて診療室を出て行く。その時、正宗はエリスが真っ赤なハイヒールを履いている事にようやく気付いた。


「ストッキングとガーターベルトに目を取られて、履いているものまで気にしなかったな」


 独り言を呟いたら、なんとなくおかしくなってクスリ、と小さく噴き出してしまった。


「俺もメシを喰いに行くか」


 正宗はチェアから立ち上がり、うーんと伸びをする。それにしても、あのエリスが昼食を用意してないワケはないと思うのだが……

 おそらく、用意はしてあるのだろうが機嫌を損ねて出して来ないのだろう。

 なぜ、エリスがご機嫌斜めになっているのか? それは、午前中の診察時、正宗が一度も野球拳に負けず、結局白衣の上すら脱ぐ事なく抽選で当たった十人を診察してしまったからだ。


 実は、正宗は子供のころからじゃんけんが異常に強く、ここぞという場面では一度たりとも負けたことが無い。もちろん、気を抜いていて負けたり、相手を慮ってワザと負ける事は有る。

 だが、本当に勝ちたいとき、勝たねばならぬときには、文字通り一度も負けたことが無いのだ。

 正宗はその能力を存分に発揮して午前中の診察時、正宗を剥こうと気合いを入れて来た患者たちを悉く返り討ちにし、住民たちに楽しんでもらおうとワクワクしていたエリス町長の期待を粉々に打ち砕いたのだった。


 だいたい、具合も悪くないのに新規赴任して来た医者と野球拳をしに来たエセ患者など、まともに相手をする必要はない、と正宗は考えていた。

 もっとも、実際に具合が悪そうな患者には真摯に対応したし、そういった患者は野球拳などどうでも良いから早く診察してほしい、と願った。

 そんな状況を見て、自分が誰よりも一番楽しもうと考えていたエリスは、子供のように不貞腐れてしまったのだった。


 正宗がじゃんけんに強い理由――

 

 正宗の専門は一応外科だが、実は精神心理学にも精通している。子供のころから、他人の心理や心情を読むのが得意で、一種の超能力に近いほどに機微を捉える事が可能だった。

 ごく幼い頃から、子供だけでなく大人の心理までも読んでピタリと当てるので、最初は驚き賞賛していた廻りの人間も、少しずつ気味悪がるようになり、結果的に正宗の実父、実母は聡明すぎる我が子を恐れ、わずか五歳の正宗を一人残して蒸発した。


 その後、正宗は施設で育ったが、自分の能力は一人の親友以外には隠し通し、本当に必要な時以外には使わないように『封印』したのだ。

 正宗の能力を知る、唯一の親友――それは、この島に残した足跡を最後に、行方不明となっている尭 刹那である。

 刹那は孤児ではなかったが、家庭の事情により正宗と同じ施設に預けられていることが多く、二人はそこで友情を育み、一生涯の親友となったのだ。

 

「刹那……お前はいま、どこに居るんだ」


 一度はチェアから立ち上がった正宗だったが、もう一度深く腰掛け直して独り言を呟いた。

 いつも黒い作業服を着て、屈託なく笑う春風のような雰囲気の美貌の親友の行方を思うと、正宗は居ても立ってもいられないような気分になる。だが、焦りは禁物だ。じっくりと、確実に……必ず、刹那を探し出す。正宗がもう一度、己の胸に誓いを立てた時。


「お待たせしましたぁ!」


 先ほどまでの仏頂面などどこへやら、満面の笑みを浮かべたエリスが、ホカホカと湯気を上げる料理を満載したカートを押して帰って来た。


「先生! 今日はお祝いだから豪勢にしました! 全てこの島で採れた食材を、この島最高のシェフが腕によりを掛けて料理しましたよぉ!」


 カートの上には、伊勢海老っぽい巨大な海老のボイルや蟹、刺身や焼き魚、島で飼育しているらしい牛肉・羊肉などのステーキなど、とても食べきれないほどの豪華料理が所狭しと並んでいる。


「たっぷり食べて、午後からの診察も頑張って下さいね!」


 無邪気な笑顔で嬉しそうに言うエリスを見ていると、正宗も自然に笑えて来てしまう。


「ありがとう、エリス。じゃあ、遠慮なく頂きます」

「はいはい、一杯食べて下さいね! あ、私も一緒に食べても良い?」

「もちろん。さ、冷めないうちに頂こうか」

「はーい!」


 エリスはデスクの上に手早く料理を並べると、さも当然のように、とすん、と正宗の膝の上に腰かけた。


「さ、食べましょ! いっただきまーす!」

「……あの、もし?」

「わあ! 海老めちゃくちゃ美味しい! はい、先生。あーん♪」


 ナイフとフォークを器用に操り、海老の身を素早く切り分けたエリスは味見をするようにパクリ、と一口食べた後、上半身を廻して正宗に向き直り、海老の刺さったフォークを差し出す。


「……」


 正宗はどうしてやろうか、と考えたが、実に旨そうな芳醇な香りを放つ海老を鼻先に突き付けられ、不本意ながら我慢出来ずにぱく、と口に入れた。


「美味い!」


 と、今まで食べた中でも最上級の旨さを誇るその海老料理に、思わず歓声が口をついて出てしまう。


「でしょ! じゃあ、次はお刺身かな~?」


 正宗の様子を見て、本当に嬉しそうに笑ったエリスのフォークが刺身皿に延びる。


「ちょっと待った」


 だが、正宗はそれを制してエリスを強引に膝から立たせた。


「やん! 何するの?」

「あなたを退かしたんだ」


 そして自分も立ち上がり、器用なステップでエリスと場所を入れ替わる。そしてエリスの華奢な肩を手で押し、ほぼ無理矢理チェアに座らせた。


「ん、もう! 先生はどうするの?」

「俺はこれで充分だ」


 唇を尖らせて抗議するエリスに向かってニヤッと笑った正宗は、患者用の背もたれなしの回転チェアを引き寄せて座り、自分のナイフとフォークを両手に装備した。


「じゃあ改めて、頂きます!」

「……先生のいけず」


 桃色の唇にフォークを咥え、あざとい上目遣いといじらしさ全開で呟くエリスをほぼ無視して正宗は食事を開始する。


「うん、美味い美味い!」


 朝は軽めにトーストとサラダ、ブラックコーヒーくらいだったので、なんだかんだで結構空腹だった正宗は、ジト目でにらむエリスには構わずガツガツと料理を平らげて行った。


(とにかく、体力勝負になりそうだからな。喰っとかないと……)


 実は、あまり食欲は無い。だが、だからと言って喰わないのでは体力的に参ってしまう。腹が減っては、戦も出来ない。そう考えた正宗は、無理にでも押し込もうとしたのだ。

 だが、幸いにも料理は抜群の美味さで、結局相当な量を二人で完全に片付けてしまった。

 食事終了後、エリスの淹れたお茶を飲みつつ寛いでいると、


「あ、先生、これ持ってて下さい」


 と、胸の谷間から小型の携帯電話を渡して来た。


「なんですか? これ」

「私と先生のホットラインです! いつでもどこでも、ボタン一つで私と繋がります♪ ムラムラしたときとか、抜きたいときとかに掛けてくれればいつでもお手伝いに参上するから!」


 正宗は受け取った携帯電話を、そのままポイっとゴミ箱に放り込んだ。


「あーっ! 酷い! 何すんのよぅ!」


 エリスは慌てて携帯を拾い上げ、正宗の頭をポカポカと殴って来る。


「バカな事言うからです!」

「緊急連絡用の大事な電話なのに!」

「最初からそう言って渡せば良いんですよ」


 ポカポカ叩くエリスを宥め、正宗は携帯をポケットにしまった。


 お茶の後、片づけを終えたエリスは


「お昼寝するから昼這い掛けてね♪」


 などと意味不明な供述をして看護師用の宿直室へと向かい、正宗も畳敷きとなっている医師用仮眠室に引っ込んだ。

 昼の休憩は二時半まで、診察再開は二時四十五分からなので、急患さえなければ一時間半はぐっすり眠れるはずだ。

 正宗は大きな欠伸をしつつドアにしっかりと鍵を掛け、下着姿で布団に入り瞳を閉じた。



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